複製
「水車に関しては、おりょうさん達に相談してからにしよう」
勿論あれば便利なのだが、水車と、粉を挽く施設の入る小屋にはかなりの量の木材が必要なので、他の物を作る前に設置するかを良く考えてからの方がいいだろう。
「……まだ帰ってこないか。随分と長湯だな」
おりょうさんも頼華ちゃんも風呂好きではあるが、一度の入浴にそれ程時間をかけるタイプでは無いから、ちょっと心配になってきた。
「……もう少し待って戻らなければ、様子を見に行くかな」
自分で風呂に仕切りを付けて男湯と女湯を分けたので、レンノールの滞在中におりょうさん達が利用している女湯の方の入るのは気が引けるのだが、緊急事態が起きているかも……。
とか思ったが、おりょうさんと頼華ちゃんの二人で入浴しているので、何かあればどちらかが俺を呼ぶだろう。
「ふむ……」
俺はドラウプニールから財布代わりの小さな巾着を取り出して、中に手を突っ込んで金貨を掴みだした。手を開いて数えてみると十枚ある。
半端な時間を利用してドラウプニールの複製を試してみようと思って、その為の金貨を取り出したのだ。
「鉄を集める時の要領でいいのかな……」
厨房のベンチに腰掛けた俺は金貨を作業台に置き、左の手首に嵌めたドラウプニールを弾いて回転させた。
手首から浮き上がって回転するドラウプニールと、作業台の上の金貨に意識を集中する。
(金貨を材料にして、複製……)
かなり漠然としたイメージではあるが、俺の視線の先で金貨が少しずつ輝き始め、やがて光の粒子の姿を変えながらドラウプニールに吸い込まれていく。
「おおっ!?」
三枚の金貨が粒子に変換されたところで、回転を続けているドラウプニールに隣接する空間から、同じ形状の金の腕輪がころんと転がり出てきた。俺は慌てて右手で受け止める。
「……見た目には殆ど同じだな」
殆どであって全く同じでは無いのは、俺の手首に嵌めているオリジナルの方には、装備チェンジ用の梵字、陰陽太極図、ルーンが刻印されている点だ。
「おっと!」
複製品を眺めている内に、新たに複製されたドラウプニールが転がり出てきた。
「……あれ? 出てこなくなった?」
三個目が出てきてから少し待っていたが、新たな複製品は出てこなかった。作業台の上には、還元されないままの金貨が一枚残っている。ドラウプニールの回転自体は停止していないのにだ。
「必要量に足りないって事なのかな?」
どうやら金貨三枚を還元してドラウプニール一個という換算になるようで、不足分している場合はストップしてしまうらしい。
「三分の一だけとか、全体が細いドラウプニールとかは出てこないって事だな」
内部でどういう順序で金を再構成しているのかはわからないが、素材の量が足りない場合には還元が始まらないらしい。
その証拠に、新たに二枚の金貨を掴み出して作業台に置き、意識を集中すると再び還元が始まった。
「おりょうさんと頼華ちゃんと黒ちゃんと白ちゃんの分……一先ずはこれだけでいいか」
お金の使い惜しみをする気はあまり無いのだが、いきなり無一文になるのは色々と問題がある。それにドラウプニールは便利だが、どうしても必要という程では無い。
四個の複製品が出来上がったので、俺はドラウプニールの回転を停めて、巾着や複製品を仕舞った。
「ただいまぁ」
「戻りました!」
入浴を終えたおりょうさんと頼華ちゃんが、厨房の扉を開けて入ってきた。
「おかえりなさい」
「おおっ!? また物が増えています!」
「良太……」
驚く頼華ちゃんと一緒に厨房内を見回して、おりょうさんが呆れたような声を出した。
「二人が戻ってくるのが遅かったので、つい……でも、本当に長くなかったですか?」
少し言い訳がましいが、実際に戻ってくるのが遅かったのも確かなので尋ねてみた。
「頼華ちゃんが、湯に浸かったまま寝ちまってねぇ」
「む……で、でも、姉上もではないですか!」
「うっ……あははは。ちょ、ちょっと二人共、疲れていたみたいだねぇ。ほら頼華ちゃん。突っ立ってても仕方がないから、座ろうかねぇ」
バツが悪そうに作り笑いを浮かべながら、おりょうさんは頼華ちゃんを促しながら自分もベンチに腰を下ろした。どうやら二人揃って、入浴しながら眠っていたらしい。
「そんなに消耗していましたか?」
二人の前に冷たい麦湯の注がれた湯呑を置きながら、少し目を凝らして気の状態を確認する。
(……少し弱まってる感じだけど、それ程心配するレベルでも無いかな?)
