能力譲渡
「愛情がおいしいって、どういう事なんですか?」
なんとなく予想はつくのだが、今後の事も考えて確かめておく必要があるだろう。
「ご存知の通り私は愛の女神なので、信仰して下さっている人々の愛情というのが、それはもう素晴らしい供物として捧げられてくるのです」
目を閉じたフレイヤ様が、まるで歌い上げるかのように語っている。
「あー……豊穣の神様へ収穫物を、供物として捧げるような、ですか?」
「その通りです! さすがは良太さんの察しの良さでございます!」
間違い無く褒められているのだが、微妙に嬉しさを感じない。
「仰る事はわかりましたけど……それでもこの里の中に愛の波動とやらを放たれるのは困ります」
決して害がある訳では無いのだが、里で生活している人間の心が落ち着かないというのは困ってしまう。
「うっ……わ、わかりました。良太さんに嫌われたくはありませんから」
「……まあ、二人へ気持ちを伝える後押しになって下さった事には、感謝していますけど」
神様の発する波動とやらに気持ちを刺激されてプロポーズをしたとは思いたくないが、男女の問題に関して自分の腰が重い自覚もあるので、早い内におりょうさんと頼華ちゃんに気持ちだけでも伝えておけたのは悪くないだろう。
「あらあらまあまあっ! なんと嬉しいお言葉! では今後は出過ぎないように致しますけど、陰ながらお手伝いはさせて頂きますね!」
「……ちなみにですけど、手伝いとはどのような?」
今ここで訊かないと絶対に後悔しそうなので、フレイヤ様に確認しておく。
「それはですね、良太さんの魅力があれば心配無いとは思いますが、御相手の二人が他の異性に関心を示さないようにするとか、逆に悪い虫がつかないようにするとかですね。後はお望みの時にお望みの性別で子宝を授けて、超安産に……」
「あ、もうその辺で」
聞いた限りでは特に問題は無さそうなので、ちょっと安心した。
特に安産が確約されているというのは、母体も助かるが俺の精神衛生上にも非常に助かる。
(……って、今から出産の事なんか考えてどうするんだよ!)
勿論、大事な事ではあるのだが、おりょうさんとも頼華ちゃんとも、まだそれ以前の関係でしか無いのだ。
「あの、二人が移り気だとは思っていないですけど、正式に結婚する前に俺よりもいい相手が現れて心惹かれるような事があったら、それはそれで構わないと思っているので、異性が寄り付かないっていうのは解除して欲しいんですが」
「まっ!? そ、そこまで良太さんが御自分の感情を殺さなくても、良いのではないですか?」
俺がこんな事を言い出すとは思っていなかったのか、フレイヤ様が動揺している。
「うーん……俺って色々と、こっちの世界の人とは違うじゃないですか?」
「それは……そうですね」
いつでも元の世界に帰れる俺は、本来であれば魂の連れ合いである黒ちゃんと白ちゃん以外は、恋愛対象に選んではいけないのかもしれないと思う事がある。
「あんまり先の事まで考えても仕方が無いんですけど、最終的に元の世界に戻る俺が、こっちの世界で家族とか……」
その時点では家族が出来て一緒に過ごす事に幸せを感じるだろうけど、結局は双方が不幸になってしまうのではないか、というのは考えすぎかもしれないが。
「そこまで思いつめていらっしゃったのですね……」
「ふ、フレイヤ様!?」
ふわりと、暖かいものを感じたと思った瞬間、フレイヤ様に抱きしめられているのに気がついた。
「ど、どうしてこんな……」
すぐ近くにプロポーズをした二人が寝ているという状況なのに、あまりの心地良さと安心感に恍惚としてしまいそうになる。
「どうぞ御自由に、生きて下さいませ」
「え……」
心地良い感覚の中、その囁きは脳を蕩けさす程の甘美な響きを持っていた。
