気(エーテル)治療
「二人共、まだ眠くはないですか?」
蜘蛛の糸を編む練習は順調に進んだので、入浴を終えてからもそれ程時間は経過していないが、念の為に訊いてみた。
「細かい作業で少し気を張っちまったけど、まだ大丈夫だよ」
「余もです! でも少し休憩はしたいです!」
「じゃあ少し休憩にしましょうか」
寝る間にカフェインの摂取は控えた方がいいだろうから、焙じ茶を淹れた。茶請けには冷えたプリンを出す。
「はぁぁぁ……優しい甘さとほろ苦さが、染み入るねぇ」
「冷たいプリンもまた良し、ですね!」
「もしかして二人共、まだお腹空いてました?」
初めて食べる訳でも無いプリンを大絶賛する二人が気になって、ちょっと訊いてみた。
「あたしは腹は減っちゃいないけど、少し口寂しい感じだったんでねぇ」
「もしかして一杯飲みたかったですか?」
「まあ、少しだけね」
「言ってくれれば用意しますよ?」
生憎、酒肴はそれ程大した物は出せないが、酒の方はストックが有る。
「そいじゃ寝る前に、少し頂こうかねぇ」
「余は空腹ではありませんが、満腹でも無いです!」
「もう消化しちゃったんだ……」
頼華ちゃんの夕食の量はいつもの一・五倍くらいはあったのだが、空腹とまでは行かないにしても、既に満腹状態では無くなっているらしい。
(気を使ったからか、育ち盛りだからか、いずれにしても恐ろしい話だ……)
さっき入浴中に見た頼華ちゃんのウエスト周りは綺麗にくびれていたので、人体の神秘という言葉が頭を過った。
「あ、兄上。そんなに見られると、恥ずかしいですよ……」
「えっ!? あ、ご、ごめんね」
どうやら無意識に、頼華ちゃんのお腹の辺りを凝視していたようだ。
(どうせならついでに……)
見ている事を気が付かれたついでに、頼華ちゃんのお腹の辺りの気の状態を確認するが、全くの正常だ。
「ところで頼華ちゃんは、気を目で視る事は出来るんだよね?」
たったいま観察したばかりの気に関連する事をこれから行うので、頼華ちゃんに確認する。
「はい! 色と大きさ、強さくらいは視えます! しかし……」
「なんか気になる事でもあるの?」
最初は自信満々に気が視える事をアピールしていたのに、何故か頼華ちゃんの言葉は、最後の方は小さくなって行った。
「その……兄上は強大なお力をお持ちですのに、普段は全くそのように視えないので」
「あー……俺に関しては、気にしないでいいよ」
この辺はレンノールにも指摘されたが、俺の場合は普段行動している時に、身体から漏れ出る気が殆ど無いみたいなのだ。
(多分だけど、ダダ漏れになる分を圧縮してるからだろうな)
体内で循環させている以上の気を、俺の場合は圧縮して貯蔵しているからか漏れ出さないので、一般の人と対して変わらないように視えるのだろう。
そのお陰でレンノールのように、黒ちゃんと白ちゃんの上に立つのはおかしいとか侮られてしまう事もあるが、反面、強い相手を探している武芸者などに挑まれる事も無いので、この辺は良し悪しだ。
「それじゃ先ずは、おりょうさんが気を視えるようにする練習からかな」
プリンを食べ終わったタイミングを見計らって、俺は切り出した。
「そもそもですけど、おりょうさんは本当に気が視えないんですか?」
「姉上程の御方が視えないのかと、余も不思議に思っていました!」
「あんたらね……」
自分がどう思われているのかを知って、おりょうさんが渋い表情をしている。
「技だけじゃなく、相手の気の攻撃を透過させたり反射させたりするんですから、当然視えているとばかり……」
「あれは……良太や頼華ちゃんの技を、目で視てたって対応出来る訳無いだろ?」
「そう、かな?」