好調時に比べると、おりょうさんも頼華ちゃんも少し輝きが弱まっているように感じなくもないが、出会った頃と比べると最大容量が増えているので、一般人と比べると、まだまだ強大と言えるレベルだ。
「う、うーん……言い訳じゃ無くて、本当に風呂に入る前はなんとも無かったんだけどねぇ……」
「余も、お腹が空いていた以外は不調は感じていませんでした!」
「うーん……」
おいしそうに麦湯の湯呑を傾けるおりょうさんと頼華ちゃんは、自分の身体の異変には心当たりが無いようだ。
(要するに、慣れていないから、か?)
二人共鍛錬などのお陰で気の最大容量が増えているし、質も良くなっていると思うのだが、炎や雷、部分变化による飛行などの新たな能力で消費される事に、心身が慣れていないのだろう。
(頼華ちゃんはおりょうさんよりは気を使った戦闘に慣れているだろうけど、雷を放ったり、空を飛んだりするのは初めてだったからな)
慣れた動作や技などは身体に染み付いていて、考えなくても自然と出るものだが、頭の中で考えながら動作や技の確認をするのだから、いつもより脳の処理能力も必要とするし、心身共に酷使する事になるだろう。
(やっぱり、一度に色々とやらせ過ぎちゃったな……)
特に頼華ちゃんは空中での模擬戦や、弓に雷を纏わせる実験などもやらせてしまったので、いつもよりは消耗していてもおかしくない。
「……食後に、甘い物を用意しますね」
俺から送り込んでの気のチャージやマッサージもしようかと思うが、その前におりょうさんと頼華ちゃんには栄養補給が必要だ。
俺はボウルで卵を割りほぐし、砂糖と牛乳を混ぜて掻き混ぜ始めた。
「その材料は……ぷりんかい?」
「ええ。おいしいだけじゃ無く、栄養がありますからね」
おりょうさんに受け答えしながら、俺は鍋に黒糖と水を入れて熱し、カラメルを作った。
「石窯は使ってるから……蒸すか」
鉄でプリンのカップも作っておけば良かったなと思いつつ、少量のカラメルを入れた湯呑に、笊で漉した卵液をそっと流し込んだ。
大鍋を熱して湯を沸かし、沸騰したのを確認したら鍋の上に蒸籠を置き、湯呑を並べて蓋をした。
「いい匂いがしてきました!」
蒸された事によって厨房に広がったプリンの香りに、頼華ちゃんが瞳を輝かせる。
「そろそろレンノールさんも戻ってくると思うから、食事の支度をするね」
「はい! お手伝いします!」
「あたしも手伝うよ」
待ちきれないと言わんばかりの頼華ちゃんが立ち上がると、おりょうさんも立ち上がって俺に近づいてきた。
「じゃあ皿と、食器は……匙でいいかな」
ドラウプニールの中で温度が保たれていたシチューの鍋を取り出して作業台に置いた。小さな壺に入ったバターとレバーペーストの皿も取り出す。
「そいつは乳酪だねぇ。まだ何か料理を作るのかい?」
食卓代わりの作業台に皿を並べてくれながら、おりょうさんが首を傾げている。
「そうじゃなくて、パンに塗って食べるんですよ」
「……乳酪ってのは脂だろう? それを塗るのかい?」
今までは調味料として使っていた、濃厚でコクを深めるバターを、主食であるパンに塗って食べると言った途端に、おりょうさんが難色を示した。
(まあこういう反応は当然といえば当然か)
焼き立てのパンの風味以前に、バターの食べ方が問題になるという考えが抜けていた。
「パンはそのままでも味がしますから、試してみて駄目だったら、無理はしないでいいですよ」
「せっかく良太が用意してくれたんだし、試すには試すけどねぇ……」
「姉上! 兄上が推奨する食べ方なのですから、おいしいに決まってます!」
「いや、それはどうかなぁ……」
頼華ちゃんが擁護してくれるのはありがたいのだが、食の好みというのは本当に人それぞれなので、絶対に無理に勧める事は禁物だ。
「戻りました。お待たせしてしまいましたか?」
食器類を並べ終わったくらいのタイミングで、レンノールが入浴を終えて戻ってきた。
「丁度いいくらいです」
「そうですか。それは良かった。おお! 鈴白さん、上手く焼けたじゃないですか!」
最後に、焼き立てをスライスした状態のままで収納されていたパンを取り出すと、レンノールが歓声を上げた。
「……なんか、燗をつけた酒みたいな匂いだねぇ」
「……良いとも悪いとも言えない、初めて嗅ぐ匂いですね」
