第32話 俺とさくらとスニッカーズと
「くぁぁ……ねみ……」
俺は大口を開けながら、おぼつかない足取りで学校を目指していた。
改札にキップを入れ、他の人込みと一緒に駅から出る。
「でよー!あいつがうぜぇから俺、一発カマしてやったんだよ!ははっ」
並んで歩いている友基は朝からハイテンションだ。
「おまえさー……。俺んアパートからここまで、ずっと喋りっぱなしじゃん。しかもおまえ来んの早いから、俺朝飯食いそびれたんだよ。だからおまえのテンションについていけない俺がいる」
「うっせー!テメーにだきゃあテンションのダメ出しはされたくねぇ!!ボケが!死ねば!?」
え……?俺そこまで言われるようなこと言った……?
「へっ!反論もできないか。この乳酸……菌……が」
「誰が乳酸菌だコノヤロウ!乳酸菌だってなぁ、生きて腸に届くために頑張ってんだよ!それをおまえ……ん?」
友基の視線が固定されたまま、表情も固まってるのに気付き、俺は友基の視線の先に注目してみた。
あ、アレは……。
「おーい、ハルー!」
俺の声に気付いたハルは、俺の姿を確認すると、こちらに小走りで向かってきた。ハルはチェックの入ったスカートに、淡い水色のワイシャツを、長袖を折って着ていた。裾をスカートにしまわない所はハルらしい。
「政人!何やってんの?」
「いや、登校中だよ。みればわかんだろ。ハルは?」
って、ハルは今制服だし、こいつも登校中だよな。
「みればわかるだろ?暴走中だよ」
いやわかんねーよ!
俺達は今、人通りのド真ん中にいた。かなり邪魔だな……。なんか道行く人々の視線が痛いもん。
時間はと……うん、まだまだあるな。てか朝のショートホームルームの時間まで1時間30分もある。
「ハル、どっかで朝メシ食わねぇ?」
「んぉ?いいよ。ボクは最初からそうしようと思ってたし」
あ、だからこんなに朝早いのか。
「じゃ、行くか。オイ、友基、行くぞ」
友基を見ると、未だにつっ立ったまんまだ。
「……つけた」
「は?」
「見つけたぁぁ!俺様の舞水ー都派弐ぃぃぃ(マイスイートハニー)!!」
そう言うと友基は駆け出した。ハルへと一直線に。
ハルは友基に背中を向けていたが、何か殺気じみたものを感じたのか、フッと振り返った。
「ん…………え!?」
ハルが気付いた頃には遅かった。友基は飛びつかんばかりの勢いで、ハルを抱き締める。
「うっひゃぁ!会いたかったよ!」
「えっ、なん、誰こいつ……ってコラ!顔を近付けるなっ!政人ー!助けてー!」
…………。
「末長くお幸せにな」
朝からこんなんに付き合ってらんねぇ。
俺は二人に背を向け、学校へと歩きだした。メシは購買で買おう。
背中から、感謝の言葉と死刑宣告が同時に聞こえたが、俺が振り返る事は無かった。
―――――。
「おばちゃん、パンをくれ」
購買のおばちゃんは愛想良く俺に笑いかける。
「はいはい、どのパンだい?」
「え?どのパン?うーん、なんかこう、漲る勇気、溢れるパワーで元気100倍!みたいな」
「はいはい、アンパンだね」
このババァ……できる。
「おばちゃ〜ん、あと豆乳!」
横からヌッと出てきた奴、そいつは……。
「ア、アンパンメェン」
「え!?なんで最後だけ発音良いの!?」
もとい、友基だ。
ハルにやられたんだろう、顔がパンパンに腫れ上がり、まさにアンパンマソだ。うん、アンパンマソ。
「はい、アンパンと豆乳1リットル」
え!?なぜに1リットル!?
