第7話 鳩の話でしょ?(中編)
「海と綾ちゃんがただの知り合いじゃない…?タダじゃない?有料?延滞料金?別途料金?テメー30分ポッキリ5000円じゃねーのかよォォォッ!!」
俺は自分のアパートで誰に言うでもなく叫んだ。
なんでだよ綾ちゃん……。30分ポッキリ………じゃなくて、なんで海を追っかけるんだよ…?
俺はあの後、無気力状態になりながら帰路に着いた。途中、ばあさんが道路の真ん中でレゲエダンスを踊っていて、そこへじいさんが100人くらい集まっていたが、そんな事につっこみを入れるほど俺は元気じゃなかった。
ふぅ……このままじゃ腐っちまうぜ…。
俺は気分を変えるため、コンビニに酒を買いに行こうと、アパートのドアを開けた。
外はもう暗く、雨は止むどころか、強くなってきている。
ため息を吐きながら、ビニール傘を持ってコンビニへと向かった。
俺のアパートからコンビニまでは歩いて10分程度。しかし、この10分は俺の足元を濡らすには十分な時間だった。
あーあ、この靴買ったばっかなのに……
俺は悪態を吐きながら、雨で濡れ、泥の飛沫で汚れた靴を見ながら歩いていた。
ボーッと足元を見ていたため、前から歩いてきた人にぶつかってしまった。
あれ?このシチュエーション……。嫌な予感……。
顔を上げると…予感的中。そう、海が立っていた。
海はなぜか傘を持っていなく、全身びしょ濡れだった。
「ハァ…おまえとは運命の繋がりを感じるよ…」
海も俺と同じ事を考えていたらしく、しかめっ面をしながらため息を吐いた。
「…………。」
海は無言のまま俺を通り過ぎ、立ち去ろうとした。
ん?いつもなら憎まれ口の一つでも言うのに。
「待てよ。」
海は俺に背を向けたまま立ち止まった。
「…………。」
海の様子がいつもと違うのも気になったが、それよりも俺は聞きたいことがあった。
「おまえ、何で転校してきた?」
俺には関係無いことだが、やはり気になる。
「何で敵チームの地元に来た?ギャングは抜けたのか?」
「ああ、抜けたよ。もう居る理由が無くなった。」
理由が無くなった…?
嫌な予感がした。
背筋に冷たいモノを感じる。
「……理由が無くなった?でもおまえの理由は…」
「兄貴は」
海が俺の言葉をさえぎった。海は少しうつむき、喋りだした。
俺の鼓動が早くなっていく。
「…兄貴は…死んだ。」
ドクンッ
心臓の音が頭で響いた気がした。
海が振り返る。海は悲しい目をしていた。
「いや、死んだんじゃない。俺が殺したんだ……」
―――――。
夕方の公園。そこに二人の影があった。
「がっはっは!弱いな!海!」
この豪快な声は氷室海の兄、氷室耕一。
「クッ……」
この弱々しい声、氷室海は今にも倒れそうだ。
「なんだ?海。もう終わりか?」
耕一が挑発をすると、海は耕一を睨み付け、悲鳴とも取れる叫び声を上げながら闇雲に突っ込んでいった。
「ウオォォッ!」
耕一は、それを当たり前の様に軽くかわし、海の手を逆手に取った。
「そんなんじゃ、俺様にゃあ、勝てねぇよー」
耕一はそう言い放つと、海の首筋に手刀を入れた。
ドッ!
「………クソ……」
海は薄れゆく意識の中、悪態を吐きながら落ちていった。
「…ふー。こいつの負けん気、強すぎんぞ…」
耕一はため息混じりにそう呟き、海を持ち上げ、背中に背負った。
「……でも…ちょっと強くなったな…」
そう言いながら、耕一は少し微笑んで、公園を後にした。
翌日。
ジリジリと迫る夏の熱さ。こんな日に海が真面目に授業に出るはずはなく、屋上の日陰で煙草をふかしていた。
今は授業中。つまり、サボりだ。
(はあ…こんなんじゃ、いつまでたっても勝てねぇよ……)
昨日の事を思い出し、少し落ち込んでいると、昇降口の方からパタパタと階段をかけ上る足音が聞こえる。
(またあいつか…)
海には屋上に来る人物が分かっていた。
「海君!また授業サボって!あっ!煙草まで吸ってるっ!」
海は毎度のパターンに少しため息を吐いた。
「あんたも毎回毎回懲りないな。」
あんたと呼ばれた女の子が少し膨れっ面になる。
「毎回毎回懲りてないのは海君でしょ!?それに私の名前はあんたじゃなくて、村上綾!ちゃんと覚えてください!」
その華奢な女の子、村上綾が息を荒げて文句を言う。その様子は正に、プンプン、と言う擬音がお似合いだ。
(なんでこいつ、こんなに必死なんだ?)
