あなた
「これは……何かの遊技盤でございますか?」
食後に、おせんさんの手で丁寧に入れられたお茶を飲み始めてから、源平碁の盤を取り出して卓上に置くと、興味深そうに見ながら椿屋さんが呟いた。
「源平碁と言いまして、身内では好評だったので、椿屋さんにもお試し頂こうかと思いまして、持ってきました」
(駒を入れる箱とかが欲しいな)
お試し用なので、駒は蜘蛛の糸で作った巾着に入れてあるのだが、丈夫なのはともかく高級感とかは皆無だ。
「こう、盤の中心に互い違の色に駒を並べまして、方法はお任せですが先手番を決めて始めます。先手が赤、後手が白になります」
例によって、ルールの説明をしながら駒を置いていく。
「ふむふむ……」
「「……」」
椿屋さんだけでは無く、お藍さんとおせんさんも盤を覗き込み、俺の説明に聞き入っている。
「今回は俺が先手番、で、いいよね?」
「勿論ですっ! さすがは兄上!」
「「「?」」」
源氏を表す色である白を自分が使うのは当然と、頼華ちゃんは鼻息が荒いが、椿屋さん達は意味がわからなくて首を傾げている。
「それじゃ、こう駒を置いて、挟まれた駒は裏返ります」
「では、余はここに!」
「じゃあ、こっちかな」
数手は、お互いに無造作に駒を置いては裏返すという攻防が続いた。
「んー……こっちかな?」
駒を裏返らせる数は少ないが、次の手番で頼華ちゃんが角を取れない位置に打ち込んだ。
「むぅ……さすがは兄上。で、ではこちらに」
「ふむ……今度はこっちかな?」
「えっ!? で、では、余はここへ……」
さっきは躱したのに、今度は俺が角を取られる位置に打ち込んだので、頼華ちゃんが訝しげに見ながら、角に駒を置いた。
「それじゃこうして」
「っ!? 角を取った余の方が、圧倒的に有利になったはずなのに!?」
角を明け渡した俺が、次の一手で一気に駒を白から赤に裏返らせるのを見て、頼華ちゃんの表情に驚愕が浮かんだ。
「角を取れば有利にはなるけど、まだ終わった訳じゃないからね」
「くっ!」
挟まれる事の無い角を取ると、頼華ちゃんの言うように圧倒的に有利になるが、それは勝利を確定させるという意味にはならない。
頼華ちゃんが角を取る一手前の打ち込みは俺の誘いで、その次の自分の手番で大量に駒が裏返るように仕込んでおいたのが功を奏して、最終的な勝利に繋がったのだ。
「うぅ……源氏の白を使ったのに、負けてしまうとは……」
「勝負は時の運って奴だね」
「兄上は、なんでも御上手過ぎますっ!」
源氏の旗の色の白い駒を使って負けたのが余程悔しいのか、頼華ちゃんが悔しげに頬を膨らませている。
「頼華ちゃんも強かったよ。それとも、負けてあげた方が良かった?」
「うっ……はぁ。兄上には敵いませんね」
武人である頼華ちゃんに、手加減をするというのは侮辱になると思ったので、少し大人気無いとは思ったが、全力を出して迎え撃ったのだ。
頼華ちゃんにも俺の言いたい事は伝わったようで、悔しそうな表情から一転して、にこーっと笑顔になった。
「ううむ……これは簡単ではありますが、奥深く面白いですなぁ」
勝負の決した盤を眺めながら、椿屋さんが呟いた。
「決まりとしては、必ず相手の駒を裏返らせる位置に打ち込というのと、裏返せない場所に打ち込めない場合には、一回休みになります」
「ははぁ……成る程」
頭の中でシミュレートしているのか、盤を見ながら椿屋さんがうんうんと頷いている。
「これは、お試し用に置いていきますので、皆さんで遊んでみて下さい」
「本当でございますか!?」
「え、ええ……」
(そんなに気に入ったのかなぁ……)
椿屋さんの激し過ぎる反応に気圧されて、少したじろいでしまった。
