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炎と雷

「ははは……ちっとも気にしてませんよ……あ、そうだ。雷の前に、火を点けずに温度だけを操るやり方も試してみましょうね」


 丁度良い具合に湯呑を持っているので、中の麦湯の温度を調整してみよう。


「りょ、良太?」

「あ、兄上?」

「ん 二人共どうしたんですか?」


 何やら怪訝な表情で、おりょうさんと頼華ちゃんが俺を見てくる。


(あ、姉上、兄上の表情がおかしいですよ!?)

(そ、そうだねぇ。なんか目が開いてるのに、何も見てないような虚ろな感じで……)


 頼華ちゃんとおりょうさんが、何やら小声でやり取りしているが、俺は湯呑に意識を集中した。


「……あれぇ、変だなぁ。中身が凍っちゃった」

「「……」」


 俺が逆さにした湯呑の中身が凍りついて落ちないのを見て、二人が息を呑んでいる。


「ま、いいか。今度は温めて……」


 さっきとは逆に熱するように想念すると、あっという間に凍っていた麦湯は融解して液体になり、次いで細かな、更には大きな泡が立ってきた。


「ちょ!? 良太っ! 中身が煮え滾ってるよ!?」

「兄上! 危ないですよ!」


 ボコボコと音を立てて沸騰する湯呑を少しでも冷やそうと思ったのか、頼華ちゃんが飲んでいた麦湯を掛けた。


 盛大に水蒸気を上げながら、温度差にやられた湯呑には罅が入り、俺の手の中で砕け散った。


「あーあ……勿体無い事したなぁ」

「良太っ!? て、手は大丈夫かい!?」

「あ、兄上っ!? お手が火傷をっ!」

「ああ、大丈夫ですよ」


 煮え滾る麦湯が手に掛かったので、おりょうさんと頼華ちゃんが心配しているようだが、体表の(エーテル)が防護してくれたので全く問題は無い。  


「「……」」


 濡れた手の中に残った、湯呑だった物の欠片を眺めている俺を見るおりょうさんと頼華ちゃんの目には、明らかに怯えの色が見える。


(あ、姉上! なんとかしませんと!)

(で、でも、どうすればいいんだい!?)

(そ、それは……)


 相変わらず、おりょうさんと頼華ちゃんが何やらボソボソとやり取りしている。


(ええっ!? ら、頼華ちゃん、幾ら何でもそれは……)

(母上から、男にはこうすれば良いと聞いているので、きっと兄上にも効果は抜群です! ですが、余は姉上程は……)

(うぅー……わ、わかったよぉ)


「……」


 俺に聞かせたくないらしいやり取りは終わったようだが、どういう訳か、振り返ったおりょうさんの顔が赤い。


「りょ、良太がさっき言ってた按摩を、お願いしたいんだけどねぇ……」


 上目使いのおりょうさんが、遠慮がちに俺に尋ねてくる。


「……本当は嫌なんですよね?」

「そ、そんな事は無いんだよ!? さっきはちょっと、(かみなり)さんが怖いなって思っただけで……」


 ぶんぶんと激しく頭を振りながら、おりょうさんがアピールしてくる。


「まあ、いいですけど……」

「それじゃ失礼して……」


 おりょうさんは歩み寄ると、あぐらをかいている俺の上に、向かい合うように腰を下ろした。


「……あの、これはいったい?」


 座るだけでは無く、おりょうさんは俺の頭に腕を回して抱え込んでくるので、必然的に顔が胸に埋まるようになった。


「あ、あたしだけ気持ち良くして貰うんじゃ悪いから、その、良太にも……お裾分け?」

「……」


 言っている意味は良くわからないが、おりょうさんは俺の機嫌を伺おうとして、こんな行動をしているのだろう。


(……こんなに気を使わせちゃ駄目だって、頭では思ってるんだけどなぁ)


 多少、自分の考えと違っていたという程度で、おりょうさんや頼華ちゃんに気を使わせる事には罪悪感を感じているのだが、現在の心境をどうやって変えればいいのかがわからないのだ。


 おりょうさんの胸に視界を塞がれているので見えないが、多分だけど頼華ちゃんも、ハラハラしながら推移を見守っている事だろう。


「……それじゃ始めますね」

「こ、来い!」


(別に立ち会いとかじゃ無いんだけどな……)


 俺に跨るなんてとんでもない事をしている割には、まだ雷に関する心構えはおりょうさんには出来ていなかったみたいだ。


(……ごく弱くだぞ)