その様子が可笑しくて、海は口元が緩んだ。
「あっ!なんで笑うの!?ヒドイよ!」
綾がさらに息を荒げ、怒っていた。
「フフッ……ハハハ!」
海はついに吹き出し、笑いだした。
海は中学3年生。海は、今年の春にギャングチームに入った。
もともと人と馴れ合う事が嫌いで、よく一人でいた海だが、チームに入ってからはさらに一人になった。
向こうからは近寄ってこないし、海も近寄ろうとは思わなかった。
しかし、綾は違う。
綾は中学3年の春に、海の中学に転校してきた。
外見と性格ですぐにクラスメイトの中心になった綾だが、同じクラスの海だけが一人なのに気付き、それから海にくっつき始めた。
最初は、海は綾の事を無視していたが、綾の粘り強さに負け、最近では友達と呼べるくらいに付き合うようになった。
きーんこーんかーんこーん
昼の時間を告げるチャイムが学校に鳴り響く。
「よし!授業はこれまで!」
教師がそう言うと、生徒達は一斉に騒がしくなった。そして、その中に海の姿がある。
(やっと飯だ。)
使わない頭を使ったせいか、海は頭痛を覚えながら、教室を後にした。
一度、購買でパンと、いつも飲んでるコーヒー牛乳を買い、屋上へと向かった。
(今日はメシ食って煙草吸って少し寝て帰ろう。)
そんな事を思いながら、階段を上り、屋上のドアを開ける。
するとそこには、
「おさきー。」
綾が微笑みながら、手をヒラヒラと振っていた。
(…計画はパァか…)
海は諦め、綾と一緒に食べることにした。
海がため息を吐きながら綾の隣に座る。
しかし、綾の様子がいつもと違う。海を見ながら微笑み続けている。
「…なんだよ。」
「んふふー。これ、なんだと思う?」
綾が指差す方には、弁当箱が2個、ピンクの風呂敷に包まれた小さな弁当箱と、水色の風呂敷に包まれた普通の大きさの弁当箱があった。
「…あんたの弁当だろ?よく食うな。」
綾は見せ付けるように額に手を当て、ため息を吐き、首を横に振った。
「…海君って本当に鈍感だね…。」
「じゃあ、なんだよ。」
すると、綾は水色の風呂敷の方を海に差し出した。
「海君いっつもパンでしょ?だからちゃんとした物食べなきゃって…」
そう言った綾の顔は紅潮していた。
(……?)
「食っていいのか?」
「…ぅ…うん…。」
(なんだ、こいつ?毒でも盛ったのか?)
訝しげに思いながら、海は風呂敷を解き、弁当箱を開けた。
それは、漫画に出てきそうな、オードソックスな弁当だった。
箸を取出し、卵焼きを取る。
「あっ!…あの…不味いかも……」
(じゃ、食わせんなよ…)
海はそう思いながら、卵焼きを口に入れた。
(…うまい…)
「……どう…?」
綾が不安げに見つめる。
「……普通。」
その海の言葉を聞いた瞬間、綾は満面の笑みをこぼした。
(やったー!おいしいって言ってくれた!)
