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織物と編み物

「あたしにも上手く言えるか自身が無いんだけど……」


 珍しく歯切れの悪い言い方を、おりょうさんがしている。


「本人を目の前にして言うのも何だけど……良太に関してだと、あたしは頼華ちゃんが相手でも少し嫉妬したり心配したりしてるんだよ」

「えっ!?」


 傍から見ると実の姉妹以上に仲が良く見えるので、おりょうさんの言葉は凄く意外だった。


「それは余も同じです! 無論、だからと言って姉上と争ったり、嫌ったりなんて事は考えてはいませんが!」

「頼華ちゃんもなんだ……」


 黒ちゃんと白ちゃんに対するスタンスの話から、思わぬ方向に話が進んでいる。


「そりゃああたしだって、頼華ちゃんと喧嘩なんかするつもりは無いさね。でもねぇ……」


 少し憂いを帯びた表情で、おりょうさんが俯く。


「頼華ちゃんはあたしよりも若くて、可愛いってよりも綺麗な子だろう?」

「あの、若いって、おりょうさんだって……」


 確かに数えで十一歳の頼華ちゃんと、十八歳のおりょうさんでは年齢差は小さいとは言えなくもないが、十五歳の俺からすると少し年上と少し年下でしか無い。


「それを仰るなら余だって、姉上の女性らしい容姿に、憧れたり嫉妬したりしております!」


 頼華ちゃんの場合は成長途上なので、今後どうなるのかは未知数だ。だが母親の雫様の血を色濃く受け継いでいるならば、非常に将来は有望なはずである。


 しかしその辺を言い出すと、おりょうさんだってまだまだ成長の余地はあるだろう。


「えっと……それで、今の話が黒ちゃんと白ちゃんの事に。どう関係するんですか?」

「関係しない、ってのが理由なんだよ」

「関係しない、ですか?」


 おりょうさんの話す内容が、何やら禅問答のようになってきた。


「黒と白にはどういう訳か、嫉妬みたいな感情が湧かないんだよねぇ」

「そこも姉上と一緒です!」

「それは……二人が俺の妹みたいなものだからですか?」


 特殊な嗜好の持ち主ならば、実の姉妹に対して欲情したりもするのだろうけど、今はそういう話をしている場合では無い。


「妹みたいって言うなら、良太にとっては頼華ちゃんだって一緒だろう?」

「まあ、そうですね……」

「むぅ……」


 話の流れでおりょうさんにした俺の受け答えを聞いて、頼華ちゃんが不満そうに唇を尖らせる。


「妹みたいだとは思ってても、ちゃんと女性としても、その……好きだよ?」

「っ! な、ならば良いのです!」


 俺の言葉に少し動揺した様子を見せた後、頼華ちゃんは、にこーっと笑顔になった。


「……話を戻そうかね」

「あ、はい……」


 頼華ちゃんの機嫌が直ったと思ったら、今度はおりょうさんの御機嫌が少し斜めみたいだ。世の中色々と難しい。


「黒と白は、良太の姉妹って感じとも、ちっと違うんだよねぇ……強いて言うなら、良太の一部みたいな感じに思えるのさ」

「おお! 姉上のその例えは、正鵠を得ていると思います!」

「俺の一部か……」


 黒ちゃんと白ちゃんと俺の間で、魂のリンクのような物が結ばれているという話はした事が無かったはずだが、行動を共にしているおりょうさんと頼華ちゃんは、本質的な部分を感じ取っているのかもしれない。


「変な事を言うけどね、その……あ、あたしが、良太の子を身籠ったとして……」

「お、おりょうさんっ!?」


 例え話にしても凄い内容だったので、俺は思わず立ち上がって大きな声を出してしまった。


「りょ、良太ぁ。例え話だってばぁ……」

「あ、すいません……」


 頬を赤らめるおりょうさんに言われ、俺は謝りながら座り直した。


「は、話を続けるよ? その、良太の子を身籠ったとして、その間は……あ、相手をしてあげられないだろ?


