飴
「どどどどういう事なのだ主殿!? ふ、二つ!?」
「だから、落ち着きなってば……」
ドラウプニールが二つ存在するという状況が、白ちゃんを更に混乱させてしまったようだ。
「二つっていうのも正しくないんだけど……これは黒ちゃんの分ね」
「ええっ!? み、三っつ目!?」
新たなドラウプニールを目にして、黒ちゃんまでパニック気味になって声を裏返らせた。
「えーっと……詳しくは話せないんだけど、これは複製なんだ」
「「複製?」」
少し落ち着きを取り戻したのか、説明をする俺の方を向いた二人の声が重なった。
「しゅじんー。これなにー?」
「きれーい! ぴかぴかー!」
女の子らしいと言うか、風華ちゃんと雪華ちゃんは、輝く金の腕輪のドラウプニールに興味を惹かれたらしく、近づいて覗き込んできた。
「あー……ごめんね、これはあげられないんだ」
「「えー……」」
子供らしい素直さで、風華ちゃんと雪華ちゃんはあからさまに不満を顔と言葉で現した。
「そ、そうだぞお前達っ! こ、これは俺が主殿から下賜されたんだっ!」
「お、おうともよっ! お前達にはまだ早いっ!」
自分達では無く、風華ちゃんと雪華ちゃんに渡してしまうと思ったのか、白ちゃんと黒ちゃんは俺からひったくるような勢いで、ドラウプニールを奪い取った。
「あたしにはくれないのー?」
「くれないのー?」
「う、うーん……」
余程未練があるのか、風華ちゃんと雪華ちゃんが食い下がってくるが、俺は言葉に詰まってしまった。
(絶対にあげない、という訳でも無いんだよな……)
恐ろしく汎用性のある装備のドラウプニールは、里の子供達に渡しておけば格段に安全性が高まる。
しかし高価な金の腕輪なので、子供が着けていれば逆に狙われ易くなるとも考えられるから、中々悩ましいところではある。
「そうだな……二人がいい子にしてて頼華ちゃんくらいに成長したら、あげてもいいよ」
里の子供達の外見年齢と実際年齢が比例しているのかはわからないのだが、今の頼華ちゃんと同じくらいまで大きくなれば、成長に伴って様々な経験も積むだろうから、ドラウプニールを託しても大丈夫だろう。
「主殿。頼華と同じというのはあんまりでは……」
「いや、剣術とかの技量の話じゃ無くて、背丈とかの話だからね?」
白ちゃんには、俺が超えられないハードルを設定して風華ちゃんと雪華ちゃんを煙に巻こうとしたと思ったのかもしれないが、そういう意味では無い。
頼華ちゃんくらいにというのは、驚異的な戦闘力を指すのでは無く、あくまでも肉体的にという意味だ。
「そういう事なら……良かったなお前達。夕霧と同じとか言われなくて」
笑顔で風華ちゃんと雪華ちゃんの頭を撫でながら、白ちゃんが何か不穏な事を言い出した。
「む! 白ちゃぁん。それってどういう意味ですかぁ!?」
少し離れた場所で荷物をまとめていた夕霧さんが、白ちゃんの言葉を聞きつけて睨んでくる。
(……聞こえるように言ったんだな)
別に夕霧さんが耳聡いとか、聞き耳を立てていたという事では無く、白ちゃんがわざと聞こえるように言ったのだろう。
「そんなの、夕霧と同じくらい尻を育てろと言うのは、こいつらには酷だろう? なあ?」
「「んー?」」
話の内容に自分達が関わっているという程度は理解しているようだが、詳しいところまではわかっていない風華ちゃんと雪華ちゃんは、揃って首を傾げている。
「もうっ! そんなに大きくないですぅ!」
「ははは。いいではないか。そんなでかい尻を、主殿はお気に召しているのだから」
「「!?」」
白ちゃんが軽口を叩いた瞬間、俺と夕霧さんの間の空気が固まった音が聞こえた気がした。
「……あ、あのぅ……良太さん?」
「は、はい……」
真っ赤な顔をした夕霧さんが、伏し目がちに俺を見ながら声を掛けてきた。