綾は3ヵ月程度の付き合いで、海の事を分かってきているようだ。
海の言う“普通”は“良い、うまい”なのだ。
(これからも毎日弁当だったらな…)
海が弁当を見つめながら思っていた。
綾は、海の思っている事を理解したようだ。
「これからも、毎日作ろうか?」
「……いいのか?」
「もちろんっ!」
その後、綾は笑みを絶やさないまま、海と昼食を食べた。
見ての通り、海と綾は最近、友達以上になってきていた。
互いにそれは意識していたが、海は告白する事なんてできるわけがないし、綾もいざとなっては中々できないようだ。
二人は昼食の後、話し合っていた。
だが、二人ともいつもよりなんだか緊張している。
二人の考えていることは、一緒だった。
それは明日の日曜日、地元で一番大きい祭りがある。それに誘い、この曖昧な関係に終止符を打つつもりだ。
海は考えていた。
(どうやって、話を切り出せばいいんだ?)
海はいままで、デートに誘われたことは何度もあるが、誘った事なんて一度もない。
それは、緊張して誘えなかったと言うわけではなく、女性に対して、あまり興味がなかったのだ。
だからこんなに緊張するのも初めて。上手い誘い方なんて分かる訳がない。
昼休みはあと僅か。それまでになんとか誘わなくては。
(ああ!めんどくせぇ!単刀直入だ!)
綾は考えていた。
(どうやってデートに誘おう?)
綾はいままで、デートに誘われたことは何度もあるが、誘った事なんて一度もない。
それは、緊張して誘えなかったと言うわけではなく、男性に対して、あまり興味がなかったのと、さらに免疫も無い。
つまり、海は初めて興味が湧いた人。
だからこんなに緊張するのも初めて。上手い誘い方なんて分かる訳がない。
昼休みはあと僅か。それまでになんとか誘わなくては。
(ああ!もう時間がない!ここはもう不自然でも…!)
「「あの!」」
「「…………。」」
「なんだ?」
「なに?」
「あんたから言えよ。」
「海君から言って。」
「あんたから」
「海君から」
「あんたから」
「かいく」
きーんこーんかーんこーん
「…………。」
空に飛んでいた鳩は考えていた。
(あほやな。こいつら。)
放課後。
海と綾は二人ともうだなれていた。
綾はもう諦め、席を立ち、教室を出ようとしたとき、友達から声がかかった。
「あや〜!」
「なんですか〜…」
「…ずいぶん元気無いね。それよりさ!明日祭りやるの知ってる?一緒に行こうよっ!」
綾はこの時、友達の背中に天使の羽が見えた。
「えっ!?うっうんえっ!?うっうんえっ!?」
「なにリズムにノってんの?」
急なチャンス到来に、綾は焦った。
(これを逃したら、もうチャンスは無い!)
綾は勢いに任せ、走るようにして、海の席の前に立った。綾の顔は真っ赤だった。
海が綾に気付くと、驚きの顔をした。
「っ!!」
「海君っ!」
「なっ…なんだ?」
「明日友達と一緒に祭りにいくから海君も一緒にいこっ!?」
「あっああ…分かった」
綾は海を誘う事に達成した事で、脱力感を覚えながら、教室を出た。
(い…言えた…。やった…)
綾は明日の事を考えると、思わず顔が綻んだ。
海は教室の自分の席で呆然としていた。
(い…言われてしまった……。)
海は自分から言おうとしていたのだが、この際、どうでもいい。そんなことよりも、明日の祭りの事を考えると、口元が少し緩んだ。
校舎の外を飛んでいた鳩は思った。
(めでたしめでたし、やな)
―――――。
「……え?何の話?ノロケ話?鳩の話?」
「いや、まだ終わってねぇよ…。」
海は雨に濡れながら、続きを話し始めた。
てかおまえ風邪引くぞ。
それに立ちっぱなしで疲れちったよ。あーあ、人のノロケ話聞いてなにがたのし
「…話していいか?」
「どうぞ?」
―――――。
海は学校を後にして、高鳴る胸を押さえながら家に向かった。
海が、帰り道に必ず通る道。その道の横には公園がある。耕一と喧嘩したり、政人と喧嘩したりする公園だ。
海はふと、公園に目をやった。
公園には、ガラの悪い連中が3人ほどいた。
