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猪、鹿、蝶……じゃなくて熊

 観世音菩薩様から授かった、不動明王の権能である熱くない火を手のひらに灯らせて河原へ向けて歩く。月は出ていないが、星明かりで暗闇にはなっていないので足元は見えるが、石ころだらけなので念のためだ。


「湯加減は……うん。丁度いいな」


 灯っていた火を消し、手で少しかき混ぜて湯温を確認すると、じんわりと熱が伝わってくる程度だった。手早く服を脱いで、正恒さんの言っていた桶で何度か身体を流してから、俺は湯船に浸かった。


「ふぅー……っ」


 肩まで浸かると、無意識に長く息が吐き出された。空を見上げると、満天の星空だ。


「さて……」


 十分に温まったところで、湯船の脇に出て身体を洗い、頭から湯を被って流す。ついでに、桶に汲んだ湯で下着を洗った。布は買ったがまだ換えを作って無いので、洗って急場しのぎだ。


 何度か湯を換えてすすぎ、絞ってから広げて、近くの大きめの石の上に載せておく。生乾きを着けることになるが、この際仕方ない。


「あ、そうだ……」


 もう一度湯に浸かったところで、昨日から中々一人になるタイミングが無かったが、今なら大丈夫か。風呂というシチュエーションはどうかとも思うが……。


「ヴァナさん、いいですか?」

「い、いいんですけど、遂にその時が来てしまいましたか……」

「その時ってなんですか!?」


 声がすると同時に、しっかり頭に手拭いまで載っけた、日本風の入浴スタイルのヴァナさんが、目の前で湯に浸かっているのに気がついた。手拭い以外には何も身に着けていない姿で……。


「さ、最初はベッドが良かったんですけど……こういう自然の中でというのも、ロマンチックで嫌いじゃないです」

「話が訊きたいだけですよ!?」


 実に艶っぽい流し目を送ってくるが、まったく色気が感じられない。それどころか、捕食者にロックオンされた獲物の心境だ。


「あの、俺の身体の事なんですが……」

「特に性交渉に問題はありませんが?」

「いや、それも少しは気にはなってましたが……そうじゃなくてですね、代謝はどうなっているんでしょうか?」


 腹が減って食事はするが、まったく排泄をしないでいるのが気になっていた。肉体的に強靭になっているだけなのかは不明だが、汗もかかないし。


「再構成されたリョータ様のお身体は、構造的には人間と変わりませんよ。ただ、エネルギー効率が凄く良くなっています」

「エネルギー効率、ですか?」

「はい。味覚はそのままなので、好き嫌い等はあるでしょうけど、食べたり飲んだりした物は、ほぼ百パーセントがエネルギーに変換されるようになってます」


 ほぼ百パーセントって、莫大な量になるんじゃないのか? まさかと思うが贅肉に蓄積されているのかな。


「お食事で得られるエネルギー量が、日常生活でお使いになる量を越えていますが、その分は圧縮されて体内に蓄積されています」

「圧縮?」

「はい。『気』や『エーテル』は、ある種の物品、宝石などの中へプール出来るんですが、人の身体の中に取りこまれた物は循環させ、圧縮する事が出来ます。どういう原理なのかは不明なのですが、とにかく出来ます」


 なんか気功の鍛錬法で、そんなのがあったような気もするが、かなり高度な技術じゃなかったか?