 だからあたし以外に頼華ちゃんや、もしかしたら朔夜様とかが相手をするとか考えちまってねぇ」

「は、はぁ……」


(俺はどれだけ、アグレッシブだと思われているんだろう……)


 おりょうさんの説を採用するなら、俺は妊娠期間中に身体の中の滾りを抑え切れないらしい。


「でもねぇ。相手が黒か白だったらって思うと、まあいっか、って思っちまうんだよねぇ」

「そ、それは……」

「余もです!」

「頼華ちゃんも!?」


(要するに、黒ちゃんと白ちゃんと、その……するっていうのは、おりょうさんや頼華ちゃんからすると浮気にならないって事になるのか?)


 イマイチ理解に苦しむが、二人で申し合わせたりしたとかいう訳では無さそうだ。


(ニュアンスとしては理解したけど、なんか複雑だなぁ……)


 黒ちゃんと白ちゃんは二人共美少女だから、そんな子達を公認浮気相手にと言われれば世間的には羨まれる状況なのかもしれないが、俺が二人をそういう対象に思えるかというのが問題だ。


(魅力を感じた事が、無い訳じゃないんだけど……)


 容姿で言うなら人の姿になる時に、俺の好みをかなり反映しているって事だし、入浴中に前後から挟まれた時には、雷を放って二人が前後不覚にならなければ、色々と危ないところだった。


「……なんか妙に疲れた気がするから、風呂に入りましょうか?」


 直近の問題じゃ無かったり、仮定の話が多いのでこの場で議論しても無駄だし、何よりも俺の浮気相手に関してという不毛な議題だ。


「そうだねぇ。他の女に目が行かないように、今の内に良太を魅了しとかないといけないからねぇ」

「お、おりょうさん!?」


 そう言いながらおりょうさんは、妖艶な笑みを浮かべて俺の腕をがっしりと取った。


「む! では余も!」

「頼華ちゃん、張り合わないでいいからね?」


 負けじと、頼華ちゃんもおりょうさんと反対の腕を取った。


(……ま、いいか)


 美女と美少女もとい、女神様と天使との入浴なんて望外の御褒美なのだ。


 俺は大人しく二人に連行されて浴場へ向かった。



「ところで、二人に聞きたいんですけど」

「なんだい?」

「なんですか?」


 男が俺一人なので、妥協して三人で女湯の方に入り、掛り湯をしてから湯船に浸かって一息ついたところで、俺は忘れない内に用件を切り出した。


「弓を引く弓懸(ゆがけ)代わりの手袋なんですけど、使い心地が良くなかったでしょう?」

「えっと……そ、そうだねぇ。少し硬い感じで、指の自由が……でも、引いても痛く無かったよ?」


 おりょうさんは俺が作った物にケチを付けないように、遠回しに欠点を指摘してくれている。


「もう少し、握ったり開いたりがし易ければとは思いましたが……でもでも、革製の物も使い始めはあんな感じですし!」


(革と違って、伸びて馴染むって事は無さそうだしなぁ……)


 頼華ちゃんはなんとか擁護しようとしてくれているが、強度が高くて伸縮しない蜘蛛の糸で織った布は、手の保護という点では万全だと思うが、使い続けてフィット感が向上する事は無いだろう。


(うーん。糸自体には伸縮性が無いけど、織り方でなんとかならないもんかなぁ……あれ? 例えば同じウールでも、スーツの生地と違ってニットなんかは伸縮性があるよな?)


 無論、スーツの生地にも多少の伸縮性はあるが、革やニットのセーターなどと比べれば無いに等しい。


(ニットって要するに編み物だよな……あっ!)


