前門の狼、後門の虎
「ところで頼華ちゃん、ちょっとこっちに……」
「なんですか?」
俺が手招きすると、不思議そうな表情をしながら頼華ちゃんが近づいてくる。
「あの、ね……渡したパンツなんだけど、その……用を足す時の使い勝手って、どうだった?」
女子に下着と、用足しの際の事情を聞き取り調査するのは相当に抵抗があるが、実情がわからなければ不便を強いてしまう可能性もあるので、恥を忍んで、そして頼華ちゃんに恥を掛かせるのを承知で尋ねた。
「あ、あー……あのですね、貼って剥がせるようになっているぱんつが、使い勝手が良かったです……」
カーっと、顔を真赤にしながらも、俺の問いに答えてくれた頼華ちゃんに、申し訳無さと愛おしさが込み上げてくる。
「あ、ありがとう……もういいよ」
「は、はいっ! 兄上のお役に立てたのなら何よりですっ!」
「あ……」
ぷるぷると身体を震わせていた頼華ちゃんは、もう耐えきれないと言わんばかりに、浴場の入り口に近い辺りに駆け込んで俺に背を向けた。
「ど、どうしたんだい?」
「えっと……これ、おりょうさんにも用意しておきました」
「こ、これは……」
俺が手に持つ小さな布切れを見て、頼華ちゃんの反応とやり取りの内容を、おりょうさんも悟ったようだ。
ちなみに作ったパンツは白無地で、装飾も何も無いシンプルな物だ。
「必要が無ければ着けないでくれても構わないんですが、夕霧さんにも作ったので、一応おりょうさんの分も作っておきました」
「そ、そうかい……せっかく良太が作ってくれたんだし、湯上がりに着けてみようかねぇ」
俺からパンツを受け取って軽く目を伏せながら呟くおりょうさんは、これまでに見た事が無いくらいの艶っぽさを全身から放っている。
(……なんか妙なスイッチを入れちゃったかな?)
おりょうさんが放つ気配の急激な変化が、俺の渡したパンツがきっかけだとしたら……頼華ちゃんもいるので、寝るまでは慎重に行動した方が良さそうだ。
「じゃ、じゃあ俺は、夕食の用意を済ませてきますから」
「悪いねぇ。そいじゃ良太よりひと足お先に、温まっとくよ」
「そうして下さい」
風呂への期待が抑えられないのか、ウキウキとした様子のおりょうさんが帯を解き始めたので、俺は慌てて背を向けて厨房へ駆け出した。
「あー……っと、そういえば天板が無いんだったな」
鹿の背ロース肉に塩と胡椒を馴染ませて、石窯の中で炭を起こして権能で温度を上昇させていると、料理ごと窯の中に入れる天板が無い事に気がついた。
下拵えはまな板の上で行っていたし、焼けたら皿に盛り付ければいいと思って、いざ肉を窯に、という時点まで気が付かなかったのだ。
「……川に行って、即席で作るか」
フォークや釣り針の材料にするのに、実験的に川底から鉄を採取して精錬するのには成功しているので、同じ要領で天板を作ってしまえばいい。
権能での窯の温度上昇を取りやめ、炭火で内部を熱するだけにした俺は、厨房を出て川に向かった。
「えーっと。球形じゃなくて、板状に集められるのかな……」
昼間に試した時には、鉄を集めるという意識しかしていなかったから球状になったのだと思うので、今度は形と厚さを思い浮かべながら、ドラウプニールを弾いて回転させた。
「……お? 出来るみたいだな」
球形では無く、厚さ五ミリで五十センチ四方くらいの大きさの平らな板状に、鉄を集めて成形する事に成功した。
「それじゃ次に……」
天板が出来上がったので、石窯に追加のパーツを取り付ける為に、形状を変化させずに鉄を集めた。
