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真実の気持ち  作者: kokoa
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第一部 コトのはじまり

 西暦二〇二七年、二十年ほど前とほとんどかわらない町、乗物、その他日常で使われるもの。しかし、一つだけ大きくかわったことがある。それは、心霊現象の解明。みなさんは人魂や霊というものを見たことはあるだろうか。見たことはなくともその存在は知っているであろう。人魂や霊の正体は、生きている人にもとり憑いている『オーラ』というものだと、ある科学者は発表した。オーラとは『あなたからピンクのオーラを感じる』といった感じのあれだ。オーラは色によってその人の感情を表す。つまり、オーラを見ることができる人は相手の感情がわかってしまうのである。


 そんなニュースが大きくとり上げられたのも四年も前の話。今ではそんなのは当たり前になっている。そして今日はそのオーラの授業が二時間続きである。僕、サクヤはオーラの授業が一番嫌いだ。人の感情なんか読みとってなにがおもしろいんだ。僕はオーラを見ることができないからいいが、研究が進んでみんなが見れるようになってしまったらと考えると恐ろしく不安になる。そう思いつつも僕は、教科書類を手提げタイプのバッグに入れ仕度を済ませた。


「サクヤ。起きなさい! いつまで寝てんの」

 一階からそう聞こえてくる声は言うまでもなく母さんの声だ。毎朝恒例の怒鳴り声。うるさい。心底そう思う。これは反抗期だからうるさいと思うわけじゃない。純粋にうるさいのだ。僕はやりたくもない授業の用意が詰まったバッグを持ち、一階への階段を作業でもするように降りた。

「おはよう。サクヤ」

 そういつも優しくしてくれるのが父さんだ。父さんは眼鏡をかけ髪をセットし、いつでも出かけられる状態になっていた。

「早く朝ご飯食べちゃってよ!」

 やっぱり母さんはうるさい。毎日毎日同じセリフ。耳がいたいとはこのことか、と勝手に納得する。そしてその母さんにいつも便乗するのが、

「ほら、早くたべなよ」

 ほら来た。僕の姉サキ。黒髪のロングで、顔は正直いい方だと思う。ちっちゃいころは結婚したいとよく言っていたこともあった。でもそれは小さな子にはよくある話。今ではただの少しうざい姉だ。

「じゃ、そろそろ行ってくる。」

 朝ごはんを食べ終った父さんが椅子をしまいながら言う。

「……行ってらっしゃい」

 僕は、母さんやサキ姉にまじりそう小声で言う。母さんやサキ姉はどっちでもいいが、父さんだけにはちゃんと言っておきたい。

「ああ、行ってくるよ」

 そう言って父さんはリビングの戸を閉め、出ていった。

「サクヤ、早く食べてよ。サクヤも遅刻しちゃうよ! 私なんかサクヤのせいで、いっつも遅刻ギリギリなんだから」

 なら、先に出ればいいじゃないか。そう言いたくなる。だが、いつも待たせている手前、その言葉を発することはサキ姉と母さんの爆弾に火を点けるに過ぎない。

「ごめん……」

 そう、これが一四年間母さんの子供をやってきた僕の答え。サキ姉はともかく、母さんを怒らせると小遣い減らすだのとうるさい。だから反発せず受け流せばいいのだ。

 その後、僕は急いで朝ごはんのご飯を口の中に押し込み、みそ汁を流し込んだ。サキ姉はもう玄関で靴を履いていた。靴箱の上の花瓶にはタンポポがさしてあり、窓から差し込む光で黄色がさらに際立っていた。

「早く〜。行くよ!」

「わかってるよ」

 僕はそう言って、机のわきに置いてあったバッグを持って玄関へ向かった。バッグが重い。そんなに入ってないはずなのに、運動不足の僕には少々重く感じた。学校用の白いスニーカーを履き、靴ひもを結びそしてバッグを持つ。いつもと変わらない朝。今日も平和に過ごせますように。そう心の中でつぶやき、胸の前で二回手を叩いた。

「サクヤ行くよ」

 サキ姉の機嫌を少し損ねてしまったようだ。まあ、いつもの事だから何とかなる。僕はサキ姉の後から出て玄関の戸を閉めた。

「うん」

 いつものようにサキ姉より少し下がってついていく。恥ずかしい。毎日のことでもこればかりはなかなか慣れない。顔は赤くなってないだろうか。サキ姉は何やらしゃべってはいるが、周りの視線が気になってそれどころではない。右から左状態だ。

