第23話 ふぉっほう。ふぉっほう?ふぉっほう!!(前編)
カァー…カァー…
よう!俺政人!
今、学校の校門を出て、帰っているところだ!
別にカラスが鳴いているから帰るわけじゃない。俺はそんな物には左右されない。
「ほほっ。君が政人君かの?」
不意に聞こえた声なんかに俺は振り返らない。
不意に聞こえる声は確実に迷惑事だと学習した。
俺は前を向いたまま、その場を立ち去ろうとする。
「きっきみ!政人君なんじゃろ?政人君?待たれい!待ってください。」
俺はため息をついて、その声の方向に振り返る。
そこには真っ黒のセダン。後部座席には、声の主だろう人物が怪しくニヤついていた。
初老。白髪でてっぺんハゲ。残った白髪は殺傷能力がありそうな程バリバリに尖っている。口にはヒゲをたっぷりと蓄えている。服装はもちろん白衣。
うん。博士だな。悪い博士。
俺がその車に近づくと、博士は車から降りて、杖を両手で持ち仁王立ちしていた。中々背が高いな。185くらいか?
「待っておったよ。君を。」
相変わらずニヤつきながら、俺に話し掛けてきた。
「よう、博士。調子どう?」
俺が話し掛けてた途端、博士は表情を歪ませた。
「貴様なぜ私が博士だと知っている!?」
「明らかに博士だろ!しかも悪い博士な!」
「善悪というのに、確定した定義は無い。善悪は人の価値観が作った勝手な区別、いや差別なんです。」
「へぇ、そうなの。で?俺になんか用?悪い博士?」
「善悪というのに、確定した定義は政人君!どこに行くの!?わかった!もうこの話はしないから!そうさ、おじさんは悪い博士さ!どうしようもないギザギザハートさ!」
「で?俺になんか用?」
博士は表情を戻し、再び怪しくニヤつく。
「ふぉっほう。それがのう。政人君。私の実験に付き合ってほしいのじゃ。この間のケンカをたまたま見かけてのう。観察させてもらった所、君の運動能力はたいしたものじゃ。この実験は相当の運動能力を持つ者がいないとできん。たのむ!礼はもちろんはずむぞ!」
「博士ふぉっほうってどんなだよ!」
「話を聞けェェェ!!ジジィ特有の雰囲気出そうと思ったらちょっと噛んじゃったんだよ!あんまりそれに触れないで!恥ずかしいから!」
「そか。恥ずかしいのか。うんうん。じゃ!」
「待て待てまてーぃ!なぜ逃げる!」
博士は俺の肩を強く掴み、離そうとしない。
「離せ!そんなめんどくせー事やってられっか!」
俺は足に力を込めて、無理矢理前に進もうとする。
その時、博士はいきなり肩を離し、俺は勢い余って前につんのめる。
「うわっ!いきなり離すんじゃねぇ!」
俺は振り向いて博士を睨む。博士は黙って右手の人差し指を立て、俺に向けていた。
「……なに?はなくそ?」
「100万。今回の実験の成功報酬じゃ。」
「…………。」
「これでも断ると言うなら……」
「斎藤くーん!」
校門から聞こえた声に、俺は校門に視線を移す。
校門からは、一太郎が必死の形相で走ってきている。もちろん全身網タイツだ。ブリーフは履いているが。
「たのむ!網タイツだけは許してくれェェェ!!………え?」
ドン!
