黒子
「ど、どうぞ、あなた……」
「ああ、うん……」
顔を真赤にしたまま、頼華ちゃんが爪楊枝で小さく切り取ったういろうを、俺の口の近くに持ってきた。
「あーん……」
「あーん……うん、旨いよ。ら、頼華……」
「はい……」
那古野に行った時にも食べたういろうだが、今は味が良くわからない。
「じゃ、じゃあお返しに、頼華にも……あーん」
「っ! で、では……あーん」
「……何やってんだ?」
「「ひゃあっ!?」」
突然掛けられた声に、俺と頼華ちゃんは文字通り飛び上がるように驚いた。
「ま、松永様!? 驚かさないで下さいよ」
「別に俺ぁ、そんなつもりは無かったんだがな……」
(全然気配を感じなかったけど……)
しかし言われてみれば、代官所の中で松永様が気配を消す必要など無いので、それだけ俺達の注意が逸れていた、と言うよりは、ママゴトみたいなやり取りに集中してしまっていたんだろう。
「それよりも、旅に出たのに顔を出したって事は、なんか用なのか?」
(松永様は、良くも悪くも変わってないなぁ……)
行儀悪く座卓の上に腰掛けた松永様は、俺達に出されていた茶請けのういろうが目に入ったのか、ひょいと摘んで口に運んでしまった。
最後に見た時と変わらない松永様の飄々とした態度に、思わず苦笑してしまう。
「お渡ししたい物がありまして……ですが、それは、朔夜様がお見えになってからで」
「お待たせ致しました! って、松永ぁ! お客様の前で、なんたる無作法をしているのだ!」
すぱぁん!
大急ぎで執務を終わらせてくれたらしい朔夜様が、応接室の中の松永様の態度を見て頭を平手打ちにした。
景気のいい音が、応接室の中に鳴り響いた。
「ってて……代官、俺が無作法なのは、いつもの事でしょうが」
「そのいつもの無作法を、なんとかしろと言っているのだ!」
(この二人は、本当にお似合いなんだけどなぁ)
俺の目には朔夜様と松永様は、凄くいいコンビに見える。
(いっそ、くっついちゃえばいいのに……)
自分の事は棚に上げるが、尾張織田家としては朔夜様の相手としては、松永様は悪くないのではないかと思う。
しかし松永様は態度は良くないが、お互いの立場などを色々と弁えているように見えるので、恋仲に発展するような事にはならないのだろう。
おまけに松永様には、まだ客と妓女という関係だが、非常に仲のいい椿屋のお藍さんがいる。
「まったく……」
「まあまあ、朔夜様。俺達は気にしていませんから」
「そう言って頂けますと……」
朔夜様は恐縮しながら、俺と頼華ちゃんに頭を下げている。
「そうそう。鈴白もこう言ってるのに、代官は気にし過ぎですよ」
「貴様……」
座卓からは下りたが、片膝を立てたような座り方で軽口を叩く松永様に、朔夜様の中でじわりと殺気が生じた。
「ひっ!? な、なにか失礼がございましたでしょうか!?」
タイミング悪く、朔夜様と松永様の分の茶と茶請けを運んできたらしい代官所の下働きの男性が、殺気の煽りを受けて自分が何か無作法をしてしまったのかと勘違いした。
「ああ、いや……済まんな」
「い、いえ。失礼致します……」
下働きの男性は、少し怯えの色を出しているものの、それでも丁寧な態度で仕事をきっちりこなしてから、応接間を後にした。
「こほん……先ずは鈴白様、頼華殿。御健勝のようで何よりでございます」
軽く咳払いをした朔夜様は、身体の位置を下げて深々と頭を下げた。
「御丁寧に、ありがとうございます。朔夜様も松永様も、お変わり無いようで」
「こいつには、少しは変わって欲しいのですけどね……」
「ははは……」
自分に習って礼をしない松永様を苦々しく見ながら、朔夜様が吐き捨てるように言い放ったが、どうリアクションしたら良いものかわからないので、俺は笑って誤魔化した。