「ねぇ! サクヤ聞いてる?」

 聞けるわけないだろ。恥ずかしくてそれどころじゃないんだから。少しは僕の気持ちも考えてくれ。

「じゃ、私はこっち行くから」

 サキ姉の声には怒りというより呆れが混ざっていた。

「うん」

 そういうと右の路地に入って行ったサキ姉は、もうとっくに背中を向けていた。ふう、やっと一人になれた。家を出てから一分も経ってないのにとても長く感じる。後ろを振り向けばまだ家が見えるほどだ。っていうか、こんなに早く分かれるならいっしょに家を出なくてもいいのではないかと毎回思う。一人になれたのもつかの間、またまた、うるさいやつが走ってこっちに向かってきた。

「サクヤ、おはよう!」

 赤く染めたショートヘアーを揺らして走ってくる彼女は『マユ』。いつもこのT字路で待ち合わせをしている。マユとは幼稚園からの幼なじみで、小、中と同じ学校だ。

「うん、おはよう」

 とりあえず返事を返す。

「どうしたの? 元気がないぞ!」

 そう言いながら僕の肩を軽く叩く。いやいや、『どうしたの』っていつもと同じだぞ。それにその『どうしたの』も毎回同じセリフだ。

「大丈夫。元気、元気」

 僕は無理に笑ってみせる。

「うそついたでしょ? オーラにでてるよ!」

 そう言って背中を思い切り叩く。そう、彼女はオーラを見ることができる数少ない人間なのだ。どんな巧なうそをついても彼女にかかればだいたいのことはばれてしまう。

「……ばれた」

 そうつぶやき、歩みを進めた。

「ほら、元気出して! 学校行くよ」

 マユが後ろから軽やかなスキップで僕を抜いていった。僕も早足で後ろから追いかけた。

 マユはほんとにいつも元気だ。運動不足で目立たない僕なんかと違って、行動的でクラスでも人気がある。正直すごくうらやましい。

 マユの後を追って交通量の多い大通りををわたり、大通りに沿って少し行くと学校に着いた。

「……速いよマユ」

 僕は肩を上下させ深く呼吸をくり返した。いっぽうマユは表情一つ変えず、下駄箱に入った上靴を取り出し履きかえていた。

「よっ! サクヤとマユ」

 背後からする元気な声。こいつはカズヤ。顔は、イケメンの部類にはいるのかなっていうくらいだ。

「『と』ってなによ。『と』って! 私はついでなわけ?」

 マユは小さなことですぐにくってかかる。普通にしてればけっこうかわいいほうだと思うのだが。

「いや、わるいわるい」

 カズヤは頭をかいて謝る。朝から本当に元気なやつらだ。そんなことをしているうちに僕はさっさと上靴に履きかえて歩きだしていた。僕の教室は二階の一番左端の二年四組で、一番遠い。運が悪いとしか言いようがない。一年のときも四組で一番端だったし。だいたい一学年四クラスあるのに二年連続一番端はないだろ。酷すぎる。若干一四歳の若者になんて酷なことをさせるんだ。と、心の中で叫んだって何もかわらないことぐらいは僕にもわかる。僕は階段を半分ほど登っていたがあの二人はまだ下駄箱でしゃべっていた。僕はかまわず教室に向かった。階段を登りきり他クラスの前を通ると、もう九割くらいの人は来ていて、遅刻寸前だということがよくわかった。現にあと一分で遅刻時間の八時になろうとしていた。時計を見た僕は内心焦って教室まで歩いた。いや、小走りになっていたかもしれない。教室の戸に手をかけた時、後ろから足音と声が聞こえた。

「おい、はえぇぞサクヤ。いつからそんなに足速くなったんだ?」

 その言葉に僕は若干顔をしかめた。僕は走ってなんかないし、『足速くなったんだ?』ってことは足遅いと思ってるってことじゃないか。

「少しは待ってくれたっていいでしょ?」

 その時、定番のチャイムが鳴った。こればかりは父さんが子どもの時からかわってないらしい。

「あ……」

 三人口をそろえてそう言い、教室に駆け込んだ。

 教室には僕たち三人を除いた全員が静に椅子に座っており、このクラスの担任のヨシカワ先生も今から教壇に立とうというところだった。そしてほぼ全員の視線が僕たちに集まった。気まずい。この瞬間が一番気まずいのではないかと思うほどに。しかしカズヤは微塵もそう感じてないらしく、

