第18話 この一箱のティッシュで、何ができるというのですか…?
俺のアパート。
時刻は深夜。
「ど…どうしよう……」
俺は今月の残金を睨みながら呟く。
何回も数えるが、決して俺の数え間違いじゃないみたいだ。
てか、数え間違える程多くない……。
やばい…これじゃ今月生活できない……。貯金も無いし……。
クソ、あの入院費がキいたな。シェフめ……。
明日、短期のバイト探すか……。
俺は亀吉さんにソーセージをあげて、もう寝ることにした。
水槽にソーセージを落とすと、亀吉さんは目にも止まらぬ速さで、ソーセージにかぶりついた。
俺はそれを見ながら、思考に耽る。
「…うーん…喋る亀か……高く売れっかな……」
「ヤメテオケ」
「あ、はい。」
さ、寝よう。
あー明日は遅刻しないように頑張るぞ。
―――――。
「次はー、政人が降りる駅ー。政人が降りる駅でーす。」
朝のホームは喧騒の真っ只中だ。
おまんじゅうおばあちゃんに原チャリを大破されてしまったため、俺はしかたなく電車通学を余儀なくされていた。
駅の改札を抜ける。
ここから、商店街を突っ切り、少し坂を登ると学校だ。
商店街を歩いている途中、何やらウチの生徒達が人だかりを作っていた。
俺は人だかりの中の一人に話し掛ける。
「なあ、どったの?」
「お、政人。」
そいつはこっくりさんの時の“A”だった。
名前は全く思い出せない。悪いな。
Aは人だかりが注目している所を指差す。
そこには商店街の掲示板。そのなかに、一際巨大なポスターがある。どうやら、みんなはそれを見ているようだ。
「なになに?……アームレスレング大会?」
アームレスレング。
カッコ付けて言っちゃってるが、要は腕相撲だ。
「んだよ。こんなもんにみんな集まってたのか?」
俺は全く興味が湧かなく、その場を立ち去ろうとする。
しかし、Aが俺の肩をつかみ、それを阻む。
「政人。その下、見てみ?」
俺は肩をつかまれたまま、再びポスターに目を向ける。
アームレスレング大会。
でかでかと、ポスターの大半を占めるその文字。
俺はその下の、小さな文字に注目する。
その文字は、たしかにこう書いてあった。
「優勝賞金…金10万円贈呈……?じゅっ10万!?」
「すげーだろ!?しかも対象年齢が16〜18だから、俺等が優勝する可能性だってあるんだぜ!?」
Aはかなり興奮気味だ。
たぶんこいつもエントリーするんだろう。
…10万さえあれば、当分生活費に困らない。
「…開催時間は、4時か。フッフッフッ…10万はワシのモノぢゃっ!」
―――4時。
商店街の中心。
ベンチなどがある開けた場所だ。
いつもは大道芸人が色々な芸を駆使して、通行人の所持金をごっそり頂こうとしている場所だが、今日は一人もいないかわりに、大きなステージがあった。
俺はそのステージの脇で待機していた。
ここにはエントリーした奴が、全員集まっている。
数は……30人くらいか。思ったより少ないな。
まあ、年齢制限されている上に、腕っぷしに自信がある奴だけだからだろう。
だって、俺の周りの奴等みんなむっさいもん。
ストリートファ〇ターのキャラクターですか?って奴等ばっかだもん。
ボクの視界は筋肉しか見えません…。
「斎藤政人さーん。ステージに上がってくださーい。」
お、俺の番だな。
俺はステージに上がり、中心にある腕相撲の台の近くに立った。
ワァァァァ!
うお!結構ギャラリー多いな。
「ゴウキさーん。ステージに上がってくださーい。」
うわっ…名前からして強そうだよ…。
俺はステージの脇を見た。一人の男がゆっくりとステージに上がる。
赤黒い柔道着。それは肩口から切れている。
赤い髪と赤い目は怒気を放っている。
そいつは片足で立つと、スーッとステージの中心まで来た。
……モロじゃん!!
この世界の人間じゃねーよ!
「斎藤さん!試合前のコメントを一つ!」
ハイテンションな司会が話し掛ける。
「ああ、えーと、頑張ります。」
「ゴウキさん!あなたは?」
「滅殺!」
俺を殺す気だ!