他の用途にも使うつもりなので、手で持った感じで二十キロくらいになるまで待ってからドラウプニールの回転を停めた。
「とりあえずは、これでいいか」
肉の下拵えをしながら、衛生面と掃除のし易さを考えると、作業台を鉄で覆ってしまってもいいなと思ったのだが、薄くてかなり面積の大きな鉄板を作る必要があるし、末端の処理などもしないと危ない。
思いつきはしたが、作業台の表面を鉄板で覆う作業は後日行う事にした。
何よりも、天板その他用の鉄を集めるのにそれなりに時間を掛けたので、これ以上他の事をやって夕食の開始を遅らせる訳には行かない。
俺は厨房へ戻る為に駆け出した。
「温度は良さそうだな……」
厨房に戻った俺は、作ったばかりの天板に下拵えをした肉を載せて、十分に熱せられているのを確認した石窯の中へ押し込んだ。
真っ平らだった天板は、かなり強引に四辺を手で曲げて、肉汁などが漏れ出ないように加工した。
「さて、上手く行くかどうか……」
天板を入れた石窯を見ながら、俺はコンストラクトモードを起ち上げた。
「お? 出来そうだな」
精錬した鉄で、石窯の入り口に扉を設けようと思ったのだが、使う資材の指定を求められたので、どうやら問題無く増設出来そうだ。
「おお! そうそう! こういう扉が欲しかったんだ!」
石窯の入り口に厚い鉄板の扉が出現した。基部には環状の金具があり、そこを支点に扉が上に跳ね上がって開く、ハッチのような構造になっている。
鉄の扉には石窯を完全に閉鎖する為のハンドルが付いていて、蓋が熱くなっていてもハンドル部分を持てば安全に開閉が出来る。
「まだ少し鉄があるから、試しに作ってみるかな……」
焼き時間には注意だが、肉の方は窯に入れたら放っておいて大丈夫なので、俺は余った鉄でスプーンを作ってみる事にした。やっぱり咖喱にはスプーンだろう。
「んー……こんなもんかな?」
細長い板状に切った鉄を、昼間使ってからドラウプニールに仕舞ったままになっていた石を作業台に置き、金槌で叩いて成形して、なんとか五本程のスプーンを作り上げた。
「っと! そろそろいいかな?」
スプーン作りに集中していて、危うく肉の事を失念するところだった。俺は慌てて釜の蓋を開け、天板を取り出す。
(天板とかを取り出すのに、ミトンとか作っておかないとな)
石窯の中の温度程度なら俺は素手で天板を取り出せるが、子供達はそうも行かないだろう。というよりも、子供達が俺の真似なんかしたら大変な事になる。
石窯での調理用に、蜘蛛の糸の布で厚手のミトンを作っておいた方が良さそうだ。鍋つかみにも使えるし。
「おお……いい焼き上がりじゃないか」
石窯から取り出した鹿肉には、表面には綺麗な焼き色が付いているのに、天板には脂や肉汁が殆ど見えない。どうやらいい具合に、旨味や肉汁を封じ込めての調理に成功したようだ。
「肉はこのまま仕舞っておけば、夕食の支度は万全だな」
俺は天板ごと、ドラウプニールに鹿肉のローストを仕舞った。
「まだ二人共入ってるのかな……」
靴を脱いで、おりょうさんと頼華ちゃんが使ったのとは反対側の脱衣所に上がった。この辺は細かいようだがエチケットだと考えている。
脱衣所の奥まで歩いて湯船を覗き込んだ。まだ風呂場に男湯と女湯の間の仕切りは無く、どっちがどっちとも決まっていない。
「はぁぁ~……」
「ふぅぅ~……」
頭に手拭いを載せたおりょうさんと頼華ちゃんはまだ並んで入浴中で、目を閉じて気持ち良さそうに溜め息をついている。