 スーツの生地とニットと同じ関係で、綿でもYシャツは伸縮しないがTシャツなんかは伸縮する。ここから導き出される答えは……。


 頭の中でニットの編み目と、伸縮素材で作られた手袋を思い出し、可能な限り再現しようとイメージする。


「……出来た、かな? 頼華ちゃん、着けてみて」


 日中に作った物と形は同じだが、製法を変えて作った手袋を頼華ちゃんに差し出した。


「湯で濡れてしまいますが……」


 受け取ろうとして手を出しかけた頼華ちゃんは、風呂の湯で濡らしてしまっては申し訳無いと思ったようで、手を引っ込めた。


「試作品だから気にしないでいいよ。ちゃんとしたのはまた作るから」


 俺は引っ込められた頼華ちゃんの手を取り、試作品を置いた。


「で、では……おおっ! こ、これは、なんという柔らかく張り付くような装着感!?」


 湯に濡れているというのも少しあるが、そんな些細な点が問題にならない程、新たに作った手袋は頼華ちゃんの手の形に沿ってフィットしている。


「あ、兄上、これは!?」

「やっぱりか……こりゃあ手袋と肌着類は、全部作り直しだな」


 服飾に関しては元から知識が無いので、糸などの素材自体に伸縮性が無ければ布にもそういう特性を持たせられないと考えていたのだが、糸を織るのでは無く編めば良かったのだ。


「あの、もしかしてですけど、作った胸用の下着が、肌に擦れて痛いとかありませんか?」

「っ!?」


(……やっぱりか)


 どうやら図星だったらしく、言葉での返事は無いが、おりょうさんの表情が明確に肯定を現している。


「じ、実はね……凄くいい感じに胸を支えてくれてるんだけど、胸の下の辺りが少し擦れてねぇ……」

「お、おりょうさん!?」


 おりょうさんは擦れた箇所を見せようとしただけなのだが、両腕で胸の膨らみを持ち上げたポーズは、ちょっと俺には刺激が強い。


「きゃっ!?」


 あまりにも大胆な行為に、俺が名前を呼ぶまでおりょうさんは自覚が無かったようだが、可愛らしい声を上げて慌てて胸を隠した。


「で、でも、改良には必要なんだよね? 良太、良く、見て……」


 おりょうさんは真っ赤になりながら、胸そのものは隠しながら両手で持ち上げて、滑らかな肌の一部の、擦れて少し赤くなっている箇所を顕にした。


「……」


(やっぱり、おりょうさんは防御に(エーテル)を使う事も、治療する事も出来ないんだな)


 自分の下着の品質が悪かったのも確かなのだが、(エーテル)による防御が出来れば擦れていたくなる事も無いし、治療が出来ればさっきドラウプニールを使った際に、肌のダメージなど跡形も無くなっているはずだ。


「ちょっと失礼」

「りょ、りょうたっ!?」


 唐突に胸の下側に俺が手を伸ばしたので、おりょうさんの声が裏返った。


「このままだと痛いでしょう? 治療します」

「そ、そうだったのかい? あぁ……風呂のお湯とは違った温かさを感じるよ。凄く、気持ちいい……」


 赤くなっている部分に手を触れずに(エーテル)を送り込むと、おりょうさんは蕩けた表情で、溜め息混じりに気持ち良さを口にする。


「むぅ……なんで余の胸はなんとも無いのでしょう?」

「な、なんでだろうね?」


 おりょうさんの治療を羨ましそうに見てくるが、頼華ちゃんの湯を弾く艷やかな肌のどこにも、赤みは見当たらない。


(多分だけど、揺れない代わりに擦れなかったんだろうな)


