第45話 ウンコバーガー
今は夏休みだよね?
俺の計画では、初日から女の子ときゃっきゃうふふしたり、うふふきゃっきゃしたり、うきゃっふふきゃしたりしてたはずだよね?
それなのに、今の状況はなんだろうね?
「午前中からこのくそ狭い教室にくそ暑い中閉じ込められ、くそ教師にイジメられてる俺はくそか?」
「自分の事わかってんじゃねーか、くそ政人くそ」
俺うんこに挟まれた!
声の主は隣に座る友基。そちらに視線を向けると、両手を頭の後ろで絡ませ、ペンを鼻と口の間で挟んでいた。やる気ねえな。というか補習は俺たちだけらしい。里奈は?海は?ねえどこに隠れてるの?
「うるせえクソチビ。テメーなんかくそ豆乳飲んでくそツイストかけてくそくそやってろ」
「テメー!俺の悪口は言ってもハルちゃんの悪口言うんじゃねえ!会話が噛み合わねぇだろ」
「会話が噛み合いません!ってあれ!?先読み……だと……!?」
「斉藤君、内田君。勉学に勤しむつもりが無いなら、二度と学校に来てもらわなくても、先生は一向に構わんのだが」
「さて内田君、そろそろ勉学に励もうじゃないか」
「うん。はげもうはげもう先生はげろ」
「内田あ!」
「あっ、大丈夫だよ内田君。先生の毛髪はすでに死滅していらっしゃるんだ。30台も半ばだというのに」
「なっっ!」
「ほう、あの頭に乗っているのは偽りの装飾。その中に真実が……。フハハ、おもしろい。実に面白いぞ!」
「……アノネ、センセイナンデモキイチャウヨー」
―――――。
午後。教室を後にして階段を並んで降りる。ちなみに俺たちの教室は3階だ。
あの後、補習時間が短くなることは無かった。……まあ、補習日数は激減したが。フハハ。
「いやー終わった終わった。慣れないことすっと疲れんぜ」
友基が大きく伸びをしながら、あくびと一緒に言葉を吐き出す。
「まあとりあえず午後は空いたし、どっかふらつくか」
「おう。なーんか夏らしいことしたくね?」
「夏らしいこと、ねえ……」
ゲーセンで涼んだり、ファミレスで涼んだり、家で涼んだり……。涼しいなー、現代の夏。
ふいに、友基が両手をパチンと叩いた。蚊か。
「わかったぜ!夏らしいこと!」
「おお、蚊か」
「ちげーよ政くそ人」
俺の中に挟まないで!
友基はもったいぶって、誰も居ないというのにわざわざ耳打ちをしてくる。背伸びまでして。
「旧校舎によ、出るんだよ……」
「な、なんだって……?ウチの学校に旧校舎なんてあったのか!?」
「ああ……。話の都合上、たった今できたらしい……」
…………旧校舎なのに?
旧校舎に出るっていうより旧校舎が出たって感じじゃね?
……俺はこの世界の理不尽さを無視して、話を進めることにした。うん、あった。そういえば昔からあった気がしないでもない。けどない。
「で?夏で出るっていうんだからもちろん怪談話だよな」
「ああ……、実はな……」
どうやらその怪談は、最近広まった新鮮な話らしい。なんでも図書室のさらに奥、さまざまな理由で使われなくなった本の保管室(旧校舎なわけだから、図書室も現状は保管室なんだが)。そこに女生徒の霊が出る。彼女は生前は大変な勤勉家で、その努力もあってか成績はいつもトップ。それを妬む奴等も少なからずいた。
そして、嫌がらせにあう。
放課後、その日に持ってきていた教科書を、すべて捨てられてしまっていた。
彼女の家は恵まれた家庭ではなかった。彼女は教科書がなくなってしまったこと、そしてそれは嫌がらせなのかもしれないという事を、親には話せなかったのだろう。そして友人にも。
彼女は探した。家に帰らず、日が暮れても、探し続けた。まだあるかもしれない。私の教科書が、まだ……。
そして、見つけてしまった。
図書室の奥、夕日で真っ赤に染まった保管室に、カッターと一緒にズタズタになった自分の教科書が。
彼女は震える手でカッターを……そして……。
「実際に見た奴もいるらしいぜ。黒髪の女生徒が座ってなんか読んでるって。くっきりばっちりと」
「……マジモンじゃん。それ怪談っていうんだよ?」
「だから怪談だっつの。テメーはそれ以外の何を期待してんだ」
「いや、友基のことだからてっきり豆乳オチかと」
「テメー!豆乳おいしいよね!おわり!」
とか何とか言ってる内にも、俺達の足は旧校舎へと向かっていた。まあ暇だしな。
旧校舎は、グラウンド側が表とするなら裏にある。一昔前の、一般的な木造校舎。新校舎より幾分か小さいため、日があまり当たらない。少し、いや大分陰湿な場所だ。
雑草が所々生えた不整備の地面を歩くと、すぐに横長の建物に据えられた正面玄関の前に着いた。