「お待たせしました」
おりょうさんと頼華ちゃんに一声掛けてから、桶で掛け湯をして湯に浸かった。
勿論、二人とは湯の噴出している仕切りの部分で隔てられている反対側の湯船にで、なるべく近づかず、視線も送らないように気をつける。
「おや良太。料理は終わったのかい?」
おりょうさんは首から上だけを動かして、俺の方を見た。
「ええ。ちょっと足りない物を作ったりして、時間を掛けちゃいましたけど。二人共のぼせたりしてませんか?」
ここで二人と別れてから三十分くらいしか経過してはいないが、入浴の時間としては短くも無い。
「全然のぼせたりしてないよぉ。ここの湯は少しぬるめで、ずぅっと浸かっていられるねぇ……」
「本当に、このまま眠ってしまいそうです……」
「確かに気持ちいいですね」
浴槽や洗い場や脱衣所という施設を造って、温泉を噴出させはしたが、俺自身はこれまで利用していなかったので、湯の温度も確認していなかった。
(二人に入浴を進める前に、その辺を確認していないのは不味かったよなぁ……)
熱くて入れないなら水が必要だし、ぬるければ湯の温度を上げる必要があったのだ。そういう配慮が抜けていたのに今更ながら気がついた。
(なんかあっても、おりょうさんと頼華ちゃんなら怒りはしないだろうって、油断してたんだな……)
たまたま適温だったから良かったものの、自分の見通しの甘さに情けなくなる。そんな状況ではあるが、石で湯船を造ったのだけは正解だったなと思った。
香りの良い木造りも、それはそれで魅力があるが、表面が滑らかな石造りの浴槽は重厚でしっかりとしていて安心感があり、木と比べれば手入れも楽で衛生的だ。
「さあて。あたし達はもう身体は洗ったから、良太の背中を流そうかねぇ」
身体から湯の雫を垂らしながら、おりょうさんが立ち上がった。頭に載せていた手拭いで前を隠しているが、当たり前だが全裸だ。
「えっ!? お、俺は自分で洗いますよ!? そ、そうだ。冷たい物でも出しますから、お先に出て……」
すぐにおりょうさんから目を背けた俺は、湯に浸かったまま距離を取ろうと動き出す。
「珍しく良太とあたしと頼華ちゃんしかいないんだから、偶には……ね?」
「う……」
決して強い口調だったりはしないのだが、流し目と共に甘い声でおりょうさんに囁かれては、抵抗できる訳が無い。俺は諦めて動きを停めた。
「とうっ!」
「頼華ちゃん!?」
「逃しませんよ、兄上!」
一声発した頼華ちゃんは、頭に載せた手拭いを落としながら予備動作無しに宙に身を躍らせた。
俺の頭上を跳び越えた頼華ちゃんは、派手に湯の飛沫を上げながら背後に降り立つと、言葉通りに逃さないようにとギュッと抱きついてきた。
「ら、頼華ちゃん!? 背中に……」
まだ小振りではあるが、はっきりと主張する頼華ちゃんの胸の膨らみが、抱きつかれた事によって俺の背中に押し付けられた。
「もっとですか?」
「そうじゃなくてね!?」
どうしてそういう解釈になるのか、頼華ちゃんが腕に込める力が強まった。
首を絞められている訳では無いので、苦しかったりはしないのだが、よりはっきりと背中に膨らみが感じられる。
(困ったな。どう逃げるか……)
昨日の夜に悪乗りした黒ちゃんと白ちゃんは、雷を放ったら気を失ったけど、頼華ちゃん相手だと弱ければ効かなそうだし、あまり強くすると取り返しがつかない事になりそうだ。
「ご、御不快でしたら止めますけど、そんなにお嫌ですか?」
「くっ……」
(ずるい! この言い方はずるい!)