いきなり突っ込んできた車を避けれず、一太郎は数メートル吹っ飛び、ピクピクと痙攣している。
「君もああなる。」
博士は表情を崩さずに淡々と言う。
「い……一太郎!!」
俺は倒れている一太郎に駆け寄る。
丈夫な奴で、気を失ってはいるが、大事には至っていないようだ。ただの脳震盪だな。
…これは…ひでぇ……。
「オイ!とんでもないことしてくれたな!」
「クックック。」
「網タイツ破けてんじゃねーか!」
「とんでもない事ってそれ!?」
「これ俺の自腹なんだぞ!ああー、まだドンキに売ってっかなぁ…?」
「おまえが着せてたの!?どんなイジメ!?それ着た時の精神への負担はかなりのもんだぜ!?」
「大丈夫。こいつは選ばれし勇者だから。こいつ勇敢だから。」
「どーせテメーが選んだんだろ!こんなのまさに勇ましい者しか着ねーよ!」
「プッ。オイ博士、見てみろよ?こいつのブリーフ戦隊物だぞ。」
「おまえブリーフの前にわかる事あんだろ!!引かれてるんですよ!車に!断ったら君もこうなるという警告をしたんですよ!」
「ふーん。“した”んだ?おまえが。」
「あっ!」
「こりゃあ、犯罪モンだな〜。なぁ、博士?」
博士は事態に気付いて、狼狽している。
俺は博士に近付き、肩に手を置く。
「そうだ、引き受けるぜ?実験。200だったよな。」
「……ふぉっほう……」
いや〜!かなりおいしいな!200手に入れたらアレ買ってコレ買って……
「待った!ボクも行く!」
いきなり甲高い大声が聞こえたかと思うと、前から制服姿の女が走ってきた。
「…は…ハル!」
「フッフッフ……聞いちゃった。200万を山分けかぁ…。コレで手が出せなかった駆動系が買えるぞ……。」
「いや、帰れよ。」
「こっくりさん一緒に行ってあげただろ?ボクの事勝手にだきしめただろ?」
「……ふぉっほう……」
ハルは勝ち誇った顔をして、へへ、と短く笑った。
「じゃ、行きますか!ってキャーーーッ!!」
ハルがいきなり叫び声をあげた。ハルを見ると、一太郎がハルの足にしがみついていた。
「200万…僕もつれていけ〜……」
「いや、病院行けよ。」
「ま…待ちなさい!」
博士が焦った顔をして割り込んでくる。
「政人君。だれでもというわけにはいかないんじゃよ。最初に言ったじゃろ?相当の運動能力を持った者じゃないとできんと。」
「なんだ、そんな事?ボクは大丈夫だよ?」
ハルはそう言うと、一太郎を蹴り飛ばした。
さっき車に引かれた時に強打した場所を蹴られたらしく、一太郎はもんどうりうっていた。
「見ててよ。」
ハルは右足を半歩前に出し、態勢をかがめる。
そしてバネの様に後ろに飛び上がると、空中で華麗に一回転。見事、足から着地した。
「どうだ!」
ハルは自慢げに鼻をならす。
「「「うん、水色。」」」
「てぇぇめぇぇえぇらぁぁ!!」
「ふ、ふん!そんなの僕にだってできる!」
一太郎は立ち上がると、右足を半歩前に出し、態勢をかがめる。
そしてバネの様に後ろに飛び上がると、空中で華麗に半回転。見事、頭から着地した。
「ガピュ!!」
「「…………。」」
俺とハルが黙って一太郎を見ていると、博士が何度かうなずき、口を開いた。
「お嬢ちゃん。合格じゃ。タイツ。テメーは帰れ。」
「な、なぜだ!」
一太郎が頭をおさえながら、涙目で抗議する。
いや、当たり前だろ。それじゃバック転じゃなくて自爆転だから。俺うまいな。
「なんで頭を打ったとき“ガピュ”なんだよ!普通ふぉっほう。だろうが!」
不合格の原因それ!?ただふぉっほうを正当化したいだけじゃないの!?
「わかりました!ふぉっほう。コレでいいですか!?」
「軽々しく口にすんじゃねー!テメーにふぉっほうがわかるかぁ!!」
ふぉっほうってそんなに偉いの!?テメーが“ほっほっ”を噛んで生まれた偶然の産物だろーが!
「ふぉっほうって言うのはな、愛と勇気と憎しみって感情が込められてんだよ!!」
どんだけ複雑な感情!?てかそんな言葉を俺に言ってたの!?
「わかりました!やってみます!」
一太郎はそう言うと、俺に顔を向ける。
「…ふぉっほう。」
うるせーよ!
「上出来だ!」
うぜーよ!
「ボクも政人に言う!」
帰れよ!!
一太郎は喜びにうち震えていた。
「やった…これで僕も実験に参加できるんですね!?」
「え?無理でしょ。おまえ運動神経ないし。」
「……ふぉっほう……」
―――――。
車で連れていかれた先は山奥。そこにはいかにもな研究所が立っていた。
そして、そのとなりには真新しいコンクリートの建物。
「新しい方じゃ。」
車を降りると、博士がいかにもな雰囲気で怪しく喋りだす。
「では、君達に実験の概要を説明しよう。それを一言で表すと……」
博士は一度呼吸を置くと、目を見開いて、言った。
「迷路、じゃよ。」