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持ち物検査

 更新は不定期、一話の長さもまちまちです。

「役員会はじめんぞー」

「「「ういーっす」」」


 夜の七時半。寮内の会議室。

 そんなやる気のない返事とともに、寮長、副寮長、各委員会委員長による冒険者学校男子寮の役員会は始まった。

 三年生の総務委員長は、半ば机に突っ伏しながら寮長の話を聞く。


「まず初めに、図書委員長から話があるそうでーす」

「ういす。えっと、実は今朝確認したんすけど、寮の魔法訓練室の魔導書が二冊、行方知らずになってましたー。無断持ち出しでーす」


 その一言に、総勢十名あまりの寮役員たちがざわつきだす。

 まじで、やばくね。

 静粛にー、と寮長の一声でそれが止む。図書委員長は眼鏡を押し上げながら、紛失した魔導書の名前を読み上げる。


「一冊目は『初級魔法大全』……まあ一年生が習う程度の初級魔法が全種類載ってるやつね。多分みんなも一回くらいは開いたことあるっしょ。あれ。それともう一冊が……『時空魔法を創ろう 夢はきっと叶う』です」

「どうせ一年っしょ」

「あいつら馬鹿だからなあ……」

「いや、俺らも二歳しか違わんがな」

「静粛にー」


 雑談がぴたりと止む。さすが寮長だ。総務委員長は心の片隅で称賛する。


「で、なんですけどー。さすがになくなったままじゃ先生たちに怒られるんで、寮内一斉持ち物検査をしようと思いまーす」


 魔導書は非常に高価だ。妥当な判断と言えるだろう。みなが頷く。

 その一方で、明らかに取り乱すものが一人いた。


「ちょ、ちょいまち寮長。え、え、まじで? 今から?」

「この後、全寮生で集会して、それから総務委員長が夜食配って、それからでーす」

「なにお前、なんかまずいもんとか隠してんの?」

「寮生の見本になるべき役員がそれはいかんっしょ」

「か、か、か、かくしてねーし? 全然かくしてねーし?」


 明らかに動揺してまーす。

 全員の視線が体育委員長に集まる。どうせ体育委員長のことだ。エロ本か何かだろう。

 寮内ではそういった不健全雑誌の類は全面的に持ち込み禁止だ。見つかったらまず没収、その後待っているのは寮内の罰掃除か、それとも全校生徒の前でさらし者にされるか。

 寮長が優しく肩をたたく。


「……今なら後輩にも先生たちにも内緒にしてやるから」

「……まじ?」

「まじまじ」

「……実はさ、こっそり女子寮の様子を映像水晶で録画……」

「先生呼んでこーい」

「ちょ! 内緒にするって言ったじゃんよー! え、ちょ、これまじの流れ? え、美化委員長どこ行ったん? え、まじの奴?」

「さらば体育委員長」

「退学はまぬがれんな」

「え、いや、まじで頼むって今度のゴブリン討伐課題代わりにやるから!」

「……役員全員分?」

「いや、それは百匹こすんじゃ……ああもうわかったよやるよ全員分!」

「よし、美化委員長もどってこーい」

「ういーっす」

「あ! お前外で様子窺ってただろ。ずりーわー、そういうのまじでずりーわー」


 いや、盗撮なんてものに手を染めたお前が悪い。総務委員長に限らず、全員がそう思う。そして同時に、こっそり録画した映像を見せてもらおうとも。

 しかしどうやって録画水晶を忍ばせたのか。女子寮には強力な魔法障壁があった気がするが……。


 まあいいか。細かい所は気にしないのが、男子寮生イズム。


「えっと、話がそれたけど、とりあえず持ち物検査するぞってことな。他になんか、報告ある奴おる?」

「あ、じゃあ総務から。来月分の夜食の注文取りたいんだけど」


 総務委員長が手をあげた。

 寮生は育ち盛りの野郎どもだ。晩飯のあと、小腹ががっつりすくこともある。

 そのため、校外のパン屋と提携して導入されたのが、寮生の夜食用のパンの配達である。希望者は一カ月分の料金を前払いし、その代わりに毎日届くパンを受け取ることが出来るというわけだ。

