勝負!
かなり前にweb拍手に掲載してたssです。
時期は第一部の後半くらいかな?
事の発端は、流衣が水を汲みに野営地を離れていた時に起きた。
戻ってきた流衣は、水筒を抱えて、ぽかんとその場に立ち尽くす。
「俺の方が速い!」
「いいや私だ!」
流衣の眼前では、ほんの数分前まで、旅のあるある話題で盛り上がっていたリドとディルが、何故だか言い争ってにらみあっていた。
「えー……と、何が起きたのかな」
『わてには分かりかねます』
流衣の呟きに、流衣の頭の中へ響く声で、オルクスがぽつりと返す。オルクスは流衣と行動を共にしていたのだから、知るわけがないだろう。
「ピギャ! ピギャ! ギャピ!」
最終的には立ち上がった二人の足元で、ディルの使い魔である小型竜のノエルが、青色の翼をはためかせて何か主張している。
『ノエルも、自分の方が速いと言ってますね』
速い? 何なんだろう。
「どうしたの、皆。もしかして早食い競争の話?」
「ちげえよ!」
「違う!」
「ギュピ!」
二人と一匹はバッと振り返り、声を揃えた。
眼光の鋭さに、流衣は一歩後ろに下がる。……怖いです。
「あ、わりい。誰が一番足が速いかって話だよ」
流衣がビビったのに気付いたのか、リドが謝ってそう言った。そういう意味の「速い」なのか。流衣は腑に落ちて一つ頷いた。
「ああ、そういう話。僕じゃないことだけは確かだね」
「俺だと思うんだよな」
「いいや、私だ」
「ギュピ!」
「ノエル、足の速さですヨ。飛ぶ速さじゃありません」
オルクスがノエルに突っ込みを入れる。しかし、ノエルは首を振って、自分が一番早いと主張している。
「そんなに気になるなら、ここで徒競走すればいいんじゃない?」
ちょうど平坦な森の中だ。しかも人通りが少ないし、街道を使えば楽に走れるだろう。
(そんなことで喧嘩って……。みんな負けず嫌いなんだなあ)
流衣はちょっぴり呆れ混じりに考えながら提案した。
「おう、それはいいな! 勝負だ、ディル!」
「望むところ!」
「ピギャッ!」
二人と一匹は、それぞれ不敵な笑みを浮かべると、焚火の火を消してから、野営地から街道の方へと向かっていく。流衣も気になるのでそっちに向かうと、リドが口を開いた。
「ルイが審判な」
「ええ? 僕!?」
「言いだしっぺはお前だろ」
「そりゃそうだけど……」
確かにそうだが、リドやディルのような運動能力が高い人間の速さの違いを見極められるか自信がない。動体視力は大したものを持っていないのだ。
「僅差の時に見分けがつけられるか自信ないよ」
『わてが見ていますから、心配なさらず!』
「え、ほんと? ありがとう、オルクス」
オルクスがそう言い出してくれたので、流衣はほっと息を吐く。
(足の速さだったら、どう見てもオルクスが一番だと思うんだけどな……)
人型に戻った状態のオルクスは有能だ。オウムの時もそうだが、戦闘力は人型の方が、制約が外れて格段に跳ねあがる。
だが、三人が盛り上がっているところに水を差すのも悪いし、オルクスは「子どもですねえ」と大人の上から目線で見守っているので、心にしまっておくことにした。
場所を移動して、街道の石畳の道の上で、リドやディル、ノエルから百メートル程離れた地点に立った流衣は、右手を挙げた。
「じゃあ、行くよ。よーい、どん!」
掛け声とともに手を振り落す。
まず最初に前へ飛び出したのはリドだった。流石は瞬発力が良い。
しかし筋力ならディルも負けていないので、その一瞬の差をあっという間に縮める。
本気の走りを見せる二人に流衣は動揺した。このままぶちのめされそうな迫力があって、逃げたい衝動に駆られる。
防衛本能が勝ったのか、無意識に街道から一歩後ろに退いた。
「あ」
流衣はぽかんと口を開いた。
眼前を青い何かが素晴らしい速度で飛び去っていったのだ。続いて、リドとディルが眼前を走り抜ける。
「一番はノエルだったよ」
肩でぜいぜいと息をしているリドとディルに、流衣はにっこりと笑いかける。
「ノエルは飛んでるだろ! 俺とディルならどっちだよ」
「どっちなの、オルクス」
「少しの差でリドでした」
そうなんだ。全然見えなかった。
「おっしゃあ!」
「くっ」
拳を突き上げるリドと、悔しげにうなるディル。
「ディルは普段から部分鎧を付けて移動していますからね、鎧を外したことで速度が上がったのでしょう。リドも、風を使えばもっと速いでしょうが、全体的にバランスが良いのはディルです」
オルクスの講釈に、ディルは眉尻を下げる。
「オルクス、その講釈はありがたいが、悔しいのに代わりはない。もっと修行を積まねば!」
走り込むぞと気合を入れ、吠えるように宣言するディル。
「うわ、暑苦しい……」
「勝負なんてするから」
リドがうめく横で、流衣はぼそりと口を出す。
その後、しばらくディルがリドに勝負を持ちかけまくって、リドが鬱陶しそうにしている光景があった。
……end.