俺の場合は相手のやる気みたいな物を、視覚的に捉えて回避やカウンターに用いるので、おりょうさんとは方式が違うようだ。
「あたしのは、相手の体格や癖なんかを読み取って、繰り出してくる技を予測しているんだよ」
「どんな技を使ってくるかって時点からですか!?」
説明の通りだとすると、おりょうさんの行っているのは見切りどころか未来視と言える物だ。
「人間や動物なんて、どれだけ多彩な攻撃方法を持っているったって、所詮は少し変化しただけの物でしか無いだろ?」
「それはそうかもしれないですけど……」
相手のやる気からの見切りと、かなり強引に気による防御をしている俺からすると、おりょうさんのテクニックは高度過ぎて理解出来ない。
「兄上……」
「ん?」
「余には姉上の真似は出来そうにありません……」
「俺もだよ」
(おりょうさんはテクニシャンタイプで、俺と頼華ちゃんはパワータイプって事だな)
頼華ちゃんが絶望的な表情をしているが、おりょうさんと同じ事が出来ないからと言って、恥じる事は無いと思う。
「まあそれは置いといて、気を視る練習です」
「う、うん……」
俺が話題を切り替えると、おりょうさんの顔が緊張で引き締まった。
「多分ですけどおりょうさんには、そんなに難しくはないですよ」
「そ、そうかねぇ……」
俺は本心からそう思っているのだが、おりょうさんは半信半疑のようだ。
「先ずはそうですね……両手を擦り合わせて下さい」
「こ、こうかい?」
俺に言われた通り、おりょうさんは冬の寒い日なんかにするように、両方の手の平を擦り合わせた。
「じゃあ次に、手の平を少し離して」
「う、うん……」
「次は少し近づけて」
「うん……あ、あれ? なんか変な圧迫感、みたいな?」
ある程度以上に両手を近づけると間に何かを感じるので、おりょうさんが首を傾げている。
「じゃあ今度は、両手の間に球体があるように想念して、手の中で転がすような感じに」
「ふええぇ……ほ、本当に手の中に球? 玉? が、あるような感じがするよ!?」
(ここまでは順調だな)
俺がおりょうさんにやってもらっているのは、気功や仙術修行の初歩の訓練で、気の感覚を掴む為の物だ。
「じゃあ手の中の球に意識を集中して下さい。どうですか?」
「えっと……な、なんか白っぽく光ってる熱いのが、ある?」
やはりと言うか、武術による土台が出来上がっていたので、おりょうさんは少しの切っ掛けで気を視覚的に捉える事に成功したようだ。
「じゃあそのままで、俺の手を視て下さい」
「良太の手を? って、凄く輝いてる!?」
「姉上! 余の手も御覧下さい!」
「頼華ちゃんの手もかい!?」
俺と同じように、手の平に気を纏わせている頼華ちゃんを視て驚いているという事は、おりょうさんが今まで視えなかった物が視えるようになった証拠だ。
「一度視えるようになったから大丈夫だと思いますけど、今後は意識すれば気を視る事が出来ますよ」
実はこの意識すればというのは結構大事で、意識しなくても視えるようだと、普通の人とは違う景色を見ながら生活する事になるので、色々と支障が出てしまうのだ。
「良太や頼華ちゃんは、今までこういうのを視ていたんだねぇ……」
気の視覚化が衝撃だったのか、おりょうさんは自分の手を見つめながら、溜め息混じりに呟いた。
「でも、こっからが本番ですよ。今度は頼華ちゃんも良く聞いててね?」
「う、うん……」
「はい!」
まだ少し興奮冷めやらぬ様子のおりょうさんはゆっくり頷き、頼華ちゃんは元気に返事をした。
「それじゃおりょうさん、手を出して下さい」
「こ、こう?」
おりょうさんは手の平を上に向けて、俺の方へ差し出した。
