小麦粉と転生
食べ歩きの好きなヒトがいた。
休日のたびに、たびに出る。
ある日、ふらりと小料理屋に入った。
入り口で、
「コートを脱いで下さい」
「消毒液を、手に振りかけて下さい」
「テーブルが空くまで、バーで一杯飲んでお待ち下さい」
そう、ウェイターに要求された。
「まだかな?」
それが口につく頃、テーブルへ通された。
<スパゲッティ・カルボナーラ>の絵があったので、指した。
食べた途端
「ああ、まずい」
口に残る過剰な甘さをドリンクで押し流し、帰ろうと伝票を取ると
「238本」
とある。
通貨単位を間違えていると店側に文句をつけると
「これで良いのです」
との事。
「当店では、お食事になった<238本>分、238つの文を使って、感想文を書いていただいております」
食べ歩きの好きなヒトは、自分の文章力に、自信がなくは無かった。
だから、書いた。
すると、
「当店では9つの素材で味付けを行っておりますから、9つのテーマをきちんと盛り込んで頂かなくては困ります。238本あっても、これでは単なる<麺>です」
やってみた。
「まさか、牛乳なら全てが<同じ>だと勘違いしていらっしゃる事はありませんよね? 最低でも、<搾り立てのミルク>と、<熟成したチーズ>を書き分けて頂かないと困ります」
終わった。
店員は、<感想文>をテーブルに置いて、奥へ入って行った。
コックを連れてくる。
コックはテーブルに近づくと、<感想文>をつまみ、嫌な顔をして、着火した。
――読みもせず。
あっと言う間に燃え上がり、灰は灰皿に納められた。
煙に包まれたコックは咳をひとつしてから
「ああ、おいしかった」
そして、トックを脱いだ。
「ああ、まずかった。こんな不味いスパゲッティ、はじめて食べた」
と食べ歩きが好きなヒトが言い返し、溜飲を下げようとした。すると、
「ところで、お客様がお食べになった商品は、新作の<レアチーズケーキ>なのですが、勿論、理解されていますよね?」