狂い咲き
「そいつが食べ物ってのは、ちょっと信じられないねぇ……」
おりょうさんが思いっきり疑わしそうな視線を送ってくる。この点に関しては予備知識が無ければ、俺も同感だったろう。
「これをそのまま食べるんじゃないんですよ……饅頭を蒸すと膨らむのってわかりますか?」
「ああ。蒸籠の中で間を空けとかないと、くっついちまうからねぇ」
「これを少し麦に混ぜ込んで焼いてやると、饅頭よりももっと膨らむんですよ」
その内現物を見せるつもりだが、発酵して膨らんだパン生地を目の当たりにしたら、おりょうさんも頼華ちゃんも驚く事だろう。
「上手く焼けるようになったら食事に出します。そのままでも食べらますけど、今日みたいに調理した鹿肉を挟んだりする食べ方もあります」
「そりゃあ、握り飯みたいな物かい?」
「あ、それは上手い例えですね。そんな感じです」
サンドイッチも握り飯も、お弁当の定番メニューだ。
(ハムは無いけど燻製肉とソーセージはあるし、今日作ったローストもある。マヨネーズもあるから卵サンドも出来るし……うん。バリエーションが広がるな)
パン生地が出来れば咖喱を詰めて揚げてカレーパンも作れるから、食べ方にも変化をつけられる。
「ところで、そのはみ出しちまってるのは、どうするんだい?」
壺から溢れ出いている天然酵母を、微妙な表情をしながらおりょうさんが指差した。
「んー……傷んだりはしていないと思いますけど、中に戻しても意味が無いですからね」
放置する訳にも行かないので培養中の天然酵母を半分、別の壺に移し替えて、両方に少量の砂糖を入れて再び密封してから気を送り込んでおいた。
最初に壺に入れた分よりも元種も砂糖も少ないので、仮に目一杯に培養されても蓋が飛んだりする程は増えたりはしないだろう。
「あ、もしかして……」
「どうかしたのかい?」
「ええ、ちょっと……ああ、やっぱりか」
少し気になったので、厨房と繋がっている食堂との間の扉を開けて中を覗いてみた。
案の定というか、湿らせた布の上に置いておいた豆や玉蜀黍が発芽し、じゃが芋や人参や玉ねぎの切れ端からは芽や茎や葉が伸び始めていた。
「なんだい? こっちは空っぽって言ってなかったかい?」
「なんですか?」
俺の呟きを聞きつけて、おりょうさんと頼華ちゃんも、扉の向こうの食堂の中を覗き込んだ。
「これは……畑で育てる作物かい?」
農業方面にも明るかったのか、おりょうさんが布の上の作物を見て呟いた。
「ええ。とりあえず手持ちの物が芽吹けばいいな、くらいのつもりだったんですけど、ちょっと予想外です」
予想外と言うか、こうなると狂い咲きと言っていいレベルではないかと思う。
「……兄上が気を送り込んだんですね?」
ジト目で頼華ちゃんが指摘してくる。漫画なら俺の背後に「ギクッ!」という擬音が描き込まれただろう。
「わ、わかる?」
「幾ら何でも一日二日でこうも育たないのは、余でもわかります。となると要因は……」
「あはは……」
数えで十一歳の美少女に、やり過ぎを嗜められてしまった。
勿論、失敗するよりは遥かにいい事なんだが、大豆なんか既にモヤシと呼べるくらいに芽も茎も伸びている。どう見ても異常事態だ。
「……なんか収穫が楽しみってよりは、恐ろしく感じるねぇ」
「土の養分を全て吸い尽くしそうですよね!」
「そ、それは……」
おりょうさんと頼華ちゃんが予想する未来図は、絵空事で済ます事は出来なそうなので、畑の方には肥料以外にも、たっぷりと気を送り込んでおく必要がありそうだ。
「……まあ成功は成功だから、もう少し増やしておこうかな」
布の上で芽吹いている物を端に寄せて、空いたスペースに布を濡らして新たな豆などを置き直した。
「ところで良太。農作を始めるのはいいと思うんだけど、受粉はどうするんだい?」