「ほ、本当に、あたしの……お好き、ですか?」
「好きか嫌いかと訊かれれば……はい」
変に嘘をついても仕方が無いので、正直に答えておいた。
「っ!」
俺の言葉を聞いて夕霧さんは両頬に手を当てて、首から胸元までを鮮やかな真紅に染め上げた。
「えーっと……白ちゃん、あんまり他人の身体的な特徴をからかわないように」
「む……悪気は無いのだが、な」
俺が注意をすると、白ちゃんは少し表情を引き締めた。
「それはわかってるけど。白ちゃんだって髪の色の事とかでからかわれたりしたら、怒るよね?」
「むう……」
俺の目には、白ちゃんの銀髪と見紛うような白い髪は凄く綺麗に映るが、黒髪が一般的なこの国では異端と言わざるを得ない。
「そう、だな……すまん夕霧。今後は控える」
俺の説明に納得したらしい白ちゃんは、夕霧さんに謝罪の言葉を述べながら頭を下げた。
「じゃーあたしはー、おしりおっきくなるようにするー!」
「あたしはかみのけしろくするー!」
「……へ?」
風華ちゃんと雪華ちゃんが、妙な事を言い出した。
「あのね、二人共……」
「えー。だってしゅじんはー、おっきなおしりすきなんでしょ?」
「しろねえさまみたいなかみのけ、すきんなんですよね?」
「あー……」
どうやら風華ちゃんと雪華ちゃんは、俺の好みの容姿になれば、ドラウプニールを貰えると思ってしまったらしい。
「いや、そうじゃなくて。普通に大きくなってくれれば……」
「あたしはおりょうねえさんみたいになりますっ!」
「お糸ちゃん!?」
風華ちゃんと雪華ちゃんに張り合うように、お糸ちゃんが高らかに宣言した。
(えーっと……みんなドラウプニールが欲しいだけなんだよね?)
お糸ちゃんの言うおりょうさんのようにとは、ああいう素敵な女性にという意味だと思いたいのだが……お糸ちゃんの目指す最終到達目標の先に、自分の存在が無いと信じたい。
「おれもー!」
「あたしもー!」
お糸ちゃんの言葉に触発されて、子供達は自分の思い描く将来像を叫び始めてしまった。
「あ、あははぁ……大騒ぎになっちゃいましたねぇ」
「ははは……」
事の発端が自分にもあると承知している夕霧さんと、不用意にドラウプニールを見せて子供達の興奮させてしまった俺は、力無く笑いあった。
「えーっと……詳しい事は後で話すけど、これは本当に白ちゃんの分だから」
「う、うむ……」
子供達が自分の将来についてのアピールを始めてしまい、大騒ぎに発展してしまった事への責任の一端を感じているのだろう。白ちゃんが神妙な表情で頷く。
「……で、では受け取ろう……皆の者! 俺に荷物を寄越せ!」
俺からドラウプニールを受け取った白ちゃんは、抑え切れない笑みを漏らしながら左の手首に嵌めると、軽く撫でさすってから顔を上げ、子供達へ号令を出した。
「「「はい!」」」
白ちゃんからの号令一下、子供達は我先にと自分の手荷物を持ち寄る。数日間の京の滞在で、各自それなりに私物が増えたみたいだ。
「白ちゃん。腕輪の事を周囲に悟られないように、荷物を出し入れする時には福袋で誤魔化してね」
「主殿がしていたようにだな。わかった」
俺が福袋を使うフリをしながらドラウプニールから荷物を出し入れしていた事は、行動を共にする機会が多かった白ちゃんは承知していたので、これだけの説明で納得してくれた。
「それじゃ、これは黒ちゃんのね」
「おう! えへへへへへぇ……」
「「「……」」」
左の手首に嵌めたドラウプニールに嬉しそうに頬擦りする黒ちゃんへ、子供達が羨ましさの中に、少し呆れの混じっている視線を送る。
「あー……黒ちゃんも、あんまり腕輪を目立たせないように気をつけてね?」
「おう! えへへへへぇ……」
(……本当にわかってるのかな?)