「ええ、それで大丈夫です。俺がおりょうさんの手に気軽くを送り込みますから、二人はそれを視て下さい。では……」
俺はおりょうさんの上向きの手の平に向けて、軽くではあるが指向性を持たせた気を送り込む。
「あ……なんか圧迫感と一緒に、あったかいのが手の平に来たよ」
どうやら視覚的にも感覚的にも、おりょうさんは完璧に気を捉える事が出来るようになったみたいだ。
「兄上。気による治療とは、このように行うのですか?」
「そうだね。怪我をしたりすると、その部分を覆っている気に異常が視えるから、周囲の正常な部分と同じようになるまで送り込む必要があるんだ」
気が視えていなくても、外傷の場合にはその部分に気を送り込めば治療自体は出来る。
しかし気が視えていないと、外傷でなければ患部が詳しくわからないかもしれないし、回復の状況を文字通り手探りする事になるので、必要以上に気を送り込むか、逆に足りなくなるという事態が発生する事が考えられる。
「骨折や切断なんかも処置が早ければ元通りになるけど、多くの気が必要になるから、治療をするには腕輪を使った方がいいよ」
(切断となると、さすがに頼華ちゃんでも厳しいだろうしな)
骨折や切断などの深刻なダメージの場合には、ともかく大量の気が必要になるので、完治させる前にガス欠になる可能性が高い。
そういった場合にはドラウプニールのような補助手段があると、消費量を考えずに気を送り込めるし、当然ながら施術の成功率も高くなる。
「そういう場合には、腕輪を使っても構わないんだね?」
「その通りです。人助けですからね」
四肢を再生させる手段も、俺が知らないだけでもしかしたらあるのかもしれないが、目の前で苦しむ人を放置するというのは良くないだろう。
「じゃあおりょうさんと頼華ちゃんで、お互いに気での治療を練習してみましょうか」
「わかったけど……あたしには特に悪いところなんか無いよ?」
「余も、体調万全です!」
(……まあ予想通りだけど)
俺自身が時折、旅の一行の体調を気にしているので、おりょうさんと頼華ちゃんにこれと言って悪い箇所がないのは承知している。
その上、さっきドラウプニールを試験的に使ったので、練習で多少は気を消耗しているにしても、心身共にほぼ万全だろう。
「練習ですから、そうですね……じゃあおりょうさんは、頼華ちゃんのお腹の辺りに気を送り込んでみて下さい」
「わかったよ。頼華ちゃん、やるよ?」
「はい!」
ベンチに向かい合ったて座った頼華ちゃんのお腹に向けて、おりょうさんが右手をかざした。
「ふわぁぁぁ……姉上、お腹だけ風呂に入っているような、心地良さを感じますぅ……」
「そ、そうかい?」
おりょうさんの気が効果を及ぼしているのだろう、頼華ちゃんが仔猫みたいに目を細めて、気持ち良さそうにしている。
俺の凝らした目で視ても、おりょうさんの手からの気の放射を確認出来るので、どうやら問題はな無さそうだ。
「そこまでで。じゃあ今度は、頼華ちゃんがおりょうさんの、そうだな……首から肩の辺りに送り込んでみようか」
「はい! さあ姉上! 後ろをお向き下さい!」
「う、うん……」
怖がっている訳では無さそうだが、おりょうさんは頼華ちゃんのハイテンションに気圧されているようだ。
「では、参ります!」
「あ……く、首と背中の辺りが、温かいってよりも、熱い?」
「頼華ちゃん、もう少し弱めて」
頼華ちゃんの送り込んでいる気は、悪意的では無さそうだがおりょうさんの言う通り少し強めに視える。
「も、申し訳ありません!」
おりょうさんと俺の言った事を聞き入れ、頼華ちゃんは気の量を絞った。
(少し気合が入り過ぎちゃっただけかな?)