「……朔夜よ、鍛錬は欠かしていなかったようだな?」
そんな中、頼華ちゃんがボソッと呟いた。
「ん……ああ、本当だ。あれから随分と鍛えたんですね」
頼華ちゃんの言った事を確かめようと、少し目を凝らして朔夜様を見ると、最期に見た時と比べて、気の輝きがかなり増しているのがわかった。
「そ、そうですか!? 執務に時間を取られて、教わった馬歩のような基礎しかやっていなかったのですが……」
「いやいや。その基礎が大事なんですから」
朔夜様自身は鍛錬の不足を感じていたようだが、地道な積み重ねが成果にとして、気の輝きとして現れている。
「鎌倉にいた頃の頼華、ちゃんと、同じくらいにはなったかな?」
さっきまでのやり取りの延長で、頼華ちゃんを呼び捨てにしそうになったが、朔夜様や松永様にはまだ婚約を教える必要は無いという判断で、いつもの呼び方に戻した。
「ぬぅっ! いいえっ! 朔夜はまだまだですっ! 兄上がお褒めになったからと言って、自惚れるなよ、朔夜っ!」
「は、はいっ!?」
俺が呼び方を戻したのが気に食わなかったのか、それとも朔夜様の成長を認めたくなかったのか、頼華ちゃんが語気を強める。
(朔夜様には悪い事をしちゃったな……)
どう考えても、朔夜様は俺が原因でとばっちりを受けているのだが、当の朔夜様は、なんで頼華ちゃんがこんなに荒れているのかがわからずに、目を白黒させている。
「まあまあ、頼華ちゃん」
「でもですね!」
まだ朔夜様に言い足りないのか、頼華ちゃんは不満そうに頬を膨らませている。
(公表出来る時期が来たら、その時にはちゃんと妻だって紹介するから、機嫌直して、頼華)
「っ!」
肩に手を掛けて耳元で囁くと、一瞬、ビクンと硬直したようになった頼華ちゃんは、次の瞬間には俺の方を見て、蕩けるように表情を綻ばせた。
「い、一体何が!?」
「さあ……」
俺と頼華ちゃんの間でのやり取りの真意が掴めず、朔夜様がおろおろしているが、松永様はどこ吹く風で、自分の分のういろうを口に放り込んでいる。
(なんで五歳以上も年下の女の子の、機嫌を取らなきゃならないのか……)
などと考えてしまうが、頼華ちゃんには惚れた弱みがあるので仕方が無い。
「えっと……今日は朔夜様と松永様に、これを使って頂こうと思いまして、参りました」
朔夜様と松永様への衣類が一式入った包みを取り出し、座卓の上に置いた。
「これは……開けてみても?」
「ええ、どうぞ」
白い布の包みの中身の正体がわからないし、俺から何かを貰う心当たりも無い朔夜様は、首を傾げながら問い掛けてきた。
「これは着物、ですね」
朔夜様と松永様は包みを開いて中を確認したが、出てきた物を見ても状況がわからずに、再び首を傾げている。
「はい。普段、朔夜様と松永様が着られている物を、素材を変えて仕立て直しました」
「はぁ……って、軽い!?」
何気無く、一番上になっていた襦袢を持ち上げた朔夜様は、その軽さに目を見開いた。
「な、なんて軽い上に、この手から零れ落ちそうな、儚いくらいの柔らかさ……す、鈴白様、なんですかこれはっ!?」
最初に会った時の印象や、普段の執務の時などは男勝りな感じの朔夜様だが、やはり女性だけあって衣類には関心が高いようだ。
「あの、詳しく説明は出来ないんです。その代りに、その一揃えは差し上げますので、良ければ使って下さい」
(果たしてどういう由来の素材で作ってあるのか、説明出来る日が来るのかどうか……)
身体から発する糸で織り上げた、摩訶不思議な布の正体をこの世界の人達が知ったら、どういう反応をするのかわからない。
布の質の高さを知って尚、おそらくはかなりネガティブな反応をするのではないかと思うので、当面は製法その他は秘密にするしか無いだろう。