仮に黒ちゃんの着けているドラウプニールを狙っても、相手の方が返り討ちに合うのが関の山なのだが、いらぬ争いを生む事はしたくない。
(ま、いっか……)
今日のところは黒ちゃんは俺と一緒に行動するし、買い物を終えれば里に帰る。
もしも黒ちゃんの行動がに目に余るようなら、その上で注意すればいいだろう。
「えーっと……夕霧さん」
「みんなぁ、お行儀良く並びましょうねぇ。それでぇ、良太さんは何か御用ですかぁ?」
白ちゃんに殺到している子供達を、順序良く並べている夕霧さんに声を掛けると、俺の方へ振り返った。
(白ちゃんが微妙におかしいので、里に帰り着くまでは夕霧さんが気に掛けてあげて下さい)
(わかりましたぁ。でも何か起きてもぉ、白ちゃんなら大丈夫ですよねぇ?)
(何も起きないようにしたいんですけどね……)
夕霧さんと小声で囁き合いながら白ちゃんの様子を伺うと、凄く微妙な変化ではあるが口角が上がっているのがわかる。
(喜んでくれるのは、こちらとしても嬉しいんだけど……)
白ちゃんも黒ちゃんも、絡んでくるチンピラを笑顔のまま殴り飛ばしそうで怖い。
「準備はいいな? それでは皆の者、出掛けるぞ!」
「「「はい!」」」
夕霧さんと話している間に、荷物の受け渡しは終わったらしく、白ちゃんの号令で子供達が一斉に立ち上がった。
「お出掛けでございますか?」
「ええ。お世話になりました」
俺達が玄関前まで出ると、店主さんが待ち構えていた。
「御所望の品はこちらに」
店主さんの示す先には、鍋と羽釜、幾つかの木箱が重ねて置いてある。
「味噌汁は出来上がっていますが、飯はまだ炊いておりません。木箱の中身は調理前の惣菜です。生モノはありませんが、お早めにお召し上がりを」
(御飯をまだ炊いていないってだけでも、助かったな)
やはり御飯は炊きたてを底から起こして解し、余計な水分を飛ばした方がおいしい。
しかし仮に炊きあがっていても、ドラウプニールに保存すれば状態は損なわれないので、この辺は純粋に気分の問題だろう。
「最後までお手間を掛けまして……」
「ははは。この程度はなんでもございません」
「そうは仰いますが……」
「もしもお気にされるようでしたら、機会があればまた当宿を御利用下さいませ」
(凄い人だなぁ……)
従業員の人の客への対応からして行き届いていると感じていたが、こういう店主さんだからこそなのだろう。
「それじゃみんな。最後に宿の人達にお礼を言おうね」
「うむ。それでは、お世話になりました」
「「「お世話になリました」」」
白ちゃんの号令で子供達が一斉に頭を下げながら礼を述べた。無論、俺も黒ちゃんも夕霧さんも続く。
「「「またの御利用をお待ちしております」」」
玄関先まで出てきた店主さんと従業員数名に見送られながら、俺達は池田屋を後にした。
「じゃあ白ちゃん、夕霧さん、また後で」
「うむ」
「はぁい」
小さく手を振る夕霧さんを真似て、子供達の何人かも手を振りながら歩いていき、やがて雑踏の中に紛れて見えなくなった。
「さて、俺達も行こうか」
「おう! それで何を買いに行くの?」
まだ甘えモードは終了していなかったようで、黒ちゃんが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「まだまだ足りなそうな、米と味噌と塩をね。ついでに食材ももう少しかな」
「米と味噌はともかく、塩も? 一年分くらいは買ったと思うんだけど」
黒ちゃんの言う通り塩は、漬物や塩包み焼きみたいな使い方をするので無ければ、かなりの期間を賄えるくらいの量は残っている。
「ちょっと塩から、ある物を作るのに使うんだよ」