「おおー、わかってるねおばちゃん」
「でしょ?違いのわかるババァですから」
わかってねーよ。俺の気持ちをわかってくれよ。
とりあえず会計を済ませた俺は、友基と一緒に屋上へと向かった。
学生は雨が降ろうと槍が降ろうと屋上だからね。鍵が掛かってたらブチ壊しなさい。青春の神様は許してくれっから。
ガチャ
「うわー!青春だねぇ!豆乳だねぇ!」
おまえ、体の7割は豆乳だろ。
屋上は日の光がモロに当たって、気温が何度か上がってんじゃねーかってくらい暑かった。
今日は雲一つ無い晴天なので、太陽は隠れる事を知らない。空の隅々が青一色だ。
俺は適当に座り、フェンスに寄り掛かる。友基は俺の目の前で仰向けに寝転んだ。
俺は豆乳を友基に投げてよこし、それからアンパンにかじりついた。
……うん、喉乾くわ。
「おい、友基。豆乳ちょっとくれ……」
友基は俺の言葉が耳に入っていないらしく、豆乳を飲むのに必死だ。……それも器用に仰向けのままで飲んでいる。
俺は豆乳のパックを握った。
「ぶほっっっ!」
友基は変な声でむせた。行き場の無くした豆乳は、友基の顔に流れ続ける。
そこでやっと友基が豆乳パックを離したので、俺がそれを取って、自分の口に運び、喉を鳴らして飲んだ。。
「……ふう。はい、返す」
「てっ、テメー!この俺の顔を見て、なんか言うことはねーのかよ!」
「……アンパンメェン」
「だからなんで最後だけ発音バッチリ!?」
友基は俺の手から豆乳を強引に取ると、さっきのポーズに戻った。
アンパンも食い終わったので、俺はタバコを一本口にくわえる。
「……なあ」
友基が急に真剣な口振りて話し掛ける。俺はタバコに火を付けながら答えた。
「んだよ?」
そして口にためた煙を肺に押し込む。
「おまえ、さくらと会ってねーの?」
「けはっ」
その唐突すぎる言葉に、俺は咳き込んでしまった。
呼吸を整えながら、質問の意図を知りたくて友基を見ると、なぜか友基はニヤついていた。
「……おんなじ反応」
「なっ、なにがだよっ」
「べっつに〜。で、会ってねーの?」
『会ってないんだろ』と言うような口振りに、俺は疑問を持ったが、別に隠す事では無いので正直に答える事にした。
「……会ってねーよ」
「なんで?」
「そ、そりゃっ!向こうだって違う高校で違うダチ作ってるかもしんないのに、俺がポッと出ちゃ迷惑だろ」
なんだか焦れったそうな表情の友基。
「っだぁぁ!めんどくせーな!テメー約束したんだべ!?」
約束。
その言葉の意味を、俺は思い出す。
――遠い記憶。中学3年生の頃だ。
その時は克也もいなくて、里奈とも話してなかった。
チームにいた頃の日常が、そこにあった。
いつもの倉庫で俺はいつもたまっていた。
誰かがゴミからあさってきた、ボロボロの黒革ソファ。3人座れるそのソファは、俺のお気に入りだ。
背もたれのてっぺんに頭を乗せ、天井を虚ろに見つめながらタバコをふかす。
「なあ」
隣から聞こえる友基の声が倉庫に響く。向くと、俺と寸分違わないポーズだった。
「なーんか楽しい事ねーのかよ?」
「そればっかり……」
俺の代わりに答えたのは、さくら。
背もたれに上手く腰掛けながら、俺達の吸うタバコの煙にむせていた。
集合も掛かってないので、倉庫には俺達しかいない。倉庫の鍵番はさくらだから、俺達は勝手にここを溜り場にしていた。
夕暮れ時。やることが無いと、いつもここに来る。まあ、来てもやることはねぇけど。
「政人、テメーなんかやれよ」
「あー?だりぃしうぜぇしやってもおまえ等笑わなそうだからヤダ」
「なんだとテメー!テメーだって笑わねーじゃねーか!」
「だっておまえつまんねーんだもん。なに?『豆乳飲んでインサイダー事件』って。どこで笑えるのかが不思議でしょうがねー」
「うるせー!あれはインサイダー事件と、豆乳の中にサイダー。つまり豆乳・イン・サイダーを上手くかけたんだよ!」
「上手くねーよ!どんだけ不可解なんだよ!コナンでも解けないね!」
「テメーコナンだって頑張ってんだよ!コナンの悪口言うんじゃねー!」
「誰がコナンの悪口言った!?テメーの悪口だよテメーの!」
「うるさーいっ!」
ゴゴンッ!
