周天の腕輪
後ろ髪は長いが、前髪は眉の上で切り揃えられているので、少女の表情がはっきりと見える。幼いながらも獲物を狙う猛禽類のような視線が、俺に絡みついてくる。
「……お主、強いな。そこの娘も相当だったが、正恒の知り合いか?」
「俺の知り合いか? って、姫さん、あんたか」
「姫言うな」
「おりょうさんをこんなにしたのは、お前か!」
正恒さんの知り合いのようだが、今はどうでもいいことだ。
「そうだ。ちょっと余の家臣が可愛がってもらったようなので、その礼にな」
「ふざけるな!」
俺の剣幕に、目の前の少女の目が、スッと細まる。
「ほう……余にそんな暴言を吐いた奴は久しぶりだ。それで、余がふざけているなら、どうすればいいと言うのだ?」
「おりょうさんに謝れ!」
「お、おい、良さん、その人はな……」
正恒さんが口を挟もうとするが、俺は無視する。相手が誰だろうが関係ない。おりょうさんを傷つけたのだ。
「勝った方が謝るとは、おかしな話だろう。余に謝らせたければ、そなたが余を負かしてみせよ」
「わかった……」
「良さん、完全に頭に血が昇っちまったか……姐さん、愛されてるな」
「正恒さん、おりょうさんを頼みます」
俺は家の外に出ると、三メートルほどの間を開けて少女に向き合った。背も低く、身体に似合わない長い刀を携えた少女は、幼い容姿に似合わない袴姿だ。
「そなた、何も獲物は無くて良いのか?」
「構わない」
「そうか。遠慮はせんぞ」
おりょうさんの物と思われる血を、刀を一振りして払うと、少女は体格に合わないアンバランスに長い刀の切っ先を俺に向けて構えた。こんな時じゃなければ目を奪われそうな、堂々とした美しい構えだった。
「覚悟はいいか?」
「いつでも来い」
「では行くぞっ!」
一声発した少女は、一呼吸も置かずに斬り掛かってきた。
「くっ!?」
「……今のを躱すか!?」
俺は、少女の攻撃の前に刀から発された、おそらくは殺気だと思われる迸る光の軌跡を、半歩身を引いて完全に躱した……はずだったが、あまりにも早い斬撃に体の反応と見切りが追いつかず、服の胸元辺りを少し切り裂かれた。
「っくくくく……はーっはっはっはぁ! 面白い! 面白いな貴様は! よし、次は貴様がかかってこい! ただし、本気の攻撃でなければ、余を負かすことなど出来んぞ!」
愉快そうに高笑いした少女は、元いた位置まで下がった。多分だが、素手では攻撃が届く前に、腕ごと斬られるな……俺は少女に背を向けて、家の中に入った。
「どうした。尻尾を巻いて逃げるのか? まあ、余の斬撃を避けただけでも、褒めてつかわすがな」
「正恒さん、これをお借りします」
勝手な事を言っている少女を無視して、俺は昨日、猪などを捌くのに使った、握りの部分に布を巻いた刃物を、木の箱の中から取り上げた。
「お、おい、良さん、そんな物じゃ……」
「勝てるかどうかはわかりませんが、本気を出します。いや、勝って、おりょうさんに謝らせますよ」
「いや、良さん、あの人はな……」
「おりょうさん、もう少しだけ待ってて下さい」
まだ気を失っているおりょうさんの顔に少し触れてから、俺は立ち上がって家の外に向かう。
「そんな物で、余をどうにか出来ると思うとは、舐められた物だな」
「これだけじゃない」
「何?」
俺はこの世界に来る前にヴァナさんに貰った、「周天の腕輪」を軽く弾いた。手首から浮き上がって回転し始めた腕輪に、周囲のエネルギーが吸い込まれ、気に変換されて俺の体内へ供給される。
「な、なんだとっ!?」
腕輪が回っている間は、無限に送り込まれる続けるエーテルは俺の身体を満たし、余剰分が溢れ出して光に包まれているような状態になる。
(これで、持った刃物に気を込めて攻撃すれば、いけるか?)
