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コンポスト

「おりょう姐さん! あ、味見をお願い致しますっ!」


 お糸ちゃんがガチガチに緊張した面持ちで、おりょうさんにヤマドリの汁の味見用の小皿を差し出す。


「どれどれ……うん。良く出来てるじゃないか。えらいえらい」

「ふわぁぁ……あ、ありがとうございますっ! で、でも、実は主人に……」


 おりょうさんに褒められながら頭を撫でられて、夢見るような表情になっていたお糸ちゃんだったが、すぐに申し訳無さそうな顔になり、おりょうさんの言葉を待っている。


「おりょうさん、俺が手伝いはしましたけど、最終的にこの味でいいと決めたのはお糸ちゃんですよ」

「おやそうかい? それでこの味になったんなら、大したもんだよ」

「ふぇぇぇ……」


 俺に手伝って貰ったと告げて、もしかしたら怒られるかもしれないとか考えていたのか、おりょうさんのなでなでする手が停まらないので、お糸ちゃんはどう反応したらいいのかわからなくておろおろしている。


「せっかくお糸ちゃんが作ってくれたんだし、冷めちまう前に頂くとしようかねぇ」

「そうですね。みんな、御飯にするから各自箸を持って、隣の食堂に行って座って待っててね」

「「「はーい!」」」


 みんな元気良く返事をして洗っておいた箸を取ると、厨房の仕切りの扉の向こうの食堂へ向かっていった。


「おりょうさん、訊きそびれていたんですけど、子供達ってどれくらい食べるんですか?」


 ふと、御飯茶碗と汁椀にどれくらい盛り付ければいいのかと思って手が停まった。


 御飯も汁もおりょうさんが用意したので、分量的の方も考えていたのだとは思うが、子供達が見た目のままの食事量なのかを訊き忘れていた。


「飯も汁も、大人の半分も食えば満足しちまうみたいだねぇ」

「そうですか。一応、京で目についた漬物や惣菜なんかも買ってきたんですけど、出しますか?」


 夕食の分量は足りるみたいだし、保存に関しては問題無いので無理に出さなくてもいいのだが、出せば食卓に変化をつけられる。


「そうだねぇ。漬物くらいは出してもいいんじゃないかい」

「じゃあ俺は、そっちをやりますね」

「そいじゃあたしが飯を……」

「汁はあたしがやります!」


 ヤマドリの汁の盛り付けの担当は、お糸ちゃんが立候補してくれた。


「おや、そいつは感心だねぇ。じゃあわかってると思うけど、熱いから気をつけるんだよ?」

「はい!」


 おりょうさんとお糸ちゃんの微笑ましいやり取りを見ながら、俺は買っておいた胡瓜と茄子の漬物をドラウプニールから取り出して食べやすい大きさに切り、四枚の皿に盛り付けた。