「これはあくまでもお試し品なので、お気になさらずに」
「そうなのでございますか?」
「ええ。ちゃんとした製品は、今後はブルムさん……こちらでもお使いの石鹸を取り扱って下さった俺の知り合いの商人の方が、京で店開きをしてそこで取り扱います」
屋号はまだ決まっていないが、京の九条大路の店の場所と、隣が履物屋である事を説明した。
「ああ、その履物屋でしたら知っております」
俺の説明と店の位置が頭の中で一致したらしく、椿屋さんは納得顔になった。
「鈴白様に連絡を取りたい場合には、そのお店の方へお願いすれば宜しいので?」
「俺の店では無いので、あまり頻繁だと御迷惑が掛かってしまいますけど……基本的には大丈夫だと思います」
椿屋さんが俺に連絡を取るような何かがあるのかはわからないが、旅に戻るまではブルムさんの店と里との間を行き来する事が多いだろうし、特に支障は無いだろう。
「お父さん。この源平碁、私も欲しいです」
「おや、お藍は囲碁や将棋も出来るのに、欲しいのかい?」
(さすがは高級な妓女のお藍さんは、囲碁も将棋も出来るのか)
教養のある客への対応の為なのか、お藍さんは囲碁も将棋も嗜んでいるようだ。
「私以外に、囲碁や将棋が出来る者が少ないですから……頻繁にお父さんに、お相手をして頂く事も出来ませんし」
「ああ、そういう事かい……」
「ん? どういう事ですか?」
お藍さんの言葉が、椿屋さんは腑に落ちたらしいが、俺には理解出来なかった。
「お藍の他に囲碁や将棋が出来る者が少数なのはお聞きの通りなのですが、実力が同じくらいとなりますと、私くらいになってしまうのですよ」
「あ、成る程。そういう事ですか」
椿屋の中でも数少ない囲碁や将棋を打てる人でも、お藍さんに実力が匹敵する人は少ないので、打っていても張り合いが無いという事なのだ。
かと言って、店主の椿屋さんには様々な仕事があるので、お藍さんが空き時間に……とか考えても、思い通りにはならない。
(源平碁ならルールは簡単だし、思わぬ人が実力者って可能性もあるしな)
源平碁も頭脳ゲームなので、結局はお藍さんが一番強いという結果になってしまうかもしれないが、それでも椿屋の従業員の人が覚えて打つようになれば、以外な人物が台頭してくる事も考えられる。
「鈴白様。発売はまだ先だという事ですが、三……いえ、五組予約させて頂けますか?」
「えっ!? それは構わないと思いますけど……」
(予約っていうのは考えてなかったな……)
勿論、気に入って買って貰えればとは思ってサンプルを持ってきたのだが、まさか予約、しかも複数という運びになるとは考えてもみなかった。
「あの、普及品と高級品、それと持ち運べる携帯用を考えているんですが、どうします?」
お藍さんは店内で遊ぶのだろうから、携帯用はいらないと思うが念の為だ。
「そうですね……普及品を四組と、高級品を一組でお願いします」
「お藍、普及品は控え時間に、高級品はお客様相手に使うつもりかい?」
「え? ええ。そのつもりですが」
椿屋さんが注文内容に口を挟んできたので、お藍さんが何事かと首を傾げている。
「店の物として考えるのなら、お前が負担する必要は無いよ。という訳で鈴白様、普及品を十組と、高級品を三組、予約をお願い致します」
「は、はあ……」
(売れるのは喜ぶべきなんだろうけど、まだ正式発売前なのに、いいのかなぁ……)
「あの、値段も決まってないのに、構わないんですか?」
発売する商品は、普及品でも試供品よりはしっかりしていて高級感があると思うが、商売人の椿屋さんが現物も見ないで決めてしまっていいのか、という気はしてしまう。