(重曹を作るっていうのも、どんな使い途があるかっていうのも、説明が難しいんだよな……)
重曹は自然界にも存在するのだが、それを科学的に生産するという説明を黒ちゃんにしても、理解して貰うのは中々難しいだろう。
「ふーん? まあいいや。行こ!」
店の場所を知っているのか黒ちゃんが歩き始めたので、腕を組んでいる俺も引っ張られるままに歩き出した。
「随分色々と買い込んだね」
予定通りの買い物をした後で、ついでとばかりに目についた店で魚や野菜や漬物、京風の様々な惣菜類や、旨いと評判の京の豆腐や油揚げなどの豆腐の加工品を大量に買い込んでしまった。
午後も遅めの時間帯で、店側も商品を売り切ってしまいたかったらしく、全部買う事を告げるとかなり値引きしてくれた。
「ちょっと買い物って思っても、里からここら辺までは近くないからね」
「あー……あたい達にはひとっ走りだけど、やっぱり江戸に住んでた時みたいにはいかないね」
「そうだねぇ」
江戸は世話になっていた品川の辺りも、働いていた浅草の辺りも商店が多かったので、必要な物が発生してもすぐに調達出来た。
「でも今後は子供達にも、少しずつお使いとかをさせて慣れさせないとね」
京に滞在した数日で街中で人々の生活に触れて、子供達も少しは慣れたと思うが、まだまだ様々な経験や学習が必要だ。
自分の脚で人里に出て、お金を使って物を買うという事も、子供達にとっては重要な経験だ。
「でも子供達に買い物に行かせるには、京はちょっと遠いよな……」
黒ちゃんの言った通り、俺達ならば特に急がなくても京までひとっ走りという程度なのだが、普通の子供よりは健脚ではあっても体格が出来上がっていないので、基本的なペースが落ちるのだけはどうしようもない。
「店は京の方が多いけど、ちょっと買い物って程度なら、大津の方が近いんじゃない?」
「成る程……」
黒ちゃんの言う通り、伊勢からの旅路で通過した大津は観光地でもあるし漁港でもあるので、京程では無いが栄えている。
時間的には大津までは、普通に歩いて片道で一時間強、京までは約二時間である。
「俺達が滞在している間は、交代で買い物に出ればいいけどね」
「うーん……あいつら結構脚は強いから、買い物くらいは平気だと思うよ?」
「そう?」
かなり長い時間を子供達と一緒に過ごした、黒ちゃんが言うのなら間違いは無いと思うが、それでも買い物に行くのなら、当分は俺達の内の誰かが同行するべきだろう。
(まあ買い物も、毎日必要って訳じゃ無いから、大丈夫かな?)
街中で暮らしていれば味噌汁の具の豆腐や野菜や魚なんかは、毎日必要な分だけを買えばいいのだが、山の中の里に住んでいてはそうもいかない。
その代りに、福袋やドラウプニールといった運搬の手段があるし、冷凍庫や冷蔵庫などの保存手段があるので、多くても三日おきくらいに買い物をすれば間に合うだろう。
(俺が旅に出る時までに、福袋を手に入れたいところだな……)
ドラウプニールがあるがカモフラージュ用に福袋は必要なので、子供達が使う分を新規に入手したいところだ。
もし福袋を新規に入手出来なかったばあいには、手持ちの物を置いていくつもりではあるが。
「それじゃ俺達も帰ろうか」
「おう!」
終始上機嫌の黒ちゃんと腕を組んだまま、右手に御所の塀を眺めながら市街地を北上していく。
「あ!」
「御主人、どうかしたの?」
北の端にある関所で、出入りする人間をチェックしている役人の背後に、見覚えのあるダンダラ模様の羽織を着けた女性が座っていたので、思わず声を出してしまった。
「む? お主は確か……」
俺達に気がついた女性が立ち上がり、首を傾げながら歩み寄ってきた。