似た香りを知っているからか、おりょうさんはそれ程はパンに風味に拒否反応が出ていないようだが、頼華ちゃんは未知の食べ物の匂いに対して明らかに戸惑っている。
「一口試してみて、口に合わなければ無理しないでいいですからね」
鍋の温度調整をカットしてプリンを蒸していた蒸籠を脇に置き、炭火を熾してその上に焼き網を置いた。
「こんなもんかな……それじゃ食事にしましょうか」
焼き立てをスライスしただけのパンと、炭火で焼いたパンをそれぞれ一枚ずつ各自の皿に盛り付けた。スープ皿みたいな物が無いので、シチューは丼だ。
「では、頂きます」
「「「頂きます」」」
俺の号令で、夕食が始まった。
「良太ぁ。これはどうするんだい?」
クリームシチューは初めてでは無いし、バターの事はさっき話したので、おりょうさんが言っているのはレバーペーストの事だ。
「それは裏漉しして伸ばした鴨の肝なんですけど、バターと同じようにパンに塗って食べるんです」
「……まあ、試してみようかね」
レバーもほぼ脂なのだが、おりょうさんにはバターよりはイメージ的に脂感が無いのか、レバーペーストが盛られている小皿に手を伸ばした。
「肝は焼いてあるパンの方が合うかもしれませんね」
個人的にはレバーペーストは、トーストやバゲットなどの歯ごたえのあるパンや、クラッカーなどに合うと思う。
「そうかい? じゃあ……へぇ。苦い中に甘みとコクがあって、意外と旨いもんだねぇ」
「パンはどうですか?」
うなぎや猪や鹿のレバーは食べているので、レバーペーストは口に合ったようだ。だが、パンの方は……。
「ん? ああ。口に入っちまうと、嫌な感じはしないねぇ。カリカリした歯応えで、中々旨いよ」
「そうですか」
匂いを嗅いだ時と口に入れた時の違いがパンにはあるので、第一印象で敬遠しないで食べてくれたおりょうさんには、その事がわかってくれたみたいだ。
「兄上! このぱんというのは、乳酪を塗って食べるとおいしいですね!」
「気に入ってくれた?」
「はい! この表面でとろりと溶けて染み込んだ豊かな味わいが、鴨の汁にも良く合います!」
パンとシチューという定番の組み合わせは、どうやら頼華ちゃんに受け入れられたみたいだ。
(以前からバターを使った料理を食べてたからだろうなぁ)
食べ慣れていない人間にとっては、肉も乳製品も相当に生臭く感じるはずだから、おりょうさんも頼華ちゃんも拒否感が低いのは、少しずつ慣れていったからだろう。
(そういえば、最初はプリンも豆乳で作ってたんだっけ)
豆乳を代用品にして作ったプリンが好評だったので、後に手に入れた牛乳でも作ったのだが、考えてみればその時点から段階を踏み始めたと言えなくもない。
「うーん……故郷の物は、もっと色が濃いのですが、それでも懐かしい感じがしますなぁ」
「色が違うんですか?」
「ええ。もっと濃い、と言うよりは黒っぽいです」
レンノールの言っている物は、おそらくはライ麦を使ったパンだろう。
違うとは言っているが、満足そうな表情でもぐもぐ食べているので、もしかしたらレンノールの故郷のパンよりはおいしく出来ているのかもしれない。
(それにしても天然酵母だからか、このパンは食べごたえが凄いな……)
元の世界では市販品のパンしか食べた事は無かったが、おいしいと評判の店の物でも、それ程極端な違いはわからなかった。
強いて言うならバゲットタイプの物は、評判の店の物の方が外側がカリカリだったというくらいの印象だ。
いま食べている食パンタイプの物は、外側は少し焼きが甘くなってしまっているのだが、中はふわふわでありながら高密度で、物凄く噛みごたえがある。酵母由来の物と麦の風味も濃厚だ。
「兄上! お代わりが欲しいです!」
スライスしたパンとトーストだけでは無く、頼華ちゃんはシチューも平らげている。
「パンは焼く? それともそのまま?」
「焼いたのとそのままの両方で!」
「了解」
先にシチューとスライスしただけのパンのお代わりを出し、焼き網にパンを載せた。
「むふー♪」
いそいそとパンにバターを塗って口に運んだ頼華ちゃんは、笑顔でもぐもぐしながら、シチューも食べようとスプーンを手に取った。
「良太。あたしにも汁と、焼いたぱんのお代わりを」
「すいません、私にも」
「了解です」
おりょうさんとレンノールの分のパンも焼き網に載せ、シチューを盛り付けるために作業台の前に戻った。
(おりょうさんが主食もお代わりって、珍しいよな?)