 各自の分として小皿に盛り付けなくても、テーブルの真中に置いて好きに取るようにすればいいだろう。


「黒、白、盛り付けた分を運んじまいな」

「おう!」

「承知した」

「余も手伝います!」

「では私も」

「私もお手伝いしましょう」


 おりょうさんの言いつけで、黒ちゃんと白ちゃんが盆に載せた御飯と汁を運び始めると、頼華ちゃんとブルムさんとレンノールも、手伝いを申し出てくれた。


「すいませんねぇ、お客様に」

「いえいえ。この里の子供達は家族みたいなものですから」

「その通りです」


 ブルムさんもレンノールも、子供達の生い立ちを知っているのに家族と言ってくれるのが、俺には無性に嬉しかった。


 レンノールの場合には、ちょっとニュアンスが違っているのかもしれないが……。



「みんな、天の恵みを(もたら)してくれた神仏と、料理を作ってくれたおりょうさんとお糸ちゃんに感謝して頂こうね」

「「「はーい!」」」


 俺の言う事をどれくらい理解しているのかはわからないが、子供達は揃って元気良く返事をした。


 こういう事は習慣づけて少しずつ教えていく方が身に付き易いので、今の段階で子供達が理解していなくて、俺の言う事に習っているだけでも問題は無い。


「それじゃ食べようか。頂きます」

「「「いただきます」」」


 子供達と一緒にブルムさんとレンノールも、両手を合わせてから食事を始めた


 俺も箸と、ヤマドリの汁の椀を手に取った。



「兄上! お代わりを!」

「おれもー!」

「あー、お夕がこぼしたー!」

「ああ、ちょっと待っててね……」


 なんとも騒がしい食事の風景だが、幸せを感じる騒がしさだ。


「良太。今夜のところはゲルで雑魚寝かい?」


 茄子の漬物を箸で摘みながら、おりょうさんが訊いてきた。


「そうですね……各自の部屋は用意しましたけど、布団がありませんでしたね」


 ゲルの床は柔らかくて敷布無しでそのまま寝れば良く、蜘蛛の糸の布の薄い掛布があれば快適に夜を過ごせる。


 各自の部屋がある寮の床は、畳では無く板敷きなので、少し厚手の敷布が無ければ非常に眠り難いだろう。


「でもさすがに、ブルムさんとレンノールさんと夕霧さんまで一緒となると、ちょっとゲルでは狭い気がしますね」

「そうだねぇ……」


 里で過ごした最初の晩は、俺達一行と子供達全員だったが、以降は全員が揃う状況は無かったので、ゲルに窮屈さは全く感じないで済んでいたのだ。


 しかし今日の時点ではフルメンバーに加え、夕霧さんとブルムさんとレンノールがいる。


「あたし達だけ、寮の部屋を使うかい?」

「ああ、そうしましょうか」


(俺達五人が寮の部屋で寝れば、ゲルに相当に余裕が出来そうだしな)


 俺とおりょうさんと頼華ちゃん、黒ちゃんと白ちゃんの分の敷布くらいなら揃えるのは簡単だし、掛布程度の単純な形状の物なら各自が作れる。


「……姐さんと一緒に寝れないのですか?」


 おりょうさんの隣で食事をしていたお糸ちゃんが箸を停め、つぶらな瞳を潤ませている。


 二日間ではあるのだが、俺と里で過ごしていたおりょうさんと再会して、一緒に料理だけでは無く眠り事が出来ると、お糸ちゃんは楽しみにしていたみたいだ。


「あー……おりょうさんは御自由に」


 お糸ちゃんを始めとする子供達の、この程度の要求は聞き入れてやるのが年長者の努めだろう。


「そ、そうだねぇ……じゃあお糸ちゃん、今夜はあたしと一緒に寝ようか?」

「は、はいっ!」


 涙が零れ落ちそうな瞳を大きく見開いて、お糸ちゃんは花が咲くような笑顔になった。


「で、では私は、主人と一緒に……」

「お、俺も!」


 俺の向かい側に座っていた紬と玄が、お糸ちゃんに便乗してきた。


「却下」

「「ええーっ!?」」


 俺が拒否をするとは思っていなかったのか、紬と玄が世にも嫌そうな顔をする。


「ど、どうしてですの!?」

「お前ら……小さい子達の手本にならないでどうするんだ?」

「う……」


 紬が食い下がってきたが、俺の一言を聞いて怯んだ様子を見せた。


(俺を主人と呼ぶ割には、言う事聞かないよな……それにしても、これで里の代表と、守護を担おうって言うんだからなぁ……)


 最近になって自我を持ったっぽい玄はともかく、数百年を生きている紬には、もう少し自覚を持って欲しいものだ。


「あたしもりょう姐様と寝るー!」

「「「あたしもー!」」」


 お糸ちゃんと同じく、おりょうさんに名付けられたお結ちゃん、お朝ちゃん、お夕ちゃんが元気良く手を挙げて宣言した。


「お、おや。困ったねぇ……」


 おりょうさんも、まさか名付けた四人共が一緒に寝たいと言いだすとは思っていなかったようで、どうすればいいのか困っている。


「あたしはれんと寝るー」

「ははは。凜華ならばそう言ってくれると思っていましたよ」

「……」


(怪しい! 怪し過ぎるっ!)


