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男子寮最強決定戦

 その日、男子寮全体に衝撃が走った。


「なん……だと……」

「いや、まだ本物と決まったわけじゃありません。ここは本物か確かめるためにも、俺がかぶってみます」

「待て一年坊主。その役目……俺に譲りな」

「……たとえ先輩と言えど……これは譲れません」

「おい、話は聞いたぞ。俺にも見せてくれ」

「まじでか!? まじでなのか!?」

「ちょ、体育委員長、押さないでください。痛いッス」


 その場には続々と野郎どもが集まってきた。

 この冒険者学校男子寮では、洗濯をすべて寮母さんに任せている。朝、登校する前、部屋の前の指定の籠に汚れた服を入れておくと、その日のうちに洗って返してくれるのだ。

 男たちが集まるのは、そんな指定の籠の前。


 それは、ある一人の男子が返ってきた洗濯物を畳もうとしたときに見つかった。

 籠の中に、その男子の物ではない衣服が混ざっていたのだ。

 いや、それだけなら大した問題ではない。

 洗濯場は一か所しかない。時には他人のものが混ざってしまうこともある。仕方がないともいえよう。持ち主を捜し、さっさと渡してやればいい。


 ……しかし、その日混ざっていたものは、そういうわけにはいかなかった。


「おお、こ、これは……」

「間違いない……」

「お・パンティ……」


 そう、混ざっていたのは女性用の下着だったのだ。


     *


 瞬く間に噂は広まり、気付けば寮内の男子生徒の九割以上が集まっていた。

 さすがに窮屈になったので場所を移動し、寮の横に併設されている訓練場へと移動する。夜、自主トレなどができるよう、ここにはかなりの設備が整っていた。


「ううむ、確かにこれはおパンティにしか見えん……」

「老師もそう思われますか」

「うむ。しかしわしも本物を見たことはない。ええい、美化委員長を呼べ!」

「なに? どうしたん体育委員長。ってか老師ってなんだよ」

「貴殿から見て、これはどう思う?」

「貴殿って……いや、別に普通にパンツじゃない? 女の子の」


 おお、やっぱり……彼女のいる美化委員長が言うなら間違いねえ……。

 周囲がざわつく。寮長が前に出た。


「静粛にー」


 一瞬で場が静まり返る。さすが寮長だ。


「えー、今回はちょっとした手違いで女子の下着が混入してしまったみたいです。これは先生に渡して、女子寮の方に届けてもらうので、俺が一度預かりまーす。それと、もう時間も時間なので解散」

「待つんだ寮長!」

「どしたの体育委員長」

「……それを本当に、先生に渡してしまっていいのかな?」

「……なに?」


 寮長と体育委員長がにらみ合う。体育委員長がにやりと笑った。


「……想像力が足りないぜ、寮長。確かに先生を経由すれば、確実に、その下着は持ち主の女子の元へと届けられるだろう」

「だったらいいんじゃないの?」

「しかし、なくなった下着が男子寮から見つかったと知った女子は、どんな気持ちになると思う?」

「……そうか」


 こういうときだけは頭の回転が五倍速になる男子たちは、気付く。

 きっとその女子は、自分の下着を男子たちに見られたことに羞恥し、つらい思いをするだろう、と。


 ゴリゴリゴリラッチョが鼻から血を出して倒れた。

 きっと羞恥に悶える持ち主を想像したのだろう。哀れ、むっつりゴリラッチョ。


「俺達男子寮生は、いつだって紳士でなくちゃならない。決して、女子につらい思いをさせてはならない。そうじゃないのか、寮長?」

「そんな決まり聞いたこともないけど……確かに先生に渡すのは早計かもしれない」


 寮長が考え込む。最善の策を探っているのだろう。

 体育委員長がぽん、と肩をたたいた。


「なに。難しく考えることはないさ。別に返さなくてもいいんだ」

「返さなくても、いい?」

「そう。その下着は“なくなった”ことにすればいい。そうすれば女子の方もすっぱりあきらめがつき、恥ずかしい思いをすることもない。少しつらいかもしれないが、新しい下着へと前向きに進むことが出来る」


 総務委員長はそれを聞きながら、何言ってんのこいつ、と半眼になる。

 しかし寮長は、そうか、と納得していた。寮長は基本的に素直なのだ。


「だとしたら、俺達が出すべき答えは……」

「そうだ……」


 体育委員長がパンティを、高く掲げた。

 そして叫ぶ。


「ここに、第一回おパンティ争奪、男子寮最強決定戦の開催を宣言する! 主催は他でもないこの俺、体育委員長! これは体育委員会の催しとして行う! せいぜい暴れまくれ野郎ども!!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 響き渡る野太い声。さすが健全な男子。