「そこは俺も考えていたんですけど……」
里の霧の防壁はかなり小さな物まで有効なのか、そろそろ初夏になる今の時期、通常の山の中なら虫が多く飛び回っていそうなものなのだが、里の中では全く見えないのだ。
(害虫や害獣がいないのは良い事だけど、益虫もいないのは困るよな)
扱いが違うのか、土中には多くのミミズがいるし、川の中の石の裏側には、釣り餌になりそうな川虫がいるのは確認した。
「手でやってもいいと思うんですけど……理想を言えば蜜蜂を利用したいですね。蜂蜜も採取出来ますし」
現代でも蜜蜂による受粉は、比較的ポピュラーな手段だ。
「近くに蜜蜂の巣が無いか探して見ますよ」
通常なら巣箱を作って放置すれば、蜜蜂が安全だと確認すると住み着いてくれたりするのだが、里の中に入り込んで来れないので、女王蜂のいる巣ごと引っ越して来て貰う必要があるだろう。
「もしかしたら子供達が、巣のある場所とかを知っているのではないですか?」
子供達が蜘蛛だった時期に、蜂の活動域に巣を作って捕食していたという可能性もあるので、頼華ちゃんの推測は有り得る話だ。
「ああ、その可能性もあるか。頼華ちゃん、ありがとう」
「えへへぇ」
頭を撫でると頼華ちゃんは、機嫌のいい子猫みたいに嬉しそうに目を細めた。
「……」
「お、おりょうさん?」
対象的におりょうさんは、面白く無さそうに俺達を見つめている。
「……なんでも無いよーだ」
「とてもそうは見えないんですが……受粉の助言、ありがとうございます」
子供っぽいと怒られるかもしれないが、俺はおりょうさんの頭にも手を持っていって、軽く撫で付けた。
「っ!? ど、どう致しまして……」
顔を赤くして照れたように視線を逸したが、どうやら怒ったりはしていないようだ。良かった良かった。
「食事も済ませましたし、もう休みますか?」
「そうだねぇ……」
厨房に戻った俺達は、流しに並んで洗い物をしていた。
俺が一人でやると言ったのだが、水が流れ出る口が複数あるので、みんなでやった方が効率的だと押し切られてしまったのだ。
「余は、もう一度風呂に入りたいです!」
「それもいいねぇ」
「じゃあ、そうしましょうか。ですが……」
「「?」」
洗い終わった皿を、逆さにして流しの脇に置いた俺が勿体つけた言い方をしたので、おりょうさんと頼華ちゃんが手を止めて、次の言葉を待っている。
「婚前交渉は無しで」
「「!」」
婚前交渉という言葉がこっちの世界で通じるのかはわからなかったが、かなりショックを受けた様子で顔を赤くしている二人を見ると、どうやら言いたい事は伝わったみたいだ。
「わ、わかしましたけど、兄上と一緒に入りたいです! 駄目、ですか?」
濡れた湯呑を持ったまま、頼華ちゃんが上目遣いに俺に訊いてくる。
「いいよ。おりょうさんも一緒に入りましょう」
「っ! そ、そうだねぇ……」
そっけない態度を取っているが、洗っていたフォークとスプーンをガシャンと音を立てながら置いているのを見ると、内心ではかなり動揺しているようだ。
(割れ物じゃ無くて良かったな……)
言うまでも無くおりょうさんの手も心配しているが、割れたら危ない物を洗っていないのは幸いだった。
「こ、今度は一緒の脱衣所で……いいよね?」
「……まあ、構いませんけど」
既にお馴染みになりつつある、おりょうさんと頼華ちゃんに両サイドを固められた格好で風呂の入口に辿り着いた俺は、そのまま二人に脱衣所の中まで連行された。別に逃げる気は無いんだけど……。
「前から良太が着てるのを見てて思ってたけど、この服は着てても楽だし、脱ぎ着もし易いねぇ」
「そうですね! 山歩きだけでは無く、普段から非常に動き易いです!」