「良太さんの思うままに生きて、そして元の世界にお帰り下さい。歪みが出ようが構いません。全て私がなんとか致します」
これは歪みが出る、もしくは既に出ているとフレイヤ様に言われたに等しいのではないだろうか。
「し、しかしですね……」
「もう……これでも女神なのですよ? それくらいの面倒は見させて下さい」
「あ……」
フレイヤ様の俺を抱きしめる腕に、少し力が込もった。しかしそれは苦しさを齎す物では無く、ただひたすらに幸福と安心を与えてくれる。
「あなたを呼び寄せたのは私です、言うなればこちらの世界での母のような者です。本当は恋人が良いのですけど……」
「……あの、フレイヤ様?」
途中までは格好良かったのに、ポロッと本音が漏れたようだ。
「コホン……で、ですから、好きに生きて下さい! 良太さんがそんな事をするとは思っておりませんが、例えば天照坐皇大御神を殺すような大罪を犯しても、揉み消……誤魔化して差し上げますので」
「なんかとんでも無い事言い出した!?」
この国の主神クラスの神様を俺が殺すとか、しかもそれを揉み消すとかフレイヤ様は言いそうになっていた。
(誤魔化しの方が揉み消しよりはマシなのかなぁ……)
どっちもどっちな気もするけど、口に出さないでおいた。
「半分は冗談ですが、細かい事はお気になさらずに、良太さんはこの世界で面白おかしく過ごして下さい」
「半分は本気なんですね……」
どうもフレイヤ様が天照坐皇大御神様に、北欧の浮気妻と呼ばれた件が尾を引いているように感じるが、そこは突っ込まない方が良さそうだ。
「さて、実はここからが本題なのですが、私が参りましたのは良太さんが御二方を娶ると心に決めた事をお伝えになって、その気持が成就した事へのお祝をして差し上げようと思ったからです」
「フレイヤ様からは、今の時点でも色々と頂いているのですけど……」
こっちの世界に来た時に貰った服に福袋、当初は周天の腕輪と聞かされていたドラウプニールに、至宝とも言えるブリジンガメンまで、一時的にではあるが授けられているのだ。
「今回授けようと思っている力は、良太さんには勿論ですが、婚約者の御二方や、この里の住人達にとってお役に立つ力です」
「役に立つ力、ですか?」
「ええ」
フレイヤ様から力と聞いて、真っ先に浮かんだのはやはり愛に関する物なのだが、さすがにさっき断ったばかりの加護を捩じ込んで来たりはしないと信じたい。
「私が主に信仰されている北欧では、自然環境が厳しいので氏族や部族などの共同体の結束が強いのです」
「それはそうでしょうね」
北欧では大地も海も雪と氷に閉ざされる地域もあるので、そういう場所では共同体を形成して助け合わないと生きていけないというのは理解出来る。
「そういう共同体の上に立つ者の権威を上げて崇敬を強め、更には結束を強める為に与えている加護を、良太さん達にも使って頂こうと思うのです」
「それは……具体的にはどういう物なのですか?」
聞いている限りではいい事ずくめな気はするが、この場合の上に立つ者っていうのは俺の事を指すのだろうから、別に権威なんか欲しいとは思っていないので、場合によっては断る事も考えなくてはならない。
「それ程大した物ではありません。良太さんがこれまでに身に付けられた加護や権能や技能などを、任意の相手に任意の習得段階で授けられるようになります」
「あの、加護や権能って、俺のは神様から授かっている物なんですけど?」
俺の炎の権能は観世音菩薩様から授かっている、不動明王に由来する物だ。
黒ちゃんと白ちゃんは俺が授かっている火の権能を使えたりするが、あれは魂のリンクのお陰なので特例だろう。
「……普通に神仏から授かる権能というのは、いくら気で強化出来るとは言っても、通常はこの里を灰燼に帰す程の威力は無いのですよ?」
