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第48話 決別!夕暮れの浜辺で……。~ポロリもあるよ!~

商店街のど真ん中、いまだ立ち尽くす海。これでもかってくらい肩の落ち込んだその後姿は、いつもの海を知るものにとっては見るに堪えない。


その肩に、すがすがしい笑顔の里奈の手がポンと落とされる。


「よっ、この浮気者!」


ずーん、と効果音でも聞こえてきそうな勢いで、さらに落ちる肩。


「あっ、でももうフラれた訳だから浮気じゃないか。おめでとう!」


もうやめて!海の肩が180度になっちゃう!そしたらもう生理的に友達としていれないよ!


俺は海の肩を人間としてあるべき形に戻すため、慰めの言葉を口にした。


「お前綾ちゃん居なくなったらただの白髪のジジイじゃん!ざまあ!もう死んじゃえよ!ははははは!」


「ああああああぁぁぁ!」


叫びながらどこか遠くへ走り去ってゆく海。いかんいかん、つい日頃の鬱憤が。


里奈はふう、とため息をひとつ吐いてから、腰に手を当てた。


「さて、綾の仇はこれで取ったとして。まずは綾を探さなきゃね」


そういって携帯を取り出す。何度かボタンを押して耳に当てたが、一向につながる気配はなかった。やがてまたため息をつきながら、里奈は二つ折りの携帯を閉じた。


「だめ。繋がんない」


「手当たり次第探すしかない、か……」


「そうね、そんなに遠くには行ってないと思うけど……二手に分かれる?」


「そうだな。じゃあ何か分かったら連絡くれ」


「りょーかい」


そう言って俺たちは、当てもつかない人探しの一歩を、それぞれ踏み出した。



―――――。



「綾ちゃんみーっけ」


膝を抱えて座りこんでいる少女の背中に向かって声を掛ける。振り向いた少女は陰鬱な表情をしていたけれど、俺の姿を見ると寂しげに、少しだけ微笑んでくれた。


「政人さん……」


潮風と共に聞こえる波の音。人もまばらな黄昏時の砂浜に、綾ちゃんは居た。


隣に腰掛ける。正面には、海の向こうに燃える夕陽。沈んでゆくそれをぼんやりと眺めていると、綾ちゃんがポツリと口を開いた。


「……さっきはすみません。それと……ありがとうございました」


謝罪はいきなり走り去ったことに。感謝は浮気調査を手伝ったことにだろう。


「気にすんなって。まあ、綾ちゃんがいきなり走り出したときはちょっと焦ったけどね。もうドラマかと」


おどける俺に、綾ちゃんはクスリと笑みをこぼす。少しだけ雰囲気も晴れてきた。


「でも、なんでここが分かったんですか?」


「ん、まあ……。前にね、海から聞いたんだ」


「あ……」


そう言って再び暗くなる綾ちゃん。俯いてから、抱えていた膝を一層強く抱きしめる。


「私ね、政人さん」


「うん?」


「男の人と付き合ったのって、海君が初めてなんですよ」


顔を上げた綾ちゃんは、いつもの笑顔だった。昔を懐かしむように口を開く。


「あの頃の海君って誰にだって……私にも無愛想だったんですよ」


「ホントつまんない奴だな」


「ふふ、ですね。その上学校にもあんまり来ないもんだから、女の子にも人気が無かったんです」


「マジで?嬲り殺したいくらいにモテモテなあいつが?」


「はい。……でも、私はなんでか気になっちゃって……。今思えば、一目惚れだったのかな……」


ちょっと恥ずかしそうに瞳を泳がしている。


「それからはずっと付きまとって。最初は物凄く嫌な顔してたなぁ」


今度は苦笑い。あのクソジジイこんな可愛い子を……擦り殺したい……。


「結構粘りましたよ~。……初めて笑ってくれた時は嬉しかったなぁ……」


遠くを見つめ、感慨に耽る綾ちゃん。本当に苦労したのだろう。俺だってあいつを笑わせるなんていったら途方にくれてしまうだろう。途方にくれた末に殺す。


そして、何かを思い出しだのか、表情に影が落とされた。


「……海君のお兄さんが亡くなった時は……私、何もしてあげられなかった」


「それは違う」


ふと、綾ちゃんと視線が合う。瞳が理由を尋ねていた。


「綾ちゃんは海の事を本気で救おうとしてたはずだ。それを受け入れなかった海がガキってだけで、綾ちゃんがそうやって自分を責める事はないよ」


言い終えると、綾ちゃんは少しだけ救われたように笑顔になって。


「海君が転向して来た時、本当にびっくりしました。……本当に嬉しくて。……でも海君は変わっていなくて……。救ってくれたのは、政人さんでしたね」


「いやあ、俺は背中をちょっと押しただけだよ。実際綾ちゃんの必死な姿が堪えてたみたいだし」


俺はあの時の光景を思い出す。