(子供達にも、里の中以外では糸を使わないように、徹底しておいた方が良さそうだな)
仮に、子供達が迫害を受けるような事態が発生しても、里の中にいれば安全なのだが、一生引きこもりのような生活はさせたくない。
「鈴白よ。代官にってのはわかるが、なんで俺の分まであるんだ?」
両手で摘み上げた着物を見ながら、松永様が訊いてきた。
「深い意味は無いんですが……お世話になった皆さんに差し上げているというのと、朔夜様や松永様はお役目柄、危険な目に合う事もあるんじゃないかというのが、理由といえば理由です」
こちらの世界では領地ごとに領主が自治を担っているので、国全体に及ぶような、現代で言う警察機構のような捜査機関は存在しない。
代わりに領主の配下がある程度の権限を移譲されて、伊勢の周辺では代官である朔夜様が、行政だけで無く捜査や司法に関しても、織田の本家から一任されているという形だ。
そんな代官所のトップの朔夜様が最前線に出る事は少ないだろうが、それでも全く捕物などに関わらないという事は無いだろうから、その際の安全性を少しでも上げようと、蜘蛛の糸の衣類をプレゼントしたのだ。
(配下の人達の分も、って売り込みを掛けたいけど、それで出処を追求されるのも……痛し痒しだな)
実戦で蜘蛛の糸の衣類に命を救われた、なんて事態に朔夜様と松永様がならないようにと願っているが、有用性を認めて貰えたら発注が来るかもしれないので、それまではこちらから売り込みをしなくてもいいだろう。
もし発注が来たら、その際には細かな追求をしないという条件じゃ無ければ売らない、という事にしてしまえばいいだろう。
「そういう事なら有り難く受け取るが……俺はお前らに、そんなに世話をした覚えは無いぜ?」
「伊勢の治安を護って下さってるんですから、色んな意味でお世話にはなってますよ」
多少屁理屈っぽいが、間違ってはいないだろう。
「それに、その着物や、同じ素材の糸や布とかを取り扱う店を、石鹸とかを売って頂いたブルムさんという方が京に開くんですが、店舗を借りるのに松永様が持たせて下さった書状のお蔭で、土地の顔役の信用を得られました」
伊勢の滞在中には、松永様には刃傷沙汰の取り調べを受けただけで、直接的に世話になったという感覚は確かに薄いのだが、ブルムさんの店舗を借りる際に、松永様と椿屋さんの用意してくれた書状は、大いにに威力を発揮してくれたのだ。
「と、という事は、今後はそのお店に注文をすれば、これと同じ物が買えるのですね!?」
俺の説明を聞いて朔夜様が興奮気味に、身を乗り出すようにして問い質してきた。
「えっと……今回お持ちした物は特別製でして、少し質は落ちますけど、近い物は取り扱う予定です」
頼華ちゃんやおりょうさんでも、着物自体は作れない事は無いと思うが、まだ俺程は慣れていないし、ドラウプニールを使っても気の最大量が違うので、糸の強度を同程度には出来ないだろう。
ただ、いずれにしても最高品質の物は量産は出来ないので、今後も売り物として扱う事はならないだろう。
「あと、朔夜様にはもう一揃えあるんですけど……頼華ちゃん、お願い出来るかな?」
俺は朔夜様用のもう一つの包みを取り出し、頼華ちゃんに手渡した。
「はい! 朔夜、一緒に来るがいい!」
「は、はあ……」
俺が渡した包みを抱えて、頼華ちゃんは困惑気味な表情の朔夜様を伴って、応接室から出ていった。
「……なんなんだ、いったい?」
「えっと、女性用の衣類でして……」
「ああ、そういう事か……」
訝しげな表情の松永様に簡単に説明したが、女性には慣れているからか、それだけで通じたようだ。
「少し待ち時間がありますから……松永様、ちょっと遊びに付き合って頂けますか?」