「そ、それは……」
自分の権能や加護の使い方が正しいかと訊かれると自信が無いので、フレイヤ様にジト目で指摘されて言葉に詰まってしまった。
「元は確かに不動明王の権能である炎ですが、良太さんの場合は既に御自身の能力として定着しています」
「えー……」
フレイヤ様の言葉通りだとすると、俺は授かった力を行使しているのでは無く、手から火が出せる人になってしまっているらしい。
「元々良太さんは純粋で強大な気の持ち主でしたから下地が出来上がっていて、観世音菩薩から授かった権能を切っ掛けに、独自の能力としてお使いになれるようになったのでしょう」
「はぁ……」
(言われてみれば、俺が授かった権能以上の物を使おうと思ったら、普通なら更に信心を深めて神仏に祈りを捧げて、許されれば行使できるようになる、か……)
こっちの世界に人達は信心深いから、俺みたいにドラウプニールと権能の炎の同時使用とかは考えないで、与えられた力をそのまま使うだけなのだろう。
「良太さんが認めた相手に能力を授けるのも剥奪するのも自由ですから、きっとお役に立つと思いますよ」
「そう、ですね……」
おりょうさんや頼華ちゃん、里のちびっこ達にも炎の権能が使えれば便利だなとは考えていた。
しかし便利ではあるが、炎は取扱いを間違うと大惨事になるので、授けた能力の制限や剥奪も出来るというのはありがたい。
(熱くない炎は灯りに使えるから全員持ってると便利だろうけど、実際に熱い炎は経験を重ねてないと駄目だろうな)
子供達が住む予定の寮には照明設備が無いので、行灯か燭台を用意する必要があるかと考えていたが、どうやらフレイヤ様のお蔭でその辺の悩みは解決しそうだ。
「ん? あの、もしかしてなんですけど、雷も授ける事が出来るんですか?」
元は鵺である黒ちゃんと白ちゃんの能力である雷を、魂が繋がった事によって俺が使えるようになったので、神仏から授かった権能とは違う。
「ええ。それどころか、気を使いこなせるのなら界渡りでも授けられますよ」
「界渡りもですか!?」
かなり特殊な移動法である界渡りは、鵺にしか使えない能力かと思っていた。
(でも、これでおりょうさんが江戸に戻ったり、頼華ちゃんが鎌倉に里帰りしたりするのが簡単になるな……当面は俺か黒ちゃん達と一緒じゃないと、許可出来ないけど)
それ以前に、頼華ちゃんは既に習得しているが、おりょうさんの場合は気で身体の周囲を防護する方法を学ばなければ、界渡りの際に利用する空間を通過出来ない。
(界渡りの空間内の移動手段の問題もあるしなぁ……)
俺や白ちゃんの場合は、界渡りの際に部分变化を使って翼を生やし、そこから気を噴出して空中を高速で移動出来るのだが、黒ちゃんの場合は今のところは、地面を蹴っての移動になるので、進路と最高速に差が出る。
(先ずはおりょうさんと頼華ちゃんと黒ちゃんが、部分变化で翼を生やせるかの検証と、生やせた場合の翼の使い方の訓練だな)
俺が蜘蛛の分体を出して、視覚の違いに酔っ払いそうになったように、おりょうさんと頼華ちゃんも生来持っていない翼での飛行の仕方に慣れるまでは、それなりの訓練が必要になるだろう。
「他には、料理や鍛冶の技能もある程度は伝えられますよ」
「技能って、そっちの方もなんですか?」
興味のある子達には、俺達がある程度習得している技術を教えるつもりではあったのだが、どうやら普通に教えるよりは効率良く伝えられるみたいだ。
「あの、まさかとは思うんですけど、おりょうさんや頼華ちゃんが糸を出せるようになったりも?」
俺自身が糸を出せるようなったのは、紬を救って上位者になったからなので、元々そういう器官が備わってないおりょうさんや頼華ちゃんには出来ないだろうと思う。
