桜狐奇戰録ーInnocent Imaginationー 前編~初夏の手紙とみぃさんのヨソイキ~
前編と後編の二部構成です!
「え、連載で投稿しないの?」とツッコみたくなると思いますが・・・・・・・・ご容赦ください(後編のあとがきでワケはちゃんと説明しますので(泣))。
お姉ちゃんへ。元気にしていますか?
私は、毎日ちょっとずつ暑くなっていく日に、
正直参っています・・・・。
いいなぁ~、お姉ちゃんはオーストラリアで。
って、そっちはどんどん寒くなって行くから
私とおんなじか(笑)。
あ、そうそう、昨日うちの学校に裕也くんが、
教育実習生としてやってきました。
挨拶で体育館の壇上に上がった時、従兄妹って感じ
しなくて、なんだかホントの先生みたいでした。
この前電話で教育実習するって言ってたけど、
まさか私んとこに来るとは・・・・。
その時秘密にせずに言ってくれたらいいのにねぇ。
まだ学校で話したことないけど、担当クラスの中に
私のが入ってるから、その時はめいいっぱい、
いじってやろうと思います!ウシシ・・・。
お姉ちゃんの方はどう?最近全然
手紙くれないからちょっと心配しています。
(お母さんはそんな心配してないけど・・・・)
いつもお姉ちゃんのファッションデザイン、
楽しみに待ってるのに・・・・。
でも、手紙書く時間もないってことは、それほど
忙しくなっきたってことか・・・、そう考えると、
なんだかホッとします。
いい?くれぐれも、くれぐれもお母さんみたいに
自由奔放なデザイナーになっちゃダメだよ!
私たち、娘だからって別にマネしなくても
いいんだから!(ちょっと言い過ぎ、かな・・・?)
みんなちょっとずつ夢叶っていってるんだから、
私も頑張らなきゃね‼
言いたいことはこれで大体書けたかな。
くれぐれも体に気を付けて、倒れない程度に
頑張ってください。
あと、帰ってくるときは事前に連絡ください。
これ、ゼッタイにね‼どっかの誰かさんみたいに、
玄関前で連絡するのだけはやめてくださいね。
私の自慢のお姉ちゃんへ
ハル
あ、一つ大事なこと書くの忘れた。
でも、これは別に書かなくてもいい、よね?
言っても多分、笑われちゃうだけだし・・・。
「ハルぅ~、ハルぅ~‼」
「なにぃ~?」
「いいから早く下りてこんかぁ!」
「んも~、どうしたの?」
「遅い!何やってたんじゃ⁉」
「あいや~ちょっとね、で、なにみぃさん?」
「テレビを見てみぃ! こやつらのする『こんと』凄く
面白いぞ! 特に小学生が一人でカップル二人組を
笑いながら池に突き落とす下りとか。アッハハハ‼」
(どんなコントだよ・・・・)
ねぇお姉ちゃん、多分信じてくれないけど、
絶対に変だと思われるけど、私はこの状況に、
頭を悩まされています。恐らく、初夏のじめっとした
暑さなんかに比べたら、そんなの比ではないと思います。
実は、今この家には何故か、
神様がいます。
◇
ベッドの中で気持ちよく眠っていると、母の声と
朝の陽ざしで目を覚ました。
「ハルぅ~、早く起きないと遅刻するよ~」
私はそばに置いていた、猫の目覚まし時計を手に取り、
今何時なのか、眠たい目をこすって確認した。
そこには、時計の長針が『20』を指し、短針が
『8』を指しており、秒針がカチカチと音をたてて
回っている。
確か、高校へは八時半までに行かなければなく、
それを過ぎると、正門に立ってる先生に捕まって
指導をされ、何かとややこしくなって。
で、自分は自転車通学で、学校までの道は
全力で飛ばしても十分程度はかかるからぁ・・・・。
そう考えるうちに、寝ぼけていた意識は段々と
覚めていき、ようやく自分のおかれている、
絶対絶命の危機に気付いた。
「って・・・遅刻じゃん‼」
ベッドから起き上がり、転げ落ちそうになりながら
急いで階段を下りると、母が椅子に座り、コーヒーを
飲みながら落ち着いた表情でテレビを観ていた。
足を組むそのいでたちは、とても高校生の娘を持っているとは到底
思えないほど、若く聡明な印象を醸し出している。
「なんでおこしてくんないのよ~‼」
「目覚ましかけていると思ってたから大丈夫かなぁって。
でも全然下りて来ないから確認しに行ったら気持ち良さそうに
スヤスヤ寝ていたから、邪魔しちゃ悪いかな~って」
「ちなみにそれ、何時くらい?」
何気なく聞いてみると、
「七時くらい?」
と即答した。
「気ぃ遣わずに起こしてよ~!」
「そんなことよりいいの? 遅刻、しそうなんじゃないの?」
母が呆れるように両手を広げて聞いてきた。
「そう思うならあん時起こせ~‼」
他にも言いたいことはたくさんあったが、そんな
ことしている時間はハッキリ全然ないので、
私は一目散に制服に着替え、顔を洗わず、髪も
結ばずにボサボサの状態で学校へと向かおうとした。
すると母が、
「ハル、朝ご飯は?」
「食べてる時間なんてないよ!」
「ふぅ~ん、じゃ、お弁当は?」
“急いでるから!”と言いかけたが、グッと
それを飲み込み、母から弁当箱を受け取った。
恥ずかしさで母の顔を、見ることが出来なかった。
「いってきま~す!」
玄関に止めてあった自転車に飛び乗るやいなや、
私は力いっぱいペダルをこぎ出した。
全力で自転車を走らせ、T字に分かれた道を右に曲がった時、
前方にふと住宅地を分けたというよりか、裂いた様な路地裏が
目に入り、気にせず通り過ぎたが、戻って再びそれを確認した。
その路地は、出口がどうなっているのかわからないほど暗く、
隣の壁には苔が生え、じめっとしている。
ここは通る度にいつも、その陰湿と不可解さに不気味を感じ、
どんなに急いでいても使ったことがなかった。
しかし、このまままっすぐ行った後にある角を右に曲がり、
そのまた次の角を右に曲がるよりも、ここを突っ切った方が
格段に学校に早くつける。
私はここを通るか否か、どちらが得策か考えた。
勿論決断は早い方が良かった。
だが、答えはすぐには出てこない。
路地の雰囲気もあるが、そこには寝坊をしたと思われる生徒が
何人もひしめき合って、我先にと学校へと向かおうと
押し合っている。
この人数を押しのけてここを通る力は・・・・ない。
しかし躊躇してはいられないことは承知していた。
こうしている間にも、時間はどんどん削られていくからだ。
そして、私の選んだ道は、
「よし!」
私はその場に自転車を停め、大勢の人間が
敷き詰められた路地に、スーパーとかでやっている
詰め放題の野菜のように、割って入っていった。
彼らの汗や、着ている制服の白地を際立たせている洗剤の
匂いが鼻を突き、肉厚で中々前へと進めないことが、
自分を一層焦らせる。
全く、なんて邪魔なんだろう。
「お前押すなよ!」
「あんたさっき、あたしの足踏んだでしょう!」
「オイ! 前のやつさっさと行けよ!」
「マジでやべぇんだよ!」
彼らは口々に、文句や不満を吐き、互いを罵り合っていた。
「もぉ、なんでもいいから早く行ってよ!」
私も彼らと同じく、一向に進まない前の人達に、
文句を吐き捨てる。すると前から、同じような声が聞こえてきた。
恐らくこれらはそうやって、人から人へと伝染っているのだろう。
やっと中間地点を過ぎたとき、醜悪な肉の壁の隙間から、
“たどり着けるのなら来てみろ”と言わんばかりに、灰色の
壁をした建物がそびえ立っていた。
「あともうちょい・・・・!」
既に体の半分は外に出ていた。
だがもう半分は他の人達に挟まれ、完全には抜け出せない。
私は外に出ている方の手を、学校へと伸ばした。
しかし、いくら伸ばしても、手が千切れそうなほど伸ばしても、
目の前の、ほんの十数メートル先の目的地には、届かない。
そして、校舎に取り付けられたスピーカーから、
タイムアップを知らせるベルのようにチャイムが鳴り、
私の耳に響いてきた。
その刹那、正門は閉められ、学校と自分との距離はどんどん
広がっていった。
「ああ~~‼」
その瞬間、頭の中が真っ白になっていった。
「はぁっ‼」
再び意識がはっきりすると、私はベッドから
ガバっと起き上がっていた。
心臓が激しく鼓動し、口から荒い息がハッ、ハッと漏れていく。
辺りを見回すと、そこは先ほどいた路地裏ではなく、
紛れもない自分の部屋だった。
私は深いため息をつき、
「なんだぁ、夢かぁ・・・」
と、ホッと胸をなで下ろした。
徐々に動悸が収まり、呼吸も落ち着いていく。
着ていたパジャマは、自分のかいた汗で皮膚に張り付き、
微かに不快感を覚えた。
だが私には、それ以上に気になることがあった。
まだ、身体が挟まれているようにきついのだ。
先ほどの出来事が夢なのは、
今の状況からして間違いなかった。
ならばこの感覚も、自分の頭の中で感じたモノで、
現実ではない筈だ。
それなのに、これは明らかに現実だった。
まるで、人と壁に挟まれているような。
私は横を見てみた。
するとぼやけた自分の視界に飛び込んできたのは、
長く艶やかな黒髪に、頭に狐がもっている様な
尖った耳がついた小さな女の子が自分に抱き着き、
気持ち良さそうに、すぴ~と寝息をたてて眠っていた。
私はそんな彼女とベッドの柵に挟まれ、
身動きが取れないでいた。
「んん~、なんじゃあ・・・騒々しい。あとちょっとで
食べられたのに・・・・あぁ、ハル、お早う」
「・・・・・」
「ん、どうしたんじゃあ?」
「なんであたしんとこで寝てるんじゃ~~‼」
◇
下では母が朝食の用意をしていた。
炊き立てのご飯に味噌汁、それに焼けたパンとベーコン。
それらの匂いが全て入り交じり、私の眠気を飛ばし、
空腹を感じさせてくれる。
だが、今の私にそんなことはどうでも良かった。
「うえ~ん、レイナぁ~!」
少女は階段を転げるように駆け下りと、
出来上がった味噌汁を、小皿に移して味を確認
している母の背中に隠れ、釣り気味の瞳を
ウルウルとさせ、追いかけてきた私をじっと見ていた。
「あぁ、おはよう、ハル」
「お母さんそこどいて!」
「ちょっと、どうしたの朝っぱらから」
母は今この状況が把握できずにあたふたとしている。
しかし、今説明している時間はない。
すると少女は肩を震わせながら、
「ハルが、ハルがわしをいじめるんじゃ・・・!」
「まぁ、ダメじゃない!みぃ子ちゃんに意地悪しちゃあ」
「いやしてないし!どっちかと言うと私が悪さされたし。
あたし今日みぃさんのせいで最悪の目覚め迎えたん
だから!」
「えっ、どういうこと?」
何とか勘違いを免れ、ホッとした。
だが先ほどの動悸はとっくに戻ってき、収まることは、なかった。
「わしは、ただハルと一緒に寝たくて、こっそりベッドに
潜り込んだんじゃ。そしたらハル、私の所で寝るなって
怒鳴りつけて。レイナも、こんなわしを、叱るのか・・・?」
震えた声で言うみぃさん。
母は何も言わず、ただ黙ってみぃさんの話を聞いていた。
しかしみぃさんのしたことは叱らなければならない。
みぃさんには今この家で、私の隣の父の部屋を
間借りしている。
父は滅多にうちに帰ってこないので、仕方なく三人で相談して
決定したことだ。
一時、父に相談せずに決めたことはどうかと思ったが。
だから、勝手にひとのベッドに潜り込んで、不快な思いを
させたことは、注意しなければならない。
しかし、私は母が一言言ってくれるだろうと思った。
いくら生粋の天然とはいえ、彼女にも良い悪いの
分別くらいは流石につく。
だから絶対、みぃさんにバシッと言ってくれる。
絶対に、絶対に、絶対に、
「ううん叱らない!こんな可愛い子、誰が叱るもんですか!
