ボランティア精神を忘れずに
「えっと、連絡事項でーす。最近近くの森でゴブリンの目撃情報があったので、日曜日、つまり明日の朝、ゴブリンを討伐しに行ってもらおうと思いまーす。人数はだいたい五人くらいで、できれば希望者にお願いしたいんだけどー……」
全寮生が集まる夜の集会。
のんびりとした口調で寮長が希望者を募るものの、手は一向に挙がらない。仕方がないともいえよう。なぜならこの仕事、報酬がないのだ。ただでさえ休みの日ということでのんびりしたいのに、無償で働こうという者がいるだろうか。
寮長が困ったように頬をかく。
「実はこの仕事、女子寮と合同なんだけどなー……」
一斉に手が挙がった。
これはこれで困る。
「……じゃあ仕方ないからじゃんけんで決めまーす。勝った人だけ残る感じで、あいこは駄目。いくよー、じゃーんけーん……」
*
体育委員長は全身で喜びを表現していた。
彼のチョキが、勝利をもぎ取った瞬間であった。そのオーバーすぎるリアクションが後輩たちからナメられる原因だと、彼は未だに気づいていない。
他の四人は総務委員長、五分刈り、ゴリゴリゴリラッチョ、デカチンである。
「なんだ、デカチンも一緒か」
「デカチンはやめてくださいって。女子の前では絶対言わないでくださいよ」
「いいじゃん、ヘナチンとかミニチンとかじゃないだけ。五分刈りとかこんなだよ」
「ちょ、やめてくださいよ。でも確かにデカチン先輩はうらやましいッス」
「お前いまデカチンっつったな? ちょっと来い」
「いや、あの、ちょっと、総務委員長おおおおおおおおおお!」
「行ってらっさーい」
デカチンに連れられて行く五分刈りに、総務委員長は手を振った。きっとこれから指導(物理)が行われるのだろう。
残された二年生、ゴリゴリゴリラッチョが控えめに手を挙げる。
「……そ、総務委員長。明日の作戦を今のうちに考えませんか?」
「あ、いいね。おーい体育委員長、いい加減ポーズ解いてこっちに来てよ」
「おっと、すまねえ。あまりにうれしすぎて」
「……き、気持ちはわかるっす」
「ゴリラッチョはむっつりスケベだからなー」
「……べ、別にむっつりじゃないっす」
体の大きさだけなら体育委員長にも負けない、二年生のゴリゴリゴリラッチョ。
彼は男子寮で一番、性欲を処理するのがうまかった。
静かに、そして素早く。共同生活である寮生にとってはある意味それもステータスになりえるのだ。
決して早漏ではない。ちょっと右手がテクニシャンなだけ。
「うっす、戻りましたー」
「おお、早いなデカチン……と五分刈りだったなにか」
「……明日のゴブリン戦に影響でないか? それ」
「大丈夫でしょ。でも一応、保健委員にヒールかけてもらえるよう頼んどくっす。こいつの自腹で」
「え、そんなあ! 高いんスよ保健委員の回復魔法!」
「あん? じゃあなんだ? 俺が払えってか?」
「いや、でも、殴ったのデカ……あっ」
「はいアウトー」
「……まだ指導が足りてないみたいだな」
「違うんです! これはそういうんじゃなくて、そう、器がでかいっていう! いや、ほんとにこれ以上は、回復魔法も度合いによって値段が変わるんで……ああああああああああああああ! 総務委員長おおおおおおおおおお!」
「ばいばーい」
「……さ、作戦会議、進まないっすね」
「まあぶっちゃけ、ゴブリン程度なら作戦とかいらんだろ」
「……そ、それもそっすね」
結局、討伐隊の五人はまともな作戦会議をすることもなく、本番に臨むこととなった。
……ちなみに、その日の五分刈りの治療費はしめて1200ゴールドであったとか。(※1200ゴールド=約18000円)
*
翌日、日曜の朝。
集合場所である校門の前に女子たちがやってくる。そのうちの一人が軽く手を挙げた。
「なんだ、総務委員長じゃん」