 調整を間違うとさっきの麦湯のように、おりょうさんを傷つけてしまう事になるので、心を落ち着けようと深呼吸をしたら、今度は芳しい香りに鼻腔を支配されて、違う意味で落ち着かなくなってしまった。


(平常心、平常心……よし、行くぞ)


 逆に心を乱した事で、いつもの調子に戻った気がする。俺はおりょうさんの背後に回して交差させた両手を、両肩にピタリと当てた。


「う゛ぁ……」


 ごく弱い雷を放つと、俺の上に座っているおりょうさんの身体が軽く跳ねた。


「強過ぎましたか?」

「ちょ、ちょっとだけびっくりしたけど、そんな事は無いよ」


 雷による持続的な電気の刺激で、おりょうさんの声は微振動している。


「こ、これは……説明だけ聞いてたら眉唾だと思ったけど、本当に気持ちが良くて驚くねぇ」

「……やっぱり、信用してくれた訳じゃ無かったんですね?」

「うっ!」


 ポロッと本音が漏れたらしいおりょうさんに問い掛けると、図星だったようで言葉に詰まった。


「そ、そりゃあねぇ。食いもんと同じで、食べてみるまでは……」

「でも、今回は試す前に疑ってましたよね?」

「う……ご、ごめんなさい」


 おりょうさんの俺の頭に回した腕の力が強まり、雷とは別の種類の振動、おそらくは慟哭による物と思われる震えが伝わってきた。


「おりょうさん!? も、もう怒ったりしてませんから!」

「……本当にぃ?」


 嗚咽も漏らさなかったので気が付かなかったが、おりょうさんは静かに涙を流し続けていたのだ。


「本当です!」

「よ、良かったぁ……ふぇぇぇぇ……」

「おりょうさん……」


(駄目な奴だな俺は……)


 我慢が出来る程度の些細な事だったのだから、流してしまえばよかったのに、結果としておりょうさんを泣かせてしまったのだ。我ながら情けなくなる。


「よ、良かったぁ……」

「頼華ちゃん?」


 おりょうさんにガッシリ抱きつかれているので詳しくはわからないが、頼華ちゃんの声にも涙の成分が混じっているように思う。


「あ、兄上は普段から贅沢も言われませんし、いつも姉上や余達の事を考えて行動して下さるので、こういう時にどうすれば御機嫌を直して下さるのかがわからなくて……」

「あー……」


(傍から見れば、俺ってそういう人間だと思われるよなぁ……でも確かに難しいか)


 俺はそんなにストイックな人間では無いのだが、確かにどういう方向からならば攻め易いというのは自分でも良くわからない。


(もしかして、だからおりょうさんがこんな真似を?)


 こういう色仕掛け的な事はおりょうさんは考えつかなそうだけど、どうもさっきの相談の感じだと、雫様が頼華ちゃんに知恵をつけたっぽい。


「頼華ちゃんにも嫌な思いさせちゃったね。ごめんね」


 視界が塞がれたままなので、雷を止めて頼華ちゃんを手招きした。


「あ、兄上ぇ……」


 目では見えないが、ギュッと握られた手に濡れた感触が伝わってくる。


 おそらくだが頼華ちゃんが、涙で濡れた自分の顔に俺の手を当てているのだろう。


(ほんと、駄目だな俺は……)


