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第44話 お酒は二十歳になってから。俺たちゃ二十歳になってんだ

「ついたあああ!」


一番先に、飛ぶように降りたハルが、両手を高々と上げて開口一番。ハルはバスとか電車とかが苦手らしい。


バスの中で聞いた理由が、なんでも「ちんたら走られるとイライラするんだよ!」だとか。その言葉に友基が「ちん!?ムラムラッ!?」と勘違いしていた。その言葉に今度は一太郎が反応していた。おまえら……。


とにかく今は大きな川が流れるそばの森林溢れるキャンプ場。駐車場から川べりまでしばらく歩いていくと、他にも客が大勢にぎわっていた。


「よーし、ここだ!」


先頭を歩いていたオッサンが止まる。どうやらこの場所を陣取っていたらしい。各自、荷物を置いてとりあえず人心地つく。つーかこの時点でハアハア言ってるメガネ共は何なの?


今回は外で一泊だけあって荷物が多い。とりあえず自分達の荷物とバーベキュー用品はなんとか持ってきたが、特に重たいキャンプ用品はまだバスの中だ。


俺はみんなに呼びかける。


「とりあえず男共は、荷物持ってくるか」


「ええー、オッサンもう歩けないよぅ。おんぶしてくれるなら行く」


「オッサンが荷物になってどうすんの!?」


「なあなあ政人、俺もう下に海パン履いてんだけど、これってもう泳いでいいってパンツの神様が言ってるのかもしれない」


「俺の話聞いてた!?ていうかパンツの神様ってなに!?」


「ムーニーマン的な」


「それ絶対おむつの神様だよね!?」


話が進まねえ。オッサンは俺と充、友基は海が強制的に引っ張っていくことにした。メガネ二人は……いいや、もう既に満身創痍だし。一太郎が暴走しないか心配だが、克也がいれば、まあ安心だろう。


……人称も克也にまかせよ。



―――――。



はあ……ようやく呼吸が正常に戻ってきた。運動不足もここまでいくと、自己嫌悪の類になってくるな……。


ん?あれ?


……あれえええええ!?俺の主観になってる!?えっうそっまじで!まじで!?


「じゃあ克也、後は色々頼んだぜー」


政人がめんどくさそうにため息をつきながらバスへと向かってゆく。


政人達の姿が完全に見えなくなった後、赤木(一太郎)が眼鏡をきらりと光らせながら、にやりと悪どい笑みを浮かべた。


「ふふふ、政人さんがここに居なくなった今、かならず人称が変わるはず。僕に来い僕に来い僕にうぇーーーーい!」


……すまない赤木。なぜか俺になってしまったようだ……。


狂ったように叫ぶ赤木は放っておいて。理由はわからんが俺の主観なのだ。きちんと描写しなくては。


「はいはいみんなー。とりあえず私たちはバーベキューの準備にかかりましょう」


クレアさんの意見に誰も異議はないようだ。


俺と里奈は、コンロを組み立てて着火までを頼まれた。


とりあえずコンロの足を立てて炭を入れ、後は火をつけるだけだ。


「ねえ克也、とりあえずウチから着火材持ってきたんだけど」


「何でパイナップル爆弾!?そんな物使ったら俺らまで着火されるぞ!」


「だよね~?よかったー使う前に聞いといて」


いや聞く前に気付いて!?誰でもわかる問題だぞ!?


「あ、着火材渡すの忘れてたわ。ほーい!」


と、クレアさんが着火材を俺に投げて渡す。


「ってこれもパイナップル爆弾だからねやっぱりね!」


今度は水島ハルが着火材を投げて……ってもうこれパイナップルそのものだろうが!


投げてきた水島は手のひらを上に向けてクイクイッと曲げている。ツッコミが欲しいのか?絶対しない。


「あれっ?これって私もボケた方がいい雰囲気っ?あっ、パイナップルが無いよ!どうしよう、じゃあもうこのコンクリートブロックを全力で投げ付けるしか……」


「大丈夫ださくら君。その時点で十分ボケれてる。本当に大丈夫だからその凶器を放してうひょうっ!!」


その様子を見て、満君が本当に楽しそうに笑っている。本当に楽しそうに。


……満君、君が一番始末が悪い。


「あの、柏木君。これ」


苦笑いしながら、ゲル状の一般的な着火材を、バッグごと渡してくれる村上(綾)。ああ……氷室。君の彼女だけだ。この場で正常なのは。


ただ……。


「あの……村上?この量は……」


ゲル状の使いきりパックタイプ。それがざっと100個。ていうかバッグの中全部それ!?