「話としてはわかりましたが、なんで俺は出来ちゃってるんですか? 特に意識もしてないんですけど」

「考えられる可能性として、鍛錬の蓄積で、自然にそういう事が出来るようになっているというのが濃厚ですね」

「日常生活や食事という行為が鍛錬や、その延長上の圧縮になっていると?」

「そう考えると、全てが納得できますよね?」


 生活全てが修行みたいな考え方があるが、なんかそういうのとは違う気がするんだが……。


「特に身体に害とかは無さそうなんで、あまり気にしないようにします」


 まあ排泄に関しては煩わしい行為だし、こっちの世界は水洗トイレどころかトイレットペーパーにも事欠くだろうから、考慮しないでいいというのを喜んでおこう。


「これは余談ですが、リョータ様の今のお身体は、睡眠も不要になっていますよ」

「余談にしては重要事項なんでは!? あれ、でも特に、不眠症な感じにはなっていませんけど」


 疲労感が無いので眠気に襲われたりはしないが、眠りにつくのに時間は掛からないし、眠りが浅い感じも無い。


「脳の情報を整理したり、リフレッシュという意味で睡眠をするのは有効です。ですがその程度でしたら少し瞑想でもして頂ければ、十分に代用できますよ」


 パソコンの再起動みたいな感じだな。そんな身体になっていたとは……。


「具体的には、どれくらい瞑想をすれば?」

「そうですね……一時間くらいです」


 俺にとっての睡眠という行為は、外的な汚れを落とすのとリラックスするための入浴と、あまり変わらない事になっているらしい。色々と疑問に思っていた事がわかったのでスッキリした。実際は、そう納得するしかないだけなんだが。


「まあ、多少は無理が出来る、便利な身体になったんだと理解しておきます」

「そうですね。その方が精神衛生上宜しいんじゃないかと。御質問は以上ですか?」

「はい。お手数掛けました」

「じゃ、じゃあ、いよいよですか?」


 頬を染めながら、ヴァナさんが熱っぽく俺を見てくる。


「ヴァナさんって、別に俺の事、好きでもなんでも無いですよね?」

「そんな事は無いですよ? お慕いしております」

「えっ!?」


 退屈な日常業務に潤いを、くらいな感じで、からかわれているだけだろうとか考えていたが、思いもよらぬダイレクトリターンが来た。


「だ、だからって、その……いきなり深い仲になっちゃっても、大丈夫なんですか?」

「御覧の通り、私は欧米系の肉食女子ですので」


 全ての欧米系の女性にケンカを売っているような物言いだが、俺に伝えたい事は理解できた。


「ヴァナさんは、その、凄く魅力的ではありますが……」


 正直、金髪の外国人女性への憧れみたいなものはある。アニメなんかで好きになるヒロインの容姿は、かなりの確率で金髪だったりする。ヴァナさんは美しいプラチナブロンド以外にも、凄まじい我儘ボディ持ち主でもあるし。


「なら、なんの問題もごさいませんね。私がちょっと特殊な職業に就いていて、お世話させて頂いている方という関係ではありますが、大きな障害にはなり得ません!」


 ふんす! と、鼻息も荒く、ヴァナさんが俺に身体を預けてきた。ふわりと、花と蜂蜜の混じったような香りが鼻をくすぐる。


「うっわ。柔らかい……」


 思わず、俺の胸に押し付けられた身体の感想を、口に出してしまった。同じ人間とは思えないほど、俺の身体とは違っている……あれ、ヴァナさんって人間、だよな?


「あら、リョータ様……ううん。リョータさん、も、すっかりその気に」


 押し付けられたヴァナさんの身体に触れていた俺の一部が、敏感に反応してしまったのに気が付かれてしまったようだ。


「うふふ。それでは……っ! し、失礼しますっ!」


 夢でも見ていたかのように、俺の腕の中にいたヴァナさんの身体が一瞬で消え失せた。夢じゃなかった証拠は、微かな残り香と、未だに反応している俺の体の一部……。


「……お邪魔するよ」


 おそらくはヴァナさんが撤退した理由、おりょうさんが、手拭いで前を隠した格好で、湯船の脇に佇んでいた。俺に対して害意が無いので、今まで気配に気が付かなかったんだろう。


「あ、お、俺はもう出ますか……」

「いいじゃないか。一緒に入ったって……」


 俺の言葉は、足から湯船に入って来たおりょうさんの言葉で遮られた。


「ごめん……」

「お、おりょうさん!?」


 さっきのヴァナさんのように、おりょうさんが俺にすがりつくように身体を預け、目を閉じた。


「ど、どうしたんですか?」

「嫌かい?」

「ぜ、全然そんな事は無いですけど…どうしたんですか?」

「……」


 何も言わずに、おりょうさんは俺にもたれかかったまま黙っていたが、少し経つと目を開け、俺の方へ顔を向けた。


「今日、物凄い速さで走ったり、猪をやっつけたりした良太を見て、なんか胸の奥が、ギューって締め付けられたみたいになって……こ、これって、良太の事が、好き、だからじゃないかって……」


