第31話 ヤッフゥー!?
次の日。
俺は謹慎最後の日という事もあって、家でゆっくりしようと思った、が……。
俺はポケットからデュポンを取り出し、自分の目線に合わせてしばらく眺めた後、再びポケットに戻した。
こいつの所為で色々考えちまうから、外に出てスッキリしようと考えたワケよ。
駅前への人通りの少ない道を、のんびりと歩く。
夏の夜の匂いは懐かしく、なんとなく耳を澄ませて、鈴虫の羽音なんかを聞いてみたくなる。
もうすぐ駅前に着くので、雑踏なんかが耳障りだが、ここは裏通りだから少しは聞けるかもな。
リーリーリー…
ほら。うーん、いい音色だ。
リーリーリーおらぁっ!
……え?なんだ今の。
オラオラ系の鈴虫?
「おらぁっ!」
ちげぇな。人の声だ。
その声は、難解な裏通りの奥から聞こえてくる。喧嘩かなんかやってんだろう。
……行くしかねぇな!
俺は野次馬魂に火が付いた。
小走りで声のする方へ行くと……案の定、喧嘩だった。一人を十数人で囲み、リンチをかけている。
俺はうまくコンクリートの影に隠れ、その様子を覗き見る。
「頼む……」
俺は、囲まれて輪の中心にいる人物に、自分の目を疑った。
鋭い目付き。アッシュのツイスト。
そいつは紛れも無く、氷室海だった。
氷室は地面に膝を付き、手を付き、更には頭まで下げている。
俺は足を一歩踏み出した。……しかし、そこで思い止まる。
俺は氷室が嫌いなんじゃないのか?奴に加勢する理由はあるのか?
その思いが、俺をこの場に止まらせた。そして再び、角から様子をうかがう。
「頼む……クロス狩りを……止めろ」
クロス狩り……!?
なんで氷室がその事を……。いや、あいつら言い触らしてそうだから、噂がまわってきたんだろう。だとしても、氷室の出る幕じゃねぇだろ……!
氷室の頭を、氷室の正面に立つ男が足蹴にする。
あいつ、近藤じゃねぇか……。
「止めろ?それが人にお願いする奴の態度かよ、あ?止めてください、だろ?」
近藤が笑いだす。つられて周りの奴等も笑いだした。
氷室は肩をわななかせ、拳を握り締める。そして……
「……止めて……ください」
……!!
氷室を囲む奴等が、より一層笑いだす。
近藤がニヤけた顔でしゃがみ、その視線を氷室と合わせる。
「テメェは変な奴だな。なんでそこまですんだよ?」
「……仲間の、為だ」
その言葉が俺の心に強く響く。
その時、すでに俺は駆け出していた。
囲んでいる奴等を押し退け、氷室の隣に立つ。
「テメェ、内田!」
奴等の笑いが一瞬にして消えた。皆、一様に俺の事を睨み付ける。
俺は膝を付き、手を付き、そして、頭を付けた。
「クロス狩り、止めてください!お願いします!」
「……は?」
皆、氷室までもが呆気に取られている様だ。
「内田……なんでだ」
頭を下げているので、表情こそ見えないが、その声は不思議でしょうがない、と言った感じだ。
「仲間の為、だろ?」
俺は顔を上げる。
氷室は予想どおりの表情をしていた。そしてその表情が、少し緩む。
「……フッ……だな」
その時、奴等の一人が、近藤に耳打ちをした。しばらくすると、近藤の顔が嫌な笑みに満ちる。
「クロス狩りの事、特別に止めてやるよ。……そのかわり」
言葉を止めて、近藤は氷室の前でしゃがむ。
嫌な予感が、俺の思考回路を駆け巡る。
「村上綾っていんだろ?テメェの彼女。そいつをくれよ」
氷室の驚愕の表情。近藤のニヤけ顔。周りからは笑いが巻き起こる。
「いや〜!あの子めっちゃかわいいんだよな!」
「あの体はたまんねぇよ!」
「俺が一番な!」
「ギャハハ!おまえ何の一番だよ!」
「バッカ、決まってんべ?」
「おいおい、ここは公平にジャンケンだろ!」
俺は立ち上がった。
ジャンケンに白熱している奴等の所まで、歩いて進む。
俺は一人の肩を、後ろから掴んだ。
「あ……?」
右手から繰り出す渾身の一撃。
それを振り向きざまの相手の頬にたたき込む。
相手は豪快に吹っ飛ぶと、ぐうの音も出さずに、地面に横たわっていた。
それを見た周りは、事態が把握できていないのか、場は沈黙に包まれた。
「テメー何しやがんだ!!」
近藤の発した叫び声によって、皆が臨戦態勢に入り、再び俺達二人を囲んだ。
俺達は自然に背中を合わせる形になった。背後からは、悲しみとも諦めとも呆れとも取れる、なんとも予想しがたいため息が聞こえる。
「俺の苦労を……全部台無しだ……」
周りに目を配りながら、俺も臨戦態勢に入る。
「なんだよ、じゃあおまえは彼女渡すつもりだったのかよ?」
武装してんのは……1、2、3……意外と少ないな。
「冗談言うな」
手の力を抜き、再び握り締める。
「だろ?それに俺等は謝るなんてムリムリ。俺等にゃこれっきゃねーだろ」
周りからは罵声が聞こえ、今にも飛び掛かってきそうだ。
「……フッ……だろうな。じゃあ行くぞ、友基」
予想しなかったその言葉に、俺の頬が緩む。
「ああ。まっ、せいぜい頑張れや、海」
それが二人の合図だった。俺達は別々の方向へと突っ込んでゆく。俺は拳を振り上げ、強く握り締めた。
「いくぞオラァ!!」
―――――。
拳にはまだ新しい痛み。地面には十数の人間。
立っている者は、俺と海の二人になった。
「つ、疲れた……」
俺はコンクリートの壁に背中を付け、そのままズルズルと地面に座った。
「もう音を上げんのか?まだ終わってねぇぞ」
「え?そなの?」
俺は取り敢えず腰を降ろしたまま、タバコに火を付けけ、海の様子を窺うことにした。
海は地面に横たわる近藤の胸ぐらを掴み、数回頬を叩いた。近藤は腫れた目を少し開ける。
「オイ、アンタ等のボスがいるだろ?場所教えろ」
え!ボスいんの!?
