ちくわ
「へ、ちくわですか」
唐突な指示に、俺は面食らう。
「そう、ちくわだ」
ちくわは、簡単に言えば、かまぼこを筒状にした食べ物だ。
しかし、今いるところはどこかというと、宇宙のど真ん中。
正確には、地球と月の間にいる。
ど真ん中というにはまだ近いか。
「なぜちくわなのですか」
上司の指示とはいえ、謎だらけだ。
手野ホテルの事業拡大に伴って、月面基地の宿泊施設は全て手野ホテルが扱うようになった。
俺らが向かっているのは、その月面基地用の食料と人員の転換のためだ。
俺は入社4年目で月面基地の食料チーフに任命された。
上司はすでに入社20年目、宿泊部門全体の統括となる。
「ま、それは趣味だ」
だがな、と微妙な表情を浮かべているであろう俺に話しかける。
「ちくわは大体の人が食えるだろ?」
そういう上司は、そういえば、ちくわが好きな人だった。
「はぁ……」
俺は何も言うことができず、食糧庫の中を確認することにした。
魚介系もいくらか積み込んでいるから、それなりのものはできるだろう。
なお、いろいろ作ってみて、牛肉のつみれ状のものが一番人気だった。