プロローグ
全て知った上で私は彼の側に居るの。
「きゃっ!」
砂浜に躓いて彼が抱きとめてくれる。
けれどその優しさ、本当は他の人のもの。私ではない。
「大丈夫か?」
「うん」
優しげなその声も、優しげなその瞳も、優しげなその笑みも、全てあの人のもの。
手を繋いで砂浜を歩くも、心に浮かぶのはあの人の顔。
「帰るか?もう暗くなってきている」
「そうだね」
石畳の階段を一緒に登り、海岸沿いを歩いて帰る。
歩幅や歩調を合わせてくれる、その気遣いが、私は好き。
大好きな彼。でも、時々辛くなる。
その優しさが痛くて。
その気遣いが辛くて。
彼の存在を痛く感じてしまう。
どんなに願おうとも、叶わない。
「サク!」
「え………」
俯いていて気づけなかった私は、どれだけ愚かだっただろう。
「っ!」
そして、突き飛ばされる衝撃。次いで、キキィーーーーーッ!、というリムジンのブレーキ音。最後に、リムジンが何かにぶつかった、ドンッ!、という音。
急いで瞳を開ける。
見たくなかった。けれどそれが、私が招いてしまった現実。
急いで私は彼の元へと駆け寄った。
血塗れになった、彼の元へと。
「創星っ!」
服が血塗れになることを厭わずに、身体に血が付くことを厭わずに、彼を抱く。
「嫌よっ!側に………側に居てよぉっ!」
溢れる涙は止まることを知らずに溢れてくる。
すると、彼が私の頬に血塗れの手を添える。彼の顔を見ると、微笑んでいて。
「ご、めんな………きちんと、サク、だけを…愛して、やれなくて………」
私はその言葉を否定するために首を振る。そうすると、彼は苦笑する。
「ホント、は…お前の、不安に…気づいてた………俺、最低、だよな………」
衝撃で声が出せない私は首を振ることしかできない。
「サク、俺は…ホント、は…お前だけを、愛してる………その、事実は…変わることは、ない………」
認めたくない。認められない。
体は正直で、彼の命が尽きようとしているのを否定する。
「今まで、ありがとな………こんな、俺、に…ついてきて、くれて………」
「そ…っせい!!」
涙のせいでうまく口が回らない。言葉をうまく発せない。
彼の名前さえ、呼ぶことができない。
「桜…………………………ーーーーー愛してる」
刹那。
私の頬から彼の手が離れた。
「あ、ああっ!嫌あぁぁぁぁぁぁっ!!」
彼をより一層抱きしめても、彼は何の反応も示さない。
どれだけ涙を流そうと、どれだけ願っても、どれだけ後悔しても、もう彼が戻ることは、二度とない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー愛しています、心から、永遠に………。