咖喱の時などにはお代わりをする事もあるが、普段はあまり無い。
「はい、どうぞ。っと、頼華ちゃんの分は焼けたな」
二人分のシチューのお代わりを出している間に焼けたので、頼華ちゃんの分のトーストを皿に出した。
「では早速!」
「っと。頼華ちゃん、ちょっと待って」
「むぐぅっ!? あ、兄上!? この状況でお預けとは、なんと殺生な……」
バターをたっぷり塗ったトーストに、大きく開けた口で今まさに齧りつこうとしていた頼華ちゃんが、涙目になって俺を見ている。
「ごめんごめん。でも、良かったらこれを挟んで食べて欲しいんだ」
「挟む、ですか?」
「うん。はいこれ」
パンが口に合わない事も考えて今まで出さなかった、予めスライスしておいたチーズと鹿の燻製肉を、各自の皿に盛り付けた。
「ん……おおぉ!? こ、これは……燻製肉の風味と、乾酪の風味が絡み合って……今まで個別に食べていた物を一度に口に入れたら、違う料理になりました!」
試してもらった燻製肉とチーズのサンドイッチは、空腹も手伝って頼華ちゃんのお気に召したようだ。
「良太。こいつは手で持って食えるから、弁当に良さそうだねぇ」
パンそのものには少し抵抗が有りそうだったおりょうさんだが、燻製肉とチーズを挟んだらよほど印象が違ったのか、笑顔で頬張っている。
(そういえば燻製肉もチーズも、普通に酒のつまみになるか)
俺は酒は飲まないが、ハムやチーズが酒のつまみの定番だという事くらいは知っている。
「気に入ってくれたのなら、今度他の種類も作りますよ」
(卵サンドは作れるし……マグロは江戸時代はあんまり喜ばれなかったって言うから、こっちの世界でも安く買えるかな?)
加護や権能で冷凍や冷蔵が可能なので、流通に関しては少し事情が違うのだが、江戸時代はマグロの脂が好まれなかったとも聞いているから、安く手に入るようなら水煮にしてツナサンドを作るのもいいだろう。
「米を炊く御飯と違って、パンは焼くにしても買うにしても場所が限られるから、旅に戻る前にいっぱい焼いておきましょうか」
ブルムさんが言っていた、外国人が多く住んでいる地域ならパン屋もあるかもしれないが、あまり期待はしない方がいいだろう。
「そうだねぇ。毎日はともかく、たまに思い出して食いたくなりそうだしね」
「姉上の仰る通りです! 毎日御飯でも構いませんが、たまに蕎麦やうどんや、このぱんが出たら嬉しいです!」
最初はおりょうさんも頼華ちゃんも焼き立ての匂いを敬遠気味だったが、食べ進める内に数日に一度くらいの頻度ならば、食事に出してもいいというくらいにはパンの地位が向上したようだ。
「あの、兄上……」
「ん?」
何やら頼華ちゃんが、申し訳なさそうに俺を呼んでいる。
「も、もっと食べたいんですが……駄目ですか?」
「えっ!? もう食べ終わったの?」
見れば頼華ちゃんの前にあったパンもシチューも、いつの間にか綺麗に無くなっている。
「ちょいと、頼華ちゃん……」
「も、申し訳ありません! ですが姉上。今日はどういう訳かいつも以上にお腹が空いて、しかもお腹いっぱいにならないのです」
「でもねぇ……」
おりょうさんに食べ過ぎを咎められて、引き下がるかと思った頼華ちゃんは、それでもなお食い下がってきた。
(これはもしかして……)
「あの、もしかしておりょうさんも、まだお腹いっぱいになっていないんじゃ?」
「えっ!? そ、そういえば……」
(やっぱりそうか)
多分だが、今日の炎や雷などの様々な新たな能力の訓練などで、おりょうさんも頼華ちゃんもレベルアップとか限界突破をしたみたいな感じなのだろう。だから身体がエネルギーを求めているのだ。
(もしかしたら、俺と婚約した事なんかも関係してるのかもしれないけど……)
黒ちゃんと白ちゃんや紬との間で主従契約を交わした時に、俺が様々な能力を使えるようになったのと同じように、おりょうさんと頼華ちゃんにも肉体や魂に劇的な変化が起こっている可能性は高い。
