第11話 普通気取ってるけど、実は頭痛いんですョ・問題発生編
ジュージュー…
……ん?なんだ?この音…あ…いい匂い……
「おい、起きろ。」
だれかの声がする……
ユサユサ…
だれかが俺を起こそうとしているらしい。
そうだ。俺は婚約1ヵ月の新婚夫婦。
どちらもまだ互いを気遣って、“おい、起きろ”なんてクールに気取ってしまう。わかった。起きるよ、マイ・ハニー。
あれ?でも“おい、起きろ”なんて女が言うか?
そうか、俺が女なんだ。
フフ。今起きるわ、マイ・ダーリン。
「早く…おきやがれ!」
ドゴッ
「フグッ」
…はっ!ここは……。
俺のアパート。
そこにいるのは……。
「遅刻すんぞ。」
海。
―――――。
パクパク…
「ったくよ、何寝呆けてんだか…」
パクパク…
「うるせぇ。あ、これうまいな。」
俺と海はテーブルに向かいに座って朝食を食べている。
朝食はこいつが作ったらしい。
「ああー食った食った!」
「ほらよ。」
海はそう言いながら、俺のテーブルの前にコーヒーを置いた。
「おまえ……お嫁にいけんぞ。」
「うるせぇ。」
しかし、久しぶりにまったりした朝だな。
俺はコーヒーを飲みながら食後の一服を始める。
ふと、壁掛け時計を見る。
「9時半……って遅刻じゃねぇかーー!!」
「あ…」
「あ…じゃねぇよ!!遅刻ばっかで俺もう単位がやべぇんだよ!俺が中退したら“こうこうせい”じゃなくて“ぷーたろー”だぞ!!どんだけダメな主人公だよ!!」
「お、おう。じゃあ行くか。」
俺は制服に着替え(海はもう着替えていた)、アパートの階段を降りて、駐輪場まで走った。
「って、あー!!原チャリ壊れてんだった!」
電車には乗りたくねぇし、どうしよう…
「……おい、俺の家に行くぞ。」
「は?なんで?」
「いいから。」
―――――。
「これは…」
俺は目の前の“モノ”に絶句した。
「どうだ?」
海は自慢げな顔をしている。
俺の目の前にあるもの。
それはチャチな原チャリなんかじゃなかった。
「ゼファー…じゃん。…どうしたの!?これ!?」
「兄貴のだ。俺乗れねぇからよ。おまえ乗れ。」
海はそう言って、キーを投げ付けた。
俺は震える手で、単車にキーを差し込み、右に回した。
恐る恐るセルを押す。
キュルッブォンブォン!
おおー!セル一発じゃねぇか!
俺は一度、道路に出してシートにまたがった。
海はケツにまたがる。
「しゃー!行くぜ!」
俺は速を上げ、クラッチを放し、アクセルをふかす。
「なっ…はやっ…」
「オラァ!政人様が通るぜー!赤無視上等だぜー!」
「おい。信号は守れ。」
「うん、わかった。」
―――――。
昼休み。
俺はいつも通り、屋上で弁当をむさぼっていた。
海の単車のおかげでなんとか2限に間に合った。
それにしてもあのゼファーはえーな。多分いろいろいじってんだろう。
あれに可愛い女の娘をケツに乗せて……
ブォーーン!
「きゃあ!政人君速いよぉ!」
「大丈夫だ!しっかり掴まってな!」
「うん!わかったっ!」
むぎゅう……
「…………。」
「鼻血出てますよー?」
「うおーいっ!!」
里奈かよ……。こいついっつも俺の妄想を邪魔しやがって……
「ねぇねぇ!政人知ってる?綾と氷室君やっぱり付き合ってたよ!さっき一緒にご飯食べてたよ。」
「…ふーん。」
あいつ謝ったのか。
俺との約束は忘れてなかったみたいだな。
「ふーんって。まさか政人知ってたの!?」
「まぁな。」
「んだよ。ケッ、つまんねぇな。」
「あれ?君キャラが違うよ?んな事より、なんでいっつも俺ん所来るんだよ?おまえのダチと食えよ。」
「そっ…それは……」
…顔が真っ赤だ。
うつむいちゃったぞ。
ポケットに手を入れて…
醤油のボトルを取り出して……って、え?