慌てたように刀を構え直した少女の持つ強大な闘気が、手にした刀と身体の周囲を覆い、強固な防護壁を形成しているのが、今の俺には視える。
(これじゃあ足りない……そうか)
俺は観世音菩薩様から授かった不動明王の権能である炎を、体内に送り込まれ、放出される気に混ぜ込むようにイメージする。すると、身体を包んでいた光が、炎に変化した。
「お、お不動様!?」
後ろで見ていた正恒さんが、そんな声を上げた。
「お、面白い。まだ知らない、こんな相手がいたとはな……」
表情に、僅かに怯んだ感じが滲んだが、ペロッと舌で唇を舐めた少女が表情を引き締めると、身に纏う闘気が輝きと強度を増したように見える。
「ふっ!!」
「くぅっ!!」
構えも無しに踏み込んだ俺は、力任せに刃物を上段から振り下ろし、少女の闘気の護りを切りさいた。しかし、正恒さんの手製とは言え、何の変哲もない刃物は、刃で受け止められた部分から折れた、と言うより斬れた。
(だ、だめだったのか!? ごめん、おりょうさん……)
「は、ははは……」
俺の斬撃を受け止めた少女は、地面に尻餅をついて、虚ろに笑っていた。
「ははは……おった、おったぞ。余よりも強い男が……」
呆然と、そんな事を呟いている少女の持った刀の柄に無数のヒビが入り、やがて砕け散った。
「良太っ! あ、あたしは大丈夫だから、もうやめてっ!!」
「おりょうさん?」
俺から吹き出している炎を見て心配したのか、必死の形相でおりょうさんが叫んでくる。
「良さん、俺からも頼む。その辺にしておいてやってくれ」
意識を取り戻したおりょうさんを見てホッとして、正恒さんにも諭されて、俺は頭でイメージして炎を消した。
「良太、あんたこんな事して、身体は大丈夫なのかい?」
「身体が大丈夫じゃないのは、俺じゃなくておりょうさんの方でしょう?」
自分の傷よりも俺の方を心配してくれているおりょうさんに、嬉しさと共に苦笑するしか無い。
「この状態なら、少し無理が利きますから。おりょうさん、傷を完全に治します」
「で、でも、こんな傷じゃ、縫ったりしないと……」
確かに、流血は止まって少しは痛みも和らいだだろうが、普通なら縫合しなければ傷は塞がらないだろう。
でも、俺は治せると確信している。
「いいですか。俺と呼吸を合わせて下さい」
「う、うん……こうかい?」
俺の胸の動きを見ながら、おりょうさんが呼吸を合わせてくる。文字通り「気」を合わせるようにして、腕輪を通して俺に流入してくる気をおりょうさんに分け与え、逆に傷を俺が分け与えてもらうイメージで、相乗効果で傷を修復していく。
「おいおい。傷が小さくなっていってくぜ……」
驚きに目を見張る正恒さんの視線の先で、おりょうさんの腕の傷が小さくなって完全に塞がり、やがて肌の引き攣れ程度になったと思ったら、次の瞬間には見えなくなった。
「見た目には傷は無くなりましたけど、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……ほんとに、傷が消えちまったよ」
自分の身に起きた事が信じられないのだろう、おりょうさんは腕を動かして、色んな方向から確認している。
「大丈夫そうですね。良かった……」
「りょ、良太!?」
腕輪の回転を停めた俺は、本当に無意識の行動でおりょうさんを抱きしめた。腕に傷でも残ったら一大事だし、それどころか処置によっては命に関わっていたかもしれないのだ。
「もう。あんだけ凄い事が出来るのに、甘えん坊なんだねぇ……」
「すいません……」
怒ったりはしていないみたいなので、軽く抱き返してくれるおりょうさんに、少しだけ甘えることにした。
でも、本当に生きた心地はしなかった……。
