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祖父

作者: 長門 郁

今年、祖父が亡くなりました。

ええ、夏のことでした。

彼があと1ヶ月生きていれば、94歳になっていました。

饅頭など甘いものが好きで、料理にはなんでも醤油をかけるなど極端な人でした。あと、まだ幼稚園児の私に煙草を買いに行かせるような、そんな祖父でした。



彼の20代の頃は、戦争の真っ只中でした。

もちろん、彼の元にも赤紙が届きました。

長男でもあった彼が戦争に行ったということは、愛国心がより強い家系だったのかもしれません。

ただ単にそれ程日本国が切迫した状況下に置かれていたということかもしれませんが。


私の祖母と叔母である自分の妻と子どもを残して、彼は戦地へと赴きました。


そこで、何があったのか詳しくは分かりません。


書道の腕を買われ、上官から娯楽として将棋盤を作るから、その駒の文字を書けと命令されたことくらいしか、話は残っていません。


祖父は、よく私を肩車してくれました。

その手で何人の人を殺したのでしょうか。



戦争が終わり、何年かして、彼は帰って来ました。

気が付くと、庭にただ呆然と立っていたそうです。

彼という管理者がいなくなって、すっかり荒れてしまった松の木を見上げて、突っ立ったいたそうです。


家に入って、ぽつぽつと話し出したその内容は、戦争が終わって、銃を捨て、降伏して、捕虜になって、島流しにあって、名前を知らない島を延々歩いて、そして帰ってきた。と、そのようなことでした。



それから、甘いものをたらふく食べて、お腹を壊しました。

それ以来お腹が弱くなったそうです。



数年は、魂が抜けたようにぼーっとして過ごしていました。

それから一家のために身を粉にして働きました。

農業に励みながら養鶏場を営み、妻と子ども四姉妹のために必死に働きました。

決して裕福ではありませんでしたが、貧乏でもなかったと母は言います。



彼は、米寿を過ぎた頃には痴呆が進んでいました。

孫の私を15も離れた従兄弟と間違えたり、進学のためにとっくに家を出た兄の所在を懸命に探そうとしたり、そう言った行動が目立つようになりました。



そして、ありがちな話ですが、悪徳商法に引っ掛けられました。しかも、彼の戦争での戦歴をでっち上げて利用した詐欺でした。


彼の戦歴は正確に残っていません。戦歴というほど大したものはないのかもしれません。

その残らなかった戦歴が称えられたら、その時代の人間はどれほど喜ばしいのでしょうか。


あたかも自分が軍服を着て軍帽を被ったかのような写真があったら、自分の名前が掘られた勲章があったら、あなたならどうしますか?


彼は迷うことなくお金を払いました。

額縁よりも大きく平らな箱にまとめて収まっているそれらを、合成写真だとは、プラスチックのメダルだとは、家族皆誰も言えませんでした。

子どものように私たち孫に自慢するのです。

方言が強く、何を言っているのかは理解でしませんでした。

それでも、彼は嬉しそうに、誇らしげに、それらを眺めては口を動かすのでした。



更に痴呆は進み、夜中に起きてくるようになりました。

ある日の深夜、母は祖父に叩き起こされました。

彼は「車を出せ!行かんにゃならん!」と怒鳴りました。

どこに?と母は冷静に問うと、「ロシアだ」と静かに返ってきたそうです。

ロシアは明日行こう、と、なんとかして寝床まで連れて行くと、しぶしぶ布団に入り、そして、「俺が行かなかったら、仲間が殺される」そう呟いて眠りに入ったそうです。



胃ガンを宣告されましたが、最期までプリンやら羊羹やら、甘いものを食べて、病院食には文句ばかりこぼしていました。






ええ、そうですね。

おかげで、戦後史は好きですよ。とても興味深いです。

恐ろしい、というか、ピンときませんね。

あなたはどう思いますか。あなたの目の前にいるのは、人殺しの孫ですよ?


いえ、もしかしたらあなたのお祖父様も、同じことをなさっていたかもしれません。



すいません。冗談です。


でも、目を逸らしてはいけないと思います。

日本国の歴史を、過ちを。

沢山の人が亡くなった、戦争というものを。


末裔であり、そして日本国民である私たち、いえ、敵国であったアメリカを始めた世界の国々皆共通でしょうね。



この咎からは決して、逃れられはしないのですから。



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