頼華ちゃんが俺に好意を持っているのはわかっているし、俺の方だって好意を持っている。
しかも身体は離さないのに少し力を緩めて、熱っぽい吐息混じりに耳元でこんな事を囁くのだ。無碍な扱いなど出来る訳が無い。
(まさか頼華ちゃんが、こういう駆け引きを……いや、天然なんだろうな)
これが頼華ちゃんのお付きだった胡蝶さんにでも仕掛けられたのならば、「ははは、冗談を」、とか言って済ませられるのだが、ナチュラルにやっているっぽいのでこちらも強気に出られないし、冗談でも済ませられなくなっている。
「ちょいと頼華ちゃん! 独り占めは無いだろぉ」
「お、おりょうさん!?」
頼華ちゃんの行為に触発されたのか、おりょうさんが湯の湧き出ている湯船の仕切りの部分を跨ぎ超え、俺の入っている湯船の方へ侵入してきた。
一応、手拭いで隠してはいるのだが、俺の目の前で、あまりにも大胆なおりょうさんの行動である。
(前門の狼、後門の虎って感じだなぁ……)
既に頼華ちゃんに動きを封じられている状況から、おりょうさんが立ち塞がった事によって、前方への退路も断たれてしまった。
「良太……」
「お、おりょうさん!?」
「え、えいっ!」
さざ波を起こしながら近づいてきたおりょうさんは、身体の前を隠していた手拭いを取り去ると、自らを鼓舞するように一声発っして、湯に浸かっている俺の膝の上に腰を下ろしてきた。
「な、な……」
浮力があるので決して重くは無いのだが、俺の膝から腿に掛けての載せらたおりょうさんの身体は、恐ろしい程の実感を伴った柔らかさと、湯の温度とは明らかに違う温かさを感じる。
「りょ、良太の身体は、温かいねぇ……」
おりょうさんの腕が俺の頭を抱え、優しく胸の横辺りに顔が押し付けられた。
(む……胸っ!? お、おりょうさんの……)
石窯の中の天板に触れても大丈夫な俺の肌に、灼けると錯覚しそうな程に熱い、おりょうさんの体温を感じる。
「む! 負けませんよ姉上! 余も!」
おりょうさんへの対抗心を燃やしたのか、背中側から抱きついていた頼華ちゃんが、おりょうさんとは反対側から俺の顔を抱え込み、サンドイッチにされた。
頼華ちゃんの身体も、おりょうさんと同じか、それ以上に熱い。
「まっ!? りょ、良太。その気になってくれたんだねぇ……」
「っ!」
二人に密着されて身体の柔らかさを感じ、頬に触れている胸元から立ち昇る芳しい香りに鼻腔を刺激され、俺は本能を喚び起こされてされてしまった。
膝の上に乗っているおりょうさんには隠す余地も無く、反応している事を知られてしまった。
「ほ、本当は二人っきりがいいけど……頼華ちゃんには隠し事はしたく無いしねぇ」
「あ、姉上の後で余も、その、可愛がって下さるのでしたら……お待ちしております!」
(頼華ちゃん、見る気満々なんだな……)
順番をおりょうさんに譲るというよりは、まだ怖さがある頼華ちゃんは先送りにしたのだろう。
そして目の前で始まる行為の内容に興味津々で、じっくり観察するつもりなのだ。
(あー……もう、流されちゃってもいいのかなぁ)
ここまで異性に慕われるのは正直嬉しいし、しかもその相手はとびっきりの美女と美少女だ。躊躇する事があるとしたら、自分には勿体無いというところくらいしか無い。
黒ちゃんと白ちゃんとは魂が消滅するまで一緒に行動するつもりだけど、結ばれるかと言うとまた別の話なのだが、おりょうさんと頼華ちゃんとは、いずれは……とは思っていたので、タイミングとしては悪くないのかもしれない。
(珍しく、俺達以外に誰もいないって状況で、この里は気持ちのいい場所だし……里でってのは、いいのか?)