 頼華ちゃんの幼い胸の膨らみは、鍛えられた胸筋でしっかりと支えられているので、激しく身体を動かしても慣性が働く事が無いのだろう。


「ありがとう良太。楽になったよ」


 そんな分析をしている間に、おりょうさんの胸の下側からは、すっかり赤みが引いていた。


「すいません、俺自身が着けないものだから、気が回らなくて……」

「い、いいんだよぉ。少しくらい擦れたって、着物よりはずっと楽だし、胸も……」

「そ、そうですか……」


 多少擦れて痛くなっても締め付けが多い着物よりは、作務衣に現代風の下着の組み合わせの方に軍配が上がるらしい。


「あの、さっきも少し言いましたけど、肌着類と弓懸(ゆがけ)、それと作務衣は全部作り直しますので」

「肌着と弓懸(ゆがけ)はわかるけど、作務衣は今のまんまで、何の問題も無いんじゃないかい?」


 確かに現状では作務衣には問題は無いので、俺の言った内容におりょうさんが首を傾げている。


「肌着類や弓懸(ゆがけ)は、いま作った手袋みたいに身体に馴染み易いように作り直すんですが、作務衣の方は俺が普段着ている物みたいに、少し強化しようかと思います」

「強化かい?」

「兄上、それはもしかして戦闘時にも使えるようにですか?」


 おりょうさんには俺の意図は掴めなかったようだが、頼華ちゃんにはわかったみたいだ。


「戦闘用ってだけじゃなくて、腕輪の能力に耐えられるようにしたいと思ってね。でないと下着だけではなく……」

「「ああ……」」


 藤沢での頼華ちゃんとの対決の際に、作務衣は無事だったが下着が燃え尽きてしまった話をしてあったので、二人が微妙な表情をしている。


「炎と違って雷なら燃え尽きる事は無いと思うけど、目一杯の力だとどうなるかわからないし……止むを得ず炎を使わなければならない場合もあるので」


 この場で具体例は浮かばないが、状況によっては炎が有効な場合もあるので、想定はしておくべきだろう。


「そりゃまあ、そうだよねぇ」

「さすがは兄上! 準備を怠らないという事ですね!」

「まあ、そんなとこだよ」


 蜘蛛の糸が使えるようになるまでは思いもしなかったが、大分操り方にも慣れたので、最大級の(エーテル)で作り出した糸で織り上げれば、フレイヤ様から授かったこの作務衣に近い物が出来そうな気がする。


「だから湯上がりに少し待たせますけど、例の寝間着でも着て待ってて下さい」

「あたしはあの服は好きだから、なんの問題も無いよ。でも、出来れば下着は早めに……」

「わ、わかりました」


(別に下着は出来上がるまで、今までのを着けててくれてもいいんだけどな……)


 などと思ったが、その辺はおりょうさんの自由なので口には出さなかった。


「じゃあ俺はお先に……」

「あ、良太。あたしも出るよ」

「余も! いい湯でした!」

「二人共、別に俺に合わさなくてもいいんですよ?」


 俺が立ち上がると、おりょうさんと頼華ちゃんも後を追って来ようとしてきた。


「あたし達は飯の前にも入ったからねぇ」

「そうです! 此度は兄上と一緒に入りたかっただけですから!」


 言われてみればおりょうさんと頼華ちゃんは、今日三度目の入浴だった。


 そういう訳で俺達は揃って入浴を終え、脱衣所へと向かった。



「じゃあ始めます」


 出来上がった肌着を身に着けるのだから、脱衣所で作業に入っても良かったのだが、板敷きの脱衣所の床におりょうさんと頼華ちゃんを座らせるのも悪い気がしたので、厨房へ場所を移動した。


「「……」」


 俺がドラウプニールを弾いて回転させて輝き始める姿を、冷たい麦湯の注がれた湯呑を持ったおりょうさんと頼華ちゃんが食い入る様に見ている。


「……そんなに見るような物ですか?」


 凄く注目されているので、ちょっと居心地が悪い。


「何度見ても不思議な光景なんでねぇ」

「おりょうさんも頼華ちゃんも、同じ事が出来るじゃないですか……」


 とはいえ、自分の姿がどうなっているかは俺にも見えないので、おりょうさんの気持ちもわからなくはない。


「神々しい御姿の兄上、素敵です!」

「そ、そう?」


(神々しいねぇ……)


 夢見るような表情で頼華ちゃんに言われるが、凄く微妙な気分だ。


「……では」


 気を取り直して、両方の手先に意識を集中する。


「……なんか糸が、光っているように見えるねぇ」

「な、なんという(エーテル)の奔流! やはり兄上は素晴らしく、そして恐ろしいお方です!」


 俺自身が輝いているからか、おりょうさんや頼華ちゃんの言うように糸が光っているようには見えないのだが、ドラウプニールからの供給を受けて、今までで最高の強度と品質の糸を生み出し、織り上げている自覚がある。