 レンノールの爽やか過ぎる笑顔に思わず口走りそうになったが、凛華ちゃんの手前、黙っていた。


「夕霧ー。一緒に寝てくれるー?」

「はいはぁーい。いいですよぉー」


 夕霧さんと麗華ちゃんは歳の離れた姉妹のような雰囲気で、非常に和やかだ。


「「「あたしは頼華姐様と寝たいですっ!」」」

「お、おおっ!? そ、そうかっ? まあ良かろう!」


 まさか自分にお鉢が回ってくるとは考えていなかったらしい頼華ちゃんは、すぐに気を取り直して、風華(ふうか)ちゃん、雪華(ゆきか)ちゃん、陽華(ようか)ちゃんに向かって胸を張った。


「あの……」

「ん? (いつき)くん、どうかした?」


 少し離れた席で食事をしていた、黒ちゃんが名付けをした(いつき)くんが、遠慮がちな感じに俺に話し掛けてきた。


「しゅ、主人とお話したり、一緒に寝たりしたいんですけど……駄目ですか?」

「うん。いいよ」

「「なんでっ!?」」


 俺が(いつき)くんの申し出をあっさり承諾すると、紬と玄が悲鳴のような声を上げた。


「わ、私達の申し出は却下されましたのに、どうしてですの!?」

「そうですよ! 俺達だって!」

「あのね……仮にお前達の申し出を俺が承諾したとしても、小さい子達に譲ってあげるくらいの気持ちが無くてどうするんだ?」

「「う……」」


 俺のこの言葉はさすがに堪えたらしく、紬も玄も小さく一声発して俯いてしまった。


「紬も玄も、那古野や夕霧さんの住んでた集落に連れて行ってやったりしただろ? あれは十分に特別扱いだったと俺は思っているんだが」

「「ううっ……」」


 紬と玄が、更に俯く角度を深めた。


(まああの時点では、紬と玄以外の子供達の誰かを連れて、って訳には行かなかったのは確かなんだけど)


 数日会わない間に、子供達は言葉遣いも随分と流暢になり、ある程度見分けがつくくらいには個性も出始めた気がする。


 だが里で出会った当初は紬と玄以外の子達は、まだ自我が確立されているとは言い難かったので、危なっかしくて一緒に遠方まで出掛けるというのには無理があった。


 実際は界渡りで移動するのに、身体の周囲に(エーテル)を張り巡らせる事が出来るのが、里の中では紬と玄だけだったというのが主な理由なのだが。


「あの……僕もいいですか?」

「あ、(ほむら)ずるい! 僕もお願いします」

「僕も!」

「僕も!」

「あー……まあ、いいよ」


 (いつき)くんと同様に、黒ちゃんが名付けた(ほむら)くん、大地(だいち)くん、(くろがね)くん、(うしお)くんが便乗してきた。


 兄弟と言っていい関係の五人組なので、さすがに良いコンビネーションだ。


「お前らー! 御主人を盗るんじゃなーい!」

「「「ひいっ!?」」」

「黒ちゃん、大人気無いよ……」


 自分の直轄とでも呼ぶ(いつき)くん達が、今夜一晩俺を独占するのが不服なのか、一斉に悲鳴を上げさせる程度には本気で威圧をする。


「でもぉ……」

「みんなまだ小さいんだし、俺もこの子達とはあんまり話をしてなかった気もするから、いい機会だよ」


 子供達には出来るだけ平等に接してあげたいと考えているが、結構すれ違ってしまったりで、殆ど口を利いた事が無い子もいたりするので、積極的に申し出てくれるのだから応えてあげたいところだ。


(でも、ちょっと困ったな……)


 子供達を寝かしつけたら、ブルムさんや夕霧さん、レンノールも交えて今後の事を話し合おうおかと思っていたのだが、この後の入浴から就寝するまで、子供達が開放してくれそうにない。


(まあ、ブルムさんと少し煮詰めておけば大丈夫かな?)


