チーズインハンバーグ
「さて、昼はどうするかな……」
厨房に入った俺は、昼食のメニューを思案する。
(まだ削ぎ取った肉が大量にあるから、ハンバーグにするか、そうなると問題は、味付けと付け合わせだな……)
以前のハンバーグとロールキャベツには鹿肉を作ったので、今回は猪肉を使ってみる事にした。
削ぎ取った猪の肉とラード、野菜類と調味料類を作業台に並べた俺は、包丁と調理器具も取り出した。
「あ。どうせなら……」
元の世界のステーキやハンバーグのランチっぽくなるように、無駄な使い方とは思うのだが、採取した鉄でステーキ皿を作ってみた。少し厚みを持たせた楕円形の鉄の縁を曲げるだけなので、大した手間では無い。
「黒く無いからイマイチ感じが出ないけど……そこは仕方が無いか」
ステーキ用の鉄皿は黒いのだが、俺が採取した鉄は白っぽい銀色だ。
「そうだ。ついでに……」
ハンバーグの種を混ぜるのに、鉄でボウルを作った。ついでに、いずれ必要になるパン用の四角い型枠を幾つかとと、更に大きな五十センチ四方くらいの型枠も作る。
「おっと。ちょっと脱線し過ぎだな」
道具や器具作りは、やり始めるとつい夢中になってしまう。俺は手を洗って調理の方へ戻った。先ずは野菜を切って肉を叩く。
(前は照り焼きソースとおろしポン酢だったから、今回は……醤油ベースのおろし玉ねぎにするか)
馴染みのある醤油味ならおりょうさんと頼華ちゃんの口に合うだろうし、何よりハンバーグにも混ぜ込む玉ねぎは、肉をおいしく食べさせてくれる。
「あー……肉荳蔲も無いんだったな。早くスパイス類を仕入れないと」
咖喱のミックススパイスにも使う肉荳蔲は、独特の甘い風味を付けるのと肉の臭み消しに使えるのだが、手持ちは使い切ってしまった。
「今日のところは胡椒と生姜とニンニクで……」
殆どが赤身の猪の挽き肉に、冷やし固めてあるラードを微塵切りにして加えて旨味とコクをプラスし、他に下味として塩と醤油なんかも混ぜ込んで捏ねて、ハンバーグの種が出来上がった。
「焼き色が付いたら石窯へ、っと……」
一個が二百グラムくらいの大きなハンバーグを、ラードを溶かした取っ手付きの鉄鍋で両面焼いて、綺麗に焦げ目がついたら鉄皿に載せ替えて、予め熱してあった石窯の中に入れた。
それ程高温にはしていない石窯で、ハンバーグにじっくり熱を通すのだ。
「お次はソースっと」
ハンバーグを焼いて脂と肉汁が残っている鉄鍋に、乳酪、醤油、おろし玉ねぎ、おろしニンニクを入れて火を通し、塩と胡椒で味を調整してソースが出来上がったら、鍋から鉢に移しておく。
「二人が出てくるまで、まだ間があるかな……」
付け合せまで含めての調理が終了したが、まだおりょうさんも頼華ちゃんも顔を出さない。
(飛行に続いて炎と雷の訓練までやったから、目に目ない疲れが溜まっていたのかもしれないな……)
「ならついでに……」
疲れを癒やしている二人を呼びに行くなんて無粋な真似をする気は無いので、待ち時間を利用してパン以外に、石窯があったら作ってみたいと思っていたアレを実行に試してみる事にした。
(と、その前に)
ハンバーグが焼け過ぎてしまうので、試作の前に鉄皿ごとドラウプニールに仕舞っておく。他の熱いままの方が良い料理もだ。
「さてと……」
鉄のボウルに卵の卵黄だけを入れ、砂糖を加えて白っぽくなるまで泡立て器で掻き混ぜ、少量の油、蜂蜜、牛乳を入れて更に掻き混ぜる。
別のボウルで卵白と砂糖を混ぜ、泡立ててメレンゲを作り、最初に混ぜていた物の入っているボウルに三分の一程度を加え、そこに小麦粉を篩い入れて軽く混ぜる。
残りのメレンゲを二度に分けて入れながら、器の底から起こすようにさっくり混ぜ、掬った生地がリボン状に落ちる程度になったらオッケーだ。
(底に撒かなくても、生地に混ぜて焼いたら自然にザラメが沈むって話だけど……確実性を取った方がいいな)