 そういったどの委員会の活動でもない、いわば雑用をするのが総務委員会の役割であった。

 寮長は少し考える仕草をした。


「うーん、持ち物検査あるから明日じゃダメ? まだ締め切りは先でしょ」

「まあ、そうなんだけどね。でもできるだけ早く仕事は終わらせたいし、持ち物検査が終わった後でもいいから今日やっちゃだめ?」

「まあ、持ち物検査の後ならいいか。了解、っと」

「総務委員長、俺、来月も注文するからよろしく。注文者名簿に印つけといて」

「忘れるから後でもう一回いいにきてよ盗撮犯」

「そのあだ名やめね?」

「うーし、今日のところはこんなもんか。じゃあ後輩集めるぞー」

「「「ういーっす」」」


 そう言ってから寮長が放送用の魔石を握る。


『全寮生はー、すみやかにー、一階に集合してくださーい』


 どたどたと、野郎どもが階段を下ってくる音が寮内に響く。


     *


 寮長から持ち物検査のことが通達されると、一年生の大半が青い顔をした。

 ははあん。あいつら全員、なんかしらの違反物を持ち込んでるな? 総務委員長はそれを見ながらこっそり思う。


「総務委員長! パン今すぐは食べないんで、一回部屋に戻って置いてきていいですか?」


 集会後、一年生の五分刈りが配られる夜食のパンを受けとりながら、そんなことを言う。

 その様子は明らかに先程の体育委員長と一緒だ。


「お前、そう言って部屋の違反物隠す気だろ。だめー」

「違いますってー! 総務委員長ってばー!」

「ああん? なにお前、なんか違反物持ってんの? てかなんで総務委員長にそんな口の利き方してんの?」

「ちょっと、来いや。あんまなめくさってっとしばくぞ?」

「あ、二年生の、いや、その……そ、総務委員長こういうのいいんですか!? 先輩が後輩に暴力を!」

「いいんちゃう? やっちゃって」

「「了解しました、総務委員長」」

「うぎゃあああああああああああ」


 まあ言ってもそんなヤバい奴じゃないだろ。あっても肩パンとかだろ。めっちゃ痛そうな音聞こえるけど、俺、知ーらない。冒険者学校男子寮は先輩と後輩の仲がいい、とても楽しい所です。

 体育委員長は若干引いていた。


「ひでえ……」

「剣抜いてないし、冒険者目指してるやつならあれくらいは平気だろ」

「まあそうかもしれんが……」

「「先輩、粛清完了しやした」」

「ご苦労さん」

「……お前、番長みたいだな」


 その後、五分刈りの姿を見たものはいない……。

 とかではなく、割と元気だったのでよしとする。なんでもこの一件以来、五分刈りは盾職としての才能を開花させていったとか、しないとか。人間、どこが人生の転機となるかわからないものだ。


 さて話は戻る。夜食も配り終わり、とうとう持ち物検査である。

 この寮では二階より上が生徒個人の生活スペースとなっている。検査をするのは寮長と副寮長だけで、他の生徒は違反物などを隠す機会を与えないためにも、一階で待機させられる。総務委員長も役員ではあるものの、一階で他の生徒たちとともに結果が出るのを待つ。