 この状態は自業自得なので、俺はひたすら、おりょうさんと頼華ちゃんの泣き止むのを待った。



「ご、ごめんねぇ……結局また、良太に迷惑掛けちまったねぇ」

「兄上ぇ! 申し訳ありませんっ!」

「いや、俺の方こそ……」


 些細な事で俺が拗ねてしまったのが原因なのだが、すっかり場がしんみりしてしまった。


「……ん? な、なんか妙に、肩が軽く感じるねぇ」

「多分ですけど、さっきの雷の按摩の所為ですよ」


 昨日から着用しているスポブラもどきの効果もあると思うのだが、やはり胸が大きいおりょうさんも、肩凝りには悩まされていたみたいだ。


「そうなのかい? ならこれからは時々、良太にやって貰おうかねぇ」

「いつでもやりますよ。風呂上がりとかにやると、特に効果的です」

「おや。じゃあ次の風呂上がりにでも、早速お願いしようかねぇ」


 いつもの調子に戻って微笑むおりょうさんからは、なんとも言えない艶っぽさが醸し出されている。


「兄上! 今度は余にもやってみて下さい!」

「うん。あ、おりょうさんは、雷を放てるか試してみて下さい」

「わかったよ」


 稲光と轟音以外に(かみなり)には痺れるような効果があるとわかっただろうから、多少はおりょうさんにもイメージし易くなっただろう。


「それじゃ頼華ちゃん……なんで膝に座るの?」


 おりょうさんが俺の脇に座って、雷の自主練を始めたら、空いた膝に頼華ちゃんが座り込んできた。向かい合わせにでは無く、横向きにだ。


「姉上は座らせるのに、余は駄目なのですか!?」

「そうじゃないけど……頼華ちゃん、泣かないでね?」


 俺の反応を拒否したと思ったのか、ショックを受けた様子の頼華ちゃんが瞳を潤ませる。


「ま、いいか……目でも見える方がわかり易いと思うから、頼華ちゃん、人差し指を立ててみて」

「こうですか?」


 危ういところで泣き止ませるのに成功した頼華ちゃんは、不思議そうな表情をしながらも、俺の言う通りに人差し指を立てた。


「ちょっとビリっとするけど、驚かないでね」


 俺と頼華ちゃんの指の間で、パチっと電光が閃いた。


「ビリっと……はわっ!? こ、これがビリっとするって奴ですか!?」


 電気がビリビリするって表現は現代的だったのか、頼華ちゃんには理解出来ていなかったみたいだ。


 しかし俺が、指先から放ったごく小さな紫電を指先に受け、今までに感じた事の無いその感覚が、ビリっという物だと理解したのだった。


「今度は少し続けて放つけど、大丈夫かな?」

「はい!」


 未知の感覚の生じた自分の指先をマジマジと見つめていた頼華ちゃんは、俺の問い掛けに元気良く返事した。


「お……おおおぉ!? こ、これはなんとも、摩訶不思議な……で、でも、なんか面白いですね!」

「そ、そうかな?」


 連続的な雷の効果で身体を揺らされながら、俺と自分の指の間のスパークを観察しながら、頼華ちゃんが瞳を輝かせる。


「じゃあ今度は、ちょっと場所を変えて……」

「んんっ!? な、なんか肩と首の辺りの、皮膚と言うか肉が、引っ張られますね!」

「これが按摩みたいな効果があるんだよ」

「成る程! 確かに効果がありそうです! なのに兄上を疑ってしまうとは……」

「だから、泣かないでいいからね?」


 自分の蒔いた種ではあるのだが、事ある毎に頼華ちゃんが俺に疑いを持った事を悔やんで涙ぐむので、リカバーが大変だ。


「さ、さあ。今度は頼華ちゃんが、雷を放って御覧?」

「や、やってみます!」


 上手い具合に話題の切り替えに成功したみたいで、頼華ちゃんは真剣な表情で自分の手を見つめている。


「最初は自分の手と手……というか、指先の間で放つといいかもね」

「わ、わかりました! ぬん!」


 元々、剣技に(エーテル)を込めるという戦い方をしたきた頼華ちゃんだけあって、扱いは慣れているみたいだ。指と指の間に発生した紫電が、微かに大気を震わせている。


「こ、こんな感じでしょうか?」

「いいんじゃないかな。後は威力の調整だけだね」


 (エーテル)を変化させて放つ雷を、頼華ちゃんはあっという間にマスターしたみたいだ。


「これは俺の私見だけど、通常は攻防に使うのは炎よりは雷の方がいいと思うんだ」

「兄上がそう思うのならそうなのでしょうけど、一応、理由をお訊きしても?」


 頼華ちゃんが可愛らしく首を傾げる。


「うん。おりょうさんも、ちょっと聞いてくれますか?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……わかったよ」


