第38話 あはん充のラブストーリー
部屋に響く、携帯電話の規則的な着信音。
「……んぁぁ?……誰だよ……」
俺はベットに寝転んだまま、音源の方へと手をのばす。
携帯を掴み、二つ折りのそれを開く。俺は画面も見ずに通話ボタンを押して、耳にあてがった。
「……はい、だれ……?」
『もしもし、政人さんですか!僕です、一太郎です!』
俺は電話の向こうの大声に顔をしかめ、耳から離して画面を焦点の合わない目で睨み付けた。
携帯の画面には“一太郎”の表示。ついでに時間を確認すると10時前だ。
俺はさっさと用件を聞いて、さっさと寝たかった。
再び携帯を耳にあてがうと、向こうは相変わらずの喧騒。
『政人さん!?政人さぁぁぁぁぁん!?』
「んだようるせーな……早く用件を言えよ……1秒以内だ。はい、時間切れー」
『えっ?えっ?ちょっと……』
俺は携帯を閉じる。こうすると通話は自動的に切れるのだ。携帯も閉じられて一石二鳥だな。
俺は静かになった携帯電話を適当に放り投げ、再び目を閉じた。
ピンポーン
…………。
ピンポーン
…………。
ポーンピン
逆になった!?
俺は無視するのを諦めて、ため息をつきながらベットから降り、玄関へと向かった。
玄関に着いて、ドアを開けると、そこには……
「政人さん!」
一太郎がいた。
バタン
……こいつストーカーか!?
ポーンピン
「だあぁ!しつけぇ!その音なんか間抜けでムカムカすんだよ!やめろ!」
ポーーーーーン……ピン
―――――。
「と、いうわけなんですよ」
リビングテーブルに座りながら、コーヒーをすする頬の腫れた一太郎。
「いや、俺まだ何にも説明されてないけど?というわけもクソもないよね?」
一太郎の向かいに座る俺は、とりあえずタバコをふかす。
てか、なんでこいつ俺の家知ってんだ……?ホントにストーカーだろ?こいつ。
しかもさっきからなんかモジモジして用件言わないし。もう一回殴ってもいい?
「もうちゃっちゃと言え!焦れったいよおまえ!」
俺の言葉に、一太郎はやっと決心がついたようだ。
「わかりました!ズバリ言うわよ!」
「おう、ズバリ言え」
「ズバリ、女性が欲しいんです!紹介して下さい!」
「おう、ズバリ帰れ」
「はい?……ちょっと政人さん。それはあまりにも残酷と言うものですよ」
「いや、なんかおまえ自分が正しいような物言いだけどおまえ正しくないよ!?ちょっと態度でかくない!?」
「ですよね。ホントにもう」
「おまえ性格変わったな……。ムカつくし、眼鏡が無性にうぜぇからやだ。紹介やだ。おまえやだ」
一太郎は勢い良く立ち上がり、力任せにテーブルを強く叩き、痛そうに顔を歪めてから口を開いた。
「痛いですよ!?」
「それ俺に聞くこと!?ほれ、用件は済んだんだ!帰った帰った」
俺は立ち上がり、一太郎の背中を押して玄関へと促した。一太郎はそれに必死で抵抗しているが、力は当然俺の方が強い。俺と一太郎はぐんぐんと玄関に向かっていく。
「ちょっ……待って下さい!話を最後まで聞いて下さい!」
「必要無い。坊主の人がカチューシャするくらい必要無いから」
玄関の扉を開け、一太郎を無理矢理押し出す、靴を放り投げ、後は扉を閉めるだけだ。
ノブに手を掛け、ためらい無く閉めようとした。
「5万!」
扉が、途中で止まる。
俺は黙ったまま一太郎を見つめた。一太郎は自分の片手の指を全部突き出している。
「何もタダとは言ってません。僕も本気ですから」
一太郎は真摯な表情だ。
俺は鼻で笑った。一太郎の表情が焦りに変わる。
「5万?……ハッ、金ですべて解決できると思ってんのか?あんまりこの政人をなめんじゃねーぞ」
―――――。
「……で、10万で手を打ったのか」
「うん」
向かいに座る海はかなり呆れた表情だ。
喧騒の絶えない駅前。その駅前のハンバーガー屋の2階に俺と海はいた。
結局俺は頼みを受けた。だって10万だよ?俺生活費無いんだよ?
