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真実の気持ち  作者: kokoa
3/5

第三部 ボクのなつ

「やっぱり、もう一回ケントに会いに行こう」

 カズヤがそんなことを唐突に言い出した。青い空。眩しく輝く太陽の下。僕たちはまたも屋上に集まっていた。カラッとした暑さで、僕の額からは少量の汗が流れた。

「えっ、……でも」

 僕はすぐに答えられなかった。カズヤはさらっと言ったが、それは大きな決断をせまられる重要なことだ。すぐに僕が答えを出していいようなものじゃない。僕の頭にはあの日のケント君の姿が映し出されていた。あのケント君はまともな会話ができるような状態じゃなかった。

「行ったって、何にも……」

 僕はそう言葉を吐いた。あんなケント君とまともに話ができるわけがない。それに、怖いんだ。もう見たくない。あの顔、あの不気味な笑顔。あんなのケント君じゃない。

「でも、このままじゃケントを助けらんねぇ。それに、このままじゃ危ないんだよ。俺たちだけじゃない、なんの関係もないこの町の人全員があいつの……ケントの計画に…」

「ちょっと待って! その言い方だと何か知ってるようじゃない。カズヤ、なんか知ってるの?」

 そう言われた瞬間、カズヤが「しまった!」とでも言いたそうな顔をした。何かがばれたようなそんな感じだ。確かに僕たちとその計画を知ったやつを実験台にするとしか言ってなかった。町の人全員だなんて聞いたことがない。

 カズヤは意を決したように、重い口を開いた。

「実は……、お前らに黙ってたことがある。ごめん、ほんとごめん。…二人には…迷惑かけたくなくて。ほんとに…」

 そこまで言って、あとは泣いていて何も言えないようだった。謝罪の意がすごく伝わってきた。僕たちを危険な目にあわせたくなくて黙ってたんだ。それなら僕はカズヤを責めるつもりは毛頭ない。

「話して」

 マユは真顔で言った。

「何を隠してたの?」

 そう僕が言うと、手の甲で涙を拭って語ってくれた。

「ああ……。あの日。そう、ケントの家にいったあの日だ。俺はサクヤが出てったあとも、ケントといっしょにいたんだ。ほら、俺あの時遅れて出てきただろ」

 そうだ、僕が出てきてそれでマユに「カズヤは?」って聞かれて困っているときにカズヤが出てきたんだ。あのときはカズヤが何をしていたかなんて考えもしなかった。ばれないようにするのに必死だったから。僕だってマユや、そしてカンタやゲンタを傷つけたくなかったから。

「それで、あいつの計画を聞いた。『俺の目的は、この町の住人全員を操ること。すなわちこの町を支配することだ。まだ、町の住人全員を操るほどの力はないが、お前らぐらいなら容易に俺の手駒にできる』と言ってた。どこまでがほんとかは分からないけどな」

 たぶん、このことを言ったらお前も友達も俺の手駒になってもらうみたいなことを言われたのだろう。僕とカズヤが言われたように。だから黙ってた。僕たちを傷つけられたくなかったから。

 マユはさっきの真顔から表情を一変させて、笑った。

「いいよ。許す! そのかわりここの誰も隠し事をしない。約束。それにケントはみんなで助ける。だからケントの家にもみんなで行く」

 カズヤは恥ずかしそうに鼻をかいた。

「へへっ、ありがとう」

 そんなカズヤをみていると僕もなぜだか嬉しくなった。勝手に笑みがこぼれた。

 絶対に三人でケント君を止める。そして、ケント君を闇の中から救うんだ。


 学校が終わり、時刻は四時過ぎといったところか。空はいまだに明るく、暑さも残っていた。

 僕はいつもは渡っていく大通りの横断歩道を渡らず、左の住宅街に入って行った。右にはマユ、左にはカズヤがいた。友達三人が集まっているというのに会話はなく、僕自身もしゃべろうとは思わなかった。

 会話がないまま、ケント君の家にたどり着いた。白い外観のケント君の家。人の気配を感じさせない不気味さ。そう思うのはあの事があったからかもしれない。僕はできるだけあの事を思い出さないように努めた。