近藤は薄ら笑いを浮かべ、乾いた声を絞りだす。
「へへ……だ、誰が教えるかよ」
バチーン!
「はうっ!」
顔面を散々殴られた近藤は、ビンタでも相当痛いだろう。
……おもしろそうだな。
無理矢理上半身を起こされ、首の座っていない近藤に俺は近づき、海の背中に話し掛ける。
「ちょっと、俺もまぜろよ」
海は振り向くと、優しく微笑んだ。
「ああ。じゃあ、俺が左頬。友基が右頬だ」
俺はしゃがみ込んで、左手を構えた。その行動に近藤は怯む。
「じゃっ、言ってもらおうか?ボスの居場所」
「だ、だから言わな」
バチーンバチーン!
「暴力を振るっても絶対に」
バチーンバチーン!!
「いってぇ……」
バチーンバチーン!!
「ちょっ、痛いって言っただけじゃ」
バキッ
「え……っ?殴った……?」
バキッバキャ
「わかった、言う。言うから」
ドカッバキッポコポコポコッメキャッヤッフゥー!!
「言わせて下さいー!!」
パッコーン!
―――――。
地下のバー。
そこはクロス狩りを企てる奴等の溜り場だった。
カウンター席の奥の開けた場所。そこにはビリヤード台でふざけ合う青年達。更にその奥で、重厚な黒革のソファにふんぞり返る男。どうやら、このグループのリーダー格が、この男らしい。
彼等は、今置かれている状況を全く知らずに、呑気に笑い合っている。
突然、入り口の扉が蹴破られる轟音。それと共に、外を見張っていた青年二人がなだれ込み、地面に力無くうなだれている。
一瞬、何が起きたのか解らず、目を見開き、入り口を凝視したまま固まるグループ。
入り口から、二人の青年がゆっくりと店に入る。
先に入った一人は低い身長。自称奥二重で、辺りを観察している。オレンジの髪色に、無理矢理かけたツイストパーマ。毛束はまとまっているが、そのそれぞれが思い思いの方向を向き、天然の無造作を作り出している。
もう一人は年相応の身長。目が隠れる程度の銀色の髪に、ツイストパーマを掛けている。端正な顔立ちに、鋭い目付き。無表情が、冷酷さを思わせる。視線は一点を集中し、それは確実にソファにふんぞり返る男に向けている。
二人とも殴り込みに来たはずなのに、武器などを持ち合わせている様子は一切無い。
「だ、だれだテメー等!」
沈黙に耐えられなかったのだろう。ソファに座る男が、必要以上に大声を張り上げる。
小柄な青年が、にんまりと笑い、腰に手を掛けながら高らかに言った。
「ツイストブラザーズだっ!!」
……センス悪っ!
この場にいる誰もがそう思っただろう。言った本人も後悔したに違いない。
そしてこの日、『ツイストブラザーズ』は伝説として、名を残したのだった……。
―――――。
昼休み、屋上に行くと、海と友基が笑い合っていた。
「なんでそんなに仲が良くなったんだ?」
と聞くと、海と友基は口をそろえてこう言った。
「「ツイストブラザーズだから」」
俺には全くワケが解らなかったが、二人の笑い合う姿を見ると少しホッとした。ま、仲がいいのが一番だからな。ああ、俺って平和主義者。
ほのぼのとした情景を見ながらも、俺はこの先、さらにハチャメチャになる事が頭をよぎった。
ってか、なるんでしょ?
「おい、政人〜!おまえタバコで滝のぼりできる!?」
「は?知らねーよ。」
「フッ……アンタは出来ない時はいつもそうだな」
「あ?おまえ俺を誰だと思ってんの?そんなちゃっちぃ技はしねぇ!ドラゴンを見せてやる!」
「マジで!?政人アレ出来んの!?」
「おうっ!いいか、こうやって、こうやってだな……ゴホッゴホッ!」
「ギャハハ!出来てねーじゃん…………」
柏木克也。身長173。体重63。眉を隠す程度の黒髪。フレームの無い眼鏡を付け、表情はいつも優しい。趣味は読書。本をいつも手放さない。政人の親友にしてツッコミ役。……そうです。政人がツッコミ役になったので、克也の出番が激減したのです。こいつに大分皺寄せが来ました(笑)今ではちょこっと出てきては、しょうもない役回りです。でも自分は克也、好きですよ。こういう可哀相なキャラ(笑)――NEXT・渡辺里奈!