海はその連中と目があった。すると、その連中は海の方へ向かっていった。
(……ちっ…)
連中の一人が海に話し掛けた。
「おおっ!これは耕一さんの弟、海君じゃないですかっ!」
「バカ!海君じゃなくて海様だろ!?殺されちまうよ!」
連中は笑顔で言った。しかし、その笑顔は純粋に笑っているのではなく、悪意のそれだった。
海がチームに入ったのに、だれもが快く了承するわけではない。
海の兄はチームの頭なので、ポッと出の海もそれなりに扱われてしまう。
それを気に入らない奴はチームの中に少なからずいた。
しかし、耕一がいる前でそんな事を言えるはずはなく、海が一人の時にこうしてからかうのだ。
そうしてからかう連中に必ず川越と言う奴がいる。川越は特に海を嫌っている。
「どうしたのー?だまっちゃって?もしかしてびびってんのー?」
「ぎゃはは!おまえそんなにいじめちゃ可哀相でしょ!」
「いいんだよ!こいつ調子のってん……だ…か…」
「…………。」
連中が黙り込む。
視線は海に集中していた。
海が殺気を放っている。
まわりに張り詰めた空気が流れる。
「…早く…消えろよ…?」
海は殺気のこもった言葉を放つと、連中は皆黙りながら公園を出ていった。
しかし川越だけは他の連中と歩きながらも、海をずっと睨み付けていた。
海は胸クソが悪くなりながら、また帰り道を歩いていった。
「しゃーないだろ?そういう奴がいんのは。海も分かってたろ?」
海の自宅のリビングで、耕一は当たり前の様に言った。
しかし、海は気に入らない様子だ。
「それは、そうだけどな…」
兄が頭のチームに入れば、こうゆう連中が突っ掛かってくるのは、まさに当たり前だ。
当たり前だが、実際に起これば、腹が立つ。
耕一は海のその様子を察知したのか、
「じゃあ、奴らには、俺が言っとくよ。」
と言って、海をなだめた。
しかし海は、それを断った。
そんな事をすれば耕一に迷惑がかかるし、第一、海は喧嘩の時だけチームに行く臨時の様な物だった。
ハナから連中と仲良くやろうとは思っていない、と言うのが海が断った理由だった。
「ふーん、それよりさ。今日綾ちゃんに会ったよ。すげー可愛いし、礼儀正しいし。あの娘、おまえの彼女?」
耕一はからかうように言った。
耕一は一度、海と綾が一緒にいる所を見てから、こうして海をいじっていた。
案の定、海は顔を赤くしていた。
「バッ…ちっ…ちげーよ!」
「ホントかなー?」
「怪しく微笑みながら近づくな!気持ち悪い!」
「ははっ…まっ、頑張れよ。」
耕一はそう言うと、海の頭に手を置いて、優しく微笑んだ。
海はその兄の姿を遠い目で見ていた。
(俺はいつから兄貴を越えたいって思ったんだろう…。)
海の家庭は母子家庭だった。海の母親は子供二人を養うべく、朝早く、夜遅くまで働き詰めだった。
耕一は父親代わりに、海の面倒をよくみていた。
そして海は兄の背中を見て育ち、父の背中を越えたいと思う様に、いつか、兄を越えたいと思った。
耕一は、強く逞しく、そして何より優しかった。
(……?)
「そういえば、なんで兄貴はギャングなんか作ったんだ?」
耕一が川越みたいな連中といるのには、はなはだ疑問だった。
「いや…、最初は仲の良い奴らで作ったんだけどな。なんかいつのまにかいっぱい集まってきてな。んで、やっぱギャングかたってるわけだから、当然敵も増えていくわけよ。なんか、もう辞めるに辞めらんなくなっちゃった!えへっ」
「えへって…」
そんな会話をしながら、夜は更けていった。
海は自分のベットの中で、寝付けずにいた。
(クソッ…これじゃ、まるで修学旅行前のガキだぜ…)
そんな事を考えながらも、海の胸は踊っていた。
……毎日が充実している。学校で綾とくだらない話をして、兄貴とからかいあって。川越とかはむかつくが。
いつか、兄貴より強くなって、兄貴を越える。
越えた後は何しよう。
まあ、それは越えた後に考えればいい…。
まだまだ先の話だしな……
海は明日を楽しみにしながら、眠りに落ちていった。
更新遅くなってすいませんでした。意外に話が膨らんでしまって…