「押すぞ」

 またもカズヤが迷いなくピンポンを押した。あの時と同じように。そしてこの場の空気にそぐわない明るい音が二回繰り返された。

 あのときのように誰も出ないのではないか、少なくともケント君は出ないだろう。マユは不安そうな表情を浮かべていた。

 そのとき、開く気配のなかったドアが音をたてて開こうとした。時間にしてみれば一、二秒なのだろうがこういうときはとても長く感じてしまう。まさかケント君が? あのときのケント君の顔が僕の気持ちなんて関係なしに頭に映る。目を開き、不気味に笑った顔。心臓が飛び出そうなほど高くなる。開くなら早く開け! いや、できるなら開かないでくれ。

 しかし、そんな思いも虚しくドアは開かれた。僕は思わず目をつむった。心臓はもう飛び出んばかりだった。見たくない。あんなケント君は見たくない。

「誰だ?」

 ゆっくりとした低く落ち着いた声。その声の主は良くも悪くもケント君ではなかった。てがかりをつかむために来たはずだったが、妙に安心しまった自分が情けなかった。とんだ臆病者だ。

 僕はゆっくり顔を上げた。そこには眼鏡をかけた、いかにも頭の良さそうな顔立ちの男の人が立っていた。背は僕たちよりも二〇センチほど大きく見えて四、五歳年上ということがわかる。

 僕はこの人を何度か見たことがあった。誰なのかはっきり分かる。

「俺たちはケントと同じクラスの友達で……」

「あ~、君がカズヤ君? 弟から話はよく聞いてるよ。クラスで人気者らしいね」

 そう、この青年はケント君の兄のセイヤ君だ。セイヤ君はケント君と年が五歳離れてて、今は大学に通っている。頭が良さそうに見えるのは、大学に通っているという事実がそう思わせるのかもしれない。まあ、ケント君に似て実際に頭は良いのだが。

「いえ、そんなことは……それよりケントはいますか?」

 カズヤは褒め言葉を言われても一切表情はやわらげず、真剣な面持ちだった。一瞬の間があき、セイヤ君もそれを察してか笑顔を消した。

「あいつなら出かけてるよ。なにか大切な用事でもあったの?」

 カズヤの真剣な表情で、そう察したらしかった。

「いえ、大丈夫です。また来ます」

 カズヤは丁寧にそう言って、くるりと背を向けた。僕も慌てて一礼をして小走りにカズヤに追い付いた。後ろを向くとセイヤ君が首をかしげて家に入っていくところだった。僕たちの行動を不思議に思ったのだろう。


 僕たちはカズヤの言った通り次の日も、その次の日もケント君の家に行った。が、相変わらず出てくるのは兄のセイヤ君ばかりで「ケントは出かけた」と言うばかりだった。

 そろそろセイヤ君も、うっとうしいとは言わないが迷惑がってるような雰囲気が伝わってくるので、カズヤも「また来ます」とは言えなかったようだった。しまいにはセイヤ君まで「最近のケントはよくわからない」言ってため息をついていた。


 結局てがかりがつかめなかった僕たちは、平凡な毎日を遅らざるを得なかった。カンタとゲンタとはあれ以来ろくに会話もしておらず、気まずい関係が続いていた。

 僕たちは相変わらず、たまにたばこを片手に持ったヨシカワ先生にいやな顔をされつつも屋上に集まっていた。

 

 そして、なんのてがかりも無いまま一学期はあっという間に流れ、夏休みが近づいた。太陽はさらに元気を増し、それに便乗するかのように蝉たちも鳴きはじめた。僕はその蝉のうるささのおかげで前以上に授業に集中できなかった。

「明日からは待ちに待った夏休みです。楽しむのもいいですが勉強も忘れないよーに!」

 そんなヨシカワ先生の声が聞こえ、夏休みなんだということを実感した。今年の夏休みはどうも楽しむ気分ではなかった。

 しかし他のやつらは「明日どこ行く?」とか「うちで勉強しね?」とか笑顔で言っていて楽しそうだった。のんきでいいよな。僕たちにはそりゃもう口では言い表せないほどいろいろあるのだから。時間はあってもとても遊ぶ気分ではない。

 僕はそんな気分になりながらマユといっしょに帰っていた。

「ねぇ、どうすんの? カンタとゲンタとはあんな感じのままだし」

 マユの言うことはもっともだ。こんな気分で夏休みなんか迎えたくないし、それにケント君のこともある。こっちは特に重要だ。なんせ町の人全員の危険を預かっているのだから。しかもその事を知っているのは僕たち三人だけだ。