「おりょうさんのはこれでよし。頼華ちゃんのには、薄緑を佩く為の帯を……」


 おりょうさんの作務衣は俺と同じデザインだが、頼華ちゃんの方の上着には細い帯を追加し、佩刀出来るようなデザインに変更した。


「多分ですけど、防寒、防熱、防汚、撥水くらいの性能はあると思います」


 これは糸の強度と込めた(エーテル)による物なのだが、俺の作務衣に付与されている破損自動修復、温度、サイズ調整に関しては、どういう方法を使えば付与出来るのかがわからない。


 特に自動修復というのは、服自体が生きているのでも無ければ難しいだろう。


「こんな薄手の生地で、そんな凄い性能ってのは、恐ろしい話だねぇ……」

「余の全力を持ってしても、この服を斬り裂ける自身がありません……」


 俺が差し出した作務衣を受け取る、おりょうさんと頼華ちゃんの反応が微妙だ。


「俺の手が届かない場所にいても、この服が二人を護ってくれないと困りますからね」


 さっきの頼華ちゃんの話では無いが、京に来てから別行動を取る事が多かったので、自分がいない時に何かあったらという思いは増していたから、根本的な装備類の見直しはしたいと思っていた。


(店探しとか、材料集めって事にならないで良かったよな、本当に)


 ゲームとかなら特定のアイテムをドロップするモンスターをひたすら倒したり、希少素材を採取に行ったりするところだが、全て自前で賄えるようというのは非常にありがたい。


(こうなると迷彩効果のある外套を自作したいけど……難しいかな? ドランさんが言うには、あの外套はエルフの……近くにいるじゃん!)


 その技術を持っているのかはわからないが、レンノールに訊くだけ訊いてみても構わないだろう。


「はい。肌着の出来上がりです」


 作務衣よりも遥かに面積が小さいので、スポブラもどきとパンツの上下セットはすぐに出来上がった。


(パンツに若干の不安を感じるけど……大丈夫かな?)


 全体が伸縮素材になったので、抜群のフィット感とホールド感を生み出すはずだが、元の世界の物のようにウエストにゴムが入っていない。


 体型の丸みに沿って形作られ、ウエスト部分も絞ってあるからずり落ちるような事は無いと思うし、強靭な素材なので長期使用による劣化も殆ど無いと思うが、一抹の不安は残る。


「念の為にスペアも……」


 あまりドラウプニールを人前では使いたくないので、上下を全部で三セットずつ作り、ついでに靴下も作った。


(こういう女性用の肌着は、ブラトップとか呼ぶんだったっけ?)


 更についでに、スポブラもどきよりも丈の長い、タンクトップにブラジャーのカップが付属しているような下着も作った。


 季節によってはこちらの方がいいだろうとか思うが、考えてみると新しく作った作務衣には防寒、防熱機能が備わっている……。


(ホールガーメントみたいな物はあるけど、最初から最後まで一本の糸で作れれてて、途中で編み物と織物が切り替わってるってのは前代未聞だろうな)


 スポブラもどきとブラトップもどきは、胸が入る部分だけ伸縮しない織物で、他の部分は伸縮素材になっているので素肌にフィットするが胸はしっかりとホールドする。


「最後は弓懸(ゆがけ)だな……」


 弓懸(ゆがけ)は俺、頼華ちゃん、おりょうさんの分以外に、黒ちゃん達や弦や紬、子供達の分も手のサイズを思い出しながら作った。数は多いが右手だけに着ける物なので、あっと言う間に出来上がった。