頼華ちゃんからの作務衣製作の依頼は、山や野外での行動の際に動き易いという点からだったが、当たり前だが日常生活に於いても作務衣は楽な衣類だ。
「これからはいつも、この格好でいてもいいですか?」
元々活動的な頼華ちゃんは、どうやら作務衣を普段着にしたいようだ。
「俺は構わないと思うけど」
一応の確認に、おりょうさんに視線を投げ掛けた。
「ちゃんとした席以外なら、いいんじゃないかい? あたしも街中以外はそうしようかねぇ」
「兄上だけでは無く、姉上ともお揃いですか!? 嬉しいです!」
(歩き旅の最中は、確かに作務衣の方が楽そうだよな)
あまり一般的な服装では無いのだが、俺や黒ちゃんや白ちゃんは通常は作務衣で過ごしているし、元々の旅装が迷彩効果のある外套を羽織っているので、作務衣の集団だからといって悪目立ちする事も無いだろう。
「どうせ話をするなら、風呂に入りながらにしないかい?」
風呂を目前にしているのに、脱衣所で服も脱がずに会話を続けていた俺達に、おりょうさんが非常に尤もな提案をした。
「あ! すいません、すぐに脱ぎますので!」
「いや、そんなに慌てなくてもね……」
おりょうさんに指摘されて、頼華ちゃんが合わせの部分を縛っている紐を解き、思いっきり良く上着を脱ぎ去った。
「……」
(おりょうさんと頼華ちゃんにも、スポブラもどきを作ってあげようかな……)
頼華ちゃんの、まだささやかではあるが鍛えられた胸筋のお陰で、明確に主張をする胸が視界に入ったので、そんな事を考えてしまった。
頼華ちゃんよりも胸の大きなおりょうさんに着けて貰った方がいいのは当然として、また騒動になるかも知れないので、黒ちゃんの分も作った方が良さそうだ。
「あ、兄上……そんなに見られると、恥ずかしいですよ。いえ、どれだけ見て下さっても、構いはしないのですけど……」
「え?」
俺の視線をどういう意味に捉えたのか、頼華ちゃんが恥ずかしそうに頬を染めながらも、胸は隠さない。
「……ちょいと」
「いてっ!?」
おりょうさんに耳を引っ張られて、強引に顔の向きを変えさせられた。
声を出しはしたが、耳を引っ張られたので反射的に口に出てしまっただけで、別に痛みは感じていない。
「そ、そりゃあ、頼華ちゃんの方が若いけど、あたしのも見たらどうなんだい!?」
「別に若いから見てた訳じゃ……だから隠して下さいよ」
両手で作務衣を豪快に開いたポーズで、真っ赤になっているおりょうさんにお願いした。
年齢差で言えば五歳離れているのだが、十八歳のおりょうさんはお世辞では無く若いし、十一歳の頼華ちゃんは若いのでは無く幼いというのが適切だろう。
「実は作務衣に近い服を着ていた夕霧さんと白ちゃんに、胸用の下着を作ったんですよ」
言い訳に聞こえるかもしれないが、頼華ちゃんの胸元を見ていた理由を二人に話した。
「「胸用の下着?」」
おりょうさんと背後の頼華ちゃんの声が、見事にハモる。
「作務衣って締め付けが無くて楽な分、激しく動くと胸が、その……揺れ過ぎちゃったりしませんか?」
「あ、あー……」
「余は平気ですが?」
おりょうさんの方は心当たりありという表情になったが、頼華ちゃんの方は俺の言っている意味がわからないみたいだ。
「ま、まあ、頼華ちゃんにもその内必要になるから、良太に作って貰っといた方が良さそうだねぇ……」
「そうなのですか? では兄上、余の分もお願いします!」
微妙にニュアンスが伝わっていないのか、怒ったりする事も無く頼華ちゃんは、おりょうさんの意見に賛意を示した。
「じゃあ入浴が終わって、湯上がりに着けられるように作りますね」
「あ。兄上、ついでというと申し訳無いのですが、出来ればぱんつの方もお願い出来ますか? いま履いている物は洗濯しますので」
