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真実の気持ち  作者: kokoa
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第四部 ホントの気持ち


 僕はマユの家から飛び出して一目散にケント君を追いかけた。僕と同じくらいに気づいたカズヤは僕の隣りを併走するかたちで走っている。ケント君にきづかなかった様子のマユは困惑した表情だったが、状況を察したのか表情を引き締めた。

 やっと見つけた。この数週間見なかったケント君をやっと見つけた。やっとケント君を止めるチャンスが来た。助けるチャンスが来た。やっとみんなが元に戻れるチャンスが来た。この機を逃すわけにはいかない。

 ここで止められないようならば、もう可能性はぐっと低くなってしまうだろう。町の人は操られ、僕たちも操られ、カンタとゲンタとも元の仲に戻れないままケント君の手駒になってしまうのだろう。

 だから絶対に止める。

 僕達は大通りに出ると迷わずケント君の後を追い、右へと曲った。そこには校門の前でセイヤ君と話しているケント君の姿が目に飛び込んだ。真剣な表情で何かを言っているが距離が遠く、何を言っているかは聞き取れない。

 今のうちに距離をつめるんだ。そう思うと、いつもあるはずの無い脚力が僕の両足に生まれた。まったく疲れを感じない。それどころかいつもより数段速くなっている。普段の僕ならカズヤについていくのは奇跡にほど近い。僕たちはだんだんとケント君に近づいていった。

 だがケント君はそんな様子の僕らを察するかのように走り出し、学校の中へと消えていった。

 こんなときに学校になんの用があるというのか。考えるが何も思い浮かばない。すると後ろを走っていたマユがふとこんなことを言う。

「ねぇ! お兄さんに何話してたのか聞いてみない?」

 マユは肩で息をしていたがスピードを緩めることはなく、僕と同じような状態になっているようであった。人間追い込まれると力が出るというものだ。

「セイヤ君に聞くことならいつでもできる。それより今は……」

 ケントだ。とカズヤはそう言った。

 僕も同感だ。カズヤが言ったようにセイヤ君に聞くのは後でもできる。でもケント君は……ケント君はここで止めないと次いつ会えるか分からない。もしかしたらそのときすでに手遅れかもしれない。それに今行かないとケント君が僕たちの手の届かないどこか遠いところへ行ってしまうようなそんな気がする。

 僕たちはセイヤ君の横をすり抜けた。

 後ろでセイヤ君が何か言っているような気がするが、気にしない。僕たちは学校の中へといまだスピードを緩めず走っていった。

 時刻はたぶん四時ぐらい。マユの家で最後に時計を見たのが三時だったからたぶんそのくらいだろう。空は雲っていて、今にも雨が降り出しそうだと思わざるを得ない。それに加えケント君のことで、学校が不気味に見える。何かを感じる。けっして良いものじゃない。何と言っていいのか、暗い感じの何かを感じる。僕たちの侵入を拒むような邪気みたいなそんなもの。

 僕は一瞬、その雰囲気にのまれて立ち止まりそうになったが、ケント君を止めるという気持ちが僕をつき動かした。

「校舎のまわりを何か黒い霧のようなものが覆ってる。なんかやなかんじがする」

 マユには黒いなにかが見えるようだ。おそらく僕が感じたのもそれなのだろう。

「いくぞ」

 カズヤはしゃべってる場合じゃないとばかりに声を発した。


 ケント君は校舎の一番手前にある三年生の昇降口に入っていくところだった。

 なぜ三年生の昇降口に入って行くのか、ケント君の気持ちが全く読めない。謎は深まるばかりだ。とにかく、今は考えてないで行動することだ。ケント君と話せば謎が分かるかもしれない。もっともあの状態のケント君とまともな会話ができるのかは分からないが。

 僕たちはケント君の後を追って昇降口まで来た。

 一瞬足が止まる。やはり先ほどの邪気のような物を感じる。いやな予感がする。

「やっぱり、何かおかしい。さっき見えた黒い何か。憎しみ、悪、悲しみが混ざったようなものが伝わってくる」

 マユには黒い何かが見えて、混沌とした物を感じるという。それが何なのかは分からないが。

 昇降口に足を踏み入れると夏休みということもあって明かりはついておらず、一層不気味さを増していた。右に長く続く廊下には人の姿はなく、ケント君は正面にある階段から上に行ったという予想がたった。

「急ごう」

 カズヤの一言で僕たちは再び走り出した。薄暗い階段を走ってかけあがる。

 この先にケント君がいると思うと、走っている足が震えた。やっと会えるという期待感と、あんなケント君は見たくないという真逆の思いが入り交じりながらも、でも会わなきゃという思いが僕のさらに足を進ませた。