「出来ますよ」
「出来るんですか!?」
無理だと思っていたが、あっさりとフレイヤ様に肯定されてしまった。
「ですが、気を物質変換して糸にしますので、良太さんと容量の違う御二方では……」
「あー……」
あまり使い減りする自覚が無いので失念していたが、普通の人間が気を糸に変換出来る量は、それ程多くは無いだろう。おりょうさんと頼華ちゃんは鍛えているので、かなり多い部類には入るとは思うけど。
「それと良太さん程には、見た物や頭の中で思い描いた物を色柄として再現するのは難しいでしょうね」
「な、成る程……」
蜘蛛の糸で極彩色に布を織れる俺の方がどうかしているというのは、ある程度自覚している。
(それでも各人が蜘蛛の糸が出せて、炎や雷を使えるようになるというのは便利になるなぁ)
使い方として正しいのかはわからないが、ちょっとした事に使えて捨てても惜しくない程度の糸や布を自在に作れるというのは、本当に便利だなと実感している。しかも糸や布は強化する事も出来るのだ。
炎に関しても、こっちの世界でポピュラーな火打ち石を使っての火起こしは、摩擦利用とかに比べれば格段に楽なのだが、多少の気と引き換えにワンタッチで火が点けられるというのは、言葉で表せないくらいに便利だ。更には延焼の心配の無い、熱くない炎まで出せる。
「なんか、こんなに優遇して貰っちゃっていいんでしょうか?」
他の神仏の信者の人達が、ここまでの事をして貰っているのかと考えると、嬉しい半面怖い物がある。
「いいのですよ。北欧では生きるのに精一杯ではあるのですけど、それにしたって殺し合いや略奪ばかりで、愛の無い生活を送っている者ばかりですから……でも、トールやテュールは喜んでおりますし、私やオーディンもアインヘリヤルが増員されますので、悪い事ばかりでも無いのですけど」
「そ、そうですか……」
元の世界と比べると文明レベルが発達していないが、それでも自然環境が比較的穏やかな日本は住み易いと言えるので、北欧と比べれば生存を確保する以外に余裕がある。
そんなこっちの世界の日本に転生したお陰で、俺にも周囲の人達の事を考えるだけの余裕があるのだが、もしも北欧とかの厳しい環境の土地で生活する事になったら、もっと殺伐とした毎日を送っていたかもしれない。
(でも、もしかすると北欧の人達の方が、他のヨーロッパ諸地域の人達よりは……)
北欧神話の神々を奉じ、スカンディナビア半島を中心に活動していたヴァイキングは、その活動の痕跡がヨーロッパ各地どころかカナダ辺りからも発見されている。
短い夏の間の農耕と牧畜では足りない物を、ヴァイキングは各地から略奪する事によって賄っていたのだ。
(間違い無くヴァイキングは家族や部族の為に戦って略奪をしていたんだけど、どう考えても加害者だよなぁ……)
略奪品には人間も含まれていて、労働力にされたり望まぬ婚姻をさせられたりという例が数限り無くある。中には大事にされた者もいるのだろうけど……。
(でも俺が北欧に転生して、ヴァイキングの誰かに良くされたりしたら、略奪はともかく戦闘には参加したかもしれないな……)
農耕や狩猟などで食糧不足を解決しようと考えるだろうけど、雪と氷に閉ざされていない期間自体が短いので、かなりの技術革新などが無ければ短期間に改善するのは難しいだろう。そうなると……。
(あんまり仮定の話を考えていても仕方ないな……)
変な方向に思考が向いてしまったが、とりあえずフレイヤ様が授けて下さる力に関しては、今後の生活では実に役に立ちそうだ。
「新たに頂ける力は、有り難く使わせて頂きます」
「そうですか!」
俺が謝辞を述べると、フレイヤ様が凄く嬉しそうにしてくれた。
「ただし、ですが……」