「お安い御用だよ」
俺には福袋代わりのドラウプニールがあるが、おりょうさんも頼華ちゃんも手ぶらで風呂場まで来ているので、着替えなんか持っている訳が無かった。
「おりょうさんの分も作りますね」
「悪いねぇ。お願いするよ」
「姉上も今度は、縞にしませんか!?」
「……縞?」
「あ、あー……お先に入ってますね」
頼華ちゃんがパンツの柄の話を始めてしまったので、俺は一足お先に浴場へと歩き始めた。
「へぇ。単純だけど可愛らしい柄だねぇ」
「そうですよね!」
ガールズトークを聞き流しながら、俺は掛け湯を始めた。
現在俺は、湯の噴出している仕切りの部分に背中を預け、右前におりょうさん、左前に頼華ちゃんというポジションで入浴中だ。
「頼華ちゃんに見せて貰ったけど、白と薄い緑の横縞柄ってのは、可愛らしくていいねぇ」
男にとっては夢のようなシチュエーションだが、話題が話題なのでリラックスするにはには程遠い。
「そ、そうですか……」
自分で作っておいて何だが、色柄とかを口にされると恥ずかしいものがある。
「他に縦縞や格子模様もあるって聞いたけど、そんなに色々作れるんだねぇ」
「そうですね。俺が頭に思い浮かべられるか、目で見た事のある物って限定ですけど」
要するに脳内で像を結べる物は、柄として織る事が可能だ。
「えっと……派手過ぎなければ色も柄もなんでも構わないんだけど、その……ぱんつの一枚は、赤いのをお願いしたいんだよ」
「赤、ですか?」
「うん……」
派手な色柄を避けたいと言うのに、おりょうさんからは矛盾していると思える赤いパンツを御所望された。
(……あ! そ、そういう事か)
恥ずかしそうに俺から視線を外したおりょうさんの様子から、思い当たる事があった。
「あの、幾つか試作しますので、出来れば使った感想を聞かせて下さい」
「わ、わかったよ……良太にはこんな事でまで、迷惑掛けちまうねぇ」
「迷惑なんてそんな、やめて下さいよ」
「?」
俺が意図を察したと、おりょうさんは確信したみたいがだ、不思議そうな表情で首を傾げているところを見ると、頼華ちゃんは俺達のやりとりの意味がわかっていないみたいだ。
(頼華ちゃんへの説明は、おりょうさんにお任せだな)
無責任なようだが、俺しかいないならともかく、頼華ちゃんだって内容的におりょうさんの方が、相手として相談し易いと思うので、ここはお任せにさせて貰おう。
「兄上、明日は何をする予定ですか?」
「明日? うーん……レンノールさんが資材を持って来てくれたら、里の中の整備の続きかなぁ」
竹と炭をお願いしてあるので、持って来てくれたら風呂を囲う竹垣と、男湯と女湯の仕切が出来る。
「では基本は、里の中で過ごすという事で?」
「そうなるかな。頼華ちゃんは何かしたい事でもある?」
京の池田屋には二泊出来るだけの料金を先払いしてあるので、無理に子供達を戻らせる必要も無いし、黒ちゃんと白ちゃんに夕霧さんもいるから、おりょうさんと頼華ちゃんが里で過ごしたいと言うのなら、それはそれで構わないだろう。
「では余も里の役に立ちたいので、先程の作物を撒くお手伝いをさせて下さい!」
「ああ、そりゃいいねぇ。あたしも手伝うよ」
「助かります。じゃあ午前中は畑仕事で、午後は御飯を食べてから決めましょう」
コンストラクトモードが妙に楽しかったので、急ぎであれこれ作業してしまったが、元々がノープラン旅の途中の出来事でしか無いのだから、たまには本当に無計画なのも悪くないだろう。
「そうだねぇ。手頃な竹が来たら、釣りって手もあるしねぇ」
「おお! なんか凄く楽しそうです!」
明日の事を考えているらしい頼華ちゃんが、屈託の無い笑顔を浮かべる。
「畑仕事をするには、ちょっと道具が必要ですね……」