 モテ期なんだろうか? 自分的には死後の世界になってからなのが悲しいが。でもこれは、猪との一件での吊り橋効果なんじゃないかなと、疑ってしまう。


「俺もおりょうさんの事は、好き、ですよ……」


 出会って二日しか経っていないが、おりょうさんは美人で気立てもいいし、気持ちに嘘偽りはない。


「じゃあ、あの、靴を贈ってくれたのってやっぱり、これを履いてお嫁においで、って意味だったんだね?」


 なんですとーっ!? そういう深い意味は無かったんだが、言われてみれば、あの靴屋以降のおりょうさんの態度の変化には納得できる。


「おりょうさんなら引く手数多でしょうし、俺って定職も無い風来坊ですよ?」


 しかも、いつ元の世界へ戻るのかという、問題物件だったりもするしなぁ。


「あんたがどっかへ行くなら、あたしもついていく……だめ?」


 頼りになるお姉さんって感じだったおりょうさんが、夢見る乙女みたいな顔をして、濡れた瞳で俺を見つめてくる。


「だめ、じゃ、無いです……」

「ほ、ほんとかい!? っ!? 良太、静かに……」

「んんっ!?」


 突然、表情を険しくしたおりょうさんが、会話を続けようとした俺の頭を抱えこんで言葉を封じた。言葉だけでは無く、柔らかく豊かな胸に口を押し付けられて、呼吸も困難だ。


「……熊だよ」

「……?」


 おりょうさんが見ている方へ目を凝らすと、黒い影がのっそりと動いていた。


「昼間の猪の血が、その辺に残ってたかね……あん! りょ、良太ぁ、そんなに顔を動かしちゃ……」


 熊をもっと良く見ようと頭を動かしたのが、おりょうさんの胸を刺激してしまったらしい。必死に押さえ込んだようだが、甘い声にドキッとさせられる。


「ん……しまった。気が付かれたようだよ」


 おりょうさんの声が熊の気を引いてしまったようで、俺達の方へ頭を向けている。


「良太……熊の目を、しっかりと見据えて、決して怯えの心を持つんじゃないよ」


 こういう事態が初めてじゃないのか、おりょうさんが俺に指示を与えながら、立ち上がったら二メートルは


ありそうな、大きな熊から視線を外さない。


「グルウゥ……」


 喉を鳴らして五メートルくらいまで近づいてきた熊だが、おりょうさんの気迫に押されたのか、その場で動きを停めた。


「……」


 迷っているような動きから、熊が視線を外し、立ち去ろうとする気配を感じたところで、俺は緊張を解いてしまった。


「あ、まだダメ!」


 俺の視線からも圧力を感じていたのか、それが無くなった瞬間に熊が戦闘モードになってしまったらしく、


こちらへ向き直った。完全に立ち去るまでは気を抜いてはいけなかったのだが、後の祭りだ。


「くっ!」


 勢い良く湯船から飛び出したおりょうさんは、熊へ向かって駆け出す。もう戦うしかないという判断だろうか。


「おりょうさん!」

「良太は、正恒さんを呼んできな!」

「そんな訳にいかないでしょう!」


 慌てて俺も後を追うが、初動が遅れたので、既におりょうさんは熊と相対している。


「ガァッ!!」

「ていっ!」


 熊の前脚の一撃をかわすと同時に両手で掴むと、おりょうさんは自分の方へ引き寄せ、巻き込むようにして地面へ転がした。やはりこの人は只者では無いなと思わされる、見事な技だ。


「捌くだけならどうにでも出来るんだけど、一撃ももらえないっては、厄介だねぇ……」


 基本的な筋力が違い過ぎるからか、スリの徳蔵の時のように関節を固めに行ったりはせずに、おりょうさん


は転がった熊との間合いをとった。


「すぅー……はっ!!」


 熊が立ち上がる前に距離を詰めた俺は、大きく一歩踏み込むと同時に、吸い込んだ息を吐き出しながら両手を前に突き出した。また身体から腕を伝って、光のような物、おそらくは「気」が熊の胸に吸い込まると同時に、俺の手で熊の動きがピタリと静止した。