「ん!?」
そして落ち着きを取り戻したから気が付いたのだが、手にした刃物に巻かれた布と同様に、下着が燃え尽きてしまっているようだ。
特別な付与をされた服と鵺の靴は、俺の意思に反応したのかはわからないが、気と炎のダメージは受けていないようだった。気だけなら大丈夫なのかもしれないが、検証する行為自体が、かなり間抜けに感じるなぁ……。
「ど、どうかしたのかい? やっぱり、身体のどっかが……」
唐突に、突き放すように身体を離した俺に驚いたのか、おりょうさんが俺を気遣うように、あちこちをペタペタと触ってきた。あ、下着が無いのがバレるんじゃ……。
「お、俺は本当に大丈夫ですから……」
「本当かい?」
「ごめんなさい……」
ボソッと、声がした方を見ると、ついさっきまで戦っていた少女が、地面に額を付けて土下座していた。
「そこの娘にも、本当に申し訳ない事をした。余に出来る限りの詫びはさせてもらうので、なんなりと言ってくれ。命を差し出せと言うなら、いつでも腹を切ろう」
「いやいやいや。お姫さん、物騒な事を言いだすんじゃねえよ」
「お姫さん言うな」
地面に額を付けた姿勢を崩さずに、少女は正恒さんに反論する。
「で、こう言ってるが、姐さんはどうしたい?」
「あたしは、まあ痛い思いはしたけど、良太がやり過ぎなくらい懲らしめてくれたからね……どうしてもって言うなら、あちこち切れちまった着物の弁償でもお願いしようかね」
言われてみれば、おりょうさんの着物のあちこちがに、斬撃と転倒が原因だと思われる損傷が見られる。
「俺は別に何も無いですよ」
「だってよ、お姫さん。そろそろ顔を上げちゃどうだい」
「お姫さん言うな」
額に付いた土を気にした様子も無く、お姫さんと呼ばれた少女が立ち上がって近づいてくる。
「改めて、すまなかった。娘の申し出の着物、確かに承った」
「ところでお姫さん、ちと確かめたいんで、太刀を見せてくれるかい」
「お姫さん言うなと申しておるであろう……ほれ」
柄が砕け散ったので茎と呼ばれる、刀身から繋がる金属の部分を正恒さんは握っている。どうやら刀では無く太刀だったらしいそれを、正恒さんは色んな方向から観察した。
「良さんも凄かったが……あの斬撃を受けて刃こぼれしたりしないのは、さすがは『薄緑』ってところか」
「うむ。この伝家の宝刀『薄緑』でなければ、余の身体は真っ二つになっていたであろう
「っ!? ま、正恒さん。『薄緑』って、もしかして源氏の……」
俺は、源氏に伝わる太刀の一振りの変名を思い浮かべた。
「うむ。『蜘蛛切』とか『吠丸』という名もあるが、御先祖様が改めて名付けた『薄緑』という名を、余は気に入っている」
もう気分が切り替わったのか、年相応の薄い胸を張って鼻息荒く、御先祖とその愛刀を自慢している。
「じゃ、じゃあ、当然この、方は……」
恐る恐る、正恒さんに訊いてみる。
「俺が鎌倉で世話になってた……」
「申し遅れたな。次代の源の頭領、頼華だ。余よりも強いお主には、特別に頼華と呼ぶ事を許すぞ」
よりによって、関東を大きく三分する源のお姫様にして次期頭領とは……俺って、打ち首になったりするんだろうか? おりょうさんのために戦った事は後悔していないが、将来が不安になってきた。
「ところで、そなたの名はりょうたで良いのか?」
「え、ええ。鈴白良太です」
「ふふふ。余を前にすれば無理も無いが、そう固くなるな。では、今後はりょうたと呼んで良いな?」
そんなに発音し辛い名前だとは思えないんだが、何故か俺の名の呼び方が辿々しいな。
「お姫さん、あんたは高貴な身分だが、それでも年上の、それも自分を負かした相手には、殿とか様をつけるもんなんじゃねえのか?」