みぃ子ちゃんは全然悪くない!悪いのは全部ハルだから!
だからもう泣かないで。みぃ子ちゃんが泣いてると、
あたしも悲しいよぉ・・・・」
「うわぁ~ん、レイナぁ~‼」
「このド天然‼」
信じた私が、馬鹿だった。
母はみぃさんを叱るどころかみぃさんを抱きしめ、
彼女以上に泣いていた。
朝から人はこんなに泣けるのか思うくらいに泣いており、
正直驚いた。
「みぃ子ちゃんは、ただハルとお休みしたくてベッドに入った
だけじゃない!どうしてそんなみぃ子ちゃんを怒るの⁉
ハルちゃんはそんなにみぃ子ちゃんがキライ⁉」
もう・・・・・言葉もでてこない。
みぃさんのことよりも、信じていた人に裏切られ、みぃさん
ではなく、私が叱られたことへのやり場のない憤りから。
「べ、別に嫌いじゃ、ないけど」
するとみぃさんが、
「じゃあ、今後わしがハルのベッドに入っても、怒らんか?」
「・・・・・・ハイ」
するとみぃさんではなく、何故か母が笑顔になり、
「みぃ子ちゃん良かったね!でも、一緒に寝るときは一言
言わないとダメよ。ハルちゃんびっくりしちゃうから」
「うん・・・」
みぃさんは、ひっく、ひっくと嗚咽声を上げながら小さく
頷いた。
しかし、さっきから涙は一滴も出てはいない。
「さあ、仲直りもしたことだし、二人とも顔洗っておいで!」
母のその言葉で私はハッとした。
「ヤバっ、急がないとホントに遅刻しちゃう!」
血相を変えて階段で一階に向かおうとするとみぃさんが、
「今日は土曜じゃぞ」
「えっ⁉」
私は側のデッキに置かれたテレビに映し出されている
朝のワイドショーに目をやった。
そこには司会席に座った女性キャスターが、今日が
土曜日であることと、夜から雨が降る可能性があるから
外出の際には折り畳み傘などを持っていくようにと、
微笑みながらテレビの前の視聴者に伝えていた。
「ああ、そういやそうだった」
私はゆっくりと階段を下りていった。
すると後ろからみぃさんが自分と同じように階段を
下りながら、
「全く、ハルは朝からそそっかしいのぉ」
「うるさいなぁ」
「女子は常に悠然としていなければ、将来嫁に
もらわれんぞ」
「みぃさんっだけには言われたくない!
てゆーか、さっきウソ泣きしてたでしょ!」
「わしは悪くないもん! 怒っていたハルが悪いんじゃもん!」
私は反論できず、ただ悔しく唇を噛んでいた。
一体、いつからこの家はこんなに賑やかになったのだろう。
思い返すこと今年の始業式、私が神社で満開の桜の下、
偶然にもそこで、この町の神様と名乗る少女に
出会った。
厳密に言うと、本堂の裏で行き倒れている所を、
私がたまたま見つけ、助けたわけなのだが。
その次の日の夜、『妖者』と呼ばれている
魔のモノから、私の友達を、信じられない力で助けてくれた。
それ以来、みぃさんは我が家に居候している。
いや、化け狐だから“棲みついている”と言った方が
正しいのかな。
それからというもの、この家が静かになったことは、
ただの一度も無かった。
「ハル・・・ハル!いつまで顔を洗っておるんじゃ⁉
さっさと変わらんか」
「あ、ゴメンゴメン」
みぃさんにそう急かされ、私は蛇口を閉めると、
すぐに手洗い場を彼女に譲った。
私にとってみぃさんは、
“友達を助けてくれた神様“よりも、
どちらかと言えば、“世話の焼ける妹的存在”の
方が近かった。
言葉遣いはおばあちゃんだが、言動や振る舞いは、
外見以上に子供っぽいし。
今なら、まだ小さく手の付けられなかった自分を
可愛がってくれた姉の気苦労が、わかる気がする。
“妹”というのは、こんなにも苦労する存在なのか。
まぁ実際みぃさんの方が、私より何倍も
年上なのだが。
顔を洗い上に上がると、テーブルには朝食が並べられ、
茶碗やお盆に盛られたご飯と味噌汁からは、食欲を
そそられる匂いや湯気がたっていた。
母は椅子に座りテレビを観ながら、今しがた淹れたばかり
であろうブラックコーヒーを、落ち着いた表情で飲んでいた。
朝から騒ぎまくった私の腹は、グルグル鳴っていたので、
「はぁ~、お腹空いた~・・・」
と吐いた後、テーブルについた。
すると階段からみぃさんが駆け上がってき、トテトテと走りながら
椅子に座った。恐らく彼女も私と同様に、腹が減っているのだろう。
「じゃあ、いっただきま~す」
「いただき~す」
私と母が手を合わせた後、みぃさんは私たちを見比べ、
少しおどおどした様子で手を合わせながら、
「イ、頂きます・・・」
と、硬い表情で呟いた。しばらくするとお母さんが、
「あれ?みぃ子ちゃん食べないの?」
「えっ、何がじゃ?」
見るとみぃさんは食べ物に箸をつけておらず、私が
トーストにバターを塗っている手を、
ただ黙って眺めていた。
「さっきからボーっとしてるけど、どこか具合でも
悪い?」
それはないだろう。だってみぃさんはさっき私と、
あんなに大騒ぎしたんだから。
「・・・・・・・」
みぃさんは俯き、先ほどから話している母の顔を、
見ようとしない。すると、
「なぁ、レイナ」
「ん、何?」
「わしは、レイナに凄く感謝しとる。いつもわしの
ために、朝飯を朝早くから作ってくれて。
おまけに、いつも皆とは別に、一品おかずを多く出して
くれて。じゃが・・・・・」
みぃさんはそこで、申し訳なさそうに口を噤んだ。
母はそんなみぃさんの心を察したのか、
「いいのよ、レイナ別に怒らないから。
言ってごらん」
と微笑みながらみぃさんに言った。
「・・・・・てしもうた・・・」
「ん?大丈夫だから。言ってごらん」
「・・・いつも、同じ白米と味噌汁で・・・飽きてしもうた」
そう言った後、みぃさんは自分が悪いことを言ってしまったと
言わんばかりに、顔を赤らめ縮こまってしまった。
「えっそんなこと?なぁ~んだぁ、みぃ子ちゃんもっと早く言って
くれればいいのにぃ」
「で、でも、失礼ではないのか⁉毎日作ってくれる者に対して、
“飽きた”などというのは・・・・」
「今の献立に不満があるなら、何が食べたいのか本人に聞いて、
それを作ってあげるのもあたしの仕事なんだから!
みぃ子ちゃんが変に気を使わなくてもいいんだよ」
「じゃがあ・・・・」
この点に関しては、母は自分よりしっかりしている。
料理も美味しいが、誰かが不満を漏らした場合、
その人が何を、どんな味付けのものが食べたい。
それら諸々を聞いた後にその要望と、足りない箇所やわからない
内容などは、自分なりに考え、独自の判断で実行に移す。
一見それで言われた通り出来ないと思われがちであるが、
このやり方で、再びその人が不満を漏らしたことは、
ただの一度も無い。
この機転の利きようには、私も
頭が上がらなかった。
それは、仕事で得た知識なのか、それとも、
この人に、神様がくれた唯一の取柄なのかは分からない。
普段、滅多に料理なんか作らない人なのになぁ。
「じゃあみぃ子ちゃんは、どんなものが食べたいのかなぁ?」
「レイナにできるかどうか・・・・」
「そんなの心配ご無用!あたしはみぃ子ちゃんの食べたいもの、
何でもだしてあげられるんだから!」
これは私も流石に否定しないかな。
にしても、みぃさん大げさなんだよ。お母さんに言えばなんでも好きなもの
食べさしてくれるのに。変に遠慮しちゃってさぁ。
「わしは・・・・・ハルの『とおすと』が食いたい‼」
「なんでぇ‼?」
みぃさんのその限定しすぎる要求に驚き、
飲んでいたオレンジジュースを、私は吹きこぼしてしまった。
いやそもそも、本当になぜ、私のトースト⁉
「いつもハルがこんがり焼きあがったとおすとに何かを
塗ると、キラキラ輝いて、ハルがそれを食べるのを
見てたら、美味しそうでたまらなくて・・・・」
そう言われれば、いつも、私がさっきみたくトーストに
バターを塗っている時、みぃさんがまるでショーウインドーに
並ぶケーキを見る子供みたいに、瞳を輝かせてこっちを見ていた気が。
「うん任せて! みぃ子ちゃんに必ずハルのトーストを食べさせてあげるから!」
「本当か⁉」
「もっちろん! と、ゆーことでハル・・・・分かっているよね?」
「えっ、なにが?」
そう言うと母は、何やら不敵な笑みを浮かべ、みぃさんは目を、
ダイヤの様に輝かせながら、私を見る、皿に盛られた
私のトーストを見る。そんな動作を、ずっと繰り返していた。
「あたしのトースト、みぃさんにあげろって⁉
やだよ!これあたしの今日の朝ご飯だもん!