さっき作った鉄の型枠に、クッキングシート代わりに密に織った蜘蛛の糸の布を敷いたら、底一面にザラメを撒き、そこへ生地を流し込んで軽く叩いて空気を追い出したら準備完了である。
「上手く焼けるといいけど……」
石窯に型枠を入れて奥まで押し込み、鉄の扉を閉じた。
「お待たせぇ」
「良い風呂でした!」
まさに絶妙のタイミングで、おりょうさんと頼華ちゃんが厨房の扉を開けて入ってきた。二人共ほんのりと火照った顔で、如何にも風呂上がりといった風情だ。
「冷たい物でも飲んで一休みしますか? それともすぐに食事に?」
「ええと……」
「お腹が空きました!」
「……だってさ」
「はい」
頼華ちゃんの鶴の一声に、おりょうさんと微笑みあった俺は食事の配膳を始めた。
「ちょっと失礼しますね」
「ん? これは……前掛けかい?」
「兄上。これから支度をするのでは無くて、食事をするのですよね?」
席に着いたおりょうさんと頼華ちゃんの後ろに回って、蜘蛛の糸で作った首の後で縛るだけの簡単なエプロンを着けた俺に、二人から質問が来た。
「ちょっと料理の仕上げで、跳ねるかもしれないので」
「「跳ねる?」」
料理で跳ねるという意味がわかってない二人は、同時に首を傾げた。
「じゃあ仕上げますね」
建材の残りの木の板に、石窯で火を通してからドラウプニールに仕舞っておいたハンバーグの載った鉄皿を載せて、付け合わせの野菜類を添えた。
ジュワァァァァァ……
「ふわぁ……凄い音と湯気だねぇ」
「おおお! いい香りです!」
作っておいたソースをスプーンでハンバーグに掛けると、熱せられた鉄皿に流れ落ちて盛大に湯気と香りが立ち昇った。
「最期にっと……完成です。どうぞ召し上がれ」
ソースを掛けたハンバーグに半熟の目玉焼きを載せた。
添え物のグリルした人参、茄子、玉蜀黍、別皿で用意した切れ目を入れた皮付きのままのベイクドポテトにバターにはバターを少量ずつ載せる。
スープはラードで炒めたニンニクとワカメに、塩と胡椒と胡麻油で味付けした物だ。
「なぁるほどねぇ。この前掛けは、こういう事だったんだねぇ」
「さすがは兄上です!」
それ程盛大にソースが跳ねたりはしなかったが、多少の汚れがおりょうさんと頼華ちゃんのエプロンに見えるので、念の為に着けて貰っておいて正解だったようだ。
「では、頂きます」
「「頂きます」」
一応、スプーンとフォークも用意しておいたが、俺も含めて全員が箸を手に取って食事を始めた。
「挽き肉の焼いたのの中に入ってるこれは……乾酪かい?」
おりょうさんが箸でハンバーグを中程から割ると、とろりと溶けたチーズが溢れ出し、まだ熱い鉄皿の上で焼け始めた。
今日のメインディッシュは、オーブンで仕上げたチーズインハンバーグだ。
「ええ。肉の味を更に濃厚にしてくれますよ」
「そうすると、ちょっと重いんじゃないのかい?」
猪の肉に濃厚な牛乳と塩味の乾酪だと、確かに重くなってしまいそうな気はする。
「んんっ!? 姉上! 確かに濃厚というか重厚な味わいですが、それ程しつこさは無いですよ!」
「そうかい? ん……おや? 口の中には濃い味が広がるけど、どういう訳か後味がしつこく尾を引かないねぇ」
「それは上から掛けたソー……タレに入っている玉ねぎのお陰だと思います」
ハンバーグにも入っている玉ねぎの独特に風味が、肉の味を引き立てると同時に後味をさっぱりさせてくれているのだ。
(後はやっぱり、米の威力だよなぁ)
旨味や甘味がありながら、料理の味を受け止めて更に広げる米という主食の偉大さを思い知る。
「ところで良太。この変わった焼き方の卵は、どう食えばいいんだい?」
「変わってますか?」
おりょうさんが目玉焼きを指差しているが、どうやらポピュラーな調理法では無かったみたいだ。
(言われてみれば見た事が無いし、偶然とは言え出すのも初めてだな……まだこっちに世界には、卵焼きと茹で卵くらいしかないのかな?)