「あいたーっ!?」


 猪の時のように、足が地面へめり込んだが、河原なので転がっている石が砕けて飛び散り、幾つかがおりょうさんに当たってしまったようだ。咄嗟の事だが反射的に、クロスさせた腕で顔はガードしたみたいだが。


「だ、大丈夫ですか?」


 完全に動きを止めているが、まだ後足で立ち上がったままの熊を無視し、おりょうさんの元へ駆け寄る。


「あいたたた……だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 大きな外傷は無さそうだが、飛んできた小石による物だろう、白い肌に赤くなった部分が数カ所、身体のあちこちに見える。そこまで確認したところで、重々しい音を立てて熊が地面へ倒れた。


「そ、それよりも良太、そんなに見られたら、恥ずかしいよ……」


 俺が見ていたように、おりょうさんの視線も俺を捉えていた。少し視線が下向きな気がするが……。


「えっ? あ、そ、そうですね!」


 俺もおりょうさんも、手拭いも無しで湯船から飛び出していた事に、今更ながら気がついた。


「あ、足元が危ないから、俺が運びますね!」

「えっ!? あ、うん……た、頼んだよ」


 気持ちが落ち着いたところで、石ころだらけの河原を歩かせるのは危ないと思ったので、俺はおりょうさんをお姫様抱っこして、湯船まで運んだ。


「あ、ありがとう……」

「ど、どういたしまして……」


 なんとなく気まずさから、俺とおりょうさんは背中を向けあって湯船に浸かった。


「っつつつ……ちょいと染みるねぇ」


 少し緊張が解けたことで、石が当たった場所の痛みを自覚したのか、おりょうさんが苦痛を訴える。


「大丈夫ですか?」

「なぁに。熊にやられる事を考えりゃ、こんなのはなんでも……でも、痛いのには変わりないねぇ」


 粒は小さかったと思うが、相当な勢いで飛んだ石が当たったのだから、痛いのは当然だろう。顔とかに当たらなかったのは不幸中の幸いだった。


「あ……出来る、はずだよな? おりょうさん、ちょっといいですか?」

「なんだい? って、りょ、良太!?」


 突然自分の方を向いた俺に驚いたのか、おりょうさんが両腕で胸の辺りを隠した。


「あの、決していやらしい事をしようっていうんじゃ無いので……」


 俺は言い訳しながらおりょうさんに近づくと、胸は避けて、肩口の赤くなっている部分に手を当てた。


「ん……」


 少し熱を持っている石が当たった箇所へ、自分の身体から光が流れるイメージを浮かべながら「気」を送り込む。


「あ……なんかちょっとくすぐったいけど、痛みが引いて、気持ちいい……」


 一分位そうしてから手を離すと、肩口の肌にあった赤い点は、見た目にはわからなくなっている。


「あの、おりょうさんが嫌じゃなければ、全部の場所を……」

「う、うん。お願い……」


 恥ずかしそうに視線を逸らしたおりょうさんは、隠していた両腕を開いた。


「で、では……」

「ど、どうぞ……」


 なんか良くわからない言葉のやり取りの後で、俺はおりょうさんの身体へ手を伸ばした。指先が触れるとくすぐったいだろうと思い、手のひらだけが触れるように指を反らす。


「んー……っはぁ」


 なんとなく艶めかしい溜め息を吐くおりょうさんの身体から手を離した。


「目に見える範囲は終わりましたけど」

「ありがとう。あと、もうちょっと痛いところがあるんだけど……」

「どこですか?」

「っ!」


 俺が訊くと、おりょうさんが急に真っ赤になった。


「おりょうさん?」

「あ、あのね……お、おへその、少し下の辺り……」


 えーっと、その部分に手を当てるのは……。


「あ、あの、風呂から上がって、服を着てからでもいいですか?」


 場所を確認するのに見るのもどうかと思うし、目を瞑ったり逸らしたりしながら手を伸ばすと、誤爆しそうで怖い。