「あいつらは僕たちのこと信じないよ。ケント君とは昔からの友達らしいし、信じてるから」

 そうカンタとゲンタがサッカーを始めたのはケント君の影響である。何も好きなことがなく、ぐうたらな生活を送っていたところをケント君に誘われたらしい。だから友達であるとともに、大好きなサッカーを始められた恩人なのだ。

「じゃあどうすんの? このままでいいの?」

「いいわけない。友達だから。でもその前にケント君を止める。そうしたらカンタとゲンタとも元の関係に戻れる」

 僕はぎゅっと拳を握った。ケント君を止める。たとえあれが出まかせのはったりだとしても心が闇に染まっていることは間違いない。

 ケント君を止められるのは三人だけ。かならずてがかりをひっぱり出してケント君を止める。そしてみんな元の関係に戻って、そして……。この後は元の関係に戻ってから考えよう。今はとにかくケント君を助ける。それだけだ。

 


 

 こうして、僕たちのこれまでの人生で最大の夏休みは八月に入り、夏真っ只中となった。ひたすら熱いばかりである。

 学校に行かなくていいのは助かる。勉強なんてしたくないし、カンタとゲンタとも気まずいままだし正直会いたくない。

 だが、そんなことを言っている場合ではない。学校に行かなきゃいけないとか、行かなくてもいいとかそういう次元の問題じゃないのだ。 

 ケント君の計画は日に日に進み今にも実行に移すかもしれない。夏休みの始めの頃はケント君の家に行ったりもしたが、やはり出てくるのは毎日毎日セイヤ君ばかりで、「出かけたよ」と言うばかりだった。ケント君は毎日毎日どこに出かけているんだ? もしかしたら、実験室か何かなのか。全く謎だ。

 それなのに僕は、何の変化もない毎日をぐうたらと過ごしているだけだ。朝は遅く起きてだらだらして、たまに勉強をやってというそんな毎日だ。本当にこんなことでいいのだろうか。今まさに町が危険にさらされようというときに。

 しかし、そんなことを考えている僕はまだベッドの中にいた。部屋に置いてある電波時計を見るともう十一時半過ぎ。電波時計とあれば時間が間違っているなんてことはまずない。そう、これが僕の夏休みの生活。これを見て誰が危険がせまっていると思うだろうか。少なくとも僕は思わない。自分で言うのもなんだけど。ケント君のことだってはったりかもしれないし。いや、どうにかしようとは思ってる、思ってるけど何も行動を起こせずにいるのだ。何をすればいいのか分からない。そんな状況だ。

「サクヤ! マユちゃんから電話!」

 そんな声が下から聞こえてきた。なんだろう、こんなときに遊ぼうとでも言うのだろうか。僕はベッドから腰をおろし小走りに階段を下りてリビングへと急いだ。

「はやく!」

 と言って実の母に受話器を押しつけられた。僕は仕方ないなと思いつつ受話器をとった。

『サクヤ? 今日家こない?』

 予想どうりのお誘いだった。

「いいけど…。マユはいいの?」

『へ!? 何が?』

 特にマユは気にしていない様子だった。こんなに考え込んでいる僕がおかしいのか。

「ううん、なんでもない」

 そうだ、たまには考えないようにしないと。夏休みだし少しは楽しんでもいいだろう。

『じゃあ、できれば早く来て。じゃあね』

 そう言って、プツンと電話を切られた。こっちの返事はきかないのか。まあいいけど。

 今日はケント君のことも、カンタとゲンタのことも忘れて楽しもう。たまには息抜きも必要だ。そう都合のいいように自分に言い聞かせた。

「出かけてくる」

 僕は母さんにそうぽつりと言って、リビングのテーブルの上に無造作にほかってあった財布をとって、玄関から外に出た。

 暑い日差しが照りつける。二、三日外に出てなかったので、この暑さには驚いた。アイスでも買ってから行こう。そうでないと干からびてしまいそうだ。

 僕は目的地をコンビニに変更した。コンビニは大通り沿いにある。学校より少し奥に行ったあたりだ。いつもの見慣れた道を進む。マユとのいつもの待ち合わせ場所を過ぎるとすぐに大通りに出た。

 大通りは車の熱気ですごいことになっていた。早くアイスを食べたいと心底思った。

 僕はちょうど学校の前まで行くと、校門から出てくる青年の姿を見た。最初はだれか分からなかったが近づいてくると、ケント君の兄のセイヤ君だということが分かった。ジーパンにTシャツというカジュアルな格好であった。