大体、なんであたしじゃなくてお母さんに頼むわけ⁉」
「だって、ハルもレイナから頼まれればわしに
とおすとくれるじゃろ!」
と、満面の笑みで言ってきた。
「まさか、最初からあたしじゃなくてお母さんから
頼もうとしてた?」
みぃさんはコクっと頷いた。
「みぃ子ちゃん・・・・・偉い‼」
「ちっとも偉くない‼ 兎に角、あたしはゼッタイに
あげないからね!」
「ぶぅ~、ハル、わしにイジワルするなんて酷いではないか」
みぃさんはぶすっと頬を膨らませながら言った。
私は別に意地悪で、みぃさんにあげないんじゃない。
みぃさんが、“お母さんを通して頼めば、どうせ私が
パワーバランスに負けて自分にトーストを渡すだろう“と
悪だくみめいた考えをしてるから、あげたくないのだ。
素直にお願いされれば、私はちゃんとそれを聞いてあげるのに。
するとみぃさんは、何か思いついたように両手を叩き、
「ハルがそんな意地悪するならわし、レイナにあの事
しゃべってしまうぞ」
と、ニヤッと笑いながら小声で私に耳打ちした。
「あの事ってなによ」
「あの事はあの事じゃ。いいのかぁ~、しゃべられて困るのは
ハルの方だと思うんじゃがなぁ~」
流石にイライラしてきた。
「だからあの事って・・・・」
言いかけた途端私の頭に、みぃさんがお母さんに
何をバラそうとしているのか、その内容が幾つか浮かんできた。
みぃさんはお母さんの知らない、私のいろんな秘密を
たっくさん握っている。
いつもこそこそしている時の私をみつけては、
なぜそうなったのか根掘り葉掘り聞いてきて、
恥ずかしさやばらされた時の恐怖でコロコロ変わる私の顔色を
見て・・・・・・楽しんでいる。
だからみぃさんが現在つかんでいる私の弱みは、
三つ四つではなかった。
一体どれを、お母さんにばらそうとしているんだろう。
こないだ部屋で、借りた少女漫画のヒロインに憧れ、
みぃさんと二人で主人公とのやり取りを言い合ってた
あれかなぁ。
いやそれじゃ、単なる笑い話だ。
今のみぃさんなら、もっとディープなことをバラすに
違いない。
まさか、こないだの世界史のテストで信じられないくらいに
悲惨な点とったこと⁉あの答案みぃさんに盗られて
どっかに隠されたんだよなぁ・・・・
それともお母さんが帰ったら食べようと楽しみにしてた
チーズケーキを、こっそり食べたことかなぁ?
あんときあたし、みぃさんが食べたんだって
ウソついちゃって・・・・
みぃさん怒られなかったけど、スゲー顔であたし睨んでたっけ。
いずれにしろ、こんなこと公にされれば、確実に今日の
夕飯は、お腹グルグル鳴って大キライな、乳製品のフルコースで決まりだ。
お母さんストレートに怒るより、間接的に攻めるんだよね・・・・・・。
てこれ・・・・完全にタダの嫌がらせじゃん!
ここは、諦めてみぃさんにトーストを渡すかそれとも、
脅しに屈せずそのまま朝食を済ませ、腹痛に耐えながら
オイシイ・・・・・乳製品を頬張るか。
私は、自分に恥じない方を、選んだ。
「みぃさん!」
「な、なんじゃ?」
「・・・・・・」
「ハル?」
「ハル、ちゃん?」
「・・・・・どうぞ。これメチャクチャ美味いです」
「すまんなぁ~~ハルぅ、遠慮なくいただくぞ!」
「良かったね!みぃ子ちゃん」
「・・・・・・」
これが正しい選択かどうかは、分からない。分かりたくもない!
だがここで維持を張って、トイレと食卓を行ったり来たり
しながら夕食を食べるのは、乙女的に超ハズイ。
みぃさんは渡されたトーストを両手で持ち、楽しみで仕方が
なかったかの様に見つめ、大きく口を開けてかじりついた。
しかし、焼き立てで硬くなっていたのか、みぃさんは
んん⁉っと顔をしかめて、
苦悶の表情を浮かべた。
そして、微かにこうつぶやいた。
「なんか・・・・木ぃ食ってるみたいじゃ・・・・」
人の朝飯奪い取っておいてそんなこと言うかフツー?
そのあと中身をハムっと千切り、モグモグさせながら、
「でもこの部分は、モチモチしてて凄く美味いぞ!ハル」
ああそーですかい!
「ああもおこんな時間!じゃああたし行くから。
ハルちゃん戸締りヨロシクね!あっ、今日は早く帰れると思うから」
そう言うと、お母さんはバックを背負い、自分の食器を
流しに持っていくと、大急ぎで家を飛び出して行った。
みぃさんはまだ、あたしのトーストを堪能している。
さて、あたしも着替えるとするか。
でもその前に歯を磨かなきゃと思い、洗面所へと下りて
歯ブラシに磨き粉を塗り、咥えたまま二階に戻って、
そのままテレビを観始めた。
画面には薄く化粧をしたキャスターが、テレビ局の玄関から
今日は気温が昨日より上がるので、熱中症に注意してください
などと言いながら、今日の天気を笑顔で説明していく。
「なぁなぁハルぅ」
後ろからみぃさんが声をかけてきた。
「なに?」
「この、『ヨソイキ』というのはなんじゃ?」
バターで油まみれになったみぃさんの手は、“この夏は
自分だけのよそ行きを着て思い切り満喫しよう!“と
小学生くらいの男の子と女の子が並んでポーズをとっている
上にでかでかとカラフルな字で書かれた紙を持っていた。
「ああ、人間は外に出かけるときに家で着ているのとは別に、
オシャレな服を着て町に出るんだよ。で、それを『ヨソイキ』
っていうの」
「ふぅ~ん、要はあれか。普段自分がいかにだらしない恰好を
しているのか他人様にバレるのが嫌で、変に着飾ることを
そういうんじゃな?」
なんか正しいような正しくないような・・・・。
「その点わしは、いついかなる時にも、誰にでも自慢できる
恰好をしておるぞ!」
乱れたパジャマにぼさぼさの髪で何言ってんだか。
「いやいや無理に着飾るっていうのはちょっと
違うかな。まぁ、おしゃれするってことだよ」
「そう、なのか?」
「うん、そうだよ」
そう言うとみぃさんは、何か考えるように俯きだした。
「どうしたの?」
「いや、わしも、その『ヨソイキ』っていうのを
きてみたいなぁと思って・・・・」
「え、でもさっき、自分はいつも人に自慢できる
格好だから必要ないって」
「でもわしも、おしゃれしてみたいっていうか、
もっと色んな服を着てみたいっていうか・・・」
なんだそりゃ。まあ確かに、みぃさんが普段着ている
服と言ったら、巫女装束か私のお古のパジャマぐらいだしな~。
こう見えてみぃさん、結構女の子っぽいところあるんだよね。
「なんか今、失礼なこと考えてたじゃろ?」
「ううん別に!」
まあ別に一着くらい、服を買ってあげてもいいか。
「じゃあ、今日見に行ってみる?」
「い、いいのか⁉」
「みぃさん自分で選びたいでしょ?」
「ぃやった~‼ 久しぶりの外じゃ~!」
そっかみぃさん、あの日から外、全くでていなんだっけ。
あ、でも外に出るときの服どうしよぉ。
パジャマじゃ変だからいつもの巫女姿だよね。
ちょっと・・・・いやだいぶ変か。
まあでもここは仕方ないかぁ・・・。
肝心なのは、みぃさんのあの狐耳だ。
むき出しの状態で外に出たら、拝み屋が来るのが先か、
謎の黒スーツの組織が来て捕まるのが先か。
いずれにせよこれだけは何としても隠さなければ。
ん~~む・・・・あそうだ!
「みぃさん、ちょっといい?」
「ん? なんじゃ?」
◇
「あっづ~~い・・・。なんでこんなに暑いんじゃ・・・?
ハルぅ・・・・」
「あたしに聞かないでよ・・・・」
町に出てみると、十一時前だというのに、思ったより人が多かった。
しかし、スーツを着込みどこかへ電話を掛けながら歩く男や、
誰かとの待ち合わせの時間に遅れそうなのか、大急ぎで
駆けていく女の人など、その誰もが皆慌ただしかった。
それにしても・・・・・暑い。
雲ひとつない空には白い太陽が浮かび、まばゆい光と熱を、
地上へと降り注いでいた。
そしてそれらすべてがアスファルトの地面で蓄積され、
まるで鉄板のような熱気が、足を伝って全身を温める。
今日お天気キャスターが言っていた通りだ。
この暑さだけで、十分人が殺せる。
「でも、麦わら帽子被ってるおかげで、みぃさんマシでしょう?」
「・・・・・・・」
ホントは耳を隠すために被らせたのだが。それでも、
裾や丈の長い巫女装束じゃ、明らかに薄着の私より暑いはずだ。
見るとみぃさんは、目をとろんとさせ、頬を真っ赤にさせてクラクラ
していた。
「大丈夫⁉ ちょっと、影のとこ行って休もうか」
「なんじゃ~、この程度で、情けない」
いや明らかに私よりみぃさん方がヤバいって!
「わしなんか、この通り、全然大丈夫じゃ!それに今目の前に、
蛍みたいな光がい~っぱい飛び交っていてとても綺麗じゃぞ。
フフフ、夏はこれが見れるから、いいんじゃ・・・・
ハルも、もっと、夏を満喫せい・・・・!」
それ死にかけの人間のみる光景だよ・・・・。
「いや今すぐ日陰に行かないとみぃさん死んじゃうから!」
「ええ?だ~れが死ぬってぇ・・・」
「だあもういいから早く‼」
「あれぇ~、ハルさぁ~ん!」
「げっ、この声は・・・・」
後ろを振りかえると、透き通った長い髪をポニーテールに結び、
清楚感を漂わせたひとりの背の高い少女が、こっちに向かって走ってきた。
「弥生⁉」
「いやぁ~奇遇だねぇ。こんな時間に、それにこんな
トコで会うなんてさっ!にしても暑いなぁ~。
なんでこんなに暑いんだろうね、ハルさん」
なんでみんな私に聞くんだろう?
「ちょっと、弥生ちゃん・・・・」
すると後ろからもうひとり誰か、大きな鞄を背負い、はぁはぁと荒い息を
上げながら小走りで向かってくる。弥生に隠れてしまって姿は確認出来ない
でいたが、その子は疲れに歪んだ表情を浮かべなら、弥生の隣で立ち止まった。
「あれ、七海ちゃんまで」
「あっ、お早う、ハルちゃん」
「どしたの? 二人揃って」
「いや今日用で朝早くから出かけてねぇ、そしたらそこで
バッタリ七海に会ってさぁ。で、たった今ハルさんにも
バッタリ会ったってワケ」
最後のいる⁉
「へぇ~、弥生はさておき、なんで朝早くから出かけたの?
七海ちゃん」
「あたしをさておくな!」
「あ、うん、ちょっとね・・・」
突然、足元から急に、ジト~っと熱気が上がってきた。
すると弥生が、私の背後をのぞき込み、
「あれあれぇ~、ハルさんの後ろに隠れてるその子は誰かなぁ?」
「いつの間に!ちょっと暑いから離れてよぉ!」
みぃさんは私に引きはがされると、びくびくしながら
私の横に立った。
「ハルちゃん、その女の子・・・・・」
ヤバっ!なんて説明するか事前に考えてなかった!