「「ごめんなさい」」
いつものやりとりを終えると、友基は思い出した様にソファから立ち上がった。
「やべー!今日は豆乳の特売日だ!じゃあな腐ったミカンどもぉ!」
「「なんだと!」」
俺とさくらがそう言うと、友基は逃げるようにして倉庫から出ていった。
俺が友基の出ていった扉を見つめていると、さくらが友基の代わりに隣に座った。
中々に勢い良く座ったので、黒革の切れ目から出てきた埃に少しむせる。
「……ひまだねー」
「だな……」
少しの間、沈黙が流れる。
「……なあ」
先に沈黙を破ったのは俺。
「んー?」
さくらが気の無い返事を返す。
「おまえの付き合ってもいい男の条件って、なんだったっけ?」
「あ〜、この前話したやつ?えっとね、優しくて、自分を持ってて、群れてない奴っ!つまり、今のあんたの真逆ってことですな」
さくらが嫌な視線を俺に向けている気がする。俺はずっと前を向いてるからわからないが。
「……もし」
「え?」
俺は煙を吐いて、タバコを捨てて、言った。
「もし、俺がチーム辞めたら、条件にぴったりなんじゃねぇの?」
さくらを見る。さくらは俺を見つめたまま呆気な表情でいた。
さくらの表情が、優しい微笑みに変わり、その表情に俺はドキリとした。
さくらは立ち上がり、俺に背を向ける。
「それは……告白?」
俺はさくらの背中に喋りかける。
「え……?うーん……そりゃあ、ねぇ?」
「なにその曖昧さ?」
さくらは笑い声を交えながら喋る。表情が見えないので、その笑い声の意味がわからない。
今度は俺が呆気に取られていると、いつのまにかさくらは倉庫の扉の前まで歩いていた。
答えを聞いていない。
俺はさくらを引き止めようとソファから立ち上がる。その時、さくらが扉の前で歩みを止めたので、次の行動を待つことにした。
「いいよ」
急に発せられた、さくらのよく通る少し低めの声。
「い、いいの……?」
扉を開け、倉庫から出る瞬間。さくらは俺に振り向き、楽しそうに笑った。
「もし辞めれたらね?」
扉の閉まる音。倉庫に一人で立ち尽くす俺。
「え……な、なにがいいんだっけ……?」
―――――。
……と、なにがいいのかわかんなかったが、多分アレは付き合ってもいいよ、だと思う。
ハッとして前を見ると、そこには豆乳のパック…………それだけ。
「あれ?友基ー?ともちゃぁぁぁん!」
俺はまさかと思い、時刻を確認する。
「うーん、なんかこう、遅刻っぽいなっ!……ドちくしょぉぉぉぉ!!」
俺は立ち上がり、屋上の扉を開け、そして走り出した。
さくらとの約束を思いだしたからか、動悸が早くなる。
……いや、走ってるからかもな。
―――――。
放課後。
俺は一人で歩いていた。正門から出るところだ。
なんか最近一人で帰んのが多いなー。なんかいっつも克也と里奈が二人で先に帰ってしまう……。
学生カバンを肩に掛け、少し俯いて歩いていると、目の前に女生徒が立っているのが見えた。
制服からして、違う高校の奴だ。
……美脚ぢゃのう。うへっうへへへっ!