「ははは。鈴白様とブルム殿が関わっている商品でしたら、無茶な値付けはなさらないでしょうから」
「それはそうなんですけど……」
信用されているとは言っても、やはり心中は複雑だ。
「あ、追加で携帯用も一組、お願いしましょう」
「? 旅に出る御予定でもあるんですか?」
妓楼である椿屋の店主が、観光以外で旅に出るとは思えないので、プライベートな事に突っ込み過ぎだとは思ったが、つい口に出してしまった。
「いえいえ。他の店に用事で出向きました時に、携帯用を持って行って、そこの店主とかに源平碁の事を教えてやろうと思いましてね」
「それは……ありがとうございます」
はっきりとは言わないが椿屋さんは、源平碁の宣伝というか営業を、買って出てくれたのだ。
面白いゲームだと思うし、売れると思ったから持ち込んだのではあるが、どれだけ宣伝をしてくれても、椿屋さんの方にメリットは無いのだ。
「碁を打つ相手を碁敵と言いますが、そういう相手が増えれば、私自身の楽しみも増えますしね」
微笑みながら椿屋さんがそんな事を言うが、実際には仕事が忙しいだろうから、そんなに時間が取れるとも思えない。
「そこまでして頂いては申し訳無いですから、高級品と普及品を一組ずつは……」
「いやいや。鈴白様、ちゃんと代金はお支払いしますよ?」
「そう仰ると思いましたから、一組ずつは仕入れ値でお納めします」
プレゼントは固辞されると思ったので、少し変化球を椿屋さんに提示した。
「これはこれは……鈴白様は商売が御上手だ」
「大店の椿屋さんに認めて頂けるとは、光栄です」
「?」
俺と椿屋さんの一連のやり取りの意味が理解出来ていないのか、頼華ちゃんは首を傾げながら湯呑を口に運んだ。
「それじゃあ、失礼します」
「馳走になった!」
料理の試作なんかもあったので、思ったよりも椿屋さんに長居をしてしまった。
とは言っても、古市に着いたのは昼前なので、帰宅予定時間には相当に余裕がある。
「いえいえ。大したおもてなしもしませんで、結構な物も頂いてしまいまして」
椿屋さんの言う結構な物が、蜘蛛の糸の着物なのか、それとも源平碁なのかは不明だ。
ともあれ、お世辞では無く喜んでくれているみたいなので、プレゼントをした甲斐はあった。
「親方。次はもっと満足して頂けるように、腕を上げておきます!」
「期待してます」
アレンジは上手く行ったちは言えないが、貞吉さんの料理自体はどれも美味しく、特に鰻に関しては蒲焼ならば、江戸の嘉兵衛さんに匹敵するレベルになっているかもしれない。
「鈴白様、次にいらした時には是非、私と源平碁で勝負して下さい」
「お藍さんは強敵になりそうで、怖いですね」
「うふふ。それで、私が勝ったらその夜は……」
お藍さんが口の端を吊り上げ、妖艶な微笑みを浮かべながら流し目を送ってくる。
「はぁ……お藍も懲りないな」
「ひぃっ!? じょ、冗談に決まってるじゃないですか? 頼華様もお人が悪い……」
(……絶対に冗談じゃ無かったな)
小さく溜め息をつきながら頼華ちゃんが軽くひと睨みすると、お藍さんは慌てて俺から視線を逸し、体裁を取り繕った。
「鈴白様。またのお越しをお待ちしております」
「はい。そう頻繁には来れませんけど、また」
伊勢を出立した頃のような熱量は感じないが、それでもまだ、おせんさんの視線には俺への特別な想いが混じっているのを感じる。
「それじゃ頼華ちゃん、行こうか?」
「はいっ!」
「「「!?」」」
俺がわざとらしく肘を出すと、すかさず頼華ちゃんが腕を絡めてきた。
そのシーンを目撃した椿屋さん達が、驚きに小さく息を呑むのが聞こえた。
(お父さん。鈴白様の本命って、おりょうさんだと思っていたんですけど!?)