 美化委員長が隣に着て座った。


「お前は相変わらず何考えてるかわからんな」

「なんも考えてないだけだって。俺、別に違反物とか恥ずかしいもんとか持って来てないし。部屋もきれいに掃除してるし。いくら見られても問題ないっす」

「まあ俺もそうだけどね。でもこの雰囲気って苦手なんだよな。絞首台に上る罪人たちを見せられてるみたいで」


 たしかに、一年生の大半がびくびくしている。

 男子寮は縦社会ですからな。違反物が見つかったらどんな罰が待っていることやら。下手な話、先生たちのお叱りより先輩たちの物理攻撃の方が怖いのだろう。

 総務委員長はそれを見ながら、うんうんと頷く。

 何に頷いているのかは、本人でさえもよくわかっていない。


 おや、副寮長が帰ってきた。


「五分刈り、ちょっとこーい」


 寮内には五分刈りのVIT(防御力)がまた一つ上がる音が響いた。


     *


「あれー、っかしーなー。『初級魔法大全』の方は一年の部屋で見つかったんだけど、『時空魔法を創ろう』の方がない」

「見落としたんじゃね?」

「いやちゃんと調べたんだがなー」


 寮長が首をひねる。再び会議室に役員全員が集められていた。

 副寮長もお手上げとばかりに首を振る。


「でも犯人はなんでまた『時空魔法を創ろう』なんか持ち出したんだろうな」

「あれって架空の魔法だろ? 本気にする奴とかおるん?」

「でも浪漫だよなー。ワープとかしてみてーわー」

「どこにワープしたい?」

「女湯」

「「「わかるわー」」」


 健全な男子である。みんなが妄想を膨らませる中、総務委員長が、ふむ、と首を傾げる。


「どしたん?」

「いや、そういえばワープだと魔法障壁とかってどうなるんだろうなって」

「魔法障壁?」

「ほら、ファイアーボルトとかだとぶつかって散っちゃうだろ? でももしワープして直接内側に炎を出したら、魔法障壁って発動するの?」

「するんじゃね?」

「いやしないだろ。だって障壁って壁なわけだし。ワープなら飛び越えるんじゃね?」

「そっか、そうだよね」


 総務委員長が納得いったようにうなずいた。と、そこで会議室の扉が開く。

 主任寮監の先生だった。その手には一冊の本。


「おーい、お前ら、探してる魔導書ってこれか?」

「あ、それっす! 何処にあったんですか?」

「いや、それがな……女子寮なんだわ。今しがた連絡があって届けてもらったんだ」

「「「はあ?」」」


 皆が一斉に首を傾げる。なぜ女子寮に、と。

 言った主任寮監本人も不思議なようで、どうも言葉の歯切れが悪い。


「いやあ、俺も男子寮の魔導書がなんで女子寮に、とは思うんだがな」

「男子がパクって女子に渡したとか?」

「いや、女子寮にも同じ本があるだろ。蔵書は一緒なんだから」

「そっち読めって話だよな」

「元から二冊女子寮にあったとか」

「いや、本に蔵書印押されてる。間違いなく男子寮のやつだ」

「「「うーん?」」」


 主任寮監も加わり、皆が一様に首をひねる。そして……


「……まあ戻ってきたしいいんじゃね?」

「だな」

「後輩をいつまでも待機させ解くわけにもいかんし、これにて持ち物検査終了、解散ってことで。総務委員長、夜食の注文取っちゃって」

「ういーっす」

「あ、総務委員長! 名簿の俺のところ、印よろしく」

「はいはい」


 結局、そのように事態は収束した。何事にも適当な男子寮生イズムである。

 結局なんだったんだろうな、なんて話しながらぞろぞろ会議室を出て行く役員たち。


 ……その中に一人、ひっそりと胸をなでおろしている男がいた。

 そもそも今回の一件は、女子寮という花園を求めた思春期の暴走であった。時空魔法使えたら女子寮の魔法障壁越えれるんじゃね? と、適当なノリで本を開き、おふざけ半分で架空の魔法を使おうとして、事故で魔法が発動。本そのものがワープしてしまう、という。

 まあ結局、その後で映像水晶も送ることができ、しかも向こうの様子を録画した上で手元に戻すことに成功したので結果オーライなのだが。


「そういえば体育委員長」

「うぇ!? な、な、なによ?」

「どしたの? まあいいけど。一応言っとくけど、今度のゴブリン討伐課題、みんなの分忘れないでね」

「あっ……ういーっす」


 それから十数年後、ある一人の学者が完璧な形の時空魔法を生み出し歴史に名を残す。

 だが後世の人々は誰も知らない。その第一歩目が踏み出されたのが、馬鹿な奴等の集まる冒険者学校の男子寮であり、さらに言うなら女子寮の様子を見たいという非常に思春期な理由だということを。


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