バシャア!
「うわァ!おまえ俺の弁当に何してんだ!」
「うるさい!政人なんて日本の心を思い出せばいいんだ!」
「意味わかんねーよ!醤油に漬けていいのは刺身だけって板前さんに教えてもらわなかったの!?」
ズムッ
「グフッ」
ドサ…
「ふんっ」
里奈は俺にボディブローを放ったあと、息を荒くして屋上を出ていった。
り…理不尽だ…。
俺は起き上がって、自分の弁当を見た。
おいおい…弁当の容器なみなみにブッかかってるよ……
醤油のボトルなんてどうやって持ち歩いてんだよ…?あいつ4次元ポケットでも持ってんのか?
……4次元と異次元って何が違うんだろ?
放課後―――――。
キーンカーンぬって…
終わりのチャイムだ。コマーシャルじゃない。
「帰ってよし…皆の者、用心せい。」
先生だ。武士じゃない。
うし、帰りますか。
俺はカバンを持って席を立った。
「おい、政人。」
隣の席の海が話し掛ける。
「単車。俺は乗れないんだからな。」
「おお、そうだった。今日は単車で来たんだった。」
この学校は許可さえ貰えばバイク通学できる。
俺はアパートから学校までの距離が遠いのを理由に許可を貰っている。
単車は学校の駐輪場に置いていた。
置いていた…はずなのに…
「…ない。」
海が唖然としながら、それだけ言った。
「ないな。」
「なんでだ…?」
「俺に聞くな。」
単車が置いてあったはずの所に紙がテープで貼ってあった。
海がそれを読む。
「ゼファーは頂いた。返して欲しくば、今夜10時に橋河峠に来い。by・橋河ライダース……ってふざけんなー!!」
橋河峠(はしかわとうげ。通称ハゲ。てか、通称は今俺が名付けた。どうだ?ナウいだろ?……ごめんなさい…)は地元で有名なバイク限定の峠だ。
なぜバイク限定かと言うと、道が狭くて車2台も横に並べないのだ。さらに、バイクの走り屋の方が権力が上らしい。だから車の走り屋は近寄らない。昼も夜もバイクの走り屋しかいないのだ。
橋河ライダースというのは、橋河峠で不動のナンバー1チーム。
不動の理由は汚いテを使うからだ。と、クラスメイトの走り屋が言っていた。
「てか、なんでパクられたんだ?ちゃんとキーだって掛け……ぁ……」
「てーめぇー!」
バキッ
「こ…こんなんばっか……」
ドサ…
―――――。
夜の橋河峠。
その近くのパーキングエリア。
そこには走り屋達、それを観戦するギャラリーなどがひしめく。
そこに一台の原付バイクが入ってきた。
原付バイクには二人乗っている。
一人、運転している人物は、暗い茶髪を適当に伸ばしている。パンツは太めのダメージデニムに白いミドルカットのスニーカー。上は3本の白いラインの入った黒のジャージにインナーは黒いサーマル生地のロングTシャツ。
表情はとてもやる気がなさそうだ。
後ろの人物は、白髪のツイストパーマ。パンツは緑がかった太いデニムにティンバーランドのミドルカットを履いている。
上はジップの付いた黒のパーカーに、インナーは赤い無地のTシャツというシンプルな服装をしている。
顔は無表情だが、怒気のオーラを放っている。
周りのギャラリー達が小声で話し合っている。
「あれが橋河ライダースに目を付けられた奴等か…」
「なんか強制的にゼファーを賭けてるらしいよ。」
「うわー…かわいそう…」
「ねぇねぇ!二人ともかっこよくない!?」
「後ろの人なんてモデル並じゃん!」
「声かけてみようか!?」
―――――。
ん?なんかギャラリーから熱い視線が…
「なあ、橋河ライダースって誰だ?」
「わからんよ。おーい!!橋河ライダース出てこーい!!ゼファー返せー!!」
…………あれ?出てこない。
「おい!出てこいよ!!おいって!!出てきてください。」
その時、ギャラリーの中から数人の男が出てきた。
一人のリーダーらしい奴が俺に話し掛ける。
「僕達が橋河ライダースだ。君達がゼファーの持ち主だね。いやぁ、ゼファーが前から欲しくてね。」
海が原チャリから降りて、リーダーらしい男の前に立つ。
バキッ!