「すいませ〜ん」

 と口を尖らせて言い悠々と席についた。続いてマユは若干の罪悪感はあるらしくすいませんと小声で言い足早に席についた。とうとう僕一人になった。気まずさは先程よりも更に増し、ここにたっていることを苦痛に感じた。

「……すいませんっ!」

 僕はすぐさま猛ダッシュで席に向かった。恥ずかしい。クラスのみんなは一人も欠けることなく声をあげて笑っている。先程までここにいたカズヤはもちろんのこと、マユでさえも口から漏れる声を必死に押さえまいとしていた。僕はみんなの笑い声の中、一人机につっ伏していた。早くおさまってくれ。そう必死に祈るしかなかった。願いが通じたのか数秒後に突然おさまることとなった。

「はいはーい。静に〜」

 ヨシカワ先生が頭の良さそうな丸眼鏡をずり上げてそういうと、生徒たちはおしゃべりをやめ、正面黒板の方に向きなおった。ヨシカワは眼鏡をかけているが、嘘か本当か眼鏡をはずすとまるで恋愛ドラマに出てくるかのようなイケメンという噂があるため、女子には人気がある。このヨシカワ先生の一言は、特に女子には有効だったのだろう。

 先生、感謝します。担任という立場上、静にさせることは当然と言えば当然なのだが。……とにかく僕の話題が終ったことに違いはない。僕はほっとして顔を黒板に向けた。

 黒板の右上には七月一日と書いてあった。やたら暑いと思ったらもう七月か。早いものだ。外からまぶしい日光が教室に差し込む。まだ一部の開けられてないカーテンが、時おり吹く風に気持ちよさそうになびく。僕はそれをずっとながめていた。

「はい、じゃあオーラの教科書だして」

 先生の話が終わり、一限目が始まるようだ。オーラの授業か。かったるい。知ってはいたがあらためて言われると、よけいに滅入る。僕は嫌々教科書を取り出した。

「三十二ページを開いて」

 と先生が歯切れよく言うと、教科書をめくる時の紙のすれる音で教室がいっぱいになる。中には先生の話などどうでもいいと言わんばかりに、居眠りをする生徒やおしゃべりを楽しむ生徒もいた。僕も気持だけでいったらそいつらと同じだ。でも生憎僕の席は窓際の一番後ろで、横には席がないし、もちろん後ろにも誰もいない。だから、しゃべる人はいない。これは僕の勝手な考えだが生物の一番無駄な行為は寝ることだと考える。人生の三分の一は寝ているというのだから、もったいなくてしょうがない。僕はこの一四年間極力居眠りはしない方針で生きている。だから僕は授業なんて受けたくないが、まじめに受けている。

「青色のオーラは悲しみを表し、逆に赤色のオーラは怒りを表します。」

 先生がそう言うと同時に大半の生徒がノートをとる。僕もそのうちの一人だ。先生が言ったことを作業的にノートに書く。そのくり返し。つまらない。実に退屈だ。家に帰ったら昨日読んだ本の続きを読もう。そして、その後はベッドでくつろごう。そんなことばかりを考えていた。

「そして黄色のオーラは……」

 と途中まで言ったところで、チャイムが授業の終わりを告げた。先生も終わってよしと言い、教室から出ていった。

 やっと終わった。それは僕だけでなく、クラスの全員が感じているようにみえた。背伸びをする人、やっと終わったねとおしゃべりをする人、といろいろだがみんなの顔は緊張が解けたようなほっとした表情に包まれていた。

 だが僕は気づいた。授業が終わったというのに、顔色一つ変えず微動だにしない生徒がいることに。その生徒は目は虚ろで隈がかかり、他の人達とはまるで違う空間にいるようなそんな雰囲気を醸し出していた。カズヤもそれに気づいたらしく、その生徒に駆け寄った。僕もたまらず駆け寄った。