様子を見るに頼華ちゃんは、練習の相手が敬愛と言うか親愛しているおりょうさんなので、少し気合が空回りしていただけのようだ。
「ああ……いーい気持ちだよぉ……」
「ほんとですか!?」
「ああ。良太と同じくらい、頼華ちゃんも上手だよぉ」
(む! っと、いけないいけない……)
頼華ちゃんとの比較の引き合いに出されて、思わず自分も、とか思ってしまった。
しかしこれはあくまでも練習で、技量を競う場では無いので、俺は又の機会にしておこう。
「はい、やめ。頼華ちゃんも大丈夫そうだね」
「頼華ちゃん、ありがとう。肩が楽になったよ。思ったよりも凝ってたみたいだねぇ」
「姉上もお上手でした! おかげで腹の調子が戻って……」
くー……
もう夕食を消化してしまったのか、頼華ちゃんのお腹が控えめに自己主張した。
「……休憩にしようか」
「も、申し訳ありません!」
「いや。気もそれなりに使ったしね」
「そいじゃ、お茶を淹れ直そうかねぇ」
おりょうさんが急須を持って立ち上がったので、俺は新たな茶請けの支度に取り掛かった。
湯気の立つ焙じ茶の注がれた湯呑を囲んで、厨房の作業台の前に落ち着いた。茶請けに家主貞良を切り分け、頼華ちゃんには俺が食べなかったプリンも出した。
「俺が傍にいる時には、勿論俺が治しますけど、これでおりょうさんも頼華ちゃんも、自家治療が出来るようになりましたね」
これで里に近づいた時のように霧に惑わされて、孤立してしまったのと同じような状況が発生しても、生存率はグッと上昇するだろう。そうならないに越した事は無いのだが。
「鍛えた気が、武術以外に活用出来るのは嬉しいです!」
「そうだねぇ。でも、誰も怪我しないのが一番だけどねぇ」
頼華ちゃんの言う事も、おりょうさんが言う事も、それぞれもっともだ。
悲観的になる必要は無いが、様々な事態を想定するのは悪い事では無い。何かが起こってから後悔するよりは……。
「では最後に、気を身体に纏ってみましょうか」
武人である頼華ちゃんは当然出来るので、身に纏う練習が必要なのはおりょうさんだけだ。
(これが出来ないと、界渡りが使えないからな……)
界渡りで通過する法則の違う空間を利用するには、気を身に纏って防御するのが絶対条件だ。
界渡り以外でも、日中に遭遇した雀蜂などへの対策として非常に有効なので、なんとしてもおりょうさんには習得してもらう必要がある。
「この気の防御も、おりょうさんが出来ないっていうのが信じられないんだよな……」
「不思議な話ですよねぇ……」
「あんた達……」
俺でもダメージを与えるのが相当に難しいと思う程、回避、カウンターという面で言えばおりょうさんは達人レベルだ。そして気の総量は頼華ちゃんには劣るかもしれないが、それでもかなりの量だし十分に練れている。
「んー……おりょうさん、さっきやったみたいに、気を手の平に纏わせて、俺を突いて下さい」
どういう方法で教えればいいのか考えた末に、結局は力技に頼る事にした。
「それは……あたし程度の打ち込みじゃ、良太には問題ないのかもしれないけど、大丈夫なのかい?」
練習といえども俺に攻撃を加える事に、おりょうさんは遠慮があるようだ。
「構いませんよ。どうぞ」
俺は少しだけ膝を曲げた、特に構えとも言えない格好で、おりょうさんの攻撃を待つ。
「じゃ、じゃあ、行くよ? ふんっ!」
軽い踏み込みと共に、おりょうさんが気を纏わせた掌底を俺に打ち込んでくる。
(おおっ! 掌打自体は軽いけど、気がしっかり込められた、中々の一撃だ)
武術を身に着けている人間の集中力の成せる技か、おりょうさんの気をプラスアルファした一撃は、並の相手ならば只では済まないくらいの威力があった。
「攻撃では問題無いみたいですね。じゃあ次は、俺がお腹に軽く打ち込みますから、透過や反射を使わないで、気を集中させて受けて下さい」
「わ。わかったよ……」
今までとは全く違うディフェンスを試すので、おりょうさんの顔に緊張が濃い。
「では、行きますよ」
「こ、こい!」
半歩踏み込んで、撫でる程度の威力の掌打に僅かな気を込めて、おりょうさんのお腹に打ち込んだ。
「っ!」
「おっと!」
ちゃんとやり方を説明したからか、打ち込んだ俺の手がおりょうさんの身体に触れる前に、気の層が跳ね返してきた。
「上手く出来ましたね」
「そ、そうみたいだねぇ」
結果は上々と言っていいが、予め来るタイミングも方向もわかっていたので、出来ただけなのかもしれない。