以前にオムレツを作った時には何も言われなかったが、おそらくは卵焼きの亜流程度にし思われなかったのだろう。
「それは目玉焼きって言う調理法なんですけど、食べ方は……人それぞれなんですよね」
「もしかして、色々と流儀があるのかい?」
「卵だけ食べる以外に、下の挽き肉の料理と一緒に食べたり、黄身の部分を潰して全体にまぶして食べたりと、色々です」
目玉焼きの焼き方と食べ方、味噌汁の作り方など、他にも色々と食べ物には、家庭や人によって流儀がある。それはもう、殴り合いに発展しそうなくらいに。
「成る程ねぇ」
「まあ好みの問題ですし、他の人の目も無いんですから、本当に好きに食べていいと思いますよ」
会食とかなら、作法なんかも気にする必要もあるのかもしれないが、家族である三人での食事なので、堅苦しく気兼ねなどしないでもいいだろう。
「では余は、黄身を潰して全体に……おお! 肉に乾酪に黄身の濃厚さまで加わって、御飯が進みます! 兄上、お代わりを!」
「はいはい」
全体に黄身をまぶす食べ方が頼華ちゃんに口には合ったようで、一気に御飯を掻き込んだと思ったら、すかさず茶碗を差し出された。
「肉も卵もうまいけど、このタレの味の染みた付け合わせの野菜もいいねぇ」
石窯焼きにされて水分が抜けて旨味が凝縮されたところに、醤油ベースのソースが絡まった野菜が、おりょうさんのお気に召したみたいだ。
「秋になったらここで収穫した野菜を、同じように料理して食べたいですね」
「そりゃいいねぇ」
まだ土に植えただけなので、取らぬ狸の皮算用なのだが、俺の言葉におりょうさんは目を細めた。
(でも、それまでここに留まるかはわからないんだけど……)
自分で言いだしたのだが、秋になるまで旅に戻らないという事は多分無いだろうと考え始めたら、箸が止まってしまった。
「鈴白さん、いらっしゃいま……うおっ!? こ、これは!?」
そんな俺の思考は、呼び掛けてくる声で現実に引き戻された。
声からするとレンノールのようだが、何やら驚いている。
(あー……そりゃそうか)
昨日までは目に見える範囲にゲルと水場とトイレしか無かった里の中に、いきなり数棟の建物が発生しているのだから。
「ちょっと失礼……レンノールさん、こっちです!」
二人に断って立ち上がった俺は、厨房の扉を開けて里の入り口に立って呆然としているレンノールに呼び掛けた。
「す、鈴白さん、これはいったい……」
布の包みを抱えたレンノールは、キョロキョロと里の中を忙しなく見ながら俺の方へ走ってきた。
「実はあれから、里の整備をするのに神仏の加護を得ましてね」
「そう、ですか。それにしても凄まじい発展具合ですね……ん? この匂いは?」
おそらくは厨房から漏れ出す、ハンバーグに掛けたソースの匂いに気がついたのだろう。レンノールが鼻をヒクヒクと動かしている。
「実は昼食の最中でして」
「あ、それはお邪魔してしまいましたね」
ごくり……
ソースの匂いに食欲を刺激されたのか、気の所為で無ければレンノールの喉が鳴ったようだ。
「レンノールさん、昼食は?」
「実はまだでして……」
「じゃあ、良かったら一緒にどうですか?」
半分は社交辞令だが、このままレンノールを待たせて食事を再開というのも心苦しい。
「宜しいですか? では遠慮無く」
「ええ、どうぞ。少しお待ちを」
どうやらお互いに相手の出方を見ていたようで、俺達は苦笑しながら厨房へ入った。
「おやまあ。金色の髪に青い目のお客様かい?」
江戸にも金髪碧眼の外国人がいたし、レンノールの事も軽く話してはあったのだが、やはり日本人とは違って物珍しいのだろう。おりょうさんが興味深そうな視線を送っている。
「おりょうさんは初めてでしたね。こちら夕霧さんの集落とは別に、ここの周辺の山中で定住せずに暮らしている方達の代表の、レンノールさんです」