「いや、お前も女子寮の総務委員長じゃん」
女子寮の総務委員長、通称ソムコであった。
全然まったく不細工ではないし、むしろ可愛い方なのだが、なんというか総務委員長にとってはクラスも一緒で付き合いも長いので新鮮味がない。ピュアな後輩の女の子を期待していた彼としては苦笑するしかなかった。
ソムコはそんな総務委員長の背中をばんばんと叩く。
「なんだーその顔ー、ほんとはアタシと一緒にお出掛けできてうれしいくせにー」
「いや、はい。そうだね」
「そのリアルに困った時の反応やめてくんない? アタシも傷つくときは傷つく」
他の四人についても順番に見ていく。
まず一番目を惹くのが、破壊力ばつぎゅんのプロポーションに巨大な剣を背負う、姉御な感じのダークエルフ。確かに美人だ。しかしこの子、美化委員長の彼女であった。ちなみに学年は総務委員長たちと同じ三年生。
「ちぇ、美化委員長こねーのかよ……別に期待してなかったけど……そういう目的じゃなくてただゴブリン狩りたかっただけだけど……ボランティア精神だけど……」
男子たちの間でツンデレとあだ名されていた。
苦手な食べ物はピーマン。
好きなことは美化委員長の獣耳をモフること。
「うわ、エロ猿じゃん。きたなっ。近寄らないでくれる?」
「はあ? なにお前。自意識過剰なんじゃね? 別にお前のぺったんことか興味ねーし」
「………………」
「え? なにもうシカトモードなの? やめてよ俺泣いちゃう」
体育委員長と話している? のもまた、体は小さいが三年生だった。
ドワーフのぺったんこ娘、カナドコだ。ニックネームの由来は……言うまでもない。
ちなみに彼女は一見ツンデレにみえて、実はガチで嫌ってるだけというパターン。あれ、こいつってほんとは俺のこと好きなんじゃね? と勘違いして深手を負った非モテ男子は数知れない。
武器はメイス。
そして残りの二人は、二年生と一年生なのだが……。
「おいゴリラッチョ、ジュース買ってこい。三十秒以内な」
「……む、無理だろそれ」
「デカチンせんぱーい。先輩ってぇ、チ○コなくなったらなんて名前になるんですかー? きゃははははは」
「チッ、クソ○ッチが、てめえ女だからって調子に乗ってんじゃねえぞ? ああン?」
「きゃーこわーい。五分刈りくん助けてー」
「いや、自分に言われてもあの人は止められな……うげええっ!? り、理不尽っす……」
三メートルほどの巨体、巨人族のジャイ美と性悪クソビッ○のガバ子。
どちらも男子の間でつけられているあだ名だ。
総務委員長はその面々を見てうなだれる。
「ひどいな……」
「どしたの?」
「いや、やっぱりソムコが一番だね」
「え、い、一番って何が? そ、それってもしかして……」
「じゃあ行こうか。さあみんな、出発するよー」
「「「ういーっす」」」
「ねえ、一番って何が……」
そうして一同はゴブリン狩りへと出かけるのであった。
*
「よかったん? 寮長」
「何がー?」
男子寮の二階の多目的室。
副寮長が窓から出発していくゴブリン討伐隊を見ながらそう尋ねる。寮長はのんびりとソファにもたれたまま本を読んでいた。
「いや、総務委員長のこと。今回の目的地って森だろ? あいつの火魔法で全焼とか……」
「いや、さすがにないっしょ。あいつもそれくらいわきまえてるって」
「……だといいけど」
副寮長の表情にはなおも心配の色が浮かんでいた。
この時、寮長は思い出しておくべきだっただろう。副寮長の嫌な予感は、十中八九当たるということを。
「ゴブリン全部で六十体以上、森ごと焼いてきちゃった。ごめーんね」
帰ってきた五分刈り、ゴリゴリゴリラッチョ、デカチンはがたがたと震えていたという。
また、この一件以来、ジャイ美とガバ子は総務委員長を見たら逃げるようになったとか。
総務委員長の新たな伝説が生まれた、そんな日であった。