 物流などに関しては、今後はかなりの部分をブルムさんに頼る事になるのだが、里側の事については極端な話、俺が背負ってしまえば問題無い。


「みんなそろそろ食べ終わるかな?」


 食堂内を見回すと殆どの者が食事を終え、話に花を咲かせている。


「それじゃ、御馳走様でした」

「「「御馳走様でした」」」


 俺が号令を掛けると、みんなピタッと会話を止めて両手を合わせた。


「じゃあみんな、寝る前に風呂に……っと、おりょうさん、お糸ちゃん、ちょっと来てくれますか?」


 各自が食器を持って厨房へ向かい始めたところで、話しておく事があったのを思い出して、おりょうさんとお糸ちゃんを呼び止めた。


「なんだい?」

「な、なんでしょう? やっぱり何か、料理に落ち度が……」

「ああ、そうじゃないから。お糸ちゃん落ち着いて」


 俺が呼び止めたのが、何かの失敗を指摘する為だと考えたらしき、お糸ちゃんがあたふたしている。


「調理の時に出た野菜の切れ端なんかを、俺が言う通りに処理して欲しいんです」

「そんなのどうるすんだい?」

「畑に蒔く堆肥にします」


 俺はおりょうさんとお糸ちゃんを連れて厨房を出た。



「この辺でいいかな? じゃあ、これの中に……んしょっ」


 厨房と食堂の建物から少し離れ、ややトイレよりの辺りの何も無い場所で、京で買ってきた大きな瓶をドラウプニールから取り出し、逆さにして地面に置いた。


「これを、こうして……」


 お糸ちゃんくらいならすっぽり入ってしまうくらいの大きさの瓶の底を、抜き放った巴で切り取った。


「ひっ!?」


 俺が突然、巴を抜いて瓶に斬り付けたので、お糸ちゃんが息を呑んだ。


「あ。驚かせちゃったね……ごめんね?」

「あ……だ、大丈夫ですっ!」


 鞘に戻した巴を仕舞ってからしゃがんで謝罪すると、信じられない物を見た、という感じの表情をお糸ちゃんがする。


「良太ぁ。何かする前には、ちゃんと言わないと……」


 おりょうさんは驚いてはいないが、俺の行動に呆れ気味ている。


「そ、そうですね。お糸ちゃん、本当にごめんね」

「はわわ……い、いいんですっ! 主人があたしなんかに謝ったりしないで下さいっ!」


 再度俺が謝ると、お糸ちゃんは目に見えて狼狽え始めた。


「お糸ちゃん、悲しくなるから、あたしなんかとか言わないで欲しいんだけど……」


 俺が救った紬の魂を分けて誕生した存在なので、こういう考え方になってしまうのはある程度は仕方が無いのかもしれないが、見た目幼女のお糸ちゃんにこういう事を言われると、凄く気分が落ち込んでくる。


「で、でも……主人は、その……あたし達にとっては、とっても偉い方ですから!」

「それじゃその偉い方から言うよ? 俺にとってはお糸ちゃんもおりょうさんも、同じくらい大事だからね」

「えっ!?」


 お糸ちゃんが目を丸くして、俺とおりょうさんを交互に見る。


「えっ、て……おりょうさん、俺ってお糸ちゃんを含む子供達を、大事に扱って無かったですかね?」


 自分で言っておきながら、さすがにおりょうさんと頼華ちゃんと同列には扱えていないなとは思ったのだが、それでも子供達を大事に扱っているつもりだったので、お糸ちゃんの反応はちょっとショックだ。


「そうだねぇ。紬と玄には、ちと厳しいんじゃないのかい?」

「あいつらは、すぐに調子に乗るから……」


 紬と玄の妙なエリート意識は、放置すれば後々この里に災いを(もたら)しかねないので、今後もその点に関してだけは厳しく行くつもりである。


「あわわわ……しゅ、主人には、とっても大事にして頂いてますっ! で、でも、おりょう姐さんと同じくらいなんて、そんな……」


 落ち着き無く、俺とおりょうさんの間でおろおろと何度も向きを変えるお糸ちゃんは、涙目になっている。


「ふふっ……お糸ちゃんは遠慮無く、あたしや良太に甘えればいいんだよぉ」

「あ……」


 しゃがんだおりょうさんは、お糸ちゃんの身体を背後からふわりと抱き締めた。


「そいで良太。話の続きは?」

「ひゃっ!? ね、姐さん!?」


 抱き締めたままおりょうさんが立ち上がると、お糸ちゃんが可愛らしく小さな悲鳴を上げた。


「えっと……この瓶の中に米糠と枯れ葉を少し入れて、そこに水切りした廃棄する物を入れたら、上から少し土を入れて下さい。その後で蓋をするのを忘れずに」


 かなり適当な説明だが、概ね間違ってはいないので問題は無いだろう。


 これは要するに、家庭から出る生ゴミを堆肥にするコンポストだ。


(微生物が分解してくれて堆肥になるとか、説明しても理解出来るかどうか、わからないしなぁ……)