「あぁこの子?えっとぉ・・・この子はぁ、そう!
あたしの従兄妹なの!」
「ちょっ、なんでわしがハルの従兄妹に!」
ゴメン合して~~‼
「あれっ、ハルさん従兄妹なんかいたっけ?」
早くも、バレそうだ。
「い、いたよぉ!この子は、あたしのお母さんの妹の娘さん!
ほらほらぁ、恥ずかしがらずにちゃんと挨拶して!」
みぃさんを二人の前に突き出した時、一瞬ぶすっと
した顔で私を睨んだけど、即興で
二人にちゃんとウソがつけたことに、我ながら驚いた。
「ふぅ~ん、お嬢ちゃんお名前は?」
「えと・・・・あ・・・・」
みぃさん相変わらず初対面の人には激しく人見知り
するなぁ~。
しかし、弥生はクスッと笑って、
「んあぁゴメンゴメン。まずこっちが自己紹介するのが
礼儀だよねっ。あたし藍原弥生!で、こっち
のちっこいのがぁ・・・・・・」
「か、柏木七海です!」
七海も小さな女の子相手にガチガチになる必要なんかないのに。
でもみぃさん、お陰で少し緊張が解けたのか、
「・・・・み、みぃ子・・・・」
と、俯きながら小さく呟いた。
「へぇ、みぃ子ちゃん。みぃちゃんかっ!
カワイイ名前だね!ねぇねぇ、どーしてこんな
暑いのに、巫女さんの恰好なんかしてるの?」
「ええっと・・・・そう! この子『聖狐神社』の
巫女さんしてるの!なんかしきたりで夏でもこの格好
しなきゃいけないみたい」
「なんかそれ、すんごく大変そうだね。
でもなんか意外だなぁ、あたしたちの町の神社の
巫女さんが、こんなちびっちゃい女の子だなんて」
弥生のその発言に怒ったのか、みぃさんは耳まで真っ赤にさせ、
「わ、わしはちびっちゃくなんかない‼」
「アッハハ、ゴメンゴメン!でもみぃちゃん、
ちびっこいけど、結構べっぴんさんじゃ~~ん」
みぃさん、まだ“ちびっこい”ってからかわれてることに
ふてくしてる感じだったけど、頭を撫でられながら弥生に、
“べっぴんさん”と言われて、正直ちょっと嬉しそうだった。
まぁ、本人は微笑んだのを、上手く隠せてるつもりみたいだったけど。
「ところでさぁ、みぃちゃん、顔真っ赤だけど大丈夫?」
あっ!そーだった‼
「みんな!あたし・・・・てかみぃさんが今熱中症で
幻覚視えちゃってるからあっちの涼しいとこ行こうか!ねっ‼」
「ハルちゃん、それ・・・・救急車呼んだ方が・・・・」
「いやいやいや! ちょっと休めばすぐ良くなるから!」
てゆーか七海ちゃんがそんな泣きそうな顔で言ったらこっちが
余計に心配してくるからやめて‼
「あぁ、そうだハルさん」
意識が朦朧としたみぃさんを引きずり、私は目の前に
建っている巨大な大理石の噴水の横に生えている、
深い緑色の葉をたくさんつけた桜の樹の下にあったベンチに寝かせると、
後ろからついてきた弥生が聞いてきた。
「なに?」
「何でハルさんはこんな時間からみぃちゃんと出かけてるの?」
私は今朝、みぃさんと朝ご飯でもめたこと、みぃさんが
『ヨソイキ』を着てみたいと言い、こうして買いに出てきたことを、
重要な部分だけを掻い摘んで説明した。
「ふぅ~ん、要は朝ご飯に和食ばかり出され飽きてしまったみぃちゃんが、
ハルさんの食べようとしていたトーストが欲しいとお願いした。
しかし、食い意地の張ったハルさんはそれを断固拒否。
だが、みぃちゃんがお願いしたのはハルさんではなくレイナさんだった。
みぃちゃんの策略にまんまとハマった大人げないハルさんは、
食べ物をとられ、悔しさのあまりブーたれる子供みたいに
嫌々トーストをみぃちゃんに渡した。そこへしくしく泣きながら
一人ひっそりと歯を磨くハルさんの下へ、みぃちゃんがバターとパン粉で
汚れた手で、洋服のチラシを見せてきて、「わしもヨソイキを着てみたい」と
言ってきて、二人でみぃちゃんの似合いそーな服を買うために
町に出てきて、今に至ると」
「なんであたしが説明省いた箇所ひっくるめてここまでの経緯全部
把握してんの!エスパー⁉」
「やだなぁハルさん、あたし伊藤じゃないってば」
「そっちのエスパーじゃねーよ!」
「ハルさんの話し方、説明中チラッとみぃちゃんを見る目、
そしてレイナさんの性格、これだけあれば、ハルさんが何を思って
どー行動したかは、大体わかる!」
いやこえーよ・・・・・大体の域超えてるし。それ以前に・・・
「なんかあたし終始馬鹿丸出しな行動取ってるみたいになってない⁉」
黙って聞いてりゃ『食い意地の張った』とか『大人げない』とか
言いたい放題言いやがってぇ・・・・・!
ところが弥生は、謝るどころか“なんかあたし変なコト言いましたでしょうか?”
と言わんばかりに目を丸くして、
「えっ違った?」
違うよ‼・・・・・・・・・いや、合ってるけど、合ってるけどさぁ。
「どったのハルさん?なんかブツブツ言って」
ヤバッ!思わず口動いてた・・・・。
「なっ、なんでもない!」
「ホントにぃ?」
尚もニヤニヤしながら聞いてくる弥生。
「ホントに!」
この話を早く終わらせたいのに、なかなか、終わらしてくれない、弥生。
そんな私の窮地を救ったのは、七海ちゃんだった。
「ハルちゃん!」
「おわっ、ビックリしたぁ」
振り返ると、後ろで七海ちゃんが、顔を真っ赤にしながら、私を呼んでいた。
どーやら私が弥生に捕まってしまう前からずっと、呼んでいたようだった。
「あっごめん。どうしたの?」
「みぃ子ちゃんが・・・・・」
「えっ」
七海ちゃんの肩からのぞき込んでみると、みぃさんがチョコレートで
出来ているようなベンチに横たわりながら、暑そうにウ~ウ~唸ってる。
「これって、熱中症かな?」
「熱とかは?」
後ろから七海ちゃんに聞いてくる弥生。
「七海と同じくらい。さっきおでこで確かめたから。でも・・・・」
自信なさげに答える七海ちゃん。流石に、この格好で外はマズかったか。
薄着の私でも、蒸し暑さを感じるんだから。
「う~~ん、となると・・・・あっ! 二人とも、ちょっと待ってて!」
そう言い残すと弥生は、私と七海ちゃん、そしてみぃさんを残して、
駆け足でどこかへ向かって行った。
「ハルちゃん・・・・大丈夫だよね?」
一体弥生がどこに向かうのかと首を傾げていると、心配そうに笑いながら、
七海ちゃんが聞いてきた。
「だっ、大丈夫だよ!」
内心、私も七海ちゃん同様、凄く心配している。もし本当に熱中症なら、
まだ熱がないうちに、家に連れて帰った方がいい。悪化すればするほど危険に
なるし、下手をすれば、命を落としかねない大惨事になることだって十分
あり得る。現にそうやって、毎年何人もの人たちが、熱中症によって亡くなっている。やはりここは、みぃさんの熱が上がらない内に今日は連れて帰るべきだ。
そう、七海ちゃんに提案しようとしたその時、
「おっ待たせぇ~~‼」
弥生がさっきと同じみたくダッシュで戻ってきた。振っている片方の手には、
何やら細く長いものが握られている。
「いやぁゴメンゴメン。結構並んじゃっててさぁ」
「弥生、それ・・・・」
「説明は後々!とりあえずは・・・・・」
そう言って弥生は、その、手に持った細い物体を、みぃさんの真っ赤に火照った
ほっぺに、ぺたっと押し当てた。すると・・・・・
「ピャア‼ な、なんじゃ⁉」
「ハァーイみぃちゃん」
弥生はさっきみぃさんに押し当てたそれを、彼女に差し出した。
「なんじゃ、この、白くて大根みたいなものは・・・・?」
「ええ‼みぃちゃんチューブアイス知らないの⁉」
芝居がかって豪快に背中をのけ反らして驚く弥生。
「あ、あのぉ~~、一応いいかな?弥生さん」
「んん、なにぃ?」
「なんでぇ・・・・・チューブアイス?」
「やだなぁハルさん、暑い時にはチューブアイスって決まってんじゃん!」
「お、おう」
決まってるような、決まって無いよいうな・・・・・。
そう思う私を無視して、弥生は続ける。
「さっきあっちでおじさんがチューブアイス自転車で売りに来てんの
見つけてさぁ。これは買わなきゃって思ってね!みぃちゃんの為に」
熱中症→チューブアイス?判るようで、判らん。
「な、なぁ、弥生・・・・」
「んっ、どーしたのみぃちゃん?」
「これは・・・・どのように食うのじゃ?」
食べ方を尋ねるように、差し出されたチューブアイスを弥生に見せるみぃさん。
「ええ‼みぃちゃんホントにチューブアイス知らないのぉ⁉」
またわざとらしく驚く弥生。でも本人は、そのことに関しては触れずに、
「まずはこーやって開けるんだよ」
弥生は手に持ったチューブアイスをみぃさんにビシッと見せると、
その出っ張った部分を歯で噛んで押さえながら、両手で力強くねじって見せた。
みぃさんはその光景を、観察するように黙って、暑さで微睡んだ目で
ジッと見つめていた。三回ねじり終わった時、
グニャリと変形していた出っ張りと
本体とのつなぎ目が、パキッと音を立てて、キレイに二つが切り離された。
「どぉ? 判った?」
みぃさんは黙って二回頷くと、さっき弥生がしたのと同じように、手に持った
チューブアイスの出っ張りを咥えようと・・・・・
「みっ、みぃさん、あたしが切ってあげるよ!」
女の子がそんな風にチューブアイスかじりながらねじってから食べるのって、
なんか、はしたないように思って。あっ、私はちゃんと真ん中で縊れたトコ
ねじるよ!もちろん手で。
しかしみぃさんは、納得いかないって感じで俯きながら、
「いや、わしが開ける・・・・」
あぁ・・・・・ソーデスカ。
みぃさんが・・・・・弥生と同じ方法で、チューブアイスを開け終わると、
また自分のを、みぃさんに見せて、
「で、こーやって食べる」
弥生は、ねじった方を上に向けて、上部三センチくらいをハムッと咥えると、
前歯でゆっくり挟みながら、中身を出して、シャリッと食べた。
そして、多分身体を冷やそうとしたと思うけれど、中身の少し減った
チューブアイスをしばらくおでこに乗せて、今度は右の脇に
挟みこもうと・・・・・・・
「ダメダメダメダメ!」
「んんっ、なんか変だった?」
これは完っ全に変だ‼
「なんでそんなはしたなく食べるわけぇ⁉」
「エッ、あたしはしたなく食べてた⁉・・・・・・・七海」
私に聞かないんかい!