「そっ、そうだねっ! あ、正恒さんに、熊の事も知らせなきゃだったねぇ」

「そうでした。じゃあ、戻りましょうか」

「うん」


 いつもの感じに微笑んだおりょうさんの手を取り、俺達は風呂から出た。なんか状況に流されて有耶無耶になった事があったような気がするが……。



「なんかすげぇ音が聞こえたけど、どうかしたか?」


 俺の足の踏み込みの音が聞こえたらしく、開口一番に正恒さんが訊いてきたので、熊の事を説明した。


「そいつは災難だったな、それにしても、一日で猪と熊に襲われるなんざ、良さん、厄除けにでも行った方がいいんじゃねえか?」

「ははは……」


 つい先日、観世音菩薩様の権能の一部を授かって、おりょうさんも加護を受けたはずなんだけどな……お祈りが足りていないんだろうか。


「もう夜だし、とりあえずは簡単な処理だけして、熊は川に沈めておこう」

「あ、はい。手伝います。おりょうさん、治療は後でも大丈夫ですか?」

「うん。あたしはお茶でも淹れて待ってるよ」

「わかりました」


 俺と同じような権能を授かっているのか、手のひらに炎を灯した正恒さんが先導して、熊が倒れている場所へ向かった。


「良さんが返ってくる前に姐さんが風呂に行くって言い出したから、宜しくやってるんじゃないのかと思ったんだが、とんだ災難だったな」


 後ろも見ずに、正恒さんがそんな事を言い出した。


「あの、俺とおりょうさんは、そういう仲じゃ……」

「何言ってやがる。あの姐さんは、女の目で良さんを見てるじゃねえか。馬に蹴られるぜ?」

「気持ちは嬉しいんですけど、まだ知り合って二日しか経ってないんですよ?」

「俺は一目惚れってのも信じてるんでな。それとも、他に想いを寄せてる相手でもいるのかい?」

「それは……」


 ヴァナさんの姿が頭に浮かぶが、恋愛対象なのかと言われると、ちょっと悩ましいところだ。


「まあ、俺の目から見たら、二人は似合いだと思うぜ」

「でも、俺はフラフラしてるだけの風来坊ですよ?」

「何言ってやがる。嘉兵衛に伝授した料理や、猪や熊を倒せるだけの腕前があるんだから、食うには困らねえだろうよ」


 正恒さんに言われてみれば、そうなのかもしれない。現状、貰い物ではあるが、手持ちの金で食うに困る訳でも無いのだ。それにおりょうさんも、旅についてきてくれるとまで言ってくれてるしなぁ。


「お、こいつか。こりゃあ大物だな。良さん、腹だけ裂いちまうぜ」

「はい」


 正恒さんは熊の首の頸動脈を切り裂いて放血させると、慎重に腹を裂いていく。


「熊の肉は秋口じゃなければ、鹿や猪ほどうまくはないんだが……よし、取れた」


 正恒さんは熊の腹腔から、細い部分を糸で縛った、小さな袋上の器官を取り出した。

 

「なんです?」

「熊の胆だよ」


 神仏の加護や魔法のある世界だが、熊の胆と呼ばれる干し固めた熊の胆嚢は、消化器系全般の疾患に高い薬効がある万能薬という事で、非常に高値で取引されているそうだ。


「少し時間が掛かるから、俺が干しといてやろうか?」

「俺はいらないから、正恒さんにあげますよ?」

「ほ、本当か!?」

「ええ」


 後からおりょうさんに聞いたら、熊の胆は同じ重さの金と取引されるくらい高価なんだそうだ。


「そうかそうか! こりゃあ、どうあっても良さんには、いい物を作ってやんなきゃならねぇな」

「ははは……」


 きっかけは何にせよ、正恒さんのやる気に火が点いたようで良かった。腹を裂いて内蔵を取り出した熊を川に沈め、おりょうさんの治療をしてから、この日は就寝した。


 治療の際に正恒さんは何も言わなかったが、俺とおりょうさんを白い目で見てくるので、非常に居心地が悪かった……治療なんですよ!!

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