「そういうお主が、相当に不敬だと思うんだが、言う事はもっともだ。では、りょうた殿で良いかな?」
「いや、そういう呼び方は……呼び捨てで構いませんよ」
「ほれ見ろ、正恒。そちが気を回し過ぎなんじゃ」
ふふん、と、頼華さんは正恒さんを小馬鹿にしたように微笑んだ。
「くっそ……おい良さん、勝者の権利だ。この馬鹿姫に、良太様って呼ばせろ!」
「嫌ですよ、そんなの……」
「馬鹿姫とはなんじゃ! 馬鹿っていう方が馬鹿なんじゃ!」
「あんた達……」
俺達三人のやり取りに、おりょうさんが大きな溜め息をついた。
「そいじゃお姫様、良太の事は、お兄ちゃんと呼んじゃどうですか? そいで、あたしの事はお姉ちゃんと」
おりょうさんは、取り出した手拭いで頼華さんの頬に左手で触れながら、額の汚れを落とした。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんというと、兄上と姉上という事じゃな!? うむ。それはいい!」
兄と姉という単語に、何か頼華さんの琴線に触れる物があったのか、見開いた瞳を輝かせている。
「では、りょう姉上、りょうた兄上、今後も宜しく頼むぞ!」
「はいはい。頼華ちゃん」
「おお、今までに無い名の呼ばれ方が、なんとも心地良いぞ! りょうた兄上も呼んでみてくれ!」
自宅の近所に小さい子とががいなかったから、こういう呼び方に慣れていないので、ちょっと照れくさいが、頼華さんの期待を裏切るのも悪いな。
「これから宜しく、頼華ちゃん」
「うむ! あ、だが、他の者の前では、済まんが源家の者として扱ってくれ。余は気にしないが、そういうところにうるさい者が多くてな」
無礼討ちとかは無いっておりょうさんが言っていたけど、この辺は仕方のない事だろう。もっとも、ちゃんとした礼儀作法とか身についてないけど。
「いててて……あ、どうやら少しは落ち着きましたか?」
色々と大変な事になっっている緊張感をぶち壊しにするような、やたらとのんびりした口調で、左腕を押さえながら俺と同い年くらいに見える、あちこち土で汚れた武者装束の少年が、二頭の馬の手綱を引いて歩いてきた。
「遅かったな、頼親」
「ああもう、こんなに汚して……どうせ皆様に御迷惑を掛けたんでしょう? どうもすいませんね」
頼親と呼ばれた少年は、頼華ちゃんの衣類の汚れを手ではらいながら、ペコペコと頭を下げる。なんというか、頭を下げるのに慣れた感じがするのが物悲しい。
「あ! 良太、こいつが騒ぎの元凶だよ!」
「えっ!?」
おりょうさんが言うには、藤沢からの山道のギリギリの辺りから、この家を伺っている、頼華ちゃんのお付きというかお目付け役の頼親さんを発見した。
頼華ちゃんの先触れで来た頼親さんだが、どう説明するかを悩んでいる内に、若干の殺気を孕んで近づいてくるおりょうさんに怯み、逃げようとしたところを馬から引きずり降ろされて抑え込まれ、そこに頼華さんが登場。
鎌倉でもそれなりに強い頼親さんを組み伏せるおりょうさんを見て、自分も戦ってみたくなった頼華ちゃんは、自分の斬撃を次々と躱されて次第にヒートアップしてしまった。どうもバトルマニアという奴なのか、戦闘行為が好きみたいだな。
遂に間合いに踏み込まれたが、おりょうさんは自分で後方に跳ぶ事で、傷を負いながらも致命傷になるのを避け、正恒さんの家の木戸に激突……これが、俺が頼華ちゃんと立ち会うまでの一連の出来事だった。
「なんだよ。じゃあ姐さんにも、幾らかは責任があるんじゃねんか」
「あたしが悪いのかい? 家を覗き見してた輩がいきなり逃げ出したら、怪しいと思うだろ?」
正恒さんの言葉に、おりょうさんが口を尖らせて反論する。