「頼華ちゃん、着けてみてくれるかな?」

「はい。では……」

「いや、下着じゃなくてね?」


 弓懸(ゆがけ)の事を言っているのに、頼華ちゃんはおもむろに新作の下着を手に取って、貫頭衣の寝間着を脱ごうとした。


 現代だったら定番のボケだが、頼華ちゃんはナチュラルにやっただけなのだろう。


「も、申し訳ありません!」

「いや。下着を先にって思うのは、わからなくもないから……」


 作業中だったので失念していたが、すぐ傍にいるおりょうさんも頼華ちゃんも、ノーパン、ノーブラなのだ。


「これは凄い! 伸縮する素材が手に馴染みます! ん? 兄上、もしやこの部分は……」

「気がついた? そこは貼って剥がせる素材にしてみたよ」


 作業を終えたので、俺はドラウプニールの回転を停めた。我ながら膨大な量の(エーテル)を製作に注ぎ込んだが、疲労や消耗を感じないのは本当にありがたい。


「これは素晴らしい! 着脱が楽なだけでは無く、脱げてしまうのを防げますね!」


 弓懸(の手首の部分には、以前に頼華ちゃんのパンツに使った、貼って剥がせる素材を採用した。


「へぇ……こいつは柔らかい着け心地だねぇ」

「なんなら、弓懸(ゆがけ)じゃない手袋も作りましょうか?」


 妙に興味深そうに、おりょうさんが弓懸(ゆがけ)を見ているので訊いてみた。


「えっ!? そ、そうだねぇ。あたしは投げたりする以外に拳の突きも使うから、あった方がいいかなって思ったんだけど……」

「なんでそこで遠慮するんですか?」


 作って欲しそうな雰囲気がおりょうさんからダダ漏れなのだが、何故か遠慮がちな態度を取っている。


「そ、そりゃあ、良太にあんまり手間掛けちゃ悪いと思って……」

「欲しいですか? 欲しくないですか?」

「う……」


 どうにも煮えきらないので、少し強めにおりょうさんを問い詰めた。


「ほ、欲しいから、作ってよぉ!」

「わかりました」


 諦めと同時に思いっきりがついたのか、両の拳を握りしめておりょうさんが主張してきた。なんか凄く可愛い。


「せっかくだから、少し特別な感じに……」


 サイズの小さな手袋なので、ドラウプニールは使わずに自前の(エーテル)を込めながら糸を作り、織ったり編んだりしていくのだが、打撃の威力を増すように、拳の辺りに少し細工をする。


「ありゃ? ちょっと重くなっちゃったかな?」


 蜘蛛の糸の強度が高いので手袋自体は薄手に作れたのだが、拳の部分の保護と打撃力を増す為にと、集めた


鉄を砂鉄に還元して詰め込み、更に動かすのに邪魔にならない大きさに加工した薄い鉄の板を、拳と手の甲の部分に内包させた。色は黒だ。


(構造的には、ほぼブラックジャックになったな)


 棒状の鉛の芯の周囲を砂鉄で満たし、袋状の容器に収めた殴打武器のブラックジャックは、相手を殺傷せずに気絶させるのに適した武器だ。


 おりょうさんに作ったグローブもブラックジャックと同じような性質があるが、打撃面の衝撃が逃げ難くなっているので、パンチの速度や威力によっては骨や内臓に深刻なダメージが発生すると思われる。


「気に入らなければ作り直しますけど……」


 特殊部隊で使用しているグローブを参考にしたのだが、おりょうさんの華奢な手には不似合いな、ごつい代物になってしまった。それでも俺の知っているオリジナルの物よりはごつく無いのだが……。


「……ふんっ!」


 パァン!


「……おりょうさん?」


 両手にグローブを着けたおりょうさんが無造作に放ってきた拳を、(エーテル)の自動防御は切って左の手の平で受け止めた。中々の衝撃と、景気のいい感じの音が響き渡った。


(っててて……)


 (エーテル)の防御を切っていたので鮮烈な痛みが手から伝わってきたが、おりょうさんが気にするかもしれないので、片目を瞑っただけで我慢する。


 どうやら骨には異常は無さそうだし、痛みも引いてきた。この程度なら自然治癒の範囲内だ。


「あ、ごめん、つい……うふ……うふふふ……良太ぁ、これ凄く気に入ったよぉ!」

「そ、そうですか?」


 デザインが琴線に触れたのか、両手にグローブを装着したおりょうさんは非常に御満悦だ。


「相手を掴んで投げられるように指を出しましたから、それを腕輪に登録したらいいんじゃないですか?」

「ああ! そりゃいいねぇ。さすがは良太! あたしの事がわかっているねぇ」

「……」


(ま、いいか……)


 深い意味があって言ったのでは無いのだが、おりょうさんが喜んでくれているので、とりあえずはオッケーだ。

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