「あ、もしかして足りない?ふふ、そんなこともあろうかと、もうひとバッグ」


バッグ単位!?


どうやらこの場で正常なのは俺だけらしい。ああ、だから俺なんだ……。


なにやら頭痛を覚えながら、とりあえず村上の着火材をひとつ取り出して、炭の下に入れ、それに火を着ける。炭に火が回るのはまだ先だが、一応これで役目は終えた。


「じゃあ俺はほかを手伝ってくるか」


「まじめだねー克也は。私は火見てるわ」


「じゃあ頼む。火が全体に回って、しばらくしたら黒い煙が消えて火力が弱まるから、そうしたらうちわで扇ぐんだぞ」


「わかった!とりあえずこのパイナップルボムを投入ね!」


「どうしてそうなった!?俺の話にパイナップル要素あった!?」


「うそうそ。早く手伝ってきなって」


俺は不安感を拭えなかったが、まあ火番は里奈に任せておこう。


みんなの居るテーブルへ向かう。クレアさんと村上と満君は食材を切る役。さくら君と水島と赤木はそれを串に刺していく役らしい。


クレアさんは俺に気付くと、笑顔を向けてきた。


「火付けは終わった?じゃあこっちの切る役お願いね」


はい、と言おうとした口が半ばで止まる。そして別の言葉を搾り出した。


「あ……あの……これって……」


「ん?見ての通り、チキンよ?」


あの……僕たちが食する前のチキンなんですが……。


目の前には、羽と足が無い状態のニワトリ。しかしそれ以外は全て加工前。


村上はそれを手に掛けると……あわわわわ。


「まずは……頭。フフ」


ダンッ


「次に……おしり。フフフッ」


ダンッ


「で……内臓を。クスクスッ」


「村上先輩すごいわ……。ああ、見惚れちゃう……」


満君、なぜそんな恍惚としているんだい?


「そうそう、うまいわねー。あ、克也君。4羽いるから1羽頼むわね」


え……俺?


「あ、柏木君も捌く?大丈夫。そんなに難しくないよ」


難易度の問題じゃないです。むしろ精神的な難易度はマックス近いです。


さくら君と水島と赤木を見ると、3人して目を逸らされた。その間に満君にあれよあれよとエプロンを着せられ包丁を持たされる。


里奈……ここはとんだアウェイだったよ……。政人……俺はもうだめみたいだ……。



―――――。



……ん?


ああ、克也は死んだか。


いま俺たちはようやくバスに着いた所。なんだけど……。


俺たちのバスには人だかり。正確には、海と充の周りだが。どうも人だかりは女子大生の団体らしい。海は迷惑そうな、充は困ったような表情だ。それぞれがひとつ動作を取るたびに、かわいいーーっ、とか、かっこいいーーっ、とか言われてる。言われてろ。てか逝われろ。


俺達3人は蚊帳の外でポツネン。


……なにこれ?ねえこれなんていうイジメ?


「何で俺は蚊帳の外?お姉さん気付いて!ここにダイヤの原石がいるんだよ!」


「はっ、ダイヤだぁ?政人なんて尿路結石が関の山だろ。お姉さん俺はちがうよ!磨けば光るよ!」


「光るってなにが?金玉?」


「テメー!」


「コラコラ喧嘩しない!よーしわかった。オッサンがなんとかしてやる」


オッサンはそう言うと突然脱ぎだした。ってオッサンも海パン着用済みかよ!しかもブーメラン!