 ノリノリであった。


     *


「へへ、一年生だからってなめてもらっちゃ困るっす」

「馬鹿な、五分刈り……お前、いつの間にこれほどの防御力を……!」

「日々あなたたちにしごかれ、俺は強くなった。そう、きっとすべてはこの日のため、この成長は運命! うおおおおおおおおお!」

「く、ファイアーボルト! アイスボルト!」

「俺は、負けないっ! くらえ、五分刈りスラッシュ(峰打ち)!」

「ぐああああああああああああ!」

「勝者、五分刈り!」


 おおお、とどよめきが起こる。初めて一年生が二年生に勝った瞬間であった。

 倒れる二年生の男子。そこに一人が歩み寄り、冷めた目で見下ろした。


「ふん、二年生の面汚しめ」

「が、学年代表……」

「貴様は下がっていろ。奴は……俺が殺す」


 殺すんかーい、と総務委員長は心の中でつっこむ。

 ちなみに総務委員長は興味がないので見学だった。どちらかというとパンツよりそれをなくして困っている女子に興味がある総務委員長である。

 美化委員長が隣にきて座った。


「みんなすごいね。あんなに必死になって……」

「だよね」


 美化委員長と一緒に二人だけ、この熱狂的なフィールドで冷静だった。


「でもかわいそうだね。きっと困るだろうに」

「ああ、持ち主の女子がね……そういえば、あの下着が美化委員長の彼女のって可能性はないん?」

「…………」


 美化委員長が立ち上がった。

 レイピアを抜き、立ち会う五分刈りと二年生代表のところへ駆けていく。

 その剣先は音を発しながら氷をまとい、より鋭さを増していく。

 魔法剣だ。


「……“氷牙剣”」

「「ぐあああああああああああああああああ!!」」


 一撃粉砕。さすが三年生、しかも役員は格が違った。

 なんて彼女想いの彼氏でしょう。総務委員長は訓練場の端から拍手を送る。


「……平和だなあ」


 五分刈りと二年生代表が血を流しているが、きっと回復魔法でなんとかなるだろう。

 冒険者だもんね。傷は誇りさ。


     *


 気が付くと訓練場で立っているのは四人だけになっていた。

 一人は体育委員長。風をまとわせた魔法の槍を構える。

 一人は美化委員長。氷で鋭さを増した魔法剣が照明の光を反射させた。

 一人は寮長。彼の周りから聞こえる鋭い音は、雷の魔法だろうか。

 一人は副寮長。彼は眼に魔力をまとわせ、魔眼を発動させた。


「ずいぶん見慣れた奴等だな。へへ、いつもは大人ぶってても、本能には逆らえないってか」

「……できれば、素直に渡してほしいんだけど」

「あれ、なんでこんなことになったんだっけ?」

「寮長、そこまで欲しくないのなら、ここは引いてくれないか。俺はあれが……欲しい」

「へえ……副寮長はむっつりだったか」

「え、そんなに? じゃあ」


 寮長が下がった。

 場に残ったのは三人。


 一人は体育委員長。風をまとわせた魔法の槍を構える。

 一人は美化委員長。氷で鋭さを増した魔法剣が照明の光を反射させた。

 一人は副寮長。彼は眼に魔力をまとわせ、魔眼を発動させた。


「なあ、美化委員長」

「なに、体育委員長」

「確か、美化委員長の彼女ってあのダークエルフだよな」

「……そうだけど」

「あの下着のサイズ……少し美化委員長の彼女のにしては小さすぎないか?」

「……確かに。あれは明らかに小さい。俺の彼女はもっとナイスバディだ」

「戦う理由は消えた……そうだろ?」


 美化委員長が剣を引く。


 残るのは二人。

 一人は体育……


「ぜあっ!」

「はッ!」


 一人は体育委員長が風をまとわせた魔法の槍を突き出した!

 それを副寮長がすばやくかわし、懐へもぐりこむ。

 掌底。魔眼によって的確に人体の急所に狙いを定め、それは打ち出される。


 ――だが。


「な、これはっ!?」

「……風の鎧……“弐式”!」


 掌底は体育委員長の体まで届かない。

 圧縮した風魔法によって、魔法障壁とも異なる、物理攻撃に対する障壁を生み出す。

 両者は互いに距離を取った。

 最初と同じ状況。息の乱れひとつない。

 体育委員長は笑った。


「まさか副寮長とこんなことで戦うことになるとはな。意外だぜ」

「はは。そうかな? 俺はいつかこうなるんじゃないかって思ってたぜ」

「……一撃に、すべてを込める」

「……神眼、解放……」


 次の一撃で決まる。

 男子たちが皆、その瞬間を待つ。

 とうとう、この男子寮で最強の男、おパンティを持つにふさわしい男が決まる……。


「ぜああああああああああああああああああああああああああ!」

「はああああああああああああああああああああああああああ!」

「おーい、なんか寮母さんが自分の下着なくしたらしいぞ。男子の洗濯物に混ざってないかだってさ」


 主任寮監がそんなことを言いながら訓練場へ入ってきた。

 場は凍り付く。


「……寮母? 寮母ってたしか……」

「ちっちゃいおばちゃんだろ?」

「なんで学校で自分の洗濯もしてんの? 馬鹿なの?」

「てか下着って明らかにあれ……」

「「「………………」」」


 おほん、と咳払いをした後、寮長が手を叩いた。


「はい、解散ー」

「「「お疲れさまっしたー」」」


 ぞろぞろと全員が訓練場を出て行く。

 そんな中、体育委員長と副寮長だけがその場に残った。二人は糸が切れたようにその場に座り込む。


「……そっか、おばちゃんの……だったのか……」

「……俺達、何のために争ってたんだろうな……」


 くく、くくく……はははははははは。


 二人は笑う。そして次には、手を握る。

 一夜にして築かれた、男と男の友情。


「俺……こっそり臭い嗅いじゃった」

「俺なんてかぶったんだぜ?」


 二人はそのまま仲良く、トイレへ走った。


「「おろろろろろろろろろろ!」」


 青春の味はただただ酸っぱかったと、二人はのちに語る。


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