「はい。じゃあ構えてー。」
俺とゴウキは手を組み、お互いに挑発するように強く握りあった。
「レディー……ゴー!」
うおりゃあっ!
ポテ…
……ってあれ?
「斎藤政人さんの勝利でーす!」
ゴウキ弱い!
「滅殺?」
疑問符になってる!なんかちょっと可愛いぞ!
――その後も俺は勝ち進み、ついに準決勝まで駒をすすめた。
「さあ!ついに準決勝!ここまで勝ち上がってきたのは、斎藤政人さーん!」
ワァァァァ!
ここまでくると盛り上がるな。
てか、みんな見た目だけで力無さすぎるぞ……。
「対戦相手はー……柏木克也さーん!」
え!?克也!?
「フッフッフッ……」
怪しい声がステージ脇から聞こえると同時に、克也は現れた。
「…………て、おい!なんでおまえまで柔道着なんだよ!?」
「政人?フッ、次の犠牲者は貴様か……。」
おまえキャラ変わってんぞ!
「おまえなんかムキムキになったな…。腕だけ……。ちょっとキモいぞ…。」
克也の腕は異常に発達していた。
しかし、それ以外は不自然にスマートだ。
「フッフッフッ……俺はこの日のために、50キロの重りを腕に付けて筋トレしていたんだよ…。」
「おまえ思考が一太郎と同じだよ!!」
「白熱してますね〜!二人とも!では、試合前のコメントを一つ!まずは政人さん!」
「え?あ、頑張ります。」
「克也さん!」
「滅殺!」
こいつも俺を殺す気だ!
「はい、構えて〜…」
俺と克也は手を組んだ。
克也が怪しげにニヤリと微笑む。
こいつ、ホントに強そうだな……
「レディー……ゴー!」
ポテ……
弱い!
「滅殺?」
だからなんで疑問系!?
「政人さん!決勝進出です!!」
ワァァァァ?
なんでギャラリーまで疑問系なんだよ!?
…てか楽勝じゃん。
あと一回勝てば10万だよ。よし!次も変人である事を期待しよう!
―――――。
「さて、いよいよ決勝戦です!」
ワァァァァ!
「ここまで勝ち上がってきたのは……さいとーうまーさーとーさーん!!」
ワァァァァ!
ギャラリー達はかなり盛り上がっているな。
「対戦相手は……なんと!女性です!むーらーかーみーあやさーん!!」
え!?綾ちゃん!?
ステージ脇から綾ちゃんが現われる。しかし、その姿はなにやらおかしかった。大きなハンテンを着て、背中は異様に盛り上がっている。下は大きなズボンを履いていて、
「イチ、ニ、イチ、ニ…」
と、掛け声を呟きながらのっそのっそと歩いてきた。
その姿はまさに……
「ニ人羽織じゃん!」
「まっ政人さん!何言ってるんですか?そんなわけないじゃないですか!」
「明らかにそうだろ!拳にケンカタコができてるもん!後ろにいんの海だろ!」
「これは、さっきコンクリートをタコ殴りにしてきたんです。」
「なんの意味があって!?」
「コンクリートジャングルに嫌気がさしちゃって。」
「意味ねぇよ!コンクリートに暴力振るったって何も解決しないんだよ!?」
『…うるせぇよ…』
「え…?今、綾ちゃんの背後から殺気に満ちた声がしたんだけど!?」
「あ、それは私の守護霊です。」
「どんだけ凶悪な守護霊!?」
「白熱してますねー!さ!腕を組んでください!村上綾さんは両手で!」
「え?なんでだよ!?」
「女性選手は男性選手と公平にするために両手なんです!」
司会者は当たり前のように言う。
…いや、俺もそれは当たり前だと思うけどさ…。腕は男ですよ…?両手じゃ勝てるわけねーよ…。
「では、選手のコメントを!まずは政人さん!」
「…ボクは今、世の中の理不尽さに嫌気がさしています。」
「はい。わけわかんねーしうざいですね!」
こいつ今なんて言った!?敬語にすれば何言ってもいいと思ってんの!?
「綾さんは!」
「撲殺!」
俺を殴り殺す気か!?
―――俺は当然のごとく負けた。
準優勝の賞品はティッシュ一年分だった。
しかも一年分をどう計算したのか、箱ティッシュが一つだけ。
俺はこれを大事に一年間使っていこうと思う。