人だかりへと駆け出すムキムキブーメランのオッサン。


「ねえねえお姉さん!オッサンと夢のアイランドで海をパンパンしようよ!ブーメランだから多い日も安心だね!はあードッコイドッコイ!」


悲鳴を上げながら、我先にと逃げ出す人々。人々というのは、人だかりを遠巻きに見ていた奴等も含まれる。


笑顔のままのオッサン。――でも、肩は震えていて。それが、オッサンの心の中を痛いほどに表していた。


「オッサンは……頑張ったよね?オッサンはもう……泣いていいよね?」


俺は何か言おうとして、途中で止めた。


できなかったのだ。この場でオッサンに掛ける言葉が見つからなかった。それは俺だけじゃなかった。何も行動に移さなかった俺達が、すごいよオッサン、頑張ったねなんて、言えるわけが無いじゃないか。


オッサンの涙はだれにも拭われないまま、夏のアスファルトに落ちて、溶けていった。



―――――。



「はあ……はあ……やっと着いた……」


キャンプ用品を担いだ俺達は、やっとこさみんなのところへ戻ってきた。


そこへクレアさんが声を掛けてきた。


「お疲れ様。こっちの準備は終わったから、ちょっと休憩したら今度はみんなでテントの準備を……ってあら?」


オッサンがクレアさんに抱きつく。


「……ずいぶん大胆ね、どうしたの岳夫?」


「心の休憩だよ。しばらくそうしてあげて、母さん」


声に出せないオッサンの気持ちを、息子が代弁した。


「そう?しょうがないわねえ」


クレアさんが、よしよしと背中を叩く。いい奥さんじゃあないか……。


「じゃあテントは俺達でやるか」


海が珍しく率先して行動を促している。先程の件に責任を感じているみたいだな。


設営するのは、大人数もなんのその、ロッジ型テントだ。名前の通り小屋のような形になる。


はずなんだ。


人数が人数なだけに、テントは2つ作らなくてはいけない。俺達は適当に2グループに分かれて、それぞれひとつずつ作ることにした。


俺、里奈、友基、ハル、充、さくらが俺達のグループ。残りの克也、綾ちゃん、海、満、一太郎でひとつのグループ。グッパーで決めたのに、あそこのカップルが一緒なのはなんか、逆に納得いかない。