 別におりょうさんや、こっちの世界の人を馬鹿にしている訳では無い。


 現代でも排泄物をそのまま撒けば肥料になって、植物の生育に役立つと思っている人物が多いからだ。


 実際には微生物の働きによる分解と発酵を経て、排泄物とは違う物に変質しなければ、肥料としては使えない。


「そんだけでいいのかい?」

「ええ」


 里では排泄物を水洗処理しているので、外から買ってくる以外の堆肥を入手する方式、コンポストの設置を思いついたのだ。


(なんでも調べておくもんだなぁ……)


 テレビで取り上げられていたコンポストの事が気になり、なんとなくネットや本などで調べておいたのが、思わぬところで役に立った。


 流し見しているテレビや雑誌や新聞の記事など、少しでも気になると調べずにはいられないという妙な性癖が俺にはあるのだが、こっちの世界に来てから思いっきり役に立っている。


(でも、学校の勉強の役には立たないんだけどな……いやいや、そうでも無いか)


 大学入試で新聞などから時事問題が取り上げられる事はあるので、この手の知識が全くの無駄という事は無い、と思いたい……。


「次回以降は中身を掻き混ぜてから捨てる物を入れて、一杯になったら瓶をどけて濡れないようにして、何ヶ月か放置したら堆肥になります。


 瓶は再利用出来るから、少し離した場所に設置しなおせばいい。


(でも現代と違って、あんまり生ゴミも出ないんだよな……)


 農業も漁業も信仰によって比較的安定しているので、食料品が不足する事は殆ど無いのだが、内燃機関も外燃機関も無い、というか発明しようとすると必ず失敗するという法則があるので、大量生産、大量輸送、大量消費という図式が成り立たない。


 その上、信心深い人々が多いから極端に贅沢をしようという意識があまり無いので、料理屋でも見栄えよりは味を重視しているから、材料を無駄遣いしないのだ。


 結果として一般家庭からは茶殻と魚などの骨、貝殻以外では、ほんの僅かな生ゴミしか排出されない。


「良太って、偶に変な事知ってるよねぇ」

「変……ですかね?」

「変だよぉ。あたしとそんなに歳は変わらないのに、食いもんや酒、衣類の事まで知ってるし」

「まあ、そうですね……」


(現代とこっちの世界だと、まだまだ基礎教育が行き渡ってはいないだろうしなぁ……)


 元の世界の江戸時代よりは、こっちの世界では教育を受ける機会が多そうだが、それでも親の職業や環境で、種類などは限られるだろう。


 武家に生まれた頼華ちゃんは武家としての教育を受けられるだろうけど、そういう振る舞いを必要としない者が知識としてだけでも知っているというケースは、調べれば情報を得られる現代と違って、忍だった夕霧さんのような、職業的に必要に迫られるとかで無ければ、ほぼ有り得ないだろう。


「そういえば良太は、なんか遊びは知らないかい?」

「遊びと言いますと?」


(……まさかと思うけど、嗜みとして妓楼の、とか言い出さないよな?)


 伊勢でお世話になった椿屋が建っている、古市という土地に住み暮らす人達と接する機会があってわかったが、妓楼やそこで働く女性達は仕事に誇りを持っていて、利用する客もちゃんとその辺を(わきま)えていた。


 無論、ある程度以上の年齢にならなければ利用は出来ないが……。


「遊びってのは、ほら、双六(すごろく)とかカルタ遊びとかだよ。囲碁や将棋なんてのもあるけど、あれを職業にしてる人もいるから、遊びって言っちまっていいのかどうか」

「ああ、そういう遊びですか。将棋なら少しは出来ますよ」


 将棋は上手い下手はともかく、駒の動かし方はわかっている。


 囲碁は概念としてはわかっているのだが、途中経過の盤面を見て、黒と白のどちらが有利かわかるまでには至っていない。


「この子達にも、読み書きや簡単な算術は教えた方がいいんだろうけど、それだけじゃ無くて、なんか遊びも教えてやりたいなと思ってねぇ」

「それは確かに」


 おりょうさんの言う通り、ある程度の読み書きや四則演算くらいは教えるつもりだが、確かに遊びを教え、その中で様々な発見をする事も重要だ。


(鬼ごっことかかくれんぼなんかの遊びは、自然に始めるだろうけど……)


 おりょうさんの言うのは、もう少し知的な遊戯なのだが……少し考えた。


「……あ。あれならすぐに出来るな」


 将棋や囲碁よりも単純だが奥深く、運に左右されない実力で決着が付くゲームと、おりょうさんに言われて思い出した。

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