第五章 真実の気持ち
数分ののち突然スイッチでも入ったかのようにケント君が起き上がった。
「ぐっ!」
そう声を発して頭を抱える。
それに大してカズヤが「無理すんな」と言って再び横にさせた。
空は相変わらず暗いままで、今にも雨粒が落ちてきそうな状態を必死に保っているようだった。
その時、僕はものすごい衝撃を背中に覚えた。前方に五メートルほど飛ばされ、背中には机の角で打ったときの十倍ほどの痛みを感じた。僕は正座からそのまま真っ正面に前のめりに倒れるような形になっていた。
まず身体を起こして正座の状態になる。そして患部をさすった。誰の悪ふざけだ、大概にしろ。そう心の中で叫んだ。
しかし、こんな状態になっているというのに「大丈夫?」の一言もない。そして怒りの表情をつくって後ろを振り向く。
くそっ、だいたい誰がこんなことするんだよ。
しかし振り向いた瞬間その疑問が解決するとともに、僕の顔からは怒りのいの字も消え失せていた。
そこにいたのは大人。足を見ただけだが容易に想像はついた。黒い革靴を履いたすらっと長い足。眼鏡をかけた整った顔。そして……その人のまわりを覆う、憎しみに満ちたような邪悪な黒い霧のようなもの。見た瞬間に分かった、これがオーラなのだと。
一瞬、目がおかしくなったのではないかと目をこすってみたが、黒いオーラらしき物は消えることはなかった。オーラが見えるようになってしまったのかとも思いマユやカズヤを見るがそれらしきものは見えなかった。
その黒い何かを覆った眼鏡の男は苛ついたように舌打ちをした。
「じゃまだ、サクヤどけ!」
僕の名前を知っている。この顔には見覚えがあった。なんせ夏休み前は毎日顔をあわせていたのだから。
「ヨシカワ……先生?」
カズヤはそう質問するが、顔は怯えきっているようすだった。
そう、ヨシカワ先生だ。何なんだ? ケント君が元に戻ったかと思ったら先生まで……。どうなってるんだ。
「こんなの……見たことない。何なのこの憎しみの大きさは……、強すぎる。さっきのケントとは比べものにならない……」
マユの顔からは血の気が失せたように蒼白としていた。そしてそのまま力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「おれにも見える。黒いもやのようなもの。……これがオーラ」
カズヤは世界の終わりを見るようなそんな表情だった。
そうか、カズヤにも見えているのか。憎しみが強すぎて? 普通の人にも見えるほど強いというのか。
「ケント?」
マユの言葉を聞いてか、ケント君の方に視線をやった。ケント君は睨みかえすが意味のない事だった。
「ふふっ、どうやら我に返ってしまったようだな。まあ、あれは実検段階だったからよくもった方か……」
ヨシカワは何やらわけの分からないことを言っていたが、ケント君には分かるようで一層強く睨みつけた。
「や~、ごくろうごくろう。よくこれまでに強化してくれたよ。これほどのオーラがあれば町の人全員は思いのままだ。だが、少々時間がかかりすぎた。現にこうして厄介なガキどもにバレちまってる」
そう言ってから不適な笑みをうかべる。
「ふふふっ、ふはははぁは!!!」
急に笑いだす光景はいかにも異様で恐怖すら感じた。全身を走り抜けるように鳥肌がたった。
「おまえらも運がいいなぁ。この町の最後を見れるのだからぁ」
ヨシカワはまたも高らかに笑い声を上げる。
今日この町が終わる。僕たちも操られて、記憶もなくなって、自分じゃ無くなって……。そんなの死となんら変わりない。むしろ自分のまま死んだ方がまし。今日、僕は……消える?