で、俺達は今それぞれポールを持って、せーの、の掛け声と共に立ち上げたんだが……。


友基が首を傾げる。


「なんか真ん中ヘコんでね?なにこれ?こういうデザインなの?」


「ちがうよ、友基。これはきっと骨組みのポールが、ジョイントの役目になるブラケットにきちんと入っていなかったんだね。大丈夫、誰でも一度はやることさ。ドンマイ!」


「政人も骨組み担当じゃね?」


「…………」


「ばかだなぁ、政人達。だからボクはちゃんと奥までって言ったのにー。でも失敗は誰でもあるって。ドンマイ次あるよ!」


「ハルも骨組み担当じゃね?」


「…………」


無言で微笑みあう俺達3人。


「ミツ、このパイナップルあそこに投げていいよ」


「ええっ!?何でこんな物持ってるんですか!?」


「うそうそ。ていうかどうすんのよ?あっちはもう出来上がってるじゃん」



向こうを見ると、ちょうど立ち上げた所らしい。でも俺達のように中折れすることは無かった。と思ったら。


「あ、崩れた」


「崩れたな」


「崩れたね」


淡々と状況を口にする骨組み3人組。


綾ちゃんと満はにっっっこり。もう向こうを見るのは止めておこう。きっと18禁だ。


この惨状に、さくらはため息しか出ないみたいだ。


「ハハ、やっぱこうなったか」


と、ここへ救世主オッサン登場。


「オッサンどこいってたんだよ。なんだ?クレアさんとシッポリか?」


「政人、息子の前でシッポリネタやめて!」


「でもホントはしたんでしょ?毎晩のようにしてるくせに。聞こえてるからね」


「息子よ、父さんは何か悪いことしたかな?土下座とかしたほうがいいかな?」


この調子なら、いつものオッサンに戻ったみたいだな。


「……まあいい。オッサンが組んであげるからとりあえずばらそう」


向こうではクレアさんが指示していた。助かったな男共。


オッサンは昔っからアウトドア派だもんな。クレアさんも手馴れてるし、この2人に任せておけば問題ないだろう。


俺達が一旦ばらすと、オッサンはそれをあれよあれよと組み立ててしまった。


「うーし、立てるぞー。せーの!」


「おおっ。すげぇ!壊れねーぞ!」


「ハハハ、後はロープで固定して、ペグ打って完成だ」


「そっちはどう?」


と、声をかけてきたのはクレアさん。後ろには、満と綾ちゃんがいた。


「ん、大方完成だな」


「じゃあそろそろ焼き始めましょうか。女の子達は連れてくわね」


「おう。テントは任せとけ」


そして作業に戻るオッサン。その動きに淀みはない。


……今更だが、この2人を呼んでおいてホントによかった。俺達だけだったらどうなっていたことか……。


とりあえず海達はテントが崩壊したところでバッドエンドだろうな。


「あぁぁぁっ!自分の手叩いちまったあぁぁ!!」


「ははっバカだなー友基ってあぁぁぁっ!自分の手叩いちまったあぁぁ!!」


「ははっ馬鹿だなーお前らってあぁぁぁっ!自分の手叩いちまったあぁぁ!!」


「ホントバカだ、この人達……。僕はこんな大人にならなってあぁぁぁっ!自分の手叩いちまったあぁぁ!!」



―――――。



女性陣の方へいくと、コンロからなんとも香ばしい匂いが漂ってくる。時刻は2時ジャスト。そろそろ腹の悲鳴に耐えられない。


「できたぞー!」


「こっちもいい頃合よ。じゃあまずはカンパイってやつね。あ、でもお酒はだめよ?」


まあ今回は保護者として来てもらった2人の体裁もあるし、当然だろう。


と、クレアさんが取り出した物は……こげ茶色のビンだった。それにでかでかと、麒麟さんが描かれている。プラでできたコップを人数分用意して、そこに並々と注いでいく。おお、泡とビールの対比が完璧だ。……じゃなくて。


俺は当然の疑問をクレアさんに投げる。


「あの……クレアさん?それはなんでしょうか?」


「ん?これはビールよ。へんなこと聞くのね」


「完璧お酒ですよね?それ」


「違うわ!仕事が終わって、ガタゴト電車に揺られて、ドロドロになりながら帰宅。とりあえず風呂に入ってさっぱりした後にああこの一杯!さっきまでのまとわり着くような疲労も吹っ飛んで、明日も頑張ろうって気持ちになれる……。これはね、そういう魔法のお酒なの」


「最後お酒っていったよね!?もうそれで今までの長い台詞台無しだからね!」


「もう、そんなの『この小説に登場するキャラクターは20歳以上です。このシーンは未成年の飲酒を勧めるものではありません』……とか言っときゃいいのよ」


「なにそのエロゲの決まり文句!?だから最後の一言で全部アウトになってんだよ!何で最後なげやりになっちゃうの!?」


「……Japanese is not understood for a moment. Are you an onion?」


「おい!英語は得意じゃないけど俺の事タマネギって言っただろ!なんで!?」


言い合いながらも、クレアさんは全員分注ぎ終わってしまった。


……まあいいか。俺も飲むことに文句はないし。早く食いたいし。


みんなにコップが回ると、自然に俺に視線が集まる。また俺か……。どうせ前回みたいになりそうだな。フェイントかけてみるか。


「……西武会館!」


…………。


「……神宮球場!」


…………。


……だいじょぶそうだな。


「こほん」

「「「「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」」」


俺咳払いしただけじゃねーか!


みんな弾かれたように一気に騒ぎ出す。旨そうな肉にがっつく者。飯はそこそこに、楽しそうに談笑する者。いちゃこくカップル。ひたすら飲み続ける者……ってクレアさん良い飲みっぷりだなー。


いやー、何とか今回も無事に終われそうだな。


そう心の中でホッと人心地ついて、簡易設置された折りたたみ式のベンチに腰を下ろす。


ビール片手にみんなを眺めてると、とん、と横に衝撃が。見ると、そこにはさくらがうつむき加減で座っていて、こんがり焼かれたチキンが盛られた皿を俺に向けていた。


サンキュ、と言ってからそれをひとつ手に取って口に運ぶ。


「おおっ、うめー!やっぱりできたてだな!」


「うん、いろんな意味でね……」


うん?と疑問を顔に出すが、さくらはなんでもないと首を横に振る。


そして、黙りこくってしまうさくら。……なんだろう、さくらが来た瞬間にみんながチラチラこっちを見てる気がする。


黙るさくら。チキンを黙々と食う俺。うめー。


黙るさくら。ビールをゴクゴクと飲む俺。ぐへー。


「おうさくら。ちゃんと飲んでんのか……って、顔近くね?どうした?」


突然立ち上がるさくら。


「ああっ、もうだめ!こうなったらクレアさん!飲み比べしましょう!」


なにがこうなったらそうなっちゃった!?