 階段を上りきり二階につく。二階は僕たち二年生の教室がある階である。

 ひょっとすると忘れものを取りに来たとかそんなところかもしれない。そうだといい。しかし、階段の正面にある僕たちの教室はがらりとして誰もいなかった。薄暗くて霊でも出そうなほど静かだった。

「上に行こう」

 僕たちはまたもカズヤの言葉で走り出した。

 この上の階には三年生の教室があり、さらにその上は屋上となっている。たぶん三階にはいないだろう。三年生の教室に行く用などそうはない。となると残るは屋上。

 やはり、予想通り見渡した限りでは人の姿はなかった。残るは屋上のみとなった。

 僕たちは一気に屋上の扉の前へとかけあがった。

 たぶんこの扉の向こうにケント君がいる。僕の心臓は張り裂けんばかりに大きな脈をうち、その音がさらに緊張を高めた。

 最後にケント君の家に行ったときから約一ヶ月。その間、学校にも姿を見せず、家に行っても出るのは兄のセイヤ君ばかり。そしてようやく今日見つけた。やっと見つけた。

 なんとしても止める。助ける。もとのケント君に戻ってほしい。スポーツ万能で成績優秀で明るくてクラスの人気者で、僕とは到底次元の違う人だと思ってたけど話しかけてくれて、サッカーしてしゃべって、笑いあって。僕はそれだけで楽しかったんだ。そんなに仲のいい友達になれなくてもかかわりが持てるだけで嬉しかった。だから向こうはそこまで友達と思ってないかもしれない、ただのクラスメイトだと思ってるかもしれないけど…………助けたい。明るいケント君でいてほしい、僕のあこがれの存在であっ

てほしい。ただ一緒にしゃべりたい、ただ一緒に笑いたい。

 だから助ける。僕に何ができるか分からないけど、何とかする。僕だけじゃ無理でも三人ならできる。

「行こう」

 これが今日学校に入ってから発した初めての言葉だった。


 僕は先頭に立って扉を開けた。

 空を黒く覆う雲。緊張感に包まれた空間。

「誰もいない……」

 マユがぼそっとつぶやくが、それは間違いだった。屋上の上を僕の視線はさまよっていたところ、押して開けた扉の死角になっていて気付きづらかったが、給水タンクを囲んでいるネットに申し訳なさそうに取り付けられた扉から人が出てきた。

 うつむいていて表情は見てとれない。髪は男にしては長いほうで、ジーパンに黒いTシャツという身なりをしている。

「はっ……っ」

 とマユが言葉ではない声を発した。目はこわばり、眉毛の両端を吊り下げて怯え、今にも泣き出しそうになっていた。

「すっ……すごい…邪悪なオーラ」

 再びマユがそう言葉を発した。目には涙を溜めている。

 オーラを見ることができる人はその人の気持ちを読み取ることができる。そのせいだろう。

「マ、マユ?」

 どうしたの。は声にならなかった。

 その扉から出てきた人は顔をあげ、こちらを向き、僕と目が合う。限界まで大きく見開いた鋭く冷酷なその眼、口を口裂け女のごとく横に大きく開き歯をイの形に突き出して笑うさま。あのときのことがフラッシュバックのように目に映る。やだ、見たくない。もう見たくない。僕は耐えられなくなって目をそらした。

「ケント……」

 カズヤがつぶやく。おそらく向こうには聞こえていないだろう。

 カズヤが名前を呼んだ人物はこちらにだんだんと近づいて来た。先ほどとかわらない不気味な表情で。

 僕はその近づいてくる足元だけを見ていた。一歩一歩近づくたびに鼓動が高くなる。それはホラー映画の恐怖が近づく場面を見ているときに近いものがあった。だが、これはホラー映画とは違う。現実に僕の目の前で起こっているのだ。