そう思いながら顔を上げる。
俺は女生徒の顔を見たまま立ち止まってしまう。
タイミング良すぎだろ……
「さくら……」
そこには幼さの抜けた、他より少し大人びた少女。2年前の面影が少し残っているので、一目でわかった。
さくらの肩より少し伸びた赤みがかった綺麗な髪が、涼しい風でなびく。
2年前と変わらない、優しい微笑みを見せ、口を開いた。
「……お腹すいたね」
……久しぶりは!?
「おまえ2年ぶりの奴に言うことはそれ!?」
「あっ、そだよね」
さくらは照れたように少し俯く。
ったく、少し抜けてる所は全くかわんねーな……。
「えーと、お腹すいたね。なんか食べない?」
……話を聞いてねぇ!!
俺はため息を一つ吐いて、それからさくらに歩み寄った。
―――――。
「……で、なんで公園でスニッカーズ?」
夕暮れ時の公園。
ベンチに並んで座る俺とさくら。
手にはスニッカーズ一本。
「バッカ、『〇〇が〇〇〇〇スニッ〇〇〇』ってよく言うだろ?」
「なんで伏せ字だらけ!?まあ、そりゃ『お腹がすいたらスニッカーズ』っていうけどさ〜……」
あーあ、俺のセリフの伏せ字が台無しですわ。
さくらは包装からスニッカーズを取出し、一口かぶりつく。
「うーん、ナッツぎっしりカロリーたっぷりで太ること間違い無し!って太るじゃない!」
バキッ
うーん、おかしいね。今俺を殴る意味ありましたか?
っていうか、なんでこいつ、いきなり俺に会いに来たんだろ?
「なあ……」
「はぁ〜!くどいくどい!喉の渇きと私の体重が増しただけねっ!帰ろっ!」
そう言って、さくらはジャンプするようにベンチから勢い良く立ち上がった。
「えっ、おい。おまえ今日は何しにきたんだよっ?」
「え?うーん、なんか色々話したい事があったような気がするけど、政人の顔見たら全部忘れちゃったっ!じゃね!」
そう言って踵を返した瞬間、さくらの横顔が寂しげに見えた。
俺はベンチから立ち上がり、俺に背中を向けるさくらの肩をつかむ。
「……さくら……」
――おまえ、俺との約束……覚えてるか?
さくらは振り返る。その顔は前と変わらない、優しげな笑顔だった。
「いや……なんでもない」
俺は掴んだ肩を離す。
覚えてるわけ……ねーよな……。
「……へんなのっ」
さくらは再び俺に背を向け、歩きだす。
さくらの後ろ姿が夕暮れに照らされ、その光景になぜか焦燥感を覚える。
今、言わなかったら、一生後悔するような……。
今、呼び止めなかったら、一生会えないような……。
さくらはもう公園の出口のすぐそばだ。
「さくらーっ!!」
さくらはふと立ち止まり、首だけ振り返る。
「またなーっ!!」
遠くてさくらの表情が見えない。
でも、さくらは笑った。……気がした。
「うんっ!またねーっ!」
さくらは口に手を添えそう叫ぶと、踵を返し、今度こそ振り返ることは無かった。
夕暮れ時。公園には一人立ち尽くす俺。
「……またなってなんだよ……」
いや、今度会うときに聞けばいい。そう!俺は今チームを抜けてんだし、ダンディズムなキャラを持ってる!いける!いまならいける!
そう心に誓うも、2年前と全く変わらないこの状況に、ちこっと不安を感じる俺だった。
渡辺里奈。身長155、体重43。茶色に染め上げた胸にかかる程度の髪を、ヘアピンとダックカールで上げている。猫目。性格は少しルーズ。人に命令されるのが大嫌い。……はい、こんな感じですかな。里奈は決してツッコミ役ではありません。ムカッときた時だけ殴ります(主に政人)。里奈も最近出番が少ないですねー(汗)すんません、キャラコントロール悪くて……。この頃は克也と仲がいいようですね。まあ、その話は本編で(笑)――NEXT・氷室海