 自主練をしていたおりょうさんは、自分の手から放つ雷で肩の辺りをマッサージしながら声を震わせていた。頼華ちゃんもだが、本当に飲み込みが早い。


「いま頼華ちゃんにも少し話しましたけど、攻防に用いるのなら基本は炎じゃなくて雷を選択して下さい。まあ戦う機会が無いのが一番なんですけど……」

「そりゃそうだねぇ……で、なんで炎は駄目なんだい?」


 やはり頼華ちゃんと同じ疑問を、おりょうさんにも持たれたようだ。


「あの、正恒さんの家の前で、俺が頼華ちゃんと戦った時の事を覚えてますか?」

「そりゃあ、勿論……」

「うぅ……あの時は、兄上にも姉上にも、大変申し訳無い事を……」

「いや、責めてるんじゃ無くてね?」


 またも瞳を潤ませながら、頼華ちゃんが俺の胸に縋り付いてくる。


「あたしも良太も、もう気にしてないよぉ」

「うぅ……」


 まだ少し瞳が潤んでいるが、頼華ちゃんは顔を上げた。


「あの時、俺が全身に炎を纏ったのを覚えていますよね?」

「ああ。あれは凄かったねぇ」

「正恒が申しておりましたが、正にお不動様のようでした!」


 おりょうさんは溜め息混じりに、頼華ちゃんはやや興奮気味に、当時の事を思い出しているみたいだ。


「この服は加護が掛かっているので大丈夫だったんですけど、実はあの時、服の下に着けていた物がですね……」

「あ! あー……」

「そ、そういう事ですか……」


 炎、下に着けていた物、この二つのキーワードで、俺に起こった事態をおりょうさんも頼華ちゃんも察してくれた。


「蜘蛛の糸は麻や綿に比べれば強度は高いし、(エーテル)を通して強化も出来るんですけど、それでも危険な可能性があるので」


 特に頼華ちゃんの場合は、持ち合わせている(エーテル)の量も質も常人と比べると並外れているので、服が燃え尽きてしまう可能性がかなり高いだろう。


「雷なら大丈夫なのかい?」

「落雷で火が点いたりもするんですけど……意図的に火を点けようと考えなければ、多分ですけど大丈夫です」


 一度詳しく検証する必要もありそうだが、雷で火を点けようとかの意志を込めなければ、おそらく心配は無いと思う。


「それと、炎だと相手に外傷を負わせてしまうんですが、雷なら威力を調整すれば、痺れさせたり気絶させたりして相手を無力化出来ます」


 実力の伯仲している相手との果たし合いとかなら、炎でも雷でも最大パワーで使えばいいのだが、例えば俺達が那古野で遭遇した任侠集団程度が相手の場合は、軽い雷で触れるか、防御に使って勝手に攻撃させて痺れさせてしまえばいい。


「あと、薄緑は多分平気だと思うけど、鉄に熱を入れるのは良くないから、そういう意味でも炎はおすすめしないかな」


 焼入れをした刃物は、再び熱を入れると性質が変化してしまうので、炎ん晒したりするのは厳禁だ。


「むぅ……それは確かに! 柄などにも影響が出そうですしね!」


 薄緑なんて伝説レベルの太刀は、既に武器の埒外にありそうなので影響は出ない気もしなくもないが、貴重な品でもあるので取り扱いは気をつけた方が良いだろう。


「とりあえず炎は、日常生活で便利に使うってのが良さそうだねぇ」

「そうですね」


 炎しか使えないのなら仕方がないが、戦闘では雷が十分以上に使えそうなので、周囲に影響が出そうな真似はしないでおいた方がいいだろう。


(駄目になっても惜しくないような物に炎を纏わせて使うっていうのが、一番いい使い方なのかもしれないなぁ)


 炎を纏うと通常よりは威力を増すのは確かだし、使い捨てても惜しくないような武器で戦力を増強するという考え方は出来る。


「兄上! 兄上のお考えの戦闘での雷の使い方には、どんな物がありますか?」

「ん? そうだなぁ……」


 俺が考えたと言うとちょっと語弊がありそうだが、漫画やアニメなんかで良くある使い方を頼華ちゃんに説明してみる事にした。


「雷を使える事は相手に悟らせないでおいて、鍔迫り合いになった時に放つとか」

「おお! なんという狡猾な!」

「……続けるね?」

 

 狡猾というのは一般的には褒め言葉では無いと思うが、頼華ちゃんが瞳を輝かせて続きを待っているので話を再開した。


「他には、間合いの外からこう……見せた方が早そうだね」

「ひゃっ!?」


 手本を見せながらの方が理解し易いと思ったので、頼華ちゃんの脇に手を入れて横に下ろしてから立ち上がった。


「えーっと……的はこれでいいか」


 ドラウプニールを操作して巴を腰にセットした俺は、昨日作った鉄のスプーンの一本を取り出した。


「じゃあやってみるね」

「はい!」


 俺はスプーンをアンダースローで軽く前方に放ると、抜き放った巴に纏わせた雷を刀身から伸ばし、空中で弾いた。


(お? 刀身を伸ばすだけのイメージだったから、その分の反りだけかと思ったけど、雷の部分はフレキシブルに動くんだな)