「頼親が悪いのではないのか?」
「勘弁して下さいよ。姫が来ると正恒殿が逃げてしまうから、突然の訪問にしないとならないんじゃないですか……」
「姫言うな」
「あの、正恒さん、逃げるっていうのは?」
「ああ……」
源の本拠地に出向く時などには基本的な礼儀を守る正恒だが、根っからの職人なので、あまり堅苦しいのは好きではない。そういうところを気に入られ、鎌倉に工房を構えていた時には、良くお忍びで頼華ちゃんが遊びに来ていたのだそうだ。
遊び相手としてだけではなく、刀工としての腕前も認めていた正恒が鎌倉を離れた事に落胆した頼華ちゃんは、優秀な正恒を手放すのは源家の損失という名目で、持ち前の行動力を活かしてちょくちょく遊びに来ていたのだ。
その遊び(正恒の言葉を借りれば襲撃し)にくる頻度が多いので、馬の蹄の音が聞こえると逃げ出す習性が出来てしまい、対策として頼華ちゃんのお付きの頼親が、馬で近寄れるギリギリの位置から徒歩で斥候に出て、その後に頼華ちゃんが訪問、というのが最近のルーチンになっていた。そして今日の悲劇の発生という訳だった。
「なんかもう、責任の所在が誰にとか言うのが、バカバカしくなっちまうね……」
「いや、その……申し訳ない」
「すいませんねぇ、うちの姫が」
「姫言うな」
「ははは……」
おりょうさんのぼやきに、心底済まなそうな正恒さんと、やれやれというポーズをとる頼親さん。マイペースを守る頼華ちゃんと、もう完全にカオスだ。
「とりあえず、落ち着いたから、俺は作業をしたいんですけど。ちょっと思いついたこともありますし」
「そりゃ、俺は構わねえが……」
正恒さんは、俺以外の人間にチラッと視線を走らせる。
「ああ、そうおしよ。そいじゃ頼華ちゃん、あたしと一緒に風呂でもどうです?」
「風呂とは馳走だな。でも……いいのか?」
なんかおりょうさんの頼華ちゃんの扱いが手慣れた感じに見える。下に兄妹がいるんだろうか?
「もう、気にしちゃいませんよ。それに、まだ小さいとは言えこんなに美人さんなんだから、いつまでも汚れた格好してちゃいけませんよ」
おりょうさんが頼親さんをチラッと見ると、小さく頷く。
「それじゃ支度したら、行きましょうね。頼華ちゃん」
「うん!」
殴り合いの後の友情では無いんだろうけど、昔からお世話になってる近所のお姉さんという感じに、頼華ちゃんがおりょうさんに懐いているように見える。
「そんじゃ行ってくるから。風呂の後は、また適当に過ごしてるからね」
「行ってくるぞ!」
手拭いなんかを用意したおりょうさんと手を繋いだ頼華ちゃんが、繋いでいない方の手をブンブンと振りながら、河原にある風呂に並んで歩いていった。
「では、私は鎌倉へ戻ります。明日の朝に迎えに来ると、姫様にはお伝え下さい。あ、これ今日の迷惑料と宿代です。それと、源家伝来の太刀をこのままにはしておけませんので、私が持って帰ります」
頼親さんは懐から取り出した小さな巾着から、金貨を一枚掴み出して正恒さんに手渡すと、代わりに「薄緑」を受け取った。
「お姫さんを置いてっていいのかよ?」
金貨を眺めながら、正恒さんが頼親さんに尋ねた。
「ははは。鎌倉の武人全員で攻めても、ここは落とせないと思いますから、大丈夫でしょう」
愉快そうに笑った頼親さんは馬に跨ると、もう一頭の馬の手綱を引きながら去っていった。どこまで本気なのか掴みきれない人だ。
「やれやれ……さて良さん、変に時間を食っちまったから、晩飯までは忙しくなるぜ」
「はい」
やっと予定していた作業に戻れそうだ。大事にならなかったので言えるが、頼華ちゃんとの戦いで気付いた事を、すぐに活かせるのは良かった。