背筋に寒気が走る。身体が震えて止まらない。
僕が消える? 消えてなくなる? 消えたあとはどうなる? どこにいく? それはおそらく『無』。何もなく、ただただ『無』が広がるところ。身動きもできない、口もきけない、考えることすらできない、そして……自分が何なのかさえもわからない。ただただ『無』。
怖い。怖い、怖い、怖い。消えたくない。まだ友達としゃべっていたい、遊びたい、笑いあいたい、自分でいたい。
僕は身体を小刻みに震わせながら、ただ立ちすくむことしかできなかった。
だがカズヤは違った。その恐怖に怯えながらもどうにかしなければとヨシカワに突っ込んでいった。
「くっ……そぉおぉぉ!」
あたかも戦場で刀を抜く侍のような声を上げると、拳を引き殴るモーションをとった。おもいっきり殴りにかかる。
しかしその拳はヨシカワの左手によっていとも簡単に止められた。平手打ちをしたときのような音がきれいに響く。そして数秒の後、カズヤの強く握りしめられた右手は軽々しく捻られた。
「いたいか? いたいだろ?」
ヨシカワはこの状況を楽しむかのようにあざ笑った。この状態が数秒続き、カズヤはその間「くっ!」と苦しそうな声をあげていた。
その間も僕はうつむいて何もできずにいた。
助けるという気持ちより恐怖心の方が勝っていたからだ。情けないくらいビビリだということは僕が一番よく知ってる。でも怖い。身体が震えて動かない。僕はただ立っているしかなかった。
「ぐはぁ!!」
カズヤはその声を上げると、ヨシカワは「ふんっ」と鼻で笑うかのようにして軽々と投げ飛ばされた。ネットに何かが当たる痛痛しい音がひびく。カズヤが苦しそうなうめき声を上げる。そして誰一人として口を聞かない屋上はしんと静まり返る。
マユは恐怖で腰が抜けて座り込んでいる。ケント君は疲れはてて横になっている。カズヤは先ほどネットに背中を打ちつけて、立ち上がれない状態。
この場で立っているのは、憎しみの黒いオーラをまとっているヨシカワ、そして全身が震えて立っているのでせいいっぱいの僕。
なぜだか僕の呼吸は勝手に荒くなり、震えも止まるどころか先ほどよりも大きくなっていた。力を抜けばその場に座り込んでしまいそうだ。
……だが、それは出来ない。放っておけばあと数分後にこの町はこの町じゃ無くなる。僕はこの町が大好きだ。学校、家族、父さんも、いつもうざい母さんもサキ姉も、カズヤもマユもケント君も、カンタもゲンタもみんな好き。だからやだ。放っておけない。守りたい、この町も、町の人も。
だけど…………怖い。
僕の目からは涙が止めどなくあふれた。拳を強く握って我慢するが、止まらない。次から次へとあふれ出す。
「サクヤこれ!」
僕はおそらく酷くなっているであろう顔でマユの声のしたほうを見る。と、マユは何か投げてきた。円筒状のガラスケースみたいなもので中には何も入っていない。僕は割れないように両手でしっかり掴む。これは…………。
「それは勇気のオーラ。前説明したでしょ!」
勇気のオーラ。それは使用者に勇気を与えるオーラ。今の僕にはぴったりのものかもしれない。そういえばマユもそんなこと言ってたっけ。「ふふっ」心の中でそう笑う。やや口元が緩んだかもしれない。たしかに今これを使えば僕にも何かできる。たいした事はできないけどやらないよりいい。
宝くじだって買わなきゃあたらない。今だって僕がこんなの相手に何をしたところで形勢が変わることは0パーセントに近い。でも近いだけで0じゃない。宝くじだってほんの少しでも当たりがあるから買う、今だって僕が足掻けば何かが起こるかもしれないからやるんだ。
僕は勇気のオーラとやらが入ったカプセルを後ろに投げ捨てた。今マユはとてつもなく困惑しているだろう。でもありがとうマユ。それを渡されなかったらこんな気持ちにはなってなかった。勇気のオーラの本来の使用法ではないけどそれに勇気をもらった。いや、マユに勇気をもらった。無理かもしれないけどやることをやる、それは無駄なことなんかじゃない。恐れずに立ち向かえば何かは起こる。
やってやる。無理でもなんでもやってやる。
「うおおぉぉおおおぉぉおおおお!!!」
なれない格好で肘をおもいっきり後ろにひく。…………こんなことをするなんて何年ぶりだろう。
「なっ、何!?」
ヨシカワは突然の不意うちに驚いた様子だ。僕がこんなことをするなんて思っていなかったんだろう。僕もついさっきまでするつもりはなかった。友達から勇気をもらった。そして、本気で許せない。ケント君を操って、町の人を危険にさらそうとして、僕と友達をばらばらにした。
ふっ。…………僕がこんなに本気でキレたのなんて過去にあっただろうか。
「くそ野郎ぉぉぉっ!」
先ほどおもいっきり引いた拳を体重に乗せて繰り出す。スピードに乗った拳は一センチのずれもなく的確にヨシカワの頬への軌道をえがいていた。あと少し……あと少し…………。あたれぇぇ!