「あびゃっ!」
あーあ、やっちゃった…
「オイ、単車はどこだ?」
「な、何をするんだ!君は!暴力はいけな…」
バキッ
「あそこにあります。」
リーダーらしい男の指差す先にゼファーが停めてあった。
あれ?でも…
「エンジン無いじゃん。」
「ふっふっふ……エンジンは抜かしてもらったよ。返して欲しくばはぁっ」
バキャッ!
「勝手にいじってんじゃねー!」
「ふっふっふ…暴力じゃ何も解決できないよ。返して欲しくばはぁっ」
ドゴッ!
「早く返せ!」
「最後まで言わせてー!」
海の動きが止まる。
「ハァハァ……返して欲しくば僕達にレースで勝つんだね!や…やっと言えたぜ……」
バキッ
「何ガッツポーズして達成感に満ちた顔してんだ!?何も解決してねーんだよ!」
賭けレース?
パクられた単車取り戻しに来ただけなのに、変なことになってきたな……
ん?ギャラリー達の中から女の娘が二人こっちにくるぞ?
……可愛いな…
女の子の中の一人が俺に話し掛けてきた。
「あのー」
「おお、どーした?」
女の子が近づいて小声でしゃべる。
「橋河ライダースと賭けレースやるんですよね?」
「いや、まだやるって決まったわけじゃ…」
「私達あの人たち嫌いなんです。応援するんで頑張ってくださいね!」
「うん!ボク賭けレースがんばる!」
「オイ…」
海が不機嫌な顔で俺を見る。
「まあまあ、いいじゃないの。」
「おっ、決まりだね。」
「おう!」
「………。」
海がため息をついている。諦めたみたいだな。
リーダーらしい男がしゃべりだす。
鼻血出てるけど大丈夫か?
「じゃあルールを説明するよ。2対2で勝負をする。まず、スタート地点は峠の一番下から。そこから上を目指し、頂上についたらパートナーに交代。そこからスタート地点まで行ってゴールだ。賭ける物は、君達はゼファー。あ、エンジンは僕達が所有している倉庫にある。僕達はその倉庫の鍵。勝ったらなんでも好きな物を持っていっていい。今回は君達が原付バイクだから僕達も原付バイクでいくよ。」
え…?2対2…?
海の方を見る。
海は唖然としていた。
「おまえバイク乗れたっけ……?」
海は俺にゆっくり振り向き、首を横に振った。
「なあ、リーダーらしい男。1対1じゃ、だめ?」
「うーん、賭けレースの時はこのやりかたをするのが、この峠のルールだから……て言うかリーダーらしい男って何?僕の名前は……」
周りの音が遠退く。
あ。
無理だ。
負けた。
どうしよ。
「ねぇ、リーダーらしい男。1対1にしてよ。」
「いやぁ、もうこれは決まり事みたいなものだから。て言うかリーダーらしい男って何?僕の名前は……」
周りの音が遠退く。
「とにかく、僕達も原付バイクを用意してセッティングするから、今から2時間後に集合だ。」
リーダーらしい男はそう言うと、さっさとどこかに行ってしまった。
海が不安気に俺に話し掛ける。
「…政人……どうする…?」
「ちくしょう!こうなったらヤケだ!2時間でおまえを乗れるようにする!原チャリも借りもんだから、俺のをクラスメイトの走り屋に直してもらって、ついでに改造してもらおう!」
「お、おう…。」
「よし!決まり!おまえは峠で練習してろ!俺は改造してもらってくる!」
「わ…わかった…でも、練習する原チャリがねぇぞ……?」
「おーい!!誰かこいつに原チャリ貸してやってー!!」
すると、
「はーい!」
と、少なくとも10人くらいの女の子の声がした。
よし、これで何度こかしても大丈夫だな。
ハーレム状態の海を気にせずに、俺は原チャリのアクセルを回し、このパーキングエリアを後にした。
でもやっぱハーレム状態はむかつくから、綾ちゃんに言っとこうと思う。