木の枝などの端材と、さっき集めた鉄の残りがあるので、即席の鍬くらいなら作れるだろう。
「里の管理画面って言ったっけ? あれで見ると耕作地の土はもう耕してあるみたいだし、少し掘って埋めればいいだけだから、そんなに大袈裟な物は必要無いよ」
「そうですか?」
コンストラクトモードで耕作地になったのは、区画の確定だけみたいな物だと思っていたのだが、おりょうさんはもう少し細かなところまでチェックしていたらしい。
(この辺が俺が、農業とかの素人なところだよな……)
もしかしたらコンストラクトモードは、もっと細かな事まで出来るかもしれないので、今後更に使ってみての検証が必要そうだ。
「おりょうさんと頼華ちゃんから見て、建物以外に必要そうな道具とかって、何か思いつきますか?」
両手に花の状態で色気の無い話だが、俺とは観点の違う二人に、足りていない物を訊いておくのは悪くないだろう。
「殆ど揃ってるんじゃないかねぇ。後は本当に細かい、台所用品だったり農具だったり工具だったり」
「やっぱりその辺ですよね」
炊飯用の羽釜は市販品を仕入れてあるが、人数が多いから寸胴鍋とか中華鍋なんかもあった方がいいかもしれない。
(金属製の泡立て器とか笊とかも、あった方がいいだろうなぁ。トングなんかもあれば便利かな)
鉄もレンノールが仕入れてきてくれる事になっているが、もっと鉄を集めておく必要がありそうだ。あとどれくらい、川からの採集と精錬が出来るかわからないが。
「兄上、里の者共に武具は作ってやらないのですか?」
「あー……本格的な武具はともかく、狩猟用の物くらいは必要だよね」
レンノールには頼華ちゃんの分も併せて弓の製作を依頼してあるが、獲物への止め刺し用の大型の刃物は絶対に必要だ。
(手斧とかナタとか鋸なんかもいるよなぁ。大工道具なんかも)
狩猟だけでは無く、野外での活動に手斧やナタは役立つので、一人一丁とまでは行かなくても、ある程度以上の数は必要だろう。
「とは言え、細かいとこは子供達が帰ってきてからだねぇ」
「それもそうですね」
おそらくだが、どれだけ万全だと思えるくらい物を揃えておいたとしても、足りない物は絶対に発生するはずなので、これ以上は場当たり的に対応するしか無さそうだ。
「そうそう。山の中に陶芸家が住んでいて、その人が作ってるのは生活雑器らしいですから、何か頼もうかと思うんですが」
「へぇ。土鍋なんかは頼んでおいた方が良さそうだねぇ。大きな瓶とか壺とかも」
「おりょうさんが使うのに、酒器も頼もうかと思うんですけど」
レンノールと夕霧さんに乳酒を振る舞った時に、子供達が使わないにしても酒器の必要性は感じた。
「あたしはあったら嬉しいけど、使う人間が限られるから、ちょいと勿体無いんじゃないのかい?」
「そうかもしれませんけど、どうせなら思いつく物を全部頼んじゃった方がいいでしょう」
後で足りないとか、買っておけば良かったと思うよりは、多少無駄になってしまっても購入したり発注してしまったりした方がいいだろう。何せ山の中なので、ちょっとそこまで買いに、という訳には行かないのだ。
「それじゃ俺はお先に出て、下着を作りますね」
話が一段落したところで、二人の為の下着を作る必要がある俺は、お先に失礼しようと腰を浮かせた。
「兄上! 作っているところを拝見したいのですが、宜しいですか?」
「そんなに面白いもんじゃ無いと思うんだけど……別に構わないよ」
指先から糸を発生させて布を織ったりするのは、我ながら中々に不気味な光景だと思っている。少しは慣れてきたが……。
「そいじゃあたしも上がって、良太の作るのを見ていようかねぇ」
そう言いながら、おりょうさんが立ち上がった。滑らかで張りのある肌の上を、湯が玉になって転がり落ちる。