次の瞬間、骨と骨のぶつかる鈍い音が響いた。その瞬間だけは時間が止まったようにゆっくりと流れた。鈍い音が耳で何回もリピートされた。
「ぐおおおぉぉお!!!」
しかし、その声は僕の口から聞こえるものだった。頬骨あたりに鈍い痛みが走る。そして五、六メートル後方に飛ばされた。
たしかに僕の拳はヨシカワの頬をとらえるはずだった。なのに、なんで。
「なんで…………」
「ふう、危ないところだったよ。まあ、仮に殴られていたとしてもこのオレを止めることはできなかっただろうがな…………っ!」
ヨシカワは余裕そうにそう言ったが、言い終わったあとで明らかに表情が変わった。驚いたようなそんな表情。その視線は僕たちの後ろのほうにそそがれていた。
そこにはなんと本年八〇歳になるというにもかかわらず屋上まで上ってきたらしい、ヨネばあの姿があった。ヨネばあはいつもの穏やかな笑顔とは違い、汚らわしい物でも見るかのような目でヨシカワを一瞥した。そして、いつもの優しい表情に戻って地面に横たわっている僕達を見た。
「よう頑張ったなぁ、あんたたち……こんなになるまで。もう十分じゃ、あとはこの年寄りにまかせい」
ばあちゃ……ん……。
僕は今まで強く張っていた緊張の糸がほどけて、眠りについた。
………クヤ! サ……ヤ!
僕はそんな声が聞こえたような気がして、目を覚ました。そうか……。ばあちゃんが来て、妙に安心して……。
僕は先ほどまで寝てたにもかかわらず、いきなり冷水でもかぶったかのように跳ね起きた。
「ヨシカワはっ!!」
いやな冷や汗を全身にかく。どこだあいつは、あいつを止めなくちゃ。たまらず周りを落ち着きなく見渡す。
「サクヤ、もう終わったんだ」
そう言ったのはカズヤだった。カズヤは笑顔の中にどこか悲しげな表情を浮かべた。そして親指で背中の方をさす。
僕は首を伸ばしてカズヤの後ろを見た。そこには気を付けの姿勢のままきれいに横たわるヨシカワの姿があった。
「おばあちゃんのおかげで」
満面の笑みで実の祖母をたたえるマユ。その頬をよく見ると涙が光っていた。
僕はマユにどのようにして今の状態にいたったのか詳しく聞いた。
「なんで……あんたがここに」
先ほどまで勝ち誇っていた態度で笑っていたヨシカワだったが、おばあちゃんの登場によりその表情は一変した。驚きを隠せない様子だ。
「ヨシカワ。お前のことはよく孫から聞いていたよ。毎日、毎日屋上にはあんたがいたと……」
ヨシカワは「チッ」と舌打ちをした。
「そして孫の友達のケントという男の子のことも」
ケントはしゅんと申し訳なさそうにうつむいた。私は心の中で言った。あんたは悪くない、と。
「その時はまさかあんたが、なんて思いもしなかったさ。その時はそのケントとかいう子が気が狂ったのじゃないかと思った。だから私はその子を止めるために、対策用のオーラを作っていた。心の奥底に眠る心を引き出すオーラをな……」
そうなのだ。私のおばあちゃんはほんとにすごいのだ。幼少のころから、霊とかいうもの……つまりオーラを見ることができて、最近では「老後のつまらない趣味だよ」とか言って仕入れたオーラを組み合わせて新しいオーラを作ったりしているのだ。実は先日の勇気のオーラもおばあちゃんが作ったものだったというから驚きだ。