「な、なんでしょう?」
俺が勿体つけた言い方をすると、フレイヤ様が少し怯んでいる。
「今後は祠を通して何かの力を及ぼそうとする時には、出来れば前もってお知らせ下さい」
フレイヤ様なりの親切心なんだとは思うが、知らない間に愛の波動みたいなのを発信されてしまうのは困る。
「うっ! わ、わかりました……ではその時には、また良太さんに会いに参りますね!」
「は、はい……」
(そう来たか……)
新たな何かの予告という事で、フレイヤ様に降臨する口実を与えてしまったような気もするが、別に俺も嫌な訳では無い、というか会える事自体は嬉しい。
「ではでは。今後も良太さんのおはようからお休みまで、いつもニコニコ見守らせて頂きますね!」
「いや、それは……」
「それでは、ごきげんよう!」
(俺が二人にプロポーズするところも、見られてたんだよなぁ……)
出来れば定点観測は勘弁して欲しいのだが、フレイヤ様は俺の言う事には答えずに、唐突に隔絶が解かれた。
「……」
微かな光の残滓だけが、フレイヤ様が降臨していた痕跡として残っている。そして隔絶が解かれたので、小川のせせらぎが耳に戻ってきた。
「……まだ夜明けにはありそうだけど」
寝直す気分では無いので、おりょうさんと頼華ちゃんを起こさないようにそっと寝床を抜け出して、俺は朝食の準備をする為に厨房へ向かった。
「っと、そういえばやっておきたい事があったんだったな……」
朝食用の米を研いで水加減をしたところで、早急にやっておきたい事があったのを思い出した。俺は厨房の建物を出て小川に向かう。
「一人一匹あれば十分だよな……」
相変わらず池で休憩しているように見えるイワナの中から、太っている三十センチくらいの奴を三匹捕まえて、手早く締めて鱗と内臓を処理してドラウプニールに仕舞い、手を洗った。
「さて、と……」
イワナは朝食用にと考えていたが、ここに来た本来の目的は別にある。俺は小川の中に足を踏み入れた。
「……」
既に二度行っている、川底から鉄を集めるイメージをしながら、ドラウプニールを弾いて回転させた。徐々に手の中で鉄の塊が育っていく。
今回は量を決めるのでは無く、夜明けまで大体一時間位だと思うので、それだけの時間で集められるだけ集めるという方針だ。
「思ったよりも堆積してるもんなんだなぁ……」
どこに繋がっているのかわからない小川の上流には、鉄の鉱床でもあるのかと考えてしまう程で、手で支えている塊は既に五十キロ以上はありそうだ。
「こんなもんかな」
取り扱いがし易いように一度区切り、更に五十キロくらいの塊が一つ出来上がったところで作業を終えた。
片方は様々な材料にする予定で、もう片方は大半を形を変えるだけで、鍛冶用の鉄床にしようかと考えている。
「さて、手早く作業しちゃおうかな」
出来上がった鉄塊をドラウプニールに仕舞って、俺は厨房へ戻る為に歩き出した。
「おはよう良太。朝の支度は、あたしがしようかと思ってたんだけどねぇ……」
「兄上、おはようございます!」
「二人共おはよう」
頼華ちゃんの元気のいい挨拶とは対照的に、おりょうさんは俺が朝食の支度をしてしまっていたので、申し訳無さそうにしている。
「たまたま早く目が覚めちゃっただけなので、気にしないで下さい」
二人共洗顔は済ませているみたいなので、すぐに朝食に出来そうだ。丁度、味噌汁が仕上がったところである。
「でもねぇ……って、なんか作業台が変わっちまってるじゃないのかい!?」
「あ! 良く見れば表面が金属で覆われています!」
おりょうさんと頼華ちゃんが、表面が輝く金属で覆われている作業台を見て驚いている。
「そういえば、昨日は料理に夢中で気が付きませんでしたが、いつの間にか石窯に金属の蓋が付いていますね!」