「じゃあ今度は、俺と頼華ちゃんが同時に打ち込むので、やっぱり反射と透過を使わずに防御して下さい」
次は見えない方向から来る攻撃と、正面から来る攻撃を、完全に同時とは言えないタイミングで防ぐ事になるので、かなり高度なテクニックが要求される。
「よ、よし!」
まだ緊張気味だが、おりょうさんは腹を決めたようで、軽く両手を前に出した柔術の構えを取る。
「じゃあ頼華ちゃん、準備して」
「はい!」
おりょうさんの背後に回り込んだ頼華ちゃんが、返事をしながら構えを取る。
「頼華ちゃん、軽くだからね?」
「承知しております!」
「じゃあ俺が頼華ちゃんに合わせるから、始めていいよ」
おりょうさんを挟んだポジションでお互いの姿が見え難い状況なので、俺の方で頼華ちゃんにタイミングを合わせる事にした。
「わりました! では、参ります!」
(ちょっと気合が入り過ぎっぽいけど……)
頼華ちゃんのヒートアップしている様子に一抹の不安を感じながら、俺も軽く構えを取った。
「ぬんっ!」
「っ!」
頼華ちゃんの放った一撃は、気の量こそ少な目だが、掌打自体はスピードの乗った物だった。
しかしタイミングを合わせると言った手前、俺も攻撃を中断する事は出来ないので、おりょうさんに向けて軽く突きを放った。
「おうっ!?」
「頼華ちゃん!?」
打撃を反射された訳では無さそうだが、頼華ちゃんが突く為に腕を伸ばしたままの格好で、後ろにひっくり返った。
「大丈夫?」
「大丈夫かい?」
俺が頼華ちゃんに駆け寄ると、おりょうさんも後ろを振り返ってしゃがみ込んだ。
「へ、平気です! よっ、と!」
どうやら本当に大事には至っていないようで、頼華ちゃんは勢いをつけて起き上がった。
「平気ならいいけど……」
ひっくり返るくらいに反動が来たのは、頼華ちゃん自身の打ち込みの速度による物なので、自業自得と言える。
「それにしても、どうしてあんな……」
「あはは……単に余には、あれ以上に遅く攻撃を放つ事が出来なかった、というだけです」
「あー……」
(これは俺が悪かったな……)
剣術や体術の型は間を繋ぐ動作にも意味があるので、流れをぶった斬るような事をするのでも無ければ、どうしてもある程度の速さは出てしまうのだ。
頼華ちゃんは言いつけ通りに気を抑えめにして突きを放ったのだが、ちゃんと技として放つ為に丁寧に型をトレスしただけで、俺が考えていたように気合が入り過ぎていた訳では無かったのだ。
「ごめんね頼華ちゃん」
「どうして兄上が謝るのですか?」
俺が謝ると頼華ちゃんは目を丸くして、不思議そうに尋ねてきた。本当に理由がわかっていないみたいだ。
「手加減とか、頼華ちゃんは苦手だったなって思ってね。よ、っと」
「ひゃあ!?」
身体は起こしたが床に座り込んだままだったので、頼華ちゃんの両脇に手を差し入れてそのまま抱え上げると変な声を出した。
「それとありがとう」
「な、なんのお礼ですか?」
まだ驚いている状態から抜け出せていないのか、俺が頭を撫でても頼華ちゃんは少し挙動が怪しい。
「これでおりょうさんも、気の防御を使えるようになったと思うから、協力してくれたお礼だよ」
「何を水臭い事を仰るのか。兄上と姉上の御役に立つのは、余にとっては当然です!」
「でも、ありがとうねぇ」
俺が頭を撫でている頼華ちゃんの背後から、おりょうさんが優しく抱き締めた。
「今日は二人共、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「お疲れ様です!」
お疲れ様とお互いに言い合っているが、おりょうさんにも頼華ちゃんにも疲労の色は見えない。
「そ、そいじゃ良太……ぼちぼち寝ようかねぇ?」
婚前交渉はしないと明言してあるのだが、明日は黒ちゃん達や里の子供達と合流しようかという話になっているので、おりょうさんは俺達だけの最後の夜を一緒に過ごしたいらしい。
「あの、俺はちょっとやりたい事が……」
「「えー……」」
どうやら頼華ちゃんも同じ考えだったようで、おりょうさんと不満の声が重なった。
「……じゃあ、二人が寝入ってから俺はちょっと抜け出しますけど、それでもいいですか?」
寝入る時と起きる時に俺がいれば、後は床にいなくても問題は無いだろう。この辺が最大譲歩だ。
「うん!」
「はい!」
(……愛されてるなぁ)
二人の凄く良い返事と笑顔に、嬉しいながらも照れくさいので、俺は苦笑するしか出来なかった。