 一歩一歩確実に近づくその足はふらついているようにも見えた。

 僕の心臓はこれ以上ないくらいに大きな音をたてていた。外に聞こえているのではないだろうかと思うほどに。

 その人物の足は徐々に近づいていた。一歩また一歩とゆっくり踏み出す。そして僕たちとの距離が約五、六メートルというところでぴたりと足を止めた。

 その人物はその大きく裂けた口元に不気味な笑みを浮かべた。

「ククククッ…どうしたんだよ? …クククッ…いいねぇ。その顔ククッ…」

 そうイカれたように話す人物は止まってもなお左右にふらふらと揺らめき落ち着かない様子だった。

「ケント、どうしたんだよ! 何やってんだよっ!」

 カズヤはイカれた目の前の人物=ケント君に訴えるように叫ぶ。

「もう、こんなことやめろよっ! 何が楽しいんだ!」

 そう言ったカズヤの目には涙が浮かんでいて、鼻をすすっていた。

「クククッ……いいねぇ、いいねぇ。そういうの……クク…でも、そんなことを言ってられるのも今日まで…ククッ」

 そこまで言ってケント君はうつむいた。依然その体を揺らめかしながら。

「クククッ……ついてきなよ。いいもん見せてやるよ」

 ケント君は何がおもしろいのか肩を震わせていた。そして僕たちの返答をまたずふらつきながらもくるりと背を向けて歩き出した。

 僕たちは言われるがままについていくしかなかった。

 僕は恐怖に怯えることしかできなかった。ただただ肩を震わせ、うつむいていた。だって、怖い。怖いんだ。こんなはずじゃなかったのに、ケント君を助けるはずだったのに、いざ本当に目の前にすると目すら合わせていられない。なんとかしなきゃ。そう思っていても体が動かない。口も動かない。ただただケント君の言われるままについていくので精いっぱいだ。

 ケント君についていくと目の前には給水タンクがあった。

「な…なんなの…あれ?」

 マユがそう唐突につぶやいた。

「ケントはほんとはこんなこと望んでない。ほんとはやりたくないって心の奥で思ってる」

 僕は恐怖の中でその言葉だけが、闇の中にさす光のように耳に入った。

 マユがいうにはこういうことだ。

 今のケント君は邪悪や憎しみの気持ちを表す黒いオーラに覆われている。だが、黒いオーラの中に隠されているように青いような水色のようなオーラがあるという。そのオーラは、申し訳ないとかごめんとかそういう気持ちがあるらしい。

「つまり、ケントには『やりたくない』って気持が少しはあるってことだよな? オーラっつーのは気持ちを表してんだろ。だったら、なんとかなるかもしんねぇ」

 カズヤは力強くこぶしを握りしめていた。

 ケント君は給水タンクにもたれかかってこう言う。

「クククッ…これが俺の研究の成果だ…クク…これで特殊なオーラを町中にばらまき、町の人を操る……どうだ? おもしろいだろ? …クククッ」

 そのあとは世界征服を成し遂げる魔王のように高らかに笑った。その姿はケント君の面影すら残さない。冷酷で残虐なる犯罪者のようでしかなかった。

「ケントオオオォオォォ!」

 そう声を上げて全力で襲いかかるカズヤにケント君は不意を突かれたように身動きを取らずなすすべもなかった。

「なっ? 何おっ……」 

 カズヤに抱きつかれる形になったケント君はそう言うのが精いっぱいだった。カズヤの目からは大粒の涙が流れていた。

「ケント…、もうこんなことしなくていいんだ。もうやめよう。こんなつまらないことやめて、楽しいことしよう。みんな待ってる…」

 僕だって待ってる。ケント君に戻ってほしい。

「何をすんだ……」  

 ケント君が力なく叫ぶ。だがそれを聞いてないかのようにカズヤは続けた。

「みんな待ってる。お前のことみんな待ってる。だから、やめよう。こんなことしても何にもならない。いっしょにまたサッカーしよう」

 カズヤの目からは涙が流れ続けていた。

「うるせぇええぇぇぇ! ……ぐ、ぐおぉおおぉぉ。ぐはっ! うああああああああぁぁぁぁあぁ」

 ケント君はそう叫んで両手で頭を抱えた。それは自分の中の何かと葛藤しているようにも見えた。

 その間もカズヤはずっと抱きついて離さなかった。そして涙を流しながら「もういいんだ」とつぶやいていた。

 

 しばらくするとケント君が叫ぶのをやめ、疲れたようにぐったりと横になった。その目からは涙が流れていた。カズヤも手を離した。

「おかえり、ケント」 

 カズヤはそうつぶやく。

「ん……。ここは…」

 ケント君は薄目を開けてカズヤを見ていた。

「ぐっ!」

 苦しそうにケント君が頭を抱えた。その様子を僕は心配そうにのぞきこんだ。マユも同じだった。

「お、俺は…なんてことをっ……うっ、うああああぁぁぁあ!」

 またも、ケント君は頭を抱えて、自分自身に怯えているようだった。こんなケント君見たことない。僕は驚きを隠せなかった。

「大丈夫だ。もう終わったんだ」 

 カズヤはやさしく言い聞かせる。そのあとカズヤがポンポンとケント君の頭をたたいた。

 ケント君は落ち着いた様子で僕たちにこう言った。

「カズヤ、サクヤ、マユ。ほんとにごめん」

「いいって、いいって。もう終わったんだからさ。ね?」

 そうマユがケント君に視線を送るが、ケント君は静かに寝息をたてていた。

「もうっ!」

 マユは口では怒っていたが、顔は笑っていた。

 僕とカズヤもつられて笑った。なぜだかマユの笑顔にはいつもつられてしまう。そういう力が彼女にはあるのだろう。

 空を見上げるとまだ雲がかかって暗いままだった。


いつも長くてすいません;

そして最後まで読んでくれたみなさんありがとうございます♪

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