「っ!」
指摘されなかったので説明も省いていたのだが、二人の入浴中に取り付けた石窯の鉄の蓋について、今になって頼華ちゃんが気がついたみたいだ。
「これだけの大きさの鉄ですと、集めるにしても買うにしても、かなり高価なはずなんですが……更に作業台のこれも、多分ですが鉄ですよね?」
「えーっと……」
太刀を扱い慣れているからか、刀工の正恒さんと親しくしていたからかは不明だが、どうやら頼華ちゃんには石窯の蓋と作業台に使われている材質が、鉄だとわかっているみたいだ。
「ちょっと、ね。里で必要になるから集めたんだよ」
「また兄上の事ですから、普通とは違う方法でですね?」
「あー……実はね」
おりょうさんと頼華ちゃんとは、既に隠す間柄でも無くなっているので、いい機会だから説明する事にした。
「ってえと、里の中にある祠に祀ってある、大陸の西の方の神様に貰ったんだね?」
「福袋の腕輪版くらいにしか思っていませんでしたが……その腕輪の力もあって、余は負かされたのですね?」
それぞれ興味の対象は違うようだが、おりょうさんも頼華ちゃんも、神様から授かったという説明をあっさり受け入れた。
(この辺は神仏への信仰が根付いている、こっちの世界ならではだよなぁ)
元の世界でこんな話をしても信じて貰えないか、さもなくば妙な宗教に嵌ったと思われるのが関の山だ。
「他にも説明したい事があるんですけど、先に食事にしませんか?」
ぐー……
俺の言葉が引き金になったのか、頼華ちゃんのお腹が可愛らしい音で空腹を訴えた。
「そ、そうだねぇ……」
「あ、姉上! 笑う事は無いでしょう!?」
視線を逸して笑いを堪えているおりょうさんに、頼華ちゃんが抗議する。
「ごめんよ。お腹が空くのは健康な証拠さね。じゃあ頂こうか」
頼華ちゃんの頭をポンポンと軽く撫でつけながら、おりょうさんは着席した。
「むぅ……」
まだ少し不満そうだが、目の前に用意されている、湯気を上げるイワナの塩焼きと出汁巻き卵、御飯と味噌汁と漬物の朝食に抗えなかったのか、頼華ちゃんも渋々ながら席に着いた。
「では、頂きます」
「「頂きます」」
俺の号令で朝食が始まった。
「じゃあ、あたし達にも良太が授かっている力が、使えるようになるのかい?」
お茶の注がれた湯呑を傾けながら、おりょうさんが訊いてきた。
頼華ちゃんが御飯のお代りをした辺りから、食事の合間に少しずつ能力を授けられるという話を始めて、俺とおりょうさんが食べ終わる辺りで大体の説明も終えた。
「では余も、炎や雷とやらを使えるのですか!?」
「そういう事だね」
味噌汁の残りを飲み干した頼華ちゃんの前に、お茶を淹れた湯呑を置いた。
「おりょうさんと頼華ちゃん、黒ちゃんと白ちゃんには、俺が持っている物を一通り渡しますけど、気をどれくらい消耗するのかがわかりませんから、当分の間は少しずつ様子を見て、一人では使わないようにして下さい」
炎や雷に関しては、本人だけではなく周囲への被害も考えられるので、この辺りは徹底しておく必要があるだろう。
「わかったよ」
「わかりました!」
「じゃあ、二人共手を出して下さい」
真剣な表情で返事をしたおりょうさんと頼華ちゃんの前に、俺は手を差し出した。
(手を取る必要なんか無いかもしれないんだけどな……)
接触しなくても考えるだけで能力の譲渡は出来るかもでしれないのだが、逆にこうやって接触が必要という形式を作っておけば、間違いも起きないだろう。
(炎、雷、部分变化、界渡り、糸を出して操る能力、蜘蛛の分体を作るの能力、料理、鍛冶、体術、剣術、気を操る術……)
一度に多くない方がいいのかもしれないのだが、思いつく限りの技術や能力を二人に譲渡するイメージをする。特に制限は掛けなかった。