「……俺は背中をちょっと押したというより、拳で顔面をめいっぱい押し切ってたけどね


「ふふっ。でもその日からです。私達が付き合いだしたのは」


そう言って、綾ちゃんは話を一旦区切った。それからは、二人だけじゃなくて、俺達の思い出だから。


俺も昔に思いを馳せる。


「それからすぐゼファーがパクられたんだよな」


「はい。あの時は……その……恥ずかしかったです……」


顔が真っ赤になってしまった。……あのピッチピチナース服か。アレはすこぶる良かったです。本当にありがとうございました。


「次は……ああ、廃病院に行ったな」


「私は行けませんでした……両親がうるさくて……」


申し訳なさそうに、しゅんと顔を落とす。俺は気にしないように手を振って否定した。


「大丈夫だよ。あん時は海の面白い一面も見れたしな」


「ふふ、お化けが苦手なんですよね」


苦手なんてもんじゃなかったけどな。


「その後は……アームレスリングか……」


綾ちゃんを白けた目で見る。目を向けられた本人は、気まずそうに目を逸らしていた。あははーと笑ってごまかしながら。


そしてキリッと表情を締める。


「で、今に至るわけですね」


無かったことにされた!まあ別にいいけど……。


その後も、友基と一悶着あるわけだが。まあそれはあいつらの知るところ。


「色々あったな……」


「ですね……」


そう言い合って、長い思い出話が終わった。


彼女はそれを話す間、ころころと表情が変わった。一言では言い表せない出来事が、そこにはあったのだろう。


そして彼女は、また海の向こうを見つめる。……見つめ続ける。そうしていないと、何かが壊れてしまうかのように、必死に。


「でも……色々あったけど……」


そう言ってからこちらを向く。それは今までに無いくらい、とびっきりの笑顔だった。


「すごく楽しかったです!」



笑顔なのに……瞳から、涙が流れていた。


「……あれ、なんでだろ……」


瞳から雫が溢れて、止まらない。ぬぐっても、ぬぐっても。


まるでそこに、思い出の中の、全ての感情が詰まっているかのように。それがぽろぽろと彼女から落ちてゆくように。


「……ここは……思い出の場所です。私にとって、大切な……」


俯いてそう呟いた。表情は見えなくなった。


「いつまでも、大切な、場所だったんです」


でも、肩が震えていた。


……声が、震えていた。



昔、ちょうどこの季節。お互いが気持ちを確かめ合った場所。


それから本当に色々あって、ようやく海が素直になった。


「だけど……」


二人はいつも一緒だった。俺の前でもいちゃこいていちゃこいて……。いつしか二人でセットなのが当たり前になってた。


「だけど……海、君は、もう」


これからもずっとセットなのだと、二人を見て漠然とそう感じていた。


けれど……あいつはもう……。


「もう……いないんだ……!」


俺は優しく、彼女の頭に手を乗せた。


「大丈夫だよ。今は俺しか居ないから」


そう言って夕陽を見る。


隣から嗚咽が聞こえて、やがて、大きな泣き声に変わっていった。



子供のように泣きじゃくる少女を抱きしめてやれる奴は、もう何処にも居なかった――。




……ポケットが震えた。その震源、携帯電話を取り出す。


着信は……里奈からだ。そういえば連絡してなかったな……。そう思いながら携帯を開き通話ボタンを押して、耳に押し当てた。


「もしもし、里奈?綾ちゃん見つか『ロリ!ロリ!』……はい?」


『ロリ!ロリ!!』



―――――。



私こと渡辺里奈は、ただ今隣町まで移動中。あんまりにも見つかんないから足取りも重くなってきた。


商店街はずいぶん回ったから、海ッチの家周辺に当たりをつけて探してみてはいるものの……。


「……いないわねー」


思わず長いため息が漏れる。腰に手を当てて、どうしようかと次の行動を考えていると……。


ふと前を見たら、海ッチの家の前でうろうろしてる女の子が。困り顔で途方にくれているようだ。あ、目があった。


「あ、あのー……」


そう窺うようにしながら、少女が近づいて来る。


暇は無いんだけど……まあしょうがないか。


私は腰に当てた手を下ろして、少女の次の言葉を待った。


「この辺で、銀髪でくるくるチリチリのかなりイケ面のお兄さん見なかったですか?」


それってどう考えても……。


え?じゃあこの子が……。


私は改めて少女をまじまじと見る。長い黒髪を後に束ねて、ポニーテールにしている。その頭の下には、艶やかな髪に負けないくらい端正な顔立ち。ポロシャツにジーンズというカジュアルな服装は、逆にそれらを引き立てていた。