「なんで俺の所に来たんだ?他にもいるだろ」
海は物凄い面倒そうな表情でコーヒーを飲んでいる。
「だっておまえ女の子いっぱいいるじゃんか。うちの生徒にすげー聞かれてたろ?」
「全部断った」
「おまっ……!マジで!?」
「ああ、俺には綾がいるだろ」
海は当たり前のように言う。
「おまえ男らしいけどうぜぇな!テメーはそうやってあやあや言ってな!あーあ!綾ちゃんかわいい!」
これで振り出しに戻っちゃったな……。
「女の事は女に聞けばいいんじゃねぇのか?」
女に、か……。
―――――。
「……で、私の所に来たワケだ?」
「「うん」」
駅から少し離れた場所にある喫茶店。そこのオープンテラスに、俺と海と里奈はいた。
「うーん、女の子ねぇ……。あ、すいません、スペシャルパフェ一つ。政人、ゴチね」
わ〜お!さっそくスペシャル注文ですね!迷いが無いですね!というか遠慮が無いですね!
「イチタロに紹介かぁ……うん、たぶん無理」
じゃあ注文すんじゃねーよ!
「そうか……。これでまた振り出しに戻ったな……。あ、すいません、シーフードパスタ一つ」
「いや、なんか当たり前のように注文してるけどさ、なんで海も付いてきてんの?おまえ女いないんだったら用無しなんだよ?」
「は?取り分1割くれるんだろ?相棒」
「おかしいよね?おまえなんかした?相棒呼ばわりするような事しました?」
「いや、してないんだけど。なんか、あいついるだろ?西海岸の覇者倉田さん。あの人がおまえ等は相棒だって言ってた」
「いるだろ?じゃねぇよ!誰だよそいつ!」
「バカ、西海岸で『貝殻拾いの覇者』って呼ばれてる人だよ」
「知らねーよ!これまでもこれからも俺の人生には絶対関わらない人だよ!」
「まあまあ、そんな事はどうでもいいでしょ?」
里奈がパフェを待ち遠しそうにしながら、割って入ってくる。
まあ、確かに全身全霊でどうでもいいな。
「それよりも、どすんの?相棒」
君まで相棒呼ばわり!?
……もういいや……。それでも8万だし。
「おまえら……ちゃんと報酬分働けよ?」
「分かってるわよ。いや、分からないかな?」
いや分かれよ!
「ああ、ちゃんと働く?」
いや俺に聞くなよ!
「お待たせしましたー。スペシャルパフェと、地中海シーフードパスタになりまーす」
ウェイターが注文した品をテーブルに置いていく。
それを見た二人は話し合う様子も無い。目の前の食物に釘づけになっている。
「とりあえず腹ごしらえだな」
「さんせ〜い!」
それから二人は無心で食べ始めてしまった。
ハァ……俺もなんか食うか。
「すいません、カルボナーラ下さい」
「やだね」
…………。
ええぇぇぇ!!!
断られた!初めて喫茶店で注文断られたよ!何この店!?二度と来るか!
「ねぇ、政人。これからどすんの?当てでもあんの?」
里奈がパフェを頬張りながら聞いてくる。
「うーん、里奈の言う通り、あの眼鏡じゃあなぁ……。誰に聞いても紹介は無理だろうな」
「大体、なんでいきなり『女が欲しい』なんて言いだしたんだ?」
海がパスタを頬張りながら聞いてくる。……てか二人とも行儀わりぃよ。
「ああ、なんか最近女と触れ合う事が多くて、興味を持ち始めたんだと。だから『一日だけでいいですから〜』って必死になってたぜ?」
「一日だけでいいの!?」
パフェを口いっぱいに頬張っていた里奈が、いきなり俺に顔を向けて声を張り上げた。当然のごとく、クリームやら何やらが俺の顔に飛んできた。
「……うん。喋る時はお口の物をごっくんしてから喋ろうねぇ〜ってママに教わっただろうがコノヤロウ!」
「一日かぁ。……うん、だったらアテがあるよ」
こいつ俺の話をまったく聞いてねぇ……。あーあ、いつから里奈はこんなこんなこんなこんな……え!?