(これは暫くの間は、出来る限り要望を叶えてあげた方が良さそうだな)
どうやら頼華ちゃんの食欲は空腹感から来ていると言うよりは、身体の底の方から求めているような気がするので、具合が悪くなったりしないように気をつけながら、好きなだけ食べさせる事にする。
「じゃあもう少し出すけど、今夜の食事はここまでで、あとはプリンで終わりにしておこうね?」
とはいえ、一度に大量に食べるのは良くないから、寝るまでにまた空腹を訴えるようなら、その場合には改めて食べ物を出してあげる事にする。
「はい!」
お代わりが貰えるという事を確認して、頼華ちゃんが元気良く返事した。
「おりょうさんも食べますよね?」
「えっと……うん」
頼華ちゃんを少し咎めた手前、自分もまだ食べたいと言うのが恥ずかしかったみたいで、おりょうさんは頬を染めて俯いている。
「それじゃ、ちょっと待って下さいね」
(こっちの世界のレベルアップは、HPとMP全回復とかじゃ無いって事かな?)
ゲームなどではレベルアップと同時に全回復というパターンが多いのだが、おりょうさんと頼華ちゃんの様子を見ると、どうやら最大値は増えたが全回復はしていないようだ。
(急激なレベルアップだったので現在の数値と最大値の間のギャップがあり過ぎて、心身がエネルギーを大量に要求している……って推測だけど、それ程間違っていないと思う)
おりょうさんと頼華ちゃんの器にシチューを盛り付けてから、俺は石窯の上部の焼台に手鍋を置いてバターをスプーンに一杯放り込み、熱して溶かしてから鹿肉のソーセージを炒めた。
「ついでに、っと……」
バターできつね色に焼けたソーセージをパンに載せ、その上から刻んだチーズと玉ねぎの微塵切りを散らしてから、おりょうさんと頼華ちゃんに手渡した。
「はい。熱いから気をつけて」
「ありがとう」
「頂きますっ!」
笑顔で受け取ったおりょうさんは控えめに、頼華ちゃんは大きく口を開けて、ソーセージを挟んだパンにかぶりついた。
「あふっ……す、すっごく熱いのが溢れてきて……でも、その熱々がおいしいねぇ。肉に絡む乾酪の風味も良くて」
「ふおおぉ……あ、兄上! 今日のところは一つで我慢致しますが、これはいくらでも食べられそうです!」
腸詰めは今までに何度も食べているはずなんだが、おりょうさんも頼華ちゃんも少し食べ方が変わっただけで、満足度が何倍にもなっているみたいだ。
「レンノールさん、パンは終わっちゃいましたけど、これをどうぞ」
おりょうさん達にだけ出して、客人のレンノールに出さないのも失礼だと思ったので、炒めたソーセージの上にラクレット風に溶かしたチーズを掛けた物を置いた。
「実は御二人が食べるのを見ていて、私も腸詰が欲しいと思っていたところでした」
「それは良かった。これでどうぞ」
シチューに添えたスプーンしか出していなかったので、レンノールの前に三叉のフォークを置いた。
「これは……変わったフォークですね?」
「変わってますか?」
「ええ。故郷では二叉の物が一般的です」
三叉、四叉のフォークは、二叉だとスパゲッティなどのパスタが食べにくいので、十八世紀頃に発明されたと聞いているから、まだ文化レベルがそこまで到達していないのかもしれない。
「ううむ。このちょっと変わった風味の腸詰に絡まる、熱く溶けた乾酪……なんとも贅沢な味わいですねぇ」
「変わってますか?」
鹿肉に軽く味付けして、刻んだ猪のラードで油脂分と旨味を補っただけの、素人の作ったソーセージなので、変わっていると言われても仕方が無い。
「味は申し分ないのですが、故郷では腸詰とに使うのは、羊か豚の肉でしたので」
「ああ。そういう事ですか」
ソーセージ自体の出来では無く、レンノールは中身の肉の違いを指摘したのだった。
「この国では羊も豚も、手に入らないですからねぇ……」
皿に広がってるチーズをソーセージに絡ませて齧りながら、レンノールが遠い目をする。