「なんだ、暫く見ない間に、鈴白も随分と砕けたんだな。じゃあ久しぶりにお藍と……」
「いえ、そっちの遊びでは無くてですね……」
(お藍さんとは御無沙汰なのか……)
顔をにやけさせながら立ち上がろうとした松永様は、遊びと聞いたら当然の如く妓楼での、と思ったらしい。
「なんだよ。鈴白の奢りかと思って、期待しちまったじゃねえか……」
「松永様は遠慮がありませんね……」
「そりゃまあ、な。ほら、お前が報奨金を持ってるのは、知ってるからよ」
「あー……」
椿屋のおせんさんを助けた刃傷沙汰で、犯人から没収された財産の一部が報奨として俺に下賜されたのだが、その際に立ち会ったが松永様だったのを思い出した。
「どうせ鈴白にとっても、あぶく銭だろ?」
「そりゃそうですが……今は何かと物入りでして、あまり無駄遣いは出来ないんですよ」
里と子供達の為に使った額はそれなりに多いので、あの時の報奨金が無ければ、今頃はもっと懐が寂しくなっていたはずである。
おせんさんが怖い目に遭って、それを解決した事で得た金なので一概に喜ぶ訳にも行かないのだが、世の中は何が幸いするかわからない。
「それじゃまあ、仕方ねえか。それで、その遊びってのは?」
「あ、はい。これです」
俺は源平碁の盤を取り出し、中心の四マスに駒を初期配置して、松永様にルールを説明した。
「ふぅん……囲碁や将棋よりは決着が早そうだな」
パタパタと、一人で駒を置きながら裏返すというのを繰り返しながら、松永様は頭の中で戦術を考えているみたいだ。
「椿屋さんにも試供品を置いてきましたから、その内、お藍さんに勝負を挑まれるかもしれませんよ?」
「そうか……じゃあ少し、代官でも相手に練習しておくかな」
「あの、御二方共、執務があるんじゃ?」
(もしかして松永様なりの、朔夜様への気遣いなのかな?)
朔夜様の仕事のストレス解消の為に、源平碁の相手に誘おうという、松永様なりの気遣いなのかもしれない、とか考える。
「自慢じゃねえが、俺は囲碁や将棋なんかの方面は自信があってな。剣術じゃ敵わねえ代わりに、こいつで代官をへこましてやろうかと思ってよ」
「そ、そうですか……」
ニヤリと笑う松永様は気遣いどころか、自分の得意分野で朔夜様を負かそうという、邪悪な企てをしているみたいだ。
「……私がどうかしたのか?」
「これはこれは。代官、男前が上がりましたよ」
「私は女だ!」
頼華ちゃんを伴った戻ってきた朔夜様は、俺が渡したもう一揃えの衣類、作務衣に着替えていた。
「良くお似合いですよ」
少し派手かと思ったが、臙脂の作務衣を着て長い後ろ髪を束ねた朔夜様は、女性陶芸家のような印象になっている。
「あ、ありがとうございます……」
「……」
「頼華ちゃん、どうかしたの?」
頬を朱に染めながら笑みを浮かべる朔夜様とは対象的に、頼華ちゃんの表情は冴えない、と言うよりは、絶望に打ちひしがれているような感じだ。
「さ……」
「さ?」
俯き加減の頼華ちゃんに顔を寄せると、何やら呟いた。
「朔夜のくせに生意気だーっ!」
ガバっと顔を上げたと思ったら、頼華ちゃんが朔夜様に詰め寄り、開いた両手で荒々しく、胸を鷲掴みにした。
「なっ!? ら、頼華様っ!? あんっ! そ、そんなぁ……強く掴まれては……んあっ!」
「ら、頼華ちゃんっ!?」
朔夜様が、表情を歪めて声を上げるが、どちらにも妙に艶っぽい成分が含まれている。
「こんなっ! 武術も出来ないくせに、ここだけこんなに立派になりおって!」
憤りをぶつけるかのように、頼華ちゃんの手には更に力が入り、複雑に形を変える胸に指がめり込む。
「そ、そんな事を仰られても……あうんっ!」
「ら、頼華ちゃん、落ち着こうね!?」