 巴を振るう速度にイメージが追いつかなかったのか、雷の部分が少し遅れてスプーンを弾いた。


 狙ったスプーン自体は外さなかったので、これは使い始めたばかりの雷と俺のイメージとの差分なのだろう。


(結果的にだけど、思っていたよりも面白い使い方が出来そうだな)


 巴の反りの延長線上にしか形成出来ないと思っていた雷が、もっとフレキシブルに使える事が判明した。これなら避けたと思った相手にも当てられる。


「この使い方だと遠い間合いでも攻撃出来るし、複数の敵を薙ぎ払う事も出来るよ」


 雷を延長するのにある程度の(エーテル)が必要なので、トータルの威力自体は落ちてしまうと思うが、集団の突進を止めたり、囲みを破ったりする際にはかなり有効だろう。


「成る程! 居合との併用でしたら、間合いを読み切ったと思っている相手の不意を突く事も出来ますね!」

「ははぁ。それは考えつかなかったな」


 居合の場合は抜き討つ速さも重要だが、相手の体格や得物から間合いを計り、自分は安全且つ確実に攻撃を、相手からの攻撃は無効になるようにするのが肝要である。


 雷を併用すると、相手がまだ届かないと思っている距離からの攻撃が可能であり、自分も相手の間合いに入る必要が無いので、より安全に勝利を収める事が出来るだろう。


「雷で敵が倒れたりしても、油断をしないのが大事だね」


 一騎打ちなら頼華ちゃんが最大パワーで雷を放てば、対象は良くて黒焦げだとは思うのだが、死んだふりをして反撃の機会を狙う相手がいないとは言えない。


「わかりました! そういう時は念には念を入れて、炎で焼き払います!」

「……程々にね?」


 戦う相手に容赦をしても仕方が無いのかもしれないが、倒された上にその場で火葬にされてしまうというのは、ちょっと哀れだ。


「後は、炎もなんだけど、こう……」


 再び投じたスプーンを的に、小さな球状にした雷を放って空中で弾くと、同じような球状の炎で更に弾いた。射撃などとは違って、目で追った場所に着弾する。


「他にはこう……」


 せっかく作ったスプーンにこういう事をするのは気が引けるが、腕の太さくらいの雷を線状にして放つ。所謂(いわゆる)ライトニングボルトだ。


「あーあ……」


 数メートル先に転がったスプーンを拾うと、原型を留めずにグニャグニャになって表面が変色してしまっている。


「見た目にも凄い威力っぽかったねぇ」

「おりょうさんにも頼華ちゃんにも出来ますよ。ただ、あまり威力を上げると、(エーテル)が枯渇しちゃいますけどね」


 後先を考えなければ幾らでも威力は上げられるが、常に自分の身体や(エーテル)の状態を把握しておくのは重要だ。


「おりょうさんも頼華ちゃんも、元々の戦闘能力が高いですから、炎も雷も奥の手として使った方が効果的だと思いますよ」


 相当な技量の差が無ければ、おりょうさんの制圧力を突破する事は難しいし、頼華ちゃんの変幻自在の剣術にも対応出来ないと思われる。


 そこに更に奥の手として炎と雷という攻撃手段が加わったのだから、これから敵対する相手には同情する気持ちが湧いてしまう。


 とはいえ相手だって、ただやられてくれたりはしないだろうから、あまり楽観視はしない方が良いだろう。


「わかったよ。でも遠くへ放ったりする鍛錬は、しっかりやっておく必要がありそうだねぇ」

「わかりました! どの威力を何度まで使えるか、自分なりに検証しておきます!」


 二人共、武器や身体に纏ったりする以外の要点も、ちゃんと理解しているようだ。



「昼食は俺が作りますから、二人はひとっ風呂浴びてきちゃって下さい」


 雷と炎の使い方の練習を少しした後、予定通りに畑仕事をしたら昼の少し前くらいの時間になった。


「良太に悪い事しちゃったから、あたしが作ろうかと思ってたんだけど……」

「そこはお互い様って事で。おいしいのを作っておきますから」


 詫びの気持ちもあって、今の俺は二人を凄く甘やかしたい気分なのだ。


「そうかい?」

「姉上! 兄上の御厚意を受けておきましょう!」

「そうそう。いってらっしゃい」


 少し渋っているおりょうさんを頼華ちゃんに任せて風呂に送り出し、俺は厨房へと向かった。

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