「ええっとぉ・・・・・別に変じゃない・・・・・かなっ」
彼女は少々苦笑いを浮かべ、やんわりと答えた。
七海ちゃんも、ここはちゃんと否定して‼
「ああもぉ! 女の子がそんな行儀悪い食べ方したらマズイって!
大体なんで脇に挟む必要が⁉」
ムフッと笑いながら、弥生は自慢げに言った。
「これが気持ちイイんじゃん」
「みぃさん、あたしがちゃんとした食べ方教えてあげる、からぁ・・・・・」
みぃさんはもう、チューブアイスを食べだしていた。弥生と、全く同じ食べ方で。
ちゃんと食べた後のチューアイスを、しっかりと脇に挟んで。
遅かったかぁー・・・・・・。でも、みぃさんも弥生も、挟んですぐに
引き抜いた。心なしか、二人とも顔引きつってるような。
もしかして、それ、脇に挟んでだとしても、周りが一気に冷たくなるだけで、
大して意味ないんじゃ・・・・・・・・。
そんなことお構いなしに、いや、気にしないように、二人は話しを続ける。
「甘い!弥生これ、すごく甘くて美味しいぞ!」
「アイスなんだから甘いのは当たり前じゃん。そんなに目ぇキラキラ
させながら食べなくても」
「大根は焼くと甘くなると聞いたことがあるが、この大根は、冷やすと甘く
なるのか⁉」
「だーかーらー、それはアイスって言うんだよ。みぃちゃん」
「あいすぅ? それは、大根とは違うのか?」
「全然違うよぉ。種類は色々あるけど、それは細かくした氷に
シロップを混ぜて、そのパックに詰めてるんだよ」
ますます驚いたと言ったように目を見開き、おおっと感嘆の声を
上げるみぃさん。
「これは・・・・氷なのか⁉その、『しろっぷ』という水だけで、こんなに甘く
なっているのか⁉わしは、こんなの主神の力をもってしても創れんぞ!」
「んっ、ヌシガミ?」
ヤバッ‼
「ああみぃさん! 暑いのはもう平気なの⁉」
「えっ、ああ。この『あいす』とやらのお陰で、すっかり良くなった!」
「はぁ、良かったぁ」
ホッとしたのも束の間、
「でもハルちゃん、もしまた熱中症で倒れたら・・・・・これから
気温も上がってくると思うし・・・・・」
うっ、抜群なタイミングで聞いてくるね七海ちゃん・・・・・。
「まぁギャーギャー言うほど暑くないし、裾まくっといたら大丈夫でしょ。
みぃちゃん子供だし」
そんな簡単でイイんすか⁉てか子供だからってどーゆー理屈⁉
「これでよいか?」
もー、しちゃってるし・・・・・。
「ところで弥生、このあいすには、違う味なものも、あるのか?」
「うん。さっき買いに行ったときに見たのは、たしかイチゴ味とメロン味
だったかなぁ」
「苺⁉舐瓜⁉しろっぷとやらは、ただ甘くするだけは飽き足らず、
氷を他の食べ物の味にも変えることが出来るというのか⁉」
これには流石の弥生も、苦笑いを浮かべた。
「ホントに食べたことないんだねぇ。良かったら買ってこよーか?」
「えっ、でも、どれを食べようか・・・・どちらも美味しそうだし・・・・」
クスッと笑う弥生。多分、どちらにしようか
悩むみぃさんの姿が、可愛く見えたんだろう。
「両方買ったげるよ」
「えっ、良いのか⁉だって両方じゃぞ。両方じゃぞ!」
「イヤイヤ、あたしそんなケチんぼじゃないし」
「弥生~~!お主は太っ腹じゃ~~~‼」
みぃさんは、今期最高と言っていい笑顔で、弥生の胸に飛び込んだ。
「アッハハ、参ったなぁこりゃ。じゃっ、みぃちゃんも元気になったことだし、
行きますか!」
「へっ、どこに?」
弥生は私の言葉に、ハァッと深いため息をついて、
「ハルさんが忘れたんじゃ世話無いよぉ。みぃちゃんのよそ行き、
買いに行くんでしょ?」
あっ・・・・・・忘れてた。
「ひょっとして、本気で忘れてた?」
「わ、忘れてないよ!」
言えない。ホントはすっかり忘れてたなんて・・・・・・ん?
ちょっと待って。“行きますか?”
「来んの一緒に⁉」
「当たり前じゃん。ハルさんだけに任せとくのも不安だし」
それどーゆー意味デスカ⁉
「七海も来るよねぇ?」
「う、うん!でもいいの?ハルちゃん」
「うっ、ウンもちろん!」
はぁ、弥生も、七海ちゃんみたいにしたたかだったらなぁ。
「よおっし決まりだね。じゃあ、しゅっぱ~つ‼」
・・・・・・・・まぁ、みんないた方が、楽しいかっ。
「ところでハルさん。女の子らしいチューブアイスの食べ方って、ナニ?」
‼?・・・・・・今さらそこに触れないでぇ~~‼
「ねぇハルさん。女の子らしいチューブアイスの食べ方ってどんなどんなぁ?」
◇
「けっこう、歩くね」
「ウン、そだね」
気だるそうに私は七海ちゃんの言葉に応える。
「ハルちゃん、どうしたの?」
するとそんな私を心配してか、七海がおどおどしながら私の顔を
のぞき込んできた。
「べっ、別になんでもないよぉ!」
実際は、なんでもあった。
「そう?・・・・・何だかハルちゃん、思い詰めてるみたいに見えたけど・・・・・・・・・」
うっ! あっさりバレた・・・・!
「そそっ、そんなことないってば!」
私は両手を激しく振って否定した。勿論私は彼女の言うように、何か
を心配し、思い詰めてなど、いなかった。
ただちょっと・・・・今の状況をどう言葉で表現したものかと、少々悩んでいたに、過ぎなかった。
いま私たち『みぃさんのヨソイキを買いに行く隊』は、私と七海、それに
先頭を歩く弥生、それぞれ三人にとって馴染みの深い、『聖狐商店街』の街道を歩いている。なんのためかは言うまでもなく、みぃさんの『ヨソイキ』を
買うためだ。最初私は、女の子の服を買うにはやはり、電車で繁華街へ繰り出し、
百貨店やら大型のデパートやらで見て回った方が、種類も豊富で、且つ、最新のファッションの服が買えると、他の三人に進言したのだが、それは無残にも、ある一人の発言によって、見事なまでに、その案は撤廃された。
「ゴメン! あたしと七海、二人揃って今お金無いの!」
「え、そうなの?」
私が聞くと、うん、と七海が申し訳なさそうに下を向いて頷いた。
すると、手を頭の上で合わせて謝る弥生に、私がなんとなく、『どれくらい?』と聞いてみると、弥生は頬に拳をのせて、
「う~~ん・・・・・二人合わせて隣駅の片道の電車料金、くらいっ?」
「それほとんど持ってないじゃん‼」
一番近いブティックで洋服を品定めするだけでも、最低でも二駅先まで向わなければならない。二人の今の手持ちの金額では、服を買いに行くどころか、
その最寄り駅の切符を買うことすら、情けないが・・・・・出来ない。
かと言って、私が二人に往復の電車賃を貸してやれるほど、私の財布も、
そんなにあったかいものじゃなかった。
「ホントゴメン‼」
再び大げさに、いやどちらかと言えば大雑把に謝る弥生に、私は小さく
溜め息をついた。
さてここからどうしたものかと困り果てていると、七海ちゃんが突然、こんなことを言いだした。
「あのっ、商店街はどう? あそこならお店も、たくさんあると思うし」
何時もの七海ちゃんには珍しく、やけにハキハキとした口調だった。
「あっ、そうだよ! 商店街になら服もケッコ―な種類売ってるよきっと!」
なんでそんなに、目を輝かせて食い気味に言うの? 弥生さん。
「なんじゃなんじゃ! さっきからわしを除け者にしおってぇ!」
振り返るとみぃさんが、『絶賛怒り中』と言った感じに、頬をはち切れんばかりに赤く膨らませて、腕を組んで、ふんっ!とそっぽを向いていた。
「いや違うのみぃさん。別にあたし達、みぃさんを仲間外れにするつもりは・・・・」
何とかみぃさんを宥めようとする私に、
「さっきからわしも話に入ろうと声をかけておったのに、それを
無視するとは、何事じゃ!」
と振り返って喚くみぃさん。そう言われれば、私たちが話している間ずっと、
みぃさんがぴょんぴょん飛び跳ねて私を呼んでいたような・・・・
「あぁゴメンゴメン。でもあたし達は商店街について話してただけで・・・・」
「なんじゃあその『しょーてんがい』というのは」
眉を寄せて眉間にしわをつくるみぃさんに、私は商店街について、ざっくりでは
あるが説明した。すると、まるで風船みたいにパンパンに膨れていたみぃさんの
頬が徐々にしぼんで行き、怒りでより吊り上がった瞳は、みるみるうちに
憧れの眼差しに変わっていった。
「そそっ、そんな夢のような場所があるのか⁉」
興奮気味に、ていうかメチャクチャ興奮して聞いてくるみぃさん。
鼻息も口息も、こっちが引くくらいに激しい。
夢のような場所って・・・・まぁ“色んな食べ物や服が売ってあるお店の街”と
聞かされれば、それを知らない子供は相当わくわくすると思うけど、
みぃさんって・・・・・・ちびっこ?