「おい大丈夫か? ぼーっとしてんじゃねーよ。いつものおまえらしくねーぞケント」

 そう、その生徒の名前はケントといった。僕はケント君とよんでいる。成績優秀、スポーツ万能でリーダーシップもあり、クラスの人気者だ。カズヤとは幼稚園からの友達で親友のような存在らしい。

「ん? どうした」

 カズヤが大丈夫かと軽く肩を叩く。ケント君は振り向きカズヤに鋭くも冷たい視線を向けた。

「いつものオレって何だ? オレらしいってどんなだ」

 明らかにいつものケントとは違う。というより真逆。相手の気持を考えていないような冷たい言いかた。誰かに操られているようなそんな感じ。

 僕はその言葉にぞくっとした。誰かが怒声を浴びせたかのようにその場の空気が凍り付く。背中に寒気が走る。腕に鳥肌がたつ。誰より、驚いたのはカズヤだった。顔は強ばり冷や汗が額を伝い、瞳は細かく震え、もはやケント君を見ていない。

「た、体調でも悪いのか?」

 カズヤの声にはわずかだが震えがまじっていた。

「ごめん。昨日寝るの遅かったから疲れてんだ。」

 ケントはなにか切り替えたように笑ってみせた。でもそれは無理につくられたようにみえてならなかった。


 僕はチャイムが鳴って授業が始まってもあの言葉が頭から離れず、授業中ずっとそのことばかり考えていた。あれは明らかにいつものケント君じゃない。夜更ししたから? 体調が悪いから? 違う。もしそうだとしても、なんであんなことを言う必要があったんだ。おかしい。何かに洗脳されたかあるいは……。いやそんなSFみたいな話があるか。僕はそんな考えをふりはらうかのように首を振った。考えすぎだ。勉強のしすぎか何かで嫌気が差したのだろう。人間だれしも完璧な人なんていないんだ。なんでもこなすケント君だからこそいろんな悩みがあるのかもしれない。僕は勝手な解釈をし、これ以上考えるのをやめた。

 こうして考えているうちに六時間目まで終わり、後は帰るだけとなった。時間は四時ごろだったが、まだ外は元気な太陽が照りつけ暑そうだった。さっさと家に帰って本を読もう。続きが気になってしかたない。僕はバッグに教科書類をつめ、帰ろうとしたが後ろから肩を叩かれ呼び止められた。やっぱりな。

「サクヤ、サッカーやってこーぜ」

 そう言ったのはサッカー大好き少年カンタとゲンタだ。少年と言う言葉はこいつらのためにあるんだなと心から思う。予想はしていたが、今日もか。運動はあまり好きじゃないし、苦手だ。だからできればやりたくない。

「僕はいい……」

 よ。といい終わる前に僕の言葉はカンタに遮られた。

「いいじゃんか。今日はケントがいなくて人数足りねーんだよ」

 そう言われ、ふとケント君の方を見ると教科書をすばやくまとめ、一人で足早に教室を出ていくところだった。やっぱり体調でも悪いのだろうか。

「なぁ、いいだろ」

 いつもはこの二人にケント君を加えた三人で誘ってくるのに。絶対三人で誘ってくるのに……。こんなことは今まで一度もなかった。ケント君はサッカーが大好きでテスト前でさえも誘ってくるほどだ。そんなケント君がサッカーをしないなんてやっぱおかしい。何かあったのかも知れない。

 そんなことを考えているうちに、右からカンタ、左からゲンタに肩を組まれ逃げられない状況になっていた。

「マユも、カズヤも来るよな?」

 マユは即答で、

「うん。もちろん!」

 カズヤはなにやらぼーっとして気づかなかったが、マユにどうかした? と肩を叩かれ我に返ったように答えた。

「あ、ああ」

 カズヤはあまり乗り気ではないようで、気のない言葉を返した。

「じゃあ、早くいこーぜ!」

 カンタとゲンタは勢いよく教室から飛び出した。もちろん、その間に挟まれている僕もいっしょに。あまりに勢いよく飛び出たので、

ドアの小さな段差で軽くつまづいた。僕の両脇の二人はそんなことには、お構いなしで走る。まだ廊下にいる下校中の生徒たちに、体があたり、文句を言われようとも一切スピードを落とさずに駆け抜けた。階段を下りた先の昇降口はまだ、混雑した駅の改札口ほどの人でいっぱいで、おしゃべりをする声がうるさいほどであった。