里という単語が頭に浮かんだ瞬間、俺の頭の中が一気に冷静さを取り戻した。
「……あの、おりょうさん、頼華ちゃん」
「ど、どうかしたのかい? あ、湯の中じゃなくて、床があった方が……いいかしら?」
「おお! さすがは姉上! やはり湯の中では踏ん張りが効きませんよね!」
「いや、そうじゃなくて……」
ある意味、二人共俺を気遣ってくれていると言えるのだが、既に何を言ってもそっち方面に関する事だと受け止めてしまう状態に、頭がなっているらしい。
「あの、二人の気持ちは嬉しいし、正直、俺もその気になったんですけど……」
「な、何か問題があるのかい!? も、もしかしてあたしの身体に、おかしなところが!?」
「ま、まさか余の身体が、まだ未成熟だからですかっ!?」
「そうじゃなくて……二人共、先ずは落ち着いて」
おりょうさんも頼華ちゃんも、俺が先に進まない原因が自分にあると思っているらしいが、二人共、見た目からして健康体であり、それぞれが間違い無く魅力に溢れている。
「あの……二人に異存が無ければ、俺は構わない心境なんですが」
「じゃ、じゃあ!」
「ですから、少し落ち着いて下さい……あの、この場所は如何な物かと思うんですよ」
「や、やっぱり床があった方が!?」
「そこから離れて下さい……」
慌てておりょうさんが立ち上がろうとするが、柔らかく抱き締めて動きを制した。
「で、では、何が問題なのですか?」
俺の言いたい事がわからずに、頼華ちゃんが問い質してくる。
「えっと……当然ですが、この風呂も脱衣所も、他の場所もそうなんですけど」
「「……」」
二人共、俺の言葉の続きを、じっと待っている。
「今後は……子供達が使うんですよ?」
「「っ!!」」
実際には無いはずの、空気がビキッと固まる音が聞こえた気がした。
(二人共、わかったみたいだな……)
もしも行為に及んだら、俺達にとっては思い出の場所になるのだが、例えばこの風呂でとなると……なんか急に、物凄く生々しく感じてしまったのだ。
(この場所で子供達を洗ってやったりしてる時に、ふと「この場所で……」とか思い出しちゃったりして……)
「あ、あたし達が結ばれた場所で、子供達が……」
「そ、それは……」
男女の行為を穢とか汚らしいとか思う程、俺は潔癖な人間では無いので、この辺は純粋にイメージ的な問題だ。
後から後から湯は湧き出てくるし、痕跡なんか残る訳が無いのだから、なんとなくそう感じる、以上の物では決して無い。
だが俺が指摘した途端に、おりょうさんと頼華ちゃんのテンションは目に見えて下がってしまった。
(今後、ここに永住するとかなら、もう少し受け取り方は違ったんだろうけどな……)
俺と夫婦になって今後は子供達と里で暮らすとかなら、この場所は住まいの一部になるので、そういう行為をする事もある、とかいう考え方になったのかもしれない。
「う、うぅ……良太の言いたい事がわかったよ」
「お、思い出の場所で、子供達が入浴したり遊んだりとなりますと、ね……」
おりょうさんも頼華ちゃんも自宅や旅先の宿とかだったら、今日の心理状態なら最後まで一直線だったと思うから、環境や心理的な要因というのは、やはり重要なんだと思い知らされる。
「あの、信じて貰えないかもしれませんけど、二人と、その……そういう事をする覚悟は決めていますから、今日のところは仕切り直しにしませんか?」
「「えっ!?」」
俺の申し出がよほど以外だったのか、二人共思わず身体を離して、俺の事をまじまじと見つめている。
「そ、それは……本気、なんだよね?」
「俺がこんな事、冗談で言えるような人間だと思いますか?」
「お、思わないよっ!?」
少しだけ傷ついたので、上目遣いにおりょうさんを見たら、大慌てしながら首をブンブン振っている。
(お、おりょうさん、胸が……)
当然ながら大きな首の動きに併せて、おりょうさんの胸が大変ダイナミックな事になっている。
「あ、兄上ぇ……」
おりょうさんとは対象的に、頼華ちゃんは俺にすがりついて、しくしくと嗚咽を漏らし始めた。
「あー……世間一般で言う、二人での夫婦生活みたいな物は出来なくなるけど、頼華ちゃんはそれでもいいの?」
仮に頼華ちゃんとだけ結婚しても、漏れ無く黒ちゃんと白ちゃんが付いてくるのだが、そこは黙っておく。
(……これって、完全にプロポーズだよな?)