「弥生、わし、そのしょーてんがいという所で是非、わしの『ヨソイキ』を
買いたい‼」
「よぉーし、主役がこうおっしゃっておられるのだ。それでは
皆の衆、さっそく我らが『聖狐商店街』へと向かうぞぉー!」
拳を突き上げ高らかに宣言する弥生に続いて、みぃさんも、
「おぉーーー‼」
と、同じように拳を突き上げて天に叫んだ。その光景を見て、私と七海ちゃんも、
「お、おー・・・・・」
ってあたし達、戦に赴く武者か⁉
で、今に至る。
「ハル、ちゃん?」
「んっ、どした?」
「ううん、なんでもない」
そう言うと、七海ちゃんは再び前を向いて歩きだした。
私も、前を向いて歩き出す。先頭を歩いている弥生とみぃさんが、何やら
楽しそうにおしゃべりをしているのが目に入った。
「弥生ちゃんとみぃ子ちゃん、なんだか楽しそうだね」
おっとりとした口調で、七海ちゃんが声を掛けてきた。
「・・・・・そうだね」
先ほどまで私は、今この状況をどう言葉で表したものかと、正直戸惑って
いた。三人の女子高生と神様が、休日のお昼前に、その神様のよそ行きを買いに、
商店街の街道を、四人で仲良く闊歩する。まるで、どっかのマンガやアニメ
みたいな展開だ。でも、弥生はともかく、七海ちゃんはそんなの全然気にして
いないようだった。まぁ、みぃさんが神様って知っているのは私だけだから、
気にしろっていうのが無理な話なんだけど。
「弥生ちゃん、小さい子に好かれるの、上手だから」
腹を抱えて爆笑する弥生に、顔をしかめるみぃさん、
そんな二人を遠目に見て、七海ちゃんが私に言った。確かに弥生は、小さい子供に好かれるのが上手い。煽てているのではなく、自然と会話を交わすことで、
相手の子と親密な信頼関係を築いていく。それは彼女が、単に子供に
好かれやすい質なのかそれとも、彼女自身、子供に
近い性格なのかは・・・・今は触れないでおこう。
「七海もあんな風に、自然と小さい子とお話、出来たらいいのに・・・・」
「えっ?」
「あっ、ううん! 何でもないよ」
慌てて両手を振って、自分の言葉を撤回しようとする七海ちゃんに、私は
妙な違和感を覚えた。まるで、自分も弥生みたいに小さい子と仲良くなりたいと
願っているみたいに、悲しげに呟いたから。でもその時の私は、そんなに
深くは勘ぐろうとはしなかった。
「ところでさぁ、七海ちゃんと弥生、二人はどっか行こうとしてたの?」
そう言えば私はまだ、二人が外でなにをしていたのか、詳しく聞いていなかった。
弥生は『朝早く出かけると、そこでバッタリ七海と会った』と、言って
いたが。
「ううん。七海は、ちょっと公民館に用があって行こうとしてて、その途中で
弥生ちゃんに遭ったの。弥生ちゃん、新しく隣町に出来た大型ブティックのオープン記念セールに行こうとしてたみたい」
微笑み混じりに優しい口調で、七海ちゃんは教えてくれた。
やっぱり七海ちゃんは・・・・・カワイイ! 年齢はあたしたちとそんなに変らないのに、その表情と動作の一つ一つが、何とも子供っぽくて・・・・・・・
着ている服だって、赤チェックのボタンシャツにクリームカラーのフレアスカートという、今時の高校生とは思えない、質素で落ち着きのある組み合わせで、しかもショートヘアの黒髪に黒縁メガネが、童顔だが整った顔とマッチして・・・・・・・・・・・・
こんな子に突然、『大好きっ!』なんて満面の笑みで言われたその日には、
あたしは、あたしは・・・・・・ハッ! これ、まさかの百合発言⁉
ダメよ、そんなこと、ゼッタイ考えちゃダメだよ桜咲遥! だって七海ちゃんは、あたしの友達で、親友で・・・・・それでも、やっぱりカワイイなぁ
七海ちゃん・・・・・♡
それに比べて弥生はぁー! 『下着見えそう!』と思わずツッコみを入れそうに
なるほど薄いフリルトップスに、太股丸見え紺色ショートパンツって・・・・
・・・・・見せたがり⁉ それとも暑がり⁉ ハッキリせんかぁい‼
「あ、あのぉ・・・・・・ハル、ちゃん?」
少々引き気味で、友達のファッションスタイル興奮実況中の私に声を掛けてくる七海ちゃん。
「あっ! へっ、なんッ・・・・・あぁそっかぁー、弥生さんあそこのブチック
行こうとしてたのかぁー。なんでもあそこひもじいあたしら学生デモ買える
服とかアクセサリーいっぱい置いてあるってガッコーでもウワサんなってたよぉ!」
「そ、そうなんだ」
苦笑いを浮かべて歩く七海ちゃんの隣で、私は大きく深呼吸をし、ヒートアップ
した頭と心を、何とか必死に落ち着かせた。もちろん、彼女にバレないよう
静かに。すると、私はあることに気が付いた。
「あれっ、でもさっき弥生、電車に乗れないほど、自分は今金欠だって・・・・」
「うん。だから朝早く起きて、徒歩で隣町に行こうとしてたって、弥生ちゃん
いってたよ」
「へぇ~~・・・・・・・・」
どんだけファッションに命賭けてんだアノ人‼
「そんなに着飾ってなんになんのかねぇ?」
私の母も姉もファッションデザイン関係の仕事に携わっているから、
女の人が綺麗な服を着たり、それにあう装飾品を付けたりするのは、別に
可笑しくもなんともなく、それは女性の常だと思う。だけど着飾ることや
最新のコーディネートに執着、没頭しすぎるのは、何だか少し違うような
気が・・・・・・。すると七海ちゃんがクスッと、嬉しそうに笑って、」
「でも、お洋服の話してるとき、弥生ちゃん、すごく愉しそうなの」
「そうなの?」
「うんっ」
とコクッと頷き答える七海ちゃん。そして、
「それに、あんなに堂々と誰かに自分の好きなこと言えるのって・・・・
・・・・・ちょっと、うらやましい」
俯きながら呟く七海ちゃんに、
「七海ちゃんはないの? 好きなことや没頭出来ること」
私がそう聞くと、七海ちゃんの眉尻が微かにピクッと動くのが見えて、
彼女はそのまま、日数が経過して黒く変色したガムが張り付いた、商店街
の街道のオレンジ色のタイルを見つめて、俯いて立ち止まってしまった。
「七海、ちゃん?」
あたしなにか、マズいこと、聞いちゃった? 七海ちゃんの
顔を横から覗き込むように伺うと、彼女は何か言いたそうに、それでも言い出せないように、唇をぎゅっとつぐんでいる。
「だい、じょうぶ?」
私は、まるで腫物に触るかのように、七海ちゃんの肩を軽く揺さぶった。
彼女の華奢な骨の感触が、私の掌に伝わってきた。すると、七海ちゃんの
口元が微かに緩むのが見えたのと同時に、
「・・・・あ・・・・・・ハル、ちゃん・・・・」
「ん? なに?」
彼女の声音からは、明らかに不安の色が見えた。そして、私に、掠れた声で、
「その・・・・・・・七海と・・・・・・ひ」
「お~~い‼ ハルぅ、ナナミぃ、早く来ないと置いて行ってしまうぞぉ~~!」
突然、前方から私たちを大声で急かせるみぃさんの声に、七海ちゃんが
なんて言ったのかかき消されてしまった。
「ハァ~イ、すぐ行きまぁす!」
私が返事をすると、みぃさんはそのまま踵を返して一人で先先行く
弥生の元へと、駆けて行った。
待ってくんないの⁉ と、心の中でツッコみを入れる私。
「もぉなんなのよぉ二人とも。あぁゴメンゴメン、それで、あたしと?」
「ううん、やっぱりいい。早く行こう、みぃ子ちゃんたち待たせるの、
何だか悪いから」
「う、うん」
私たちは再び、足並みを揃えて歩きだし・・・・・・ちょっと待て、
二人ともあたしたちのこと、待ってなんかいないような気が・・・・・。
七海ちゃんにそう諭したかったが、何だか気が引けて出来ず、あたしは
ひとり・・・・・・もどかしい気分を覚えた。
◇
突然ですが・・・・・・・ごめんなさい。
いや、別に意味なく謝っているわけではないですよ!
ちょっと・・・・・私たちが今どのような所にいるのか、まだ
説明していないと思いまして。ここ『聖狐商店街』は前述のとおり、私に
とても馴染みのある場所なんです。まぁ自分の町の商店街だしね・・・・・
下町の商店街と聞くと、誰しもこじんまりとしたイメージを
お持ちかと思いますが、
ココは全然そんなことないのです。私個人の意見ではなく、誰もがそう考える
と思います。街道は一通り歩くだけでも疲れてしまうほど長いは、お店も食料品
店から雑貨屋、果ては洋服店に玩具屋にCDショップにペットショップ・・・・
・・・・とにかくその規模といったら、日本一長いアノ商店街に負けず劣らず
と言った感じ・・・・・でした。実は先ほどの内容、ぜんぶ私の祖父から聞いた
話で、現在は、やっているお店もまばらで、ここで買い物をしている人間も
少ないんです。
「はぁ~~・・・・」
「どうしたんじゃ? 溜め息なんぞついて」
私の顔を見上げて、みぃさんが尋ねた。
「なんだか、活気がないなぁと思って・・・・」
「活気?」
キョトンと首を傾げるみぃさんの横から、
「まぁ確かに、辺りもシャッターが目立つしねぇ」
苦笑いを浮かべながら、弥生が呟く。
「じゃから一体なんの・・・・・おぉ! ハル、あそこにお菓子が
たくさん売っておるぞ! ちょっと見てきてもよいか⁉」
「だぁめ!」
「なっ、なぜじゃ⁉」
納得行かないといった感じに、みぃさんは口を尖らせて言った。
「みぃさん忘れたの? 『ヨソイキ』を買うお金、無くなってもいいの?」
「お、おぉそうじゃった。神たるもの、一時の欲望に流されては行かぬな。
“慢心こそ我らが敵“。何時如何なる場合であっても、緊張感を持って
振舞わねければ」
なんか、ことわざの意味微妙に間違ってない?
「アッハハ、みぃちゃん子供なのに自制心強いなぁ。あたしなんて目の前に
好きなモノがあったらすぐに飛び込んで行っちゃうのに」
あなたはもう少し自分をコントロールしてください! 弥生さん!