怪談聞いたばっかだから、ちょっと怖気ついちゃうな……。
横を見ると、友基が不敵な笑みでガッツポーズを返してきた。おお、頼もしいな。
「後ろはまかせろ!」
頼もしいなあこの豆乳野郎。
一つ息を吐いてから、俺は横開きの戸に手をかけ、力を込めた。
……何のことはない。戸は簡単に動いた。中を見渡してみると、木造りの下駄箱が等間隔で置かれ、奥は少し広まった空間。掲示板などが壁につけられている。
とりあえずそこまで進んでみる。木張りの床は多少軋むが、そこまで痛んだ様子はない。
通路は左右に分かれていた。
「で、図書室ってのは?」
友基が右を指差す。廊下の中頃に『図書室』のプレートが掲げられた扉が見えた。自然と、固唾を呑む。
「行くか……」
「おう……」
なぜか二人して忍び足で歩む。図書室の扉の前まで着いて、俺達は互いを見て、頷き合った。
扉に手をかけ、ゆっくりと開いてゆく。
中は……プレートの通り図書室だった。等間隔に置かれた俺の身の丈以上の本棚に、ぎっしりと詰まった年季の入った書物達。
そして俺達が居る対面のちょうど直線状に、もう一つ扉があった。いわずもがな、アレが例の保管室だろう。
いつまでもここに立っている訳にも行かない。そう思い、足を一歩踏み入れた。……その時。
声がした。ううん、と、人間の唸るような声が、あの扉の奥で。
鼓動が爆発した。俺の頭の中で小さい妖精のおっさん(全裸)が逃げろ逃げろと叫ぶ。
でも、足が止まらない。あとおっさん両手広げて腰カクカクすんの止めて。
一歩、また一歩と扉に近づいてゆく。一瞬、死んだ女生徒の姿を想像する。悲しみにくれた虚ろな瞳で、自分の返り血で真っ赤に染まって……。
扉に手を伸ばす。これは俺の好奇心なのか。それとも、もう既に女生徒にとり憑かれてしまったのか。
それも、扉に手を掛けた今ではどうでもいい。
俺は、ゆっくりと、扉を開けた。
「うーん」
書物が雑然と置かれた部屋の真ん中で、黒い髪の女生徒が唸りながら弁当を見ていた。
「あ」
そして、気配を感じ取ったのか、こちらを見上げる。
腰まで伸びた髪。前髪は真ん中で二つに分けられ、そこから見える表情に起伏はなく、それでいて実にやる気がなさそうに見える。……いや人の事言えないけどね?
その少女はたっぷり数秒俺と見つめ合った後、ゆっくりと頭を垂れながら、のんびり口を開く。
「おはよーございます」
がっくりと、俺は別の意味で頭を垂れた。
こいつが怪談の正体か……。ていうか、こいつこんなとこで何やってんだ……?
俺は彼女の前で脚を屈めて、いわゆるウンコ座りしてから、浮かんだ疑問を脱力感を隠そうともせずに尋ねた。
「おまえ、ここで何やってんの……?」
「んーと、お弁当食べようとしてた。でもない」
「なにが?」
なんで?はとりあえず後回しにした。彼女は弁当を持つ手をこちらに向ける。右手に弁当箱。左手にその蓋。そしてその蓋に……シューマイがぎっしりとくっついていた。
「しゅーまいがこの中にいっぱい入ってた。わたしが朝入れたから間違いない。でも開けたら空っぽ。これは誰かのしざ……仕業といわるざを……いざわるを……誰かのせいだと思う」
あーあ諦めちゃった!
「いや、おまえ蓋に付いてるよ?」
彼女は蓋を見ると口が少し開いた。恐らく驚いているのだろうか。そして少し嬉しそうに、蓋をこちらに向けてきた。
「あった」
と言い切る前に、狙ったかの様に剥がれ落ちるシューマイ。
少女は蓋を見て、俺を見て、地面に転がった埃まみれのシューマイを見て、そして一つずつ拾い始めた。
「3秒ルール3秒ルール」
明らかにタイムオーバーだからね!
「はあ……保管室の幽霊の正体がこんな奴だとは……」
「幽霊?」
その単語に少女は拾う手を止め、こちらを見上げた。ずいぶん小さいな。友基と比べてもまだまだ差があるぞ。……あれ、そういえば友基は?
と、その時、遠くから悲鳴が。この声は……友基?
「そうだ。わたしここの幽霊を倒しにきた」
「は?幽霊を倒しに?」
少女はブレザーのポケットから、呪符のような長方形の紙を取り出し、こう言った。
「ミコミコ霊媒師、みかみみゅ……みみか……みかっ……くじけそう」
自分に負けないで!
「苗字は?」
「御神」
「名前は?」
「美子。参上っ」
「全部言ってみ?」
「みかみみみみかみみかみかみみみみみみみみみみかみかか……」
なんか呪文唱え始めた!てか逆にスゲーよ!
こうして出会った謎の少女。俺はこいつと幽霊退治をすることになる……のか?
「みみみかみみみかかかみみみみかみ……」
こわいよー。
最低なタイトルだと、自分でも思いますね。