(そりゃ、私もそう思っていたよ……だが、どうやらもう少しお若いのが御趣味だったようだねぇ)
ひそひそと、お藍さんと椿屋さんとの囁き合いが耳に入ってきた。
(お若いのが趣味って……)
囁き交わす内容に抗議をしたくなったが、ここはグッと我慢する。
それに若いからという理由で好きになった訳では無いのだが、だからと言ってあまり強く否定すると、頼華ちゃんを傷つける事になってしまう。
(……次に来る時は、おりょうさんと一緒にしなくちゃな)
腕を組んで歩く姿を見せて、俺と頼華ちゃんが特別な仲になったというのを、おせんさんを始めとする人達に見せようという意図だったのだが、おりょうさんとも特別な仲だというところも見せておかなければならない。
(俺が好色な人間だと思われるのは……まあ仕方がないか)
そこまで気が多いという訳では無いと自分では思っているのだが、それでも婚約をした相手が二人いるのは事実だ。
そしておりょうさんとの仲もおせんさん達に見せなければ、自分が好色だと思われる事以上に、今後何かと支障が出る。
「「「…」」」
「♪」
見守り続ける椿屋さん達の視線が背中に突き刺さるような錯覚を覚えるが、鼻歌交じりで歩く上機嫌な頼華ちゃんと連れ立って、俺達は椿屋を後にした。
「御免下さい」
「たのもう!」
古市から、界渡りで辿り着いた五十鈴川に掛かる橋に程近い代官所まで歩いた俺達は、門番の人達に声を掛けた。
「これはこれは……鈴白様に頼華様ではないですか!? お久しぶりでございます」
「旅に出られたはずですが……今日はどのような御用向きで?」
門の両サイドに立っている門番の人達とは、代官所に滞在している間に顔見知りになっていたし、代官の朔夜様と役人の松永様の知り合いという事が周知されているので、非常に物腰低く俺と頼華ちゃんを迎えてくれた。
「さく……代官様と松永様に御用なのですが、いらっしゃいますか?」
うっかり朔夜様を名前で呼びそうになってしまったが、必要以上に親しいアピールをする事も無いので言い直した。
「中にいらっしゃいますが、今は御代官様も松永様も執務の最中でして……」
「そうですか。それなら待たせて……」
「つべこべ言わずに、兄上と頼華が来たと、朔夜を呼べい!」
和やかなやり取りをぶち壊すように、頼華ちゃんが門番の人達に恫喝気味に言い放った。
「ら、頼華ちゃん!? ダメだったら……」
「むぐぅーっ!?」
幾ら何でも高圧的な態度過ぎるので、頼華ちゃんの口を塞ぎながら動きを制した。
「俺達が来たとだけ、代官様にお伝え下さい。執務が終わるまでお待ちしますから」
「は、はぁ……」
逃れようと腕の中でジタバタしている頼華ちゃんを抑えながら、門番の人達に慌てる必要は無い旨を伝える。
「頼華ちゃん、めっ!」
「う、うぅー……御免なさい」
軽く額を突っつきながら注意すると、頼華ちゃんは反省したのか、主人に叱られた仔犬のように項垂れた。
「俺にじゃないでしょ?」
「うっ……申し訳なかった」
さすがに態度に問題があったと自覚したのか、俺の言う事に素直に従って、頼華ちゃんは門番の人達に頭を下げた。
「い、いえ。私達は別に……」
「御代官様と松永様には、鈴白様と頼華様の御訪問をお伝え致しますので、どうぞこちらへ……」
頼華ちゃんに頭を下げられるとは思っていなかったのか、門番の人達はひたすら恐縮しながら正門脇の潜戸を開けてくれた。
(おい……鈴白様が頼華様よりも強いって、本当だったんだな)
(ああ。俺も噂だけだと思ってたけど……)
潜戸を閉めている門番の人達の囁き合う声が聞こえてくる。
(まあ普通は、そう思うよな)
代官所の鍛錬場で、朔夜様が頼華ちゃんに為す術も無く負かされたのは知れ渡っているようだが、俺の事は料理が上手い朔夜様の知り合い程度にしか思われていない節がある。