 ぼくは顎で自分の肩のほうをやり、

「これじゃ靴が履けないよ」

 と言い、カンタとゲンタに離してもらった。さすがにここまでくると断る気もおきない。僕は一息吐いてから、人混みのすき間をどうにかかいくぐり、自分の下駄箱の前にたどりついた。僕の靴は、あまり外で遊ばないせいかそれほど汚れていなかった。それでも一ヶ月前にくらべると汚れは増えていた。なぜかというと、サッカーに誘われはじめたからだ。それまでは学校が終わると真っ先に家に帰り、本を読むか、ゲームをするか、ほんのたまにマユとカズヤと遊ぶくらいだった。僕は家にいるほうが好きだが、やてみるとサッカーも意外に楽しく、友達も増えた。なので、いつも誘ってくる三人にはちょっぴり感謝の気持もある。それでもやっぱり家にいたほうが楽だし、落ち着く。それに今日は読みたい本があるし、サッカーはあいかわらずヘタクソだからできればやりたくなかった。

 僕は気持は乗らなかったが、上靴を脱いで靴をはきグラウンドへの階段を下りた。そこではカンタとゲンタが早くやろうぜと言わんばかりにパスをしていた。グラウンドにはその二人以外は誰もおらず、しずまりかえっていた。それとは正反対に、背中の方からは下校する生徒の声でにぎやかだった。

 あいつらさっきまで一緒にいたのにやけにはやいなと思いつつも、二人の所へ歩いていった。当然だがマユとカズヤの姿はまだない。

「おい、おせぇぞ」

 とカンタがサッカーボールをこちらに蹴ってきた。ボールは僕の身長ほどの高さまで浮かんで僕の方に向かって飛び、ちょうど足下で跳ねた。僕は慌てて足を出したが、その抵抗も虚しくボールは僕の後方に転がっていき、その先に視線をやるとカズヤとマユの姿があった。マユは転がってきたボールをそのまま蹴りあげ手におさめた。

「あいかわらず、サクヤはヘタクソなんだから」

 マユは冗談っぽく笑顔で言うが、僕は少なからず傷ついた。いくらスポーツが好きでないとはいってもヘタクソと言われて傷つかないわけがない。でもそこがマユらしいといえばマユらしい。

「みんなそろったし早くやろうぜ」

 ゲンタがそう言ってチーム決めが始まったが、カンタとゲンタの独断でカンタ、ゲンタチーム対、カズヤ、マユそして僕のチームになった。カンタとゲンタは小学校の時からサッカーをやっていて、今も地域のサッカークラブでやっているので相当手ごわいが、カズヤは今こそサッカーはやっていないものの、小学校で地域のクラブに入っていたこともあってサッカーは相当うまい。もしかしたらカンタとゲンタよりもうまいかもしれない。マユも運動神経はいいので十分試合になる。それにチームを勝手に決められることはよくあることだ。だからいい試合になることは分かっている。僕が大したミスをしなければだが。

 僕はあまりしゃしゃり出ない程度に楽しむようにした。というか毎日そうしている。僕はボールを持ったらマユにパスするようにした。そしてマユに攻めてもらった。一応、男として情けないとは思うが僕が攻めたところで点が入らないことは百も承知だ。でも僕は攻められなくてもボールをさわれるだけで十分楽しめた。マユもゴールをいくつか決め楽しそうだった。

 ただカズヤはいつものようにゴールをばんばん決めたりはしなかった。ボールをもらったらすぐに僕かマユにパスをした。カズヤは明らかに楽しんでいない。それにはマユも気づいているようだった。

 三十分ほどたった時、突然カズヤはドリブルするのをやめその場に立ち止まり、うつむいた。表情こそ見えなかったがケント君のことを心配していることだけはよく伝わってきた。思いの程度は違うが僕もカズヤと同じ気持だ。みんなも思っていることは同じのようで、カズヤの気持を察してかその場に立ち止まり黙っていた。

 数秒の間があってからカズヤは口を開いた。

「ごめん、オレ帰るわ。ケントのことが心配なんだ。あいつは疲れてるからってあんなことを言うやつじゃない。なんかあったのかもしれないし、悩みがあるのかもしれない。だからごめん」