頼華ちゃんとレンノールは面識があったが、おりょうさんとは無かったのを失念していた。
「お初にお目に掛かります。えっと……りょ、良太の妻になる女の、おりょうと申します」
「っ!? ちょ、ちょっと、おりょうさん!?」
間違ってはいないのだが、おりょうさんがこういう自己紹介をしりとは思っても見なかった。
「だ、だってぇ……本当の事じゃないか」
「そうなんですけどね……」
レンノールが泊まっていった時には不在だったおりょうさんの事は、旅の連れ合いだとしか説明していなかった。
「むぅ! レンノール殿! 余も改めて自己紹介しよう! りょうた兄上の許嫁になった、源頼華だ!」
「頼華ちゃん……」
おりょうさんに遅れてなるかとばかりに、頼華ちゃんが堂々たる名乗りを上げた。
「……」
急展開過ぎて、レンノールはポカンとした表情で立ち尽くしている。
「えっと……食事を作るので、レンノールさんは座ってて下さい」
場を誤魔化すように、レンノールにも椅子代わりの木の端材に蜘蛛の糸の布を敷いた物を勧め、俺は流しに立って肉を捏ね始めた。
「ははぁ。あれからそんな事が……」
下拵えを済ませてしまうと、もう先延ばしにする事も出来なくなったので、神仏の加護があって里の施設の設置が一気に進んだ事と、おりょうさんと頼華ちゃんへプロポーズした事を、順を追ってレンノールに説明した。
「良い事なんですから、そう仰ればいいのに。鈴白さんは照れ屋ですね」
「いやぁ……」
どれだけ自慢したって恥ずかしくない女性達が婚約してくれたのだが、やはり重婚という点が気になって、積極的に人に話をするのを躊躇ってしまうのだ。
「もう直ぐ出来ますからね」
照れ隠しに、ひっくり返したハンバーグを鉄皿に載せ替え、中まで火を通す為に入れる石窯の蓋を開いた。
「ん? 兄上、この甘い香りはなんですか?」
「ん? ああ、そろそろ焼けたかな」
レンノールの目があるので、熱い物を掴む為に用意しておいたミトンを着けて、大きな鉄の型枠を取り出して石窯の上部に置いた。入れ替わりにハンバーグと付け合わせの野菜を押し込んで蓋をする。
「それはもしかして、家主貞良かい?」
「ええ。石窯が出来たら作ってみようと思ってたのを思い出したので、試しに焼いてみました」
材料の量も焼き加減も手探りだったが、良く膨らんで表面には綺麗な茶色の焼き色が付いているので、まずまず成功と言って良さそうだ。
「兄上! 食べたいです!」
案の定だが、頼華ちゃんが興奮した様子で家主貞良を御所望だ。
「まだ食事中なんだけど……少しだけだよ?」
「はい!」
敷いてあった布ごと持ち上げた家主貞良をまな板に置いて、十センチくらいの幅に切った物を、更に五センチ間隔くらいに切り分けた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます! わぁ。まだ温かいですね!」
湯気の上がる家主貞良に、頼華ちゃんが豪快にかぶりついた。
「んんーっ! ふわっふわで甘くって、おーいしぃーですぅー!」
家主貞良を味わった頼華ちゃんは、正に恵比須顔といった感じで、幸せを顔いっぱいで体現している。
「良太、あたしには?」
「鈴白さん、是非味見を……」
「あの、食後でいいですよね?」
おりょうさんとレンノールには、頼華ちゃんの前なので少し大人っぽく振る舞って欲しかったのだが、どうやら厨房を満たす甘い香りには抗えなかったみたいだ。
「んーっ! 冷めてしっとりしたのも、おいしいですねぇ!」
「この卵と風味と甘さが、相変わらず堪らないねぇ。でもこんなに食っちまうと、太りそうだねぇ……」
「いやぁ、先日御馳走になった時にも思いましたが、鈴白さんの料理とお菓子は、本当においしいですね」