(実際、朔夜様とは立ち会ったりしていないから、それも当たり前か)
立木に対しての斬撃や拳法の型を朔夜様に披露した事はあるが、俺が実際に戦って負かしたりはしていないので、強さが情報として伝わっていないのだろう。
そのお陰というか、自分が代官所の人達に必要以上に恐れられるような状況にはならずに済んでいるのだが、俺とは逆に朔夜様やり込めてしまった頼華ちゃんは、畏怖とか恐怖の対象になってしまっているように感じる。
(頼華ちゃんと俺とじゃ、見た目からして差があるからなぁ……)
武家の名門の源家の息女だけあって、頼華ちゃんは幼いながらも凛々しくて気品がある。
しかし俺は一般庶民の出で容貌に特徴も無いし、体格的にも戦闘向きには見えないだろうから、良くも悪くも脅威認定されていないのだろう。
「こちらでお待ち下さい」
「ありがとうございます」
代官所内の応接間に通された俺と頼華ちゃんは、湯気の立つ湯呑の置かれた座卓の前に、二人で並んで腰を下ろした。
「せっかくだから頂こうか」
お茶と一緒に茶請けに、白と小豆色のういろうが出されたので、頼華ちゃんに言いながら添えられていた爪楊枝を手に取った。
「……」
「頼華ちゃん、どうかしたの?」
俺が促したのに、頼華ちゃんは正座をした膝の上で、拳を握ったまま俯いている。
「あ、兄上に、恥をかかせてしまいました……」
「恥をかかせたって……ああ、さっきの事? そんなの気にしてないよ」
門前で恫喝めいた態度をとって、それを俺が注意した事を頼華ちゃんは気にしているようだ。
「で、ですが……兄上の妻たる者として、出過ぎた真似を」
「つ、妻……ま、まあ、確かにやり過ぎだと思ったけど、すぐに門番の人達に謝ったし、それを許すくらいの度量は、俺にはあるつもりだけど」
あそこで頑なに態度を変えなければ、怒りも呆れもしたかもしれないが、頼華ちゃんの注意をされれば自らの非を認めて謝るだけの素直さを、俺は凄く好ましく思っている。
「それよりも頼華ちゃん」
「なんですか?」
俺が問い掛けると、頼華ちゃんは俯いた顔を上げてこちらを見た。
(何度見ても、美少女だよなぁ……)
不思議そうに、黒目がちの瞳で俺を見てくるこの美少女が、自分からのプロポーズに応じてくれたなどというのが、未だに信じられない。
「あの……兄上?」
「あ、ごめん……って、その、兄上って呼び方なんだけどさ」
つい、可愛らしさと繊細さが同居する頼華ちゃんの美貌に見惚れて、言葉を失ってしまっていた。
「今までずっと兄上とお呼びして参りましたが、何か問題でも?」
「う、ん……今まではね。兄と呼ばれて、それはそれで嬉しかったんだけど」
元の世界では一人っ子だったので、兄と呼んで慕ってくれるのは本当に嬉しかった。
それが頼華ちゃんのようなとびっきりの美少女であれば、尚更だ。
「?」
「その、ね……頼華ちゃんが俺の、その……つ、妻に、なってくれたんなら、まだ兄上って呼び方なのかな、って……」
当人である頼華ちゃんに対して、妻という単語を絞り出すのに、物凄く精神力を必要とした。
「っ! そ、そうですね……で、では……あ、あなた?」
「っ!」
ドクン!
(こ、これは中々、来るものがあるなぁ……)
頼華ちゃんに「あなた」と言われた瞬間、心臓の音がはっきりと聞こえ、鼓動と同時に身体が揺れたように感じた程だ。
「で、ですが、あに……あ、あなたも、余の事を、ちゃん付けでお呼びではないですか!」
いつも通りに兄上と言いそうになって、頼華ちゃんは口籠りながら言い直した。
「あ、ああ……そうだね。じゃ、じゃあ……ら、頼華?」
「は、はい……あなた」
(何やってんだ、俺達……)
ママゴトみたいなやり取りをしている内に、俺と頼華ちゃんはお互いの顔を直視出来なくなって、顔を真赤にしながら俯いてしまった。