遠くでは、ため息やら政人死ねやら聞こえる。なんでだい。


さくらの突然の挑戦に、クレアさんは不適に嗤う。


「ふっふっふ、この世界で、まだ私に楯突く輩がいたとはねえ……」


「上等!私には飲聖政人がいるんだから!」


「やめて!?俺勇者じゃないから!俺なんて王室の前に居る『なんだきさまは! このさきはとおさんぞ』とか言ってスッと道塞いじゃう兵士ぐらいのポジで大満足だから!」


「そうクレアさんを挑発しながら、政人は悠然とビール剣を敵に向けるのであった」


「ビール剣ってなに!?なんか1枚500円でギフトとかに重宝されそうだね!」


ああ、もう完全にクレアさんの標的が俺になった。


そして俺と魔王女の最終決戦が始まった。やっぱりクレアさんは半端無かった。1ケース20本入りを飲み干した後、誰もが惚れる様な満面の笑顔でまた1ケースを目の前に置かれた時、俺は意識とか常識とか、いろんな物を手放していった……。



そして後日、またしても二日酔いになったのは言うまでもない。




おしまい☆




『おまけ』



―――――。



「おお政人よ、死んでしまうとは情けない」


……そんな、お決まりの台詞で目が覚めた。


「……おまえのせいだろ」


俺の顔の目の前で、チョコンと座っている人物に文句をたれる。


ここは……さっきいたベンチのようだ。俺はここで潰れてたらしい。周りを見るとすっかり真っ暗で、バーベキュー用品は綺麗に片付いていた。それに入れ替わるように、焚火が静かに燃え上がっている。


上体を起こす。と、さくらが水の入ったコップを渡してくれる。それを一気に飲み干してため息を吐くと、ドロドロした意識が少し晴れた気がした。


「クレアさーん。政人おきましたよー」


さくらが向こうに呼びかける。焚火のそばにはクレアさんとオッサンがいた。2人は立ち上がって俺の前まで来ると、クレアさんが気まずそうに頬を掻く。


「あー……ごめんなさい。ちょっと大人気なかったわ。つい本気になっちゃった」


「あっ、謝らないでください!勝負なんだから政人もおあいこです!」


お前が言うな。マジでお前が言うな。


「……まあ、そういうことです」


「そう……?ホントにごめんなさいね?お詫びというか、あそこの焚火で焼いた魚があるから食べてね。お腹空いたでしょう」


言われて気付いた。俺チキンしか食ってないじゃん。


「じゃあ邪魔者は消えるかのう」


オッサンがそういって、2人はテントの方へと消えていく。最後にオッサンが親指をぐっと立てていた。なんか無性にイラつくんだが……。


なんだかんだ、俺が起きるまで待っていてくれたのだろう。ちなみにさくらテメーは当然だ。


とりあえず焚火の側まで寄る。揺らめく炎の前に、串焼きの魚が何本か刺さっていた。


一本手にとってがっつく。気付くと、さくらが隣に座っていた。……少し気まずそうな雰囲気で。


……こいつも強情な所があるからなぁ。


「ありがとな」


だから、こっちから声を掛けてみる。


「俺が目ぇ覚ますまで起きてたんだろ?」


視線は炎を見たまま。でも、雰囲気が和らいだのはなんとなくわかった。ふっ、乙女心のわかる俺、ぷらいすれす。



その時、頬に何か、柔らかい物が当たった。


「……え?」


隣を向くと、さくらは微笑みながら空を見ていた。


「あっ、見て!あれが冬の大六角形だよっ」


「あ、ああ」


俺はさくらの天然ボケ(多分本気で言っている)にも突っ込めないまま、空を見上げる。


都会ではそうそう見れない夜空を視界に納めながら。静かな虫の羽音を聞きながら。時折流れる夜のそよ風に身を委ねながら。


俺達は火が消えるまで、ずっと、そうしていた。






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