「どうでもいいんだけど・・・・・・いつまで歩くんすか?」
もうかれこれ十分以上歩いているが、一向に良いお店が見つからない。
というか、私はなんだか今日の弥生に、不自然さを感じていた。
私が、『あそこなんていいんじゃない?』とか、七海ちゃんが『ここはどう?』
と弥生に聞いても、『子供らしくない』とか、『ちょっと派手すぎる』と何かと
理由をつけて却下した。何時もの弥生だったら、どんな印象の洋服店でも、
最終的には中に入って、具体的にどんな感じの服が置いてあるのか、くまなく
徹底してチェックするのに。
「ねぇ、まだ決まらないのぉ?」
「だって、みぃちゃんに似合いそうな服置いてる店が見つからないんだもん」
「ちなみに、みぃさんが似合いそうな服って、弥生的にはどんなイメージ・・・・・」
と言いかけたその時、
「なんじゃあ二人してぇ、女子なのになかなか決断せぬのぉ」
とみぃさんが呆れるように手を広げて首を左右に振ったあと、
「こうなったらどの店で買うか、わしが決めて遣わすわぁ~~!」
そのまま、みぃさんは私たちを離れて走って行ってしまった。
「ちょっ、みぃさん⁉」
急いで私はみぃさんの後を追った。すると、
「ハルぅ~、ここはどうじゃあ~!」
みぃさんは目の前のお店を指さして私を呼んでいた。
「ちょっと・・・・みぃさん、一人で勝手に・・・・」
私は走って荒くなった息を整え、みぃさんの指さすお店の方を見上げた。
ゲッ・・・・‼ こ、ここは・・・・・
「みぃちゃん足早いなぁ・・・・・・・」
息の切れる声がして後ろを見ると、小走りで向かってくる弥生と七海ちゃんの姿があった。
「ところでハル、これはなんと読むのじゃ?」
看板を指さしながら聞いてくるみぃさんの目は純粋無垢過ぎて、私はつい、
看板に英語で書かれたネオン文字を読むのを躊躇ってしまっていた。
「んんと、これはねぇ・・・・」
私たちに追いついた弥生はそんな事お構いなしに、みぃさんに教えて、あげちゃいました・・・・・。
「これはねぇ、『ロリータ・キティ』って読むんだよ!」
人指し指を立ててすんなりと言う弥生。
「ろり、いた? それはなんじゃ?・・・・・ハル」
なんで弥生じゃなくてあたしに聞いてくるのこの子⁉
確かに、確かに私はファッションデザイナーの母とファッションデザイナー
志望の姉を持ってはいるが、このテは、完全に守備範囲外で・・・・・・・
私は、みぃさんになんて教えれば良いか判らず、言葉に詰まる。
「いやぁ、その・・・・・えっと・・・」
「ロリータって言うのは、みぃちゃんみたいなカワイイ女の子が着る、
最高にキュートでオシャレな服のことをそう呼ぶんだよ!」
「なんじゃ、わしにピッタリではないか」
弥生の言葉に得意げに鼻を鳴らして納得するみぃさん。
いやそうなんだが、そうなんだけどさぁ!
「じゃあ入ろっか!」
みぃさんと手をつなぎながら、弥生は目の前の自動ドアのスイッチを押して、
中へと入って行った。
「って入るの⁉ まだほかにもお店が・・・・」
そんな私の言うことを無視して歩いてゆくみぃさんと弥生。慌てて私と七海は
二人を追った。なだらかな傾斜になった入口を通り中に入った途端、
「おぉー・・・・!」
と圧巻の声を上げているみぃさんの姿があった。私も、その光景に息をのんだ。
店内はせまく、せいぜい畳六、七畳程度と言った広さで、左右を衣装棚に挟まれた通路は、人ひとりがやっと通れるくらいの間隔しかない。そしてその棚には、
大小様々、色とりどりのロリータ服が、一ミリもスペースをつくらずキッチリ
ピッチリとハンガーに掛けられている。奥のレジカウンターのガラスケースには、おそらくレプリカであろうエメラルドやサファイヤのはまった指輪やら、金や銀色のネックレスが、こちらは等間隔に並べられていた。手前に値段表が置いてあることから、おそらくこれも売り物なのだろう。私も何度か母に連れられ、
ロリータショップに行ったことはあったが、ここまでのモノは・・・・・・・
・・・・初体験だった。隣を見ると七海ちゃんも、驚いているのか、怯えているのか分からないといった表情で店内を眺めている。そんな私たちをよそに、
みぃさんは目を爛々と輝かせながら、全身をうずうずさせている。
多分、今すぐにでも服を手に取ってみてみたいんだろう。
「おじちゃーん、いるぅー?」
「おじちゃん?・・・・・ってうわ!」
突然レジの奥から、小柄な老人男性が現れて、私は思わず声を上げた。
年齢は、七十前半ぐらいだろうか。如何にもおじいちゃんが着てそうな薄緑色
の長袖Tシャツに、腰には股引をあてている。
「あれぇ、弥生嬢ちゃんじゃないかぁ」
御老人は腰を低く折り曲げ、頭頂部をペチペチと叩きながら言った。
「お久しぶりです」
弥生も軽く頭を下げ、御老人に挨拶した。
なに? 知り合い?
「いやぁちょっと見ない間に大きゅうなってぇ」
「なんか背だけは勝手にぐんぐん伸びて行って・・・・」
「いやいや、とっても綺麗になったじゃないのぉ」
「ちょっとやめてくださいよぉ! あっはっはっはっ!」
「あのぉ・・・・・・」
お手数ですが、状況説明を求めてもよろしいでしょうか?
「えっああゴメンゴメン。紹介するね、ココの店主の、
杉村利男さん」
・・・・・・・・ッ‼ この爺さんがこの店切り盛りしてんの⁉
それ、色んな意味でヤヴァくないか⁉
「よろしくねぇ」
朗らかに笑って会釈する、杉村さん。
「「こ、こんにちは・・・・・」」
少々引き気味で会釈し返す、私と七海ちゃん。
「それで、今日はどんなのを探しに来たんだい?」
「んっ? いやいやあたしじゃなくて、あの子」
そう言って弥生は、例によって私の背中に隠れるみぃさんに、
手で指して言った。
「・・・・・よ・・・・ヨソイキを・・・・・・」
背中から顔を覗かせて、ぽつりと呟くみぃさんに杉村さんは、
「どれでも好きな服を選んでいいよ」
と、微笑みながら言ってくれた。
「ほほほっ・・・・・ホントか⁉」
杉村さんの返事も聞かずに、みぃさんは私の背中を飛び出すと、てんてこ舞いに、
それでも楽しそうに笑いながら、棚に掛かったロリータ服を出したり
直したりしながら、自分に相応しい『ヨソイキ』を、全身全霊で吟味している。
「みんなも、ゆっくりと観ておいていいよ」
そう言うと杉村さんは、腰に手をあて、さっき出てきたレジの奥へと引っ込んでしまった。折角だと思い、私も、流石に試着はできないけど、前から
ちょっと興味もあったし、ロリータ服を見て回ることにした。
「それにしても、こりゃすごいね・・・・・」
「そう、だね」
後からついてきた七海ちゃんが、上の、これまたずらりと並んだ
“可愛らしい”服たちを見て応えた。
「いやぁ・・・・懐かしいなぁ」
向こうから弥生の呟く声が聞こえてきて、
「懐かしい?」
そういえばさっきも、弥生と杉村さん、まるでお互い以前からの知り合い
のように、会話してたっけ。
「実はあたしね、むかし、このお店の常連だったんだ」
て、ことは・・・・・弥生こんな服着る趣味あんの⁉
「て言っても、あたしが小学校上がるかくらいの頃だったけどね」
なんだ・・・・・ビックリした・・・・・
「弥生ちゃん、小さいころ、こういう服、着てたの?」
中央の棚の隙間から弥生に、なんだか申し訳なさそうに声を詰まらせて聞く
七海ちゃんに弥生は、
「う~~ん、どうだろ。あん頃のことはもうほとんど憶えていないし・・・・
・・・・・あ、でも、この間ママに見せてもらったよ、ゴスロリ着たちっちゃい
あたしの写真」
自慢げに笑って言う弥生に、赤面して俯く七海ちゃん。まさかそんな返しがあるなんて、彼女も予想していなかったんだろう。あたしその写真・・・・・・・
ちょっと見てみたい・・・・・・かも。
「ん? ああ、みぃさんそれにするの?」
「うん!」
弥生とみぃさんのやり取りが棚越しに聞こえてくると、
「二人とも、みぃさん試着するから、試着室にシューゴー!」
「・・・・・いこっか」
「・・・・・うん」
弥生の号令で、私と七海ちゃんは、レジの横に並んである試着室へと向かった。
個室はひとつしかなく、入口が一段高くなっており、どの洋服店にもある、
典型的な造りな試着室だった。みぃさんはその前に、私たちに背を向ける姿勢で立っていた。すると、弥生がパンパンと手を叩き、軽く咳ばらいをして、
「これから、栄えあるみぃちゃんの『ヨソイキ』の試着を執り行う。
しかし、二人には、みぃちゃんがどんな服を選んだかは、みぃちゃん本人
たっての希望で秘密にするので。だよね、みぃちゃん?」
みぃさんは背を向けたまま、コクッと頷いた。見てみると、みぃさんは選んだ服
を、まるで抱きしめるかのように持っている。
私たちに見えないようにするためだろう。
「それでは、おばちゃん、よろしく」
「はいはい」
えっ、と思い弥生の隣を見ると、先ほどの杉村さんとはまた別の、
白髪でエプロン姿の、ふくよかなお婆さんが控えていた。
「どうぞ」
彼女は試着室のカーテンを開け、みぃさんにそう促した。
初めての経験に緊張しているのか、身体を震わせ、千鳥足で一歩一歩
進んでいくみぃさん。
「弥生、あの人は?」
ひそひそ声で弥生に尋ねると、
「杉村おじちゃんの奥さん。初めてロリータ服を着るお客さんの試着を手伝う
担当の」
ああ、奥さんか。そう言えばお母さんが、ロリータ服やメイド服は、普通の服とはそもそも着方が全然違うということを聞いたことがある。
服の下にコルセットを着用したり、背中やスカートについた紐でサイズを
調節したりと、着るだけでも一苦労な服だ。初心者、増してや買ってくれるか
どうかハッキリ判らない客に、いちいち着方をレクチャーしていてはキリがない。そこで、試着を手伝う役を立てるとは、なかなか効率の良い考えだ。
さすがにこれは、いくらお年寄りとは言えども、男性である杉村さんが担うには無理があるので、女性である奥さんがやるというのが妥当だろう。
などと私が考えていると、奥さんが何かを思い出したかのように、急に
立ち止まって、
「帽子は脱いでもらってもいい? 着るとき邪魔になっちゃうし」
と言って、みぃさんの被る麦わら帽子を脱がせようと手を伸ばした。
マズい! あれを取られると、みぃさんの狐耳が・・・・・!
私がそれを阻止しようと駆け寄ると同時に、
「すまぬが、このまま被ったままで、着替えさせてはくれぬか?