元から逃げるつもりは無いのだが、それにしたって数えで十一歳の女の子相手にプロポーズというのは、自分でもどうかしてると思う。しかも最初から重婚が決定なのだ。
「む、無論ですっ! それは余だけを愛して頂けるのなら、どれだけ幸せかとは思いますが、姉上でしたら嫌では無いですし、仲良くやっていけると思いますっ!」
涙を流したままの顔をガバっと上げ、頼華ちゃんが捲し立ててくる。
「そ、そう?」
自分で言っておいて何だが、こうも自信満々に返されると、逆にいいのかな? とか思ってしまう。
「まあ大幅に割り引いて、朔夜や紬や夕霧も、認めてやらんでも無いですが……」
「認めちゃうんだ……」
長い付き合いの夕霧さんや、暫く滞在した伊勢で一緒に過ごした代官の朔夜様には、頼華ちゃんなりに認められる部分があるのはわかるが、まだ出会って数日しか経っていない紬に関しても、同じような感情を抱いているというのは、ちょっと意外な感じがする。
(女性同士、俺にはわからない部分があるのかな?)
という程度にしか、頼華ちゃんの感情的な部分は俺には読み取れない。
「……」
俺と頼華ちゃんとの会話を、おりょうさんは押し黙って見つめているだけだ。
「も、もしかして姉上は、余が邪魔だとお考えなのですか!?」
「えっ!?」
おそらくは急に自分に矛先が向いたからだと思うのだが、驚いた顔のおりょうさんは言葉に詰まった。
「そ、そんな……あ、姉上に疎まれながら兄上のお側にいるくらいでしたら、余は出家して尼になります!」
止まったと思った涙が再び堰を切ったように、頼華ちゃんの両の瞳からブワッと溢れ出した。
「ちっ、違うんだよ!? 頼華ちゃんを疎んじるなんて、そんな事は考えちゃいないよからね!」
「……そ、そうなのですか?」
おそるおそるという感じで、頼華ちゃんがおりょうさんに尋ねている。
「あったりまえさ! 頼華ちゃんの事は妹のように思ってるし、良太の次に大好きだよ!」
俺の膝の上に載っかったまま、おりょうさんは泣き顔の頼華ちゃんを抱き寄せた。
(頼華ちゃんよりもとは、光栄な事だ)
元より、妹みたいな少女と男の俺とではスタンスが違うというのは百も承知だが、嬉しい物は嬉しい。
「さっきすぐに返事が出来なかったのは、良太の女関係ってのは、どうにも出来ないんだなって思ったのさ」
「ど、どうにも出来ないって、どういう事ですか!?」
俺自身は女性関係にだらしないつもりは無いし、恋愛感情に至っているのは、おりょうさんと頼華ちゃんだけだ。二人の女神様に関しては……恋愛とは違うような。
((えー……))
凄く綺麗な女性の声で、不満そうな声がハモった気がするが、幻聴という事で済ませておこう。
「だってねぇ。頼華ちゃんを始めとして朔夜様も紬も夕霧さんも、みんな美人で気立ても良くて、良太の何かを目当てで近寄ってきたって訳じゃ無いだろう?」
「まあ、そうですね」
(頼華ちゃんと朔夜様からは、明確な目標にされていた気もするんだけど……)
自分より強い相手で無いと嫁に行かないという考えだった頼華ちゃんと朔夜様の条件を、俺が満たしてしまったので、ターゲット認定されてしまったのには参ってしまった。
もっとも朔夜様の場合は、俺の代わりに頼華ちゃんが戦って捻じ伏せたのだが。
「良太の財産とかを目当てに近寄って来る、容姿がいいだけみたいな女なら幾らでも邪険な扱いに出来るんだけど、みんないい女ばっかりだからねぇ」
この辺はおりょうさんの言う通りで、俺には勿体無い女性ばかりだ。
「だからまあ、認めたくは無いけど、朔夜様と紬と夕霧さんまでなら、いいかな、って」
「そこは余も同じです! さすがは姉上です!」
「あの、どの辺がさすがなのか、俺にはわからないんだけど……それにその三人を俺が娶るのって、決定事項なの!?」
認められないよりは認めてくれる方が勿論ありがたいのだが、この場にいない人達の事まで考慮に入れないといけないのかと思うと、首を傾げてしまう。