「まあ、いいですけど……」
美しい裸身に目が奪われそうになったが、さり気なく視線を逸した。
「では行きましょう!」
「頼華ちゃん!? そんなに引っ張らなくても……」
元気良く湯船から飛び出した頼華ちゃんに手を引かれ、俺は脱衣所へと連れて行かれた。
「……何度見ても、不思議な光景だねぇ」
「本当にそうですね」
「……」
身体を拭いて寝間着の貫頭衣を着た、おりょうさんと頼華ちゃんに見つめられるながらという、あまり居心地の良くない状況で、俺は指先から出した糸を繰っていた。
作っているのが女性用の下着という点も、居心地の悪さを増している。
「はい。先ずは頼華ちゃんの分」
「ありがとうございます!」
頼華ちゃんの御要望で作った、ピンクとレモンイエローのストライプでの上下のセットを手渡した。
「兄上! 似合いますか!?」
「うん。良く似合ってるよ」
頼華ちゃんは暫くの間、貫頭衣の中でもそもそと動いていたと思ったら、一気に脱ぎ去って下着姿を披露してくれた。
(……活動的な頼華ちゃんが着けてると、下着と言うよりはアスリートのウェアっぽく見えるな。短距離走とかの)
機能的にはブラジャーなのだが、タンクトップの下側を切り飛ばしたような形状なので、パット見には下着っぽく見えない。
(あんまり見てちゃ悪いよな……)
腰に手を当てて胸を張り、フフンと鼻息も荒い頼華ちゃんは、どこか誇らしげで見てくれと言わんばかりなのだが、今はおりょうさんの下着作りに集中するべきだろう。
「どうぞ。おりょうさんの分です」
布の面積が小さいので、それ程待たせる事も無く、おりょうさんの分のセットも出来上がった。
「あ、ありがと……」
表情や仕草に恥じらいを現しながら、おりょうさんが出来上がった上下セットの下着を受け取った。
「あれ? 兄上、このぱんつは、貼って剥がせるようになっていませんよ?」
頼華ちゃんがペタペタと自分の股間の辺りを触りながら、ギミックが無い事の理由を問い質してきた。
「ああ、実はね……」
夕霧さんに製作依頼をされた時に、作務衣のような構造の上下セパレーツの服の場合、頭を悩ました用足しのギミックは必要無いと言われた事を、簡単に頼華ちゃんに説明した。
「合わせ目が無い方が、履き心地がいいからね」
「な、成る程……」
頼華ちゃんは両方の構造の物を履き比べているので、違いは良くわかるだろう。
「ど、どうかねぇ……」
頼華ちゃんと話をしていると、背後からおりょうさんに声を掛けられた。
「……」
入浴中に一糸纏わぬ姿を見ていたのだが、注文通りに作った淡いブルーの彩を入れたカラーリングの下着のセットを着けたおりょうさんは、清楚な中に妖艶な色気を漂わせて佇んでいた。
「に、似合わないかい?」
「い、いえ! 凄く似合ってて、その……綺麗です」
「ありがとう……」
まるで花が咲いたようなおりょうさんの笑顔を見たら、全てが報われた気がした。
「えっと……どっか着け方がおかしいとか、無いかい? こういうのは初めて着けるから……」
「俺も詳しい訳じゃ無いんですけど……」
詳しかったらむしろおかしな話なんだが、男なのにやたらと女性の下着に詳しい主人公が活躍する漫画を読んだ事があるので、多少だがインプットされていたりするのだ。
「……少し着崩れてますね」
「直してくれるかい?」
「えっ!?」
(……おりょうさん、わかってて言ってるのかな?)
下着の着崩れを直すのは、イコール身体に触るという事になる。
「……だめ?」
「わ、わかりました」
(……卑怯だよなぁ)
瞳を潤ませながらおりょうさんにお願いされちゃったら、逆らえる訳なんか無い。
「ふぅ……」
小さく溜め息を付きながら、俺は腹を括っておりょうさんに近づいた。