ハルから貰った、大事な品であるゆえ・・・・」
と、穏やかな口調で、帽子を両手で押さえながらみぃさんが言った。
「まぁ、そうなの? それじゃあ、仕方ないわねぇ」
奥さんが微笑んで頷くと、二人はそのまま試着室に入って行った。
カーテンが閉まる直前、みぃさんが、他の二人にはバレないように、
私に向かってウィンクするのが見えた。
みぃさん・・・・・わかってたんだ。しばらくすると、
『ぬごぉ・・・・!』
と呻くみぃさんの声がした。
『あぁごめんよ。コルセットちょっときつく締めすぎちゃったぁ?』
『こ、これが、『ヨソイキ』の装いなのか・・・・・わしには、かなり
堪えひやぁ‼』
一体、中でなにが繰り広げられているのか・・・・・・って、ただの試着か。
『もぉ、あなた女の子でしょ? 少しはじっと出来ないの?』
『そ、そうじゃ・・・・・わしは、此処、聖狐の主がおぅ!』
笑い声がして隣を見ると、可笑しそうに弥生がくすくす笑っていた。
「どうしたの? そんなにみぃさんの試着が可笑しい?」
「いやぁちょっと、思い出しちゃって」
笑いを両手で堪えながら言う弥生に、私は首を傾げた。
「あたしも、初めてロリータ衣装着た時、こんな風に騒いでいたなぁって」
「そんなに苦しいの?」
何やら興味津々に目を丸くして尋ねる七海ちゃんに弥生は、
「そりゃあもう、コルセットは息が詰まるほど締められるし、まぁ、あくまで
ウエストを細くするためのものだから、多少後で緩くはしてくれるけどね。
それでも初心者にはやっぱり苦しいし、おばさんは一瞬で紐を締めるから、
そりゃみぃちゃんにとっては衝撃だろうね」
溜め息混じりに、弥生は私に教えた。教えてくれるのはありがたいけど、
どんだけその筋に詳しいの⁉ 弥生。頭の中に、可愛らしいフリフリのスカートのロリータ服を着て街を歩くちっちゃい弥生を創造して、急いで手を払ってイメージを消した。
試着中のみぃさんはもう大人しくなり、ヘンな声も上げていなかった。
するとカーテンが開いて、
「もう終わりましたよ」
と、少々息を荒くしながらも、奥さんが微笑みながら出てきた。
あれ、みぃさんは?
「おばちゃん、みぃちゃんは?」
弥生が聞くと、お婆さんは私たちの顔を見渡して言った。
「なんか自分のタイミングで出てきたいんだって」
「ははぁ、恥ずかしがってんだなぁ・・・・」
ニヤリと笑みを浮かべて弥生は、締め切られた薄く汚れた試着室のカーテンを
掴むと、
「みぃちゃん、お披露目ぇ!」
と、高らかに言って、カーテンを開けた。瞬間・・・・・・・・・・
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
試着室にいたみぃさんは、みぃさんは・・・・・これなんて説明したらイイの?
とりあえず、気をしっかりと保って、今の状況を伝えます。
みぃさんは・・・・・俗に、甘ロリというのか、全体的な色は
ストロベリーピンクで、ボリューム感溢れるスカートに、胸元には
蝶々結びにされた深緑のリボンがついており、天井の灯りに照らされた白い足は、緑と黒のボーダーがはいったロングソックスを履いている。
艶やか黒髪を、こちらもピンク色のゴム紐できれいにツインテールに結び、
しかも、子狐をモチーフにしたと思われるポシェットを肩から提げて
いて・・・・・・・顔を赤らめ恥ずかしそうにモジモジしておられます・・・・・
「グッジョブ‼ グッジョブみぃちゃん!!!」
ほぼ錯乱状態になりながら、弥生は親指をたてた。
「・・・・・・かわいい・・・・・」
見とれて甘い吐息を漏らしながら、七海ちゃんも、放心状態で呟いた。
「本当か⁉ 不恰好ではないか⁉」
嬉しさ半分、不安半分といった感じに震えるみぃさんに、
「いやぁ、可愛らしいなぁ。まるでお人形さんみたいだよ」
何時からそこにいたのか、杉村のおじいちゃんが言った。
なんか、あなたが言うと二人とは違った印象を受けるのですが・・・・・!
「お主はどうじゃハル⁉ これ似合っておるか⁉」
スカートに縫われた白いフリルを揺らしながら、みぃさんがこっちに
駆け寄って・・・・・・やめて! そんな期待に満ちた目でこっち見ないで!
はぁはぁ可愛げに息を吐かないで! そんなことされたら答えるどころか、
あたしは・・・・・・・・・・・・・・・・アタシハ・・・・・・・・・・アレ?
「み、みぃさん・・・・それ・・・・・・」
私は、みぃさんを抱きしめそうになる衝動を、なんとか理性で押さえこんで、
震える手で、これは恐怖とかではなく、ただただ抱きしめたくて仕方ない手を、
必死で言うことを聞かせ、みぃさんの頭を指さした。
「んっ?」
小鳥のように首を傾げた後、頭を両手で確認するみぃさん。もう・・・・・・
ハカイ力が半端じゃない・・・・・・! 今にも私は、キュン死にしそうだ。
瞬間、ほてって仄かに赤くなったみぃさんの顔が、徐々に青くなっていった。
ようやく彼女も気づいたみたいだった。みぃさんは今・・・・・帽子を被っていない。故に、彼女の狐耳は・・・・・丸見えだった。
みぃさんは無表情だったが、ひくひく震える彼女の耳(狐の方)の動き方から、明らかに焦っているのが分かった。私は、興奮と絶望的な状況から、フツーに硬直して、彼女の耳(表記無用)を指さし続けた。これじゃあもう、
ぜひ見て下さいと言って
いるようなもんじゃないか。すると弥生が半狂乱に足をバタバタさせながら、
「ハルさんもやっぱカワイイとおもうよねぇ⁉ このカチューシャ‼」
「え⁉ ウ、ウン・・・・・・」
カチュー・・・・・・・・・・・・・シャ??
「みぃちゃんもったいぶらないでもっと見せてよぉ!」
弥生は強引に頭に乗っかっているみぃさんの手をどかせた。
「ハァ~~~・・・・・・やっぱりカワイイぃぃぃぃ!」
燥ぐ弥生の後ろでは、七海ちゃんも、心ここに在らずといった感じで
みぃさんを、みぃさんの狐耳を見つめている。杉村のお爺さんも、うっとりした顔で頬杖をつきながら。確かに、今の格好にその狐耳は、もう、殺人的な可愛さだ。
「・・・・・ちょっと・・・・・ぎゅってしてもいい? みぃさん・・・」
「ハル、お主は何を言っておるのじゃ?」
顔をしかめて聞くみぃさん。思わず・・・・・・・・声に出してしまった。
なに言ってんだあたし・・・・・
何がなんだか解らずにぽかんと立ち尽くすみぃさん。店内の誰一人が、
最早、冷静ではなかった。
「あれぇ、こんなカチューシャ、うちに置いてたかなぁ?」
腕を組んで、奥さんがそう呟く声が聞こえた。
あ・・・・・ひとり冷静な人残ってた。
◇
「ふぅ、疲れたぁー。でも今日は楽しかったな、ハル」
歩きながら伸びをするみぃさんの表情は、言う割には疲れた様子はほとんど
なく、とても満足しているみたいだった。
日はもう傾き、暮れる夕陽は家々を、小路を、私とみぃさんを、落ち着く
オレンジ色に包み込む。とても優しく、一日の終わりを告げる光。
涼しい風が、微かに汗を流した額を撫でて行く。
「うん・・・・・・そーだね」
「なんじゃあぎこちないのぉ。ハルはもうクタクタか?」
呆れたように目を細めて苦笑いするみぃさん。まあ確かに今日は、疲れた。
あれから店を後にした私たちは、そのまま商店街を練り歩き花屋や果物店、
老舗のアンティークショップや駄菓子屋やペットショップなど、みぃさんの
興味をそそる場所を片っ端に回って、時には、『レイナへの土産じゃ!』とか
言って、色んな物も買わされた。お陰で私の財布に残っていたなけなしの
お小遣いは底をつき、学校の購買でサンドイッチ一個買うお金も残っていなかった・・・・・そう言えばみぃさん、私にはあれ買えこれ買えって威張るくせに、わたしに荷物持ちまでさせるのに、
弥生と七海ちゃんには一切そんなことしなかった。なんで、あたしだけ⁉
「まぁ、楽しかったから、疲れるのは当たり前じゃな」
黒革で厚底のパンプスを鳴らして歩くみぃさんがしみじみと呟いた。
やっぱり、この姿だと・・・・・・何をしてもカワイイ・・・・・!
だから威張るみぃさんに、反論せずになんでも買ってあげたんだけど。
「どうしたハル、顔が真っ赤じゃぞ?」
顔を見上げて尋ねるみぃさんに、私はますます熱くなっていった。
「んん~~? 変わった奴じゃのぉ」
みぃさん、今のあなたも相当変わっています。てゆーかなんでこの子
気が付かないの⁉ みんな通り過ぎる度にみぃさんのこと
凄い目で見てくるんだよ‼
「ハル・・・・・ハル!」
「何⁉」
「おぉっ・・・・・いきなり大きな声を出すでないわぁ」
「ああごめん。で、どうしたの?」
私が聞くとみぃさんは、手に持ったビニール袋を私に見せて、
「レイナ、喜んでくれるかなぁ・・・・・・」
と、上目遣いに、不安げに聞いてきた。
それは、帰り際に商店街の前で、ワゴンで焼いてそのまま売ってくれる、
移動式のパン屋で買ったメロンパン。みぃさんが、『何時もわしのために
頑張ってくれるレイナへのお礼じゃ』と、二つ買ったものだった。
私は、目をウルウルさせるみぃさんにキュンキュンしながら、
「きっと、喜んでくれるよ」
と、微笑んで言った。まぁ、お母さんの場合、みぃさんから何を貰っても
喜ぶのだろうが・・・・・・
「あっ、着いた!」
みぃさんが急に走り出すので、私も後を追った。私たちの家の屋根が、
住宅地の間から覗かせて、まるで私とみぃさんを待っているかのように感じた。
それにしても、みぃさん疲れていないのか? 今日一日歩き続けたのに、
まだあんなに走れるなんて。
「みぃさんちょっと・・・・待って」
ヘトヘトになりながら、私は玄関の前に到着した。そこに、私の目に飛び込んで
来た光景は、力いっぱいみぃさんを抱きしめる、お母さんの姿だった。
「ナニコレ⁉ なんでみぃ子ちゃんこんなに可愛く変身してるの⁉ コレわたしへのサプライズ⁉ あぁ~~~カワイイ‼ 可愛すぎるよみぃ子ちゃあん‼
これって甘ロり⁉ なんでこんなに似合ってるのみぃ子ちゃん!
やっぱりみぃ子ちゃんだから⁉ やっぱり元々カワイイからぁ⁉ あぁもっと強く抱きしめさせてぇ~~~~耳モフモフさせて~~~~~!!!!!」
路行く近所の人たちの目もはばからず、先ほどの弥生とは比べ物にならない
ほどに目をギラギラさせて堂々と、みぃさんを抱きしめるお母さんから、
必死に離れようともがくみぃさん。
「ほっ、ほんあにはひひめらは・・・・・めほんはん・・・・」
「メロンパン⁉ まさかわたしのためにメロンパン買ってきてくれたのぉ!!!? ああああみぃ子ちゃんなんてイイ子なのぉ‼
もぉ食べちゃいたぁ~~~~~い!!!!!!」
お母さんそれは問題発言です!
「レイナっ・・・・・わし・・・・メリメリいっとるメリメリいっとる・・・‼
・・・・うごぉおぉぉぉぉおぉぉおぉ!」
私はドン引きして、コワレタお母さんを止められず、みぃさんを助け出せないでいた。
正直、お母さんのこと・・・・・・・ちょっと羨ましいと思ってしまった。