おりょうさんは少し食べ過ぎを気にして渋い表情をしているが、頼華ちゃんもレンノールも、食後に紅茶と一緒に出した家主貞良をモリモリ食べている。
「ところでレンノールさん」
「なんでしょう?」
家主貞良もあらかた食べ終わったのを見計らって、レンノールに話し掛けた。
「里の整備は大分済んだのですが、資材の不足でまだ取り掛かれていない部分があるので、その辺の御協力を得られればと」
「竹は用意して、里のすぐ外に持ってきてありますが、他にも何か?」
ありがたい事に、竹は運び込めば使える状態のようだ。
「木材が足りません。調達の依頼というよりは、伐採して問題が無い木があれば、自分で伐り倒してくるのですが」
伐るにしても運ぶにしても手間と人手が掛るだろうけど、俺が行けばそこは省ける。
「ここと、石の切り出しに行った場所の周辺は、それ程多くなければ問題はありませんよ」
「そうですか」
現代の日本ように、どんな山奥でも個人か国が山林を所有しているという事は無いみたいだ。
「それと、畑で育てる野菜の苗や種、あとは……蜜蜂の巣なんか御存知では無いですか?」
苗や種はともかく、蜂の巣に関しては無理難題かもしれないが、訊くだけ訊いておいて間違いは無いだろう。
「苗と種に関しては、浮橋殿に相談しておきましょう。蜜蜂の巣は……」
「心当たりがあるんですか?」
蜂の巣に関して、レンノールは知らないと言うのでは無く、話し難そうにしている。
「実は山中での栄養補給に、たまに蜜を分けて貰っていた蜜蜂の巣があるのですが、最近は雀蜂が増えてしまって、近づく事が出来なくなってしまったのです」
「あー……」
雀蜂は蜜蜂を捕食する事もあるので、下手をすれば巣ごと全滅してしまう。
「あの、その蜜蜂の巣を、ここに移動しちゃうのは不味いですかね?」
雀蜂とその巣を駆除してしまうつもりではあるのだが、新たな巣が出来ないとも限らないので、蜜蜂の巣の方の安全を確保してしまった方が確実だ。
「問題は無いと思いますよ。我々としては時々ここで蜜を分けて頂けるのなら、より安全になりますし」
蜜蜂からでも時折は刺される事があるのだろう。確かにレンノールとその仲間からすれば、里に巣を移して蜜を分けて貰えるのならば、いい事ずくめかもしれない。
「じゃあ午後からは、蜜蜂の巣の移動と雀蜂退治かな」
「わかりました。巣の場所まで御案内致します」
紅茶を飲み干しながらレンノールが頷いた。
「これで受粉の問題が片付くねぇ」
「それと木の伐採ですね!」
レンノールが尋ねてこなければ、午後からは京に行く事も考えていたが、竹と木と蜜蜂の問題がなんとかなりそうなので、少し出掛ける以外は里に留まる事になりそうだ。
「おっと。鈴白さん、出発する前に。先日お話した合成弓です」
レンノールが持参していた、食事中は脇に置いていた包を取り上げ、開いて中身を作業台に並べた。
「二種類ですか?」
「こっちはバラバラですね」
頼華ちゃんの指摘通り、片方はかなり反りのある弓だとわかる外見なのだが、もう一つは握る部分と、その部分を挟む上下のパーツに分割されているようだ。
「鈴白さんの腕輪があれば、収納には困らないのでしょうけど……旅をするにはこの方が、携帯し易いかと思いまして」
「成る程」
レンノールが言うように、福袋やドラウプニールという運搬手段があれば、嵩張る弓でも問題は無いのだが、通常の旅装であればかなり邪魔になるだろう。
但し、分割式の弓は携帯性の代わりに、組み上げてから一射目までが時間が掛かるし、粗点がずれる可能性がある。
(でもまあ、通常の弓でも弦は外しておく訳だし、そんなに細かい標的を射る訳でも無いか)
基本は狩りに使う予定なので、そんなに小さな獲物を長距離から射る事も少ないだろうし、実際に射る前に試射をする事も出来るだろう。