そしてもっとも重要な外見。


「あなた……いくつ?」


質問を質問で返されて、少女は少し面食らっていたが、おどおどとそれに答えた。


「えと……十二です……」


「……中学生?」


「小学生です」


私の中で、少女の言葉が反芻される。


小学生です……。


小学生です…………。


小学生です………………。


………………。


………………ろりーたこんぷれっくすです。


「……ロリ」


「は、はい?」


「ロリ!ロリ!」



―――――。



俺たちの居る、太陽の沈みきった浜辺は、先程とは打って変わって暗闇に包まれている。


そこには、話を終え沈黙を守る里奈と、無理やり連れてこられた少女。綾ちゃんは今の話を聞いて口を両手で押さえていた。


俺は、一番最初に浮かんだ感想を口にした。


「……ロリ」


「ロリ」


里奈が同じ単語を、おおきく頷きながら返す。


「ロリ!ロリ!」


「ロリ!ロリ!」


やがて共鳴しあう俺達。少女を囲んで、連呼しながら回りだした。


「えっ!?ちょっ!?ろりってなんですかっ!?」


少女は状況に付いて行けずに、輪の中心で混乱している。そしてそんな俺達を見て、がっくりと膝をついた綾ちゃん。顔は天を仰ぎ、表情は愕然としていた。


「そんな……海君が……ロ……リ……」


「ロリ!ロリ!」


「ロリ!ロリ!」


「どういうことですかっ!?どこかの民族の方なんですかっ!?」


混乱の極みに到達した俺達。


そこへ……。


「綾ぁぁぁぁぁァァァ!!」


この混沌の中の、主要人物が現れた。


「か、海君……」


いきなり闇の向こうから走ってきた海に、綾ちゃんは動揺を隠せない。手を口に持ってきて、気まずげに視線を首ごと外した。


「ケッ!今更ノコノコ現れやがって。綾ちゃんはもうふっ「海君っ!」いたい!」


でもそれは最初だけで。


綾ちゃんは俺を押しのけて海に駆け寄った。


抱きしめあう二人。


つまづいて四つん這いになる俺。


そのまま呆けた俺の肩に、誰かの手がポンと乗った。振り向くと、無表情で小首をかしげる里奈が。


「毛布?」


「いやあああぁぁぁ!!やめてええええっ!!」


もんどりうつ俺。その間にも物語は進んでゆく。


「聞いてくれ綾。このプレゼントは従兄弟のモンなんだ」


「そうなの……?」


「お兄ちゃん!」


そういって駆け寄るロリ少女。そうか、そういうプレイか。


美咲みさき!?何でここに……」


「このお姉さんに連れて来てもらったの。お兄ちゃんに会えるよって言われたから」


そう言って里奈を指差す、美咲と呼ばれた少女。海から視線を受けた里奈は、それにニッコリ手を振って応えた。


「そうか……悪い、渡辺。……綾、紹介する。この子が従兄弟の美咲だ」


海が言い終えると、ぺこりとお辞儀する少女。


「はじめまして!海お兄ちゃんのお父さんの弟の娘の、氷室美咲です!」


お父さんとお母さんと妹と息子とコウノトリの卵を食べたお婆ちゃんか。なるほど、分からん。


そして握手を求められた綾ちゃんは、「は、はあ」と呆けた声を出して握手を受けた。恐らく綾ちゃんも分かっていないんだろう。いやちげーか!


「美咲……これ」


と、海は問題のプレゼントを、少女美咲へと渡した。


「わあ!誕生日プレゼントだよねっ?ありがとうっ!」


くるくると回りだしそうな程喜ぶ少女。海はそれを笑顔で見やると、一呼吸置いて、綾ちゃんに向き直った。


「綾……それで……その……これ」


そう言ってポケットから取り出して、おずおずと差し出したのは……。


黒い小さなケースに入った、二つのシルバーリングだった。


「ホントは誕生日にあげたかったんだけどな」


苦笑いする海。綾ちゃんは指輪を見たまま、固まって動かない。


驚いた瞳には、やがて涙が溜まって。


それがポロリと落ちた頃には、すっかり泣き顔になっていた。


「あっ、綾!?」


入れ代わって驚く海に、綾ちゃんはもう一度抱きついた。


戸惑う海だったが、それに応え、両腕で綾ちゃんを覆った。お互いがお互いに、もう離さないと言わんばかりに。



二人は、思い出の浜辺で、いつまでも。



「あ~あ。結局私らの早とちりだったんじゃん。あ、美咲ちゃん顔真っ赤」


腰に手を当て、骨折り損とでも言いたそうな雰囲気の里奈。


「……クソッ。あいつばっかり良い思いしやがって……これだからイケメンは嫌いなんだよ……」


俺はいまだ四つん這いだった。


「……毛布ってなに?」


「らめええええっ!!そんな目で見ないでえええっ!!」


こうして、この事件はあっけなくマジクソつまらない形で幕を閉じたのであった。


ま、いいけどね……。



―――――。



「ただいまぁ……あー、疲れた」


「おおっ!御帰り、政人!遅かったなっ!待ちくたびれたぞっ!」


「んお?なんだ、俺が帰ってくんの待っててくれたんだ、亀吉さん」


ちょっと嬉しくなって、水槽まで近づいていく俺。


「何を言っているんだ。御主人の帰りを待つのは、ペット足る者、当然のことではないか。んふふ~」


「なんだよう、可愛いじゃないかこいつう!このこの~!」


「ちょっ、や~め~て~よ~も~う!」


「ははは」


「ふふふ。……で、政人。アレは?」


「え?あれって?」


「アレと言ったらアレではないか。その……魚肉ソーセージ」


「え?」


「え?」


…………。


「……あ」


「あん?」



おわり☆



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