アルモニカの差し入れ
時期は三十九章と四十章の間くらいです。
「リド、やはりここにおったか」
眠る流衣の傍らに座り、本を読んでいたリドは、その声に顔を上げた。
アルモニカだ。茶器の載った盆を手にして、部屋に入ってくるところだった。
「いつ起きるか分からねえからな」
リドはそう答えながら、気持ちが落ちるのを感じていた。
影の塔で死にかけたものの、一命を取り留めた流衣だが、一向に目を覚まさない。
このままでは徐々に衰弱して死んでしまうのではないか。どうしても死が頭の隅にまとわりついてくる。
「ここまで案じてくれる友がいて、ルイは幸せ者じゃな」
「親友だから当然だ。あのクソオウムも傍にいないしよ」
自分の不甲斐なさを呪い、激しく落ち込んだオルクスは、流衣の傍にいる資格がないと祈り場に引きこもっている。
(こんな時こそ、傍にいるべきだろ)
献身をはきちがえていると、怒りがふつふつと湧いてくる。
しかしリドは、それを懇切丁寧に教えてやる程、優しくはない。ましてや仲の悪いオルクス相手だ。労力の無駄遣いに思えた。
これが流衣だったら叱ってやるところだが、眠っているのは当の流衣だ。
リドはなんだか虚しくなって、深い溜息を吐いた。
「……すまぬ」
アルモニカはしょんぼりと肩を落とす。
「ワシが奴を巻き込んだ。責めてもよいのに、何故そうしない?」
「あのな、俺は馬鹿じゃない。こいつは弱気で怖がりだが、勇気を出して、お前を守ろうとした。悪いのはあのネルソフだ。姫さんを責めたら、こいつの努力を馬鹿にすることになる。んなこと出来るか」
「……うむ」
「泣くなよ、俺は慰めねえからな」
ぽろぽろと涙を零すアルモニカにリドはそう言ったが、アルモニカはふっと笑った。
「もう慰めておる。口は悪いが、良い奴じゃな」
「口の悪さじゃあ、あんたには負けるよ」
「なんじゃと!」
アルモニカは泣き止んで、眉を吊り上げた。
リドはほっとした。女に泣かれるのは苦手だ。それにアルモニカが泣いていると、何故かどうにかしないといけないという気になる。
「せっかく茶を持ってきてやったのにっ」
アルモニカは憤然と言い、サイドテーブルにガチャンと手荒に茶器を置く。
「なんだ、気のきくところもあるんだな。喉が渇いてたんだよ、ありがとう、姫さん」
「ふんっ」
アルモニカはぷいっとそっぽを向いたが、照れているようだ。
それを了承と受け取って、リドはポットからカップへと茶を注ぐ。黒々とした液体に首を傾げた。
(この地方の茶かな?)
所変われば、茶も変わる。
特に疑問にも思わず、口に運び――
「ブッ」
思わず噴いた。
口の中に広がったのは、焦げたような苦味だ。舌先がしびれ、なんとも後を引く渋みが追撃をかけてくる。
「ごほっげほっ、なんだこれ! 毒か!?」
「普通の茶じゃが?」
「嘘つけ! ――本当だ、普通の茶葉だ!」
リドは驚愕して叫んだ。ポットの茶こしを見ると、よく見る茶葉が入っている。
「ちっ、失敗か。今日は上手く淹れられたと思ったんじゃが」
アルモニカは悔しげに言って、首をひねる。
その日以降、アルモニカは時折やって来て、手製の茶や料理を差し入れてくれた。
だが、どれもこれも不味く、単なる刺激物へと謎の変貌を遂げている。
「ルイ! 頼むから早く起きてくれ! 俺が食中毒で死ぬ前に!」
リドの祈りには更に熱が帯びた。
流衣がふるまってくれた茶や料理が恋しい。今まで恵まれていたのだと、涙が出てくる。
「ディルの差し入れも最悪なんだよ……。なんであいつら、味見しないんだ」
リドはげっそりと呟いた。
伏兵のディルもまた、料理下手である。旅していた時は、流衣が料理を担当していたお陰で、全く被害が無かっただけだ。
料理が下手な自覚はあるくせに、なぜか二人とも味見をせずに持ってくる。それがまた、気を利かせているつもりなのが厄介だ。好意をむげにする程、リドは冷たくはない。
見かねたアルモニカの侍女サーシャが止めに入るまで、しばらく地獄を見たリドだった。
……終わり。
リクで、「アルモニカのまずい茶を初めて飲んだリドの反応」、でしたっけ? (メモが消えた)
そのアイデアで書きました。ありがとうございました~。