「その節は、子供達がお世話に……」
「おお! そうだそうだ! あの時の可愛らしい子供達と一緒におった者ではないか!」
どうやらこの女性の基準は子供達で、俺はその同行者という位置づけのようだ。
「今日はあの時の子供達は一緒では無いのか?」
女性はキョロキョロと周囲を見回している。子供達の姿を探しているようだ。
「ええ。別行動でして……」
「むー……」
「黒ちゃん?」
女性が俺に親しげに話し掛けてくるからか、黒ちゃんが不機嫌そうに小さく唸っている。
「む? その方も少しなりはでかいが、良く見れば可愛らしいではないか!」
女性は不躾に黒ちゃんに顔を寄せ、ジロジロと覗き込んできた。どうやらロックオンしたらしい。
「へ?」
「ははは! お主の周りには、可愛らしい子がいっぱいだな!」
「にゃあああぁっ!?」
瞳が怪しく輝いたと思ったら、女性は黒ちゃんが呆気に取られている間にガバっと抱き締め、嬉しそうに頬擦りをし始めた。
「んー! 可愛い上に良い抱き心地をしておる!」
「にゃああぁ……ご、御主人」
「あの、お手柔らかに……」
(凄い人だな……)
全く敵意は無いし一瞬の隙きを突いたとは言え、黒ちゃんに防御も回避もさせずに懐に入り込み、動きを封じてしまったのだ。
飄々として掴みどころの無い人物だが、それは立ち居振る舞いだけでは無く、どうやら武芸の方面でも同様らしい。
(黒ちゃん、悪いけど我慢してね)
(ううう……わ、わかったぁ)
黒ちゃんなら力づくで振り払う事も十分に可能なのだが、女性が着ている物から想像した通りの役柄だとすると揉めるのは不味いので、念話でやり取りして我慢して貰う。
「うむ。すっかり堪能したぞ! 悪かったな娘よ。飴食うか? ほれ」
「う、うん……」
満足気な表情で黒ちゃんを開放した女性は、着物の袂から取り出した袋から黒い飴を一粒摘み、小さく開けた黒ちゃんの口に放り込んだ。
「どうだ? うまいか?」
「う、うん……ありがとう」
強引ではあるが、自分に対しても俺に対しても悪意が無いという事は伝わっているようで、黒ちゃんは女性のする事に逆らわず、好意に対して軽く会釈した。
「そうかそうか! 素直で良い子だ! ほれ、全部持っていけ!」
礼を言われたのがそんなに嬉しかったのか、女性は黒ちゃんに飴を袋こと押し付け、蕩けるような笑顔で頭を撫でた。
「あの……」
「む? おお、引き留めてすまぬ。もう行くのか?」
「いえ、そうでは無くてですね……」
俺達が外へ出て行こうと、ここまでやって来たのを思い出したのか、女性は済まなそうな表情になった。
「あの、今日もですが、子供達を可愛がって頂きました御礼に、もし宜しければこれを……」
俺はドラウプニールから女性の為に作っておいた衣類一式を、大袋から出すふりをしながら取り出し、包んである布ごと差し出した。
「これは?」
「いまのお召し物を、違う素材で仕立て直した物です」
「ほう? その方は仕立て屋であったのか?」
「まあ似たような……」
素材の正体も製法も明かせないので、この辺は言葉を濁した。
「色や作りが規定に反していなければ、有り難く使わせて貰うが……しかし着物というのは、そんなに簡単に仕立てられる物なのか?」
女性と出会ってから五日しか経過していないので、この疑問は当然である。
「あ! お、俺達はもう行きますので!」
「そ、そうだね!」
我が身の危険を感じているのか、黒ちゃんは俺に調子を合わせてくれた。
「む。そうか。留め立てして悪かったな」
「い、いえ。では失礼致します」
「あ、飴、ありがとう……」
「うむ。娘よ、また会おうぞ!」
結局最後まで、女性の眼中には黒ちゃんしか無かったようだ。