(確かに、大きかったなからな……)
俺が利用している代官所の風呂に朔夜様が乱入してきた事があったが、その時に腕で隠しきれない程の豊かな膨らみがあったのを思い出した。
今は頼華ちゃんが無遠慮に掴んでいる事によって、その双丘の大きさと形を、作務衣の上から浮き上がらせている。
「ああぁ……ら、頼華様ぁ……もう……もう勘弁してくださいぃ……」
逃れようとしている朔夜様だが、何しろ相手は頼華ちゃんなので力づくで振りほどく事も出来ないし、胸への刺激による物なのか、言葉とは裏腹に脚の力が抜けて床にへたり込み、蕩けた表情でなすがままになっている。
「……女同士のこういうのも、悪くねえな」
「何を呑気な事を……頼華ちゃん、もうその辺で」
興味深そうに言う松永様のお蔭で、逆に我に返らされた俺は、頼華ちゃんを止めるべく前に出た。
「ひ、酷い目に遭いました……」
「なんかすいません……」
頼華ちゃんの魔の手から開放されたというのに、朔夜様はまだ作務衣の胸元を手で押さえている。
「ほら、頼華ちゃんも謝って」
「むぅ……つい我を忘れてしまった。済まなかったな、朔夜」
さすがに弁解の余地は無いと本人にもわかっているのか、頼華ちゃんは素直に非を認めて頭を下げた。
話によれば、作務衣の下に着ける下着類の着け方を朔夜様に指導し始めてから、少しずつ頼華ちゃんの中にドス黒い物が芽生え始めたらしい。
「その……こう、背中や脇から集めて収めるのを指導している内に、何やらムラムラと」
「その表現はどうなのかな……」
(頼華ちゃんの言うムラムラは、多分だけど男が女性に対するような物じゃなくて……羨望かな?)
朔夜様と頼華ちゃんでは年齢差があるので、それ程気にする必要が無いと俺が言い聞かせても、多分だが理屈では無いので、慰めにはならないだろう。
(見てるだけならそれ程は気にならなかったんだろうけど、下着の中に肉を寄せるのを手伝ってる内に、って事なんだろうな)
視覚以外に手から直接、朔夜様の胸の大きさや柔らかさが伝わるという強烈な刺激を受けたので、頼華ちゃんの中で何かが芽生えてしまった、というのが真相だろう。
「あの、柔らかいのにしっかりとした形で、両の手に余る大きさが……」
「はわわわわ……ら、頼華殿っ!?」
「頼華ちゃん、そういう解説はいらないからね?」
両手を空中でわきわきしながら、どういう感触と大きさだったのかを頼華ちゃんが語り始めると、朔夜様が声を裏返らせて落ち着きを無くし始めた。
「ふむ……頼華姫、その辺をもう少し詳しく」
興味を惹かれたのか、松永様が自分のでは無く朔夜様の前の茶請けの、ういろうの皿を頼華ちゃんに差し出しながら、そんな事を言い出した。
「姫言うな。だがまあ、貰ったからには対価は支払わねばな」
小さく切ったりせずに爪楊枝で刺したういろうを、頼華ちゃんはそのまま口に放り込んでもぐもぐしてから、お茶を一口飲んだ。
「朔夜の胸元には、こう、色っぽい黒子があってな……」
頼華ちゃんは胸の谷間からやや左側の辺りを指差しながら、黒子の位置の具体的な説明をした。
「頼華様っ!? 松永ぁ! 貴様も聞きたがるんじゃ無いっ!」
取り乱した朔夜様を余所に、相変わらず松永様はどこ吹く風といった風情で小さく舌を出している。
「あの、頼華ちゃん、本当にその辺でやめようね?」
「しかし兄上。恩を受けたのなら、ちゃんと返すのが人の道という物で」
「うん。言ってる事は間違ってないんだけど……」
(朔夜様の胸の解説をするのは、人の道には外れてないのかなぁ……)
人に誇れる胸だとは俺も思うのだが、朔夜様の顔色が赤を通り越して黒っぽくなってきているので、そろそろ本格的に頼華ちゃんを止める必要がありそうだ。