おばあちゃんは一方的にしゃべり続けた。
「だけど夏休みになっても屋上にいるあんたを怪しく思った。そしたら案の定、今日の事態じゃ」
そしてばあちゃんは一呼吸おいてから、鬼のような形相で力強く言った。
「……だから! だからこれをあんたに使う!」
そう言って取り出したのは、もちろん先ほど言っていたオーラのガラスケースだ。円筒状の形をしたそれは他のものとなんら変わらないように見えた。中に入っているのは真っ白になんの淀みもなく透き通る白いオーラだった。
「だからなんだ? そんなもの使っても俺には意味ねぇぞ!! なぜならこれが俺の真の気持ち、心の奥の気持ちだからだぁぁあぁぁ!!」
ヨシカワは完全にぶちギレていた。こめかみには血管がびっしりと浮き出て、目を充血させて今にも飛び出さんばかりだった。
しかし、おばあちゃんはそんなヨシカワを悲しげな目で見つめていた。
「ふんっ。それはあんたの心の奥の気持ちじゃない、本当はこんなことしたくないんじゃろ?」
「うるせぇ! これが本当の気持ちだ! てめぇなんかに何が分かる!!」
おばあちゃんはまた一呼吸おいた。そして、ため息をついてからこう言った。
「うそじゃ。本当はあんたはこんなこと望んでない。他人に嘘はつけても自分に嘘はつけない。…………オーラに出てるんじゃよ」
おばあちゃんは手に持っていたそれを下から投げた。それはゆっくりと中をさまよった。
「それが、心の一番奥の気持ち…………『真実の気持ち』じゃ…………」
新学期。午前中で学校は終わり、下校の合図をチャイムが告げる。僕は特に何も入っていない手持ちのバックを持って席をたった。
「サクヤ! サッカーやろうぜ!」
そう同時に言ってきたのはサッカー大好き少年カンタとゲンタだ。少年という言葉はこいつらのためにあるんだなと心の奥からそう思う。
「いいねー、オレもやるぜ」
「私も!」
そう言ったのは特に仲のいいカズヤと幼なじみのマユである。夏休みが終わったというのにやたらと元気で、それどころか終わってくれてありがとうといった感じだ。
それは僕も同じ気持ちだけどっ。
「今日はケントもいるから三対三でできるぜ? サクヤがいないと三対三でできないだろ?」
僕は人数あつめか?
「サクヤもやろうよっ」
『ケント』が笑顔で聞いてくる。
しょうがないなぁ。まあ最初から答は決まってたけど……。
「うん! 早くサッカーしよっ」
「お、おう!」
そして、僕たちは教室を元気よく飛び出していった。
最後までおつきあいいただいたみなさん
本当にありがとうございます!!!
心から感謝します。
こんなに長いものは初めて書いたものですから
なにとぞ至らない点もあると思います。
そんな作品ですが、もしアドバイス、感想等いただけるなら幸いです。
自作のプロットも練っていますので
それに向けてもできるだけ書き方等改善していきたいと思っています
それでは本当にありがとうございました!!!