 僕はなぜ大学生のセイヤ君が中学校に来ているのだろうと疑問に思い声をかけた。

「あの~。学校に何の用だったんですか?」

 こう僕が言うと、気づいたようにこちらを向いた。

「君はサクヤ君だっけ?」

 何とか名前は覚えてもらっていたようだ。僕は小声で「はい」と言い、うなづいた。

「夏休みだし久しぶりに先生に会いたくなってね」

 セイヤ君は照れるようにはにかんだ。なるほど、セイヤ君も同じ中学校だったんだ。ケント君も来てるんだし当たり前か。僕は頭の中で自己解決した。

「サクヤ君は何でここに?」

「いや僕は学校じゃなくてコンビニに……」

 アイスを買いに行くんです。とは言わなかった。言う必要もないだろうと思ったからだ。

「ふーん。じゃあこれで何か買ってよ」

 と言い渡してきたのは百円玉だった。ここは遠慮すべきところだと思ったが、あいにくあまりお金は持っていなかったのでありがたく受け取ることにした。

「ありがとうございます」

 僕は心の奥から感謝した。なんてやさしい人なんだろう。ケント君に似てやさしい人だ。いやケント君が似たのか。

「じゃあね」

 そう言って笑顔で手を振った。僕は心の中でお礼を言って会釈した。

 思わぬ報酬を得た僕は上機嫌でコンビニに向かった。コンビニは学校から近く学校帰りによる人もいる。もちろん校則では禁止されているので僕はそんなことはしないが。

 コンビニに入ると迷いなくアイスの売っている場所へ急いだ。コンビニの中は冷房がきいていて、寒いくらいだった。僕は一番安い棒のソーダアイスを手にとってさっさとお金を払って外に出た。

 外は中との温度差のせいで余計に暑く感じた。僕はすぐにアイスの袋を開けゴミをコンビニの横に置いてあるゴミ箱へ捨てた。

 行儀は悪いなと思いつつも暑さには勝てず、アイスを口にくわえた。冷たい。夏はアイスに限る。そうあらためて思うのだった。


 コンビニで買ったアイスがほぼ無くなってきたころ、僕はマユの家の前にいた。玄関の扉は閉まっておらず、あいかわらずピンポンも押さず中に入る。

 中に入るとヨネばあとマユが楽しそうにおしゃべりをしていた。

「いらっしゃい! 早かったね」

 マユが笑顔で言う。ほんとにケント君のことやカンタとゲンタのことなど考えていないようだった。僕は頭を振った。今日はいろんなことは忘れてただ楽しもう。そう思った。

「おじゃましまーす!」

 カズヤもピンポンを押さず入ってきた。まあ、もとから玄関開いてたし、僕たちの姿も外から見えてたから押すほうがおかしいのだが。

「よ! カズヤ」

 マユが元気よく言った。

「マユ、急にどうしたの? 今日に限って」

 カズヤが僕が思っていたことを代弁するかのように聞いてくれた。

「や~、夏休みだしたまにはね」

 マユは頭をかいて笑い『だめだった?』とでも言いたげな表情をした。僕は毎日だらだらしてたからちょうどよかった。カズヤも特に異論はない様子でふーんと笑っていた。

 

 その後、僕たちはマユの家にあるオーラのカプセルを使って、暗い気持ちになったり(カズヤがケント君のことをぼそぼそと言って一時は気まずい雰囲気になった)、とんでもなくテンションを上げたりしていた(マユが会話もできないほど爆笑していたので僕はやらなかった)。

「落ち着いたか?」

 カズヤが笑い転げていたマユに向かって声をかけた。マユはまだ息を荒くしていたが笑いはおさまってきたようだった。

「はぁ……、はっはぁ、うん。落ち着いた、落ち着いた」

 そう言って両目の下に流れる涙をぬぐった。

「大丈夫かい?」

 ヨネばあはそう声をかけたが、ヨネばあの目は『ばかだねえ』と言っていた。

「うん。大丈夫」

 マユはそう言っていたようだったが僕はそれはほとんど耳に入ってこなかった。マユの家のがらりと開けられていた玄関から見えた、年は中学生ほどで、とてつもない速さで走り抜けていった男の子。それは言うまでもない……。

「けっ、ケント!」

 カズヤは心底驚いたように叫んだ。なぜならその男の子は百パーセント間違いなく、ケント君だったのだから。

最後まで読んでいただいてありがとうございました! 

 

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