「あるの!?」
「うん、女じゃないけどね〜」
里奈はスプーンを指で遊ばせながら、含んだ笑みを見せた。
―――――。
「……で、僕の所に来たワケですか」
「「「うん」」」
「って意味分かんないですよ!」
里奈の自室。小綺麗な女の子らしい部屋に、4人はいた。
ベットに俺と海。勉強机とセットになった椅子に里奈。そして部屋の真ん中。客人用の椅子に座るのは……充だ。
「なんで僕がそんな事を……。全く理解できません!」
充は椅子から立ち上がり、感情をあらわにした。
里奈は椅子の背もたれを前にして、そこに腕と顎を乗せて面倒臭そうにしながら口を開く。
「もう、理解できない?だから、君が、女装、をす、るの」
「区切り方ちょっとおかしいですよ!?というか嫌ですよ!言葉じゃなくて、その発想が理解できないんです!」
「別にいいじゃん。報酬も2割なんだし。ミツは女装しても絶対イケるって!エロかわいくしてあげるから」
「嫌です!だったらちょいワル親父にしてください」
「えー、それで女装したらちょいワルおばさんじゃん」
「あー、なんかレジの順番とか抜かしそうですね〜って違う!まず女装が嫌なんです!ぜっっったいやりませんからね!」
充はふんっと鼻を鳴らしながら椅子に力任せに座った。
こりゃあ時間が掛かりそうだな……。しょうがない、俺が説得するか。
「充、正直に答えろよ」
「え、はい」
「おまえ、学校で気になるクラスメイトがいるだろ」
充の白い頬が、見る見る内に紅潮していく。
「いやっ、いやぁ〜。僕は女子が気になるなんて事は……」
「ふーん、女子が気になるんだ」
充は自分の発言に気付き、狼狽している。やがて諦めたように肩を落とした。
「……はい……気になる女の子がクラスにいます……」
「その子、もうすぐ誕生日なんだろ?」
「なっ!」
「んで、その子、骨董品の古いオルゴールが欲しいんだろ?」
「そんな事まで……」
「フッ、俺の情報網をなめんなよ?」
まあ、ホントはもしもの為にと、さっき一太郎に頑張ってもらったんだけど。効果てきめんみたいだな。
「そしてなんと!そのオルゴールはジャスト2万円!さあ、どうする?」
「…………」
充は俯いたまま、押し黙ってしまった。
「サァ!あサァ!あサァサァサァサァ!」
―――――。
「入っていいよ〜」
ドア越しに里奈の声が聞こえる。
ドアに寄り掛かっていた海は、待ちくたびれた様子で踵を返し、ドアを開けた。
そして驚きの表情のまま、動かなくなってしまった。
「なんだよー、早く俺にも見せてくれよー」
俺は固まっている海の肩越しに、部屋の中をみる。
「……うおぉ」
そこには、かわいらしい一人の美少女がいた。
ノースリーブの爽やかな春色のワンピース。
肩にかかる程度の栗色の髪。
その色が見事に映える純白の肌。
整った顔を恥ずかしそうに少し俯かせる、その表情はとても初々しい。
俺達の視線に気付くと、不安げに上目使いで表情を伺い、ツヤのある唇に手を持って行き、再び恥ずかしそうに俯いた。
てか……君だれ……?
「ふふん、どうよ?私のテクニックは」
「文句もツッコミも出来ないぞ、こりゃ……」
充は恨めしげに俺を睨んだ。……やべぇ怖くねぇ可愛い君が愛おしい。
「政人さん、本当に報酬もらいますからね!くそっ、なんで僕がこんな……」
「ちゃうちゃう。私は、だろ?」
「……あはん、なんで私がこんな目に〜」
「へぇ〜、『クソッ』て言葉、女の子は『あはん』になるんだふざけるな。……まあいい。これでバレずに一日過ごしゃあ報酬は俺のもんでゲス!うしゃっしゃっしゃ!」
こうして、あはん充と、でゲス政人と、その他大勢の十万円を賭けたミッションが始まるのだった……。
みなさん。本当にすみませんでした…。もう一生更新しないだろうと思っていたのですが、それじゃダメだよと思いなおし、こうして書き出すことにしました。しょうがねぇ付き合ってやるか、という読者の方、またよろしくお願いします!では!