 カズヤは背を向けて歩き出そうとしたがカンタに止められた。

「何言ってんだよカズヤ。オレだって心配だよ。だからいっしょに行こうぜ」

 ゲンタもそうだなと言い賛成した。僕ももちろん賛成だ。

「じゃあ、早く行きましょ」

 マユがとびきりの笑顔でそう言うと場がなごみ、みんなの口から笑みがこぼれた。さっきまでうつむいていたカズヤも表情をやわらげた。

 カンタは地面に転がっていたボールを拾ったがそのまま後ろへほうった。それを合図にみんなで校門の方へと足を進めた。校舎のわりと高い所に取り付けられた時計はほぼ五時をさしていて、空はうっすらとオレンジがかっていた。僕は穏やかな風を受けさわやかな気持がした。一人もいいが、友達といるのも悪くない。そう思った。


 学校から出ると交通量の多い大通りがあり、多くの車が行き交っていた。その大きな道路とは対称的な、端にある細い歩道を僕たちは歩いていった。大通りということもあってか、気持ち空気が悪いように感じられた。

 その大通りをまっすぐ進むと、やがて左側に住宅地に入って行く道が見えた。右側の横断歩道を渡ってまっすぐいくと僕の家だがケント君の家は僕の家とは反対方向なので左側の小さな道に曲っていった。わりと新しい家がならぶ住宅地は所々に影を作り、大通りよりも薄暗く感じた。

 ちょっと行って右に曲がると左側にケント君の家が見えた。木造の二階建てで、外壁は白く塗装されていた。ケント君の両親は離婚して母親がおらず父親が単身赴任で、この家に住んでいるのはケント君と兄だけだ。

 僕たちはケント君の家の前に立った。僕は学校でのこともあってか緊張して心臓が大きな脈をうっていた。しかしカズヤはそんな様子を見せなかった。

「じゃあ、押すぞ」

 と言ってちゅうちょなくピンポンを押した。僕はきっとお兄さんが出るだろうと思い、改まった。だが、誰も出てこなかった。数秒待ったが、誰も出てくる気配はない。ねんのためカズヤがもう一度押した。……が、誰も出てこない。本当にケント君は家にいるのだろうか。もしかしたら体調が悪くて寝ているのかもしれない。

「体調悪いって言ってたし、寝てるんじゃねーか?」

 カンタも同じように考えたようだ。ゲンタも、あごを上下させてうなずく。

 カズヤは金属でできた胸ほどの高さの門に手をかけた。みんなはやめたほうがいいんじゃないかという顔をしていたが、カズヤはその門を開けた。僕もカズヤに続いて入っていった。玄関の前まで来たとき後ろを振り返ったが僕とカズヤ以外は門の外で待っていた。

 カズヤは木製のドアのノブを持ち回した。驚いたことに鍵はかかっていないようで、カズヤがノブを少し引いたときに中がかすかに見えた。

「やめなよ。勝手に入るのはよくないよ」

 と心配そうにマユが言ったがカズヤには無意味なことだと僕は思った。案の定カズヤはドアを開けて中へ入った。家に勝手に入るところを見るとカズヤはそうとう心配なのだろうと思った。いつも明るいケント君があんなことを言ったのだからそれもそのはずだ。僕もカズヤと同じように心配だが、カズヤには悪いと思うが少しだけ好奇心もあることはたしかだ。なぜあんなことを言ったのか、体調が悪いということだけではない気がしてならない。

 僕も中に入ると、後ろでドアが閉まる音がした。足下を見るとケント君の靴があった。いるのになぜ出てこないんだという疑問が沸いたが、今さらだなと思い足下から目を離した。家の中は明かりがついておらず、光といえば外から差し込む夕日の光だけだ。目に入るのは突き当たりの壁に続く廊下と、左側にある上の階に続く階段。壁には飾りなどは何もなくシンプルな様子だ。僕は二、三回遊びに来たことがあるので部屋の場所はなんとなく分かる。廊下を突き当たりまで行き左を向くとケント君の部屋はある。

 カズヤと僕は白い壁の廊下を進んだ。カズヤは僕のことなど今はどうでもいいようで、一言もしゃべらなかった。

 カズヤがケント君の部屋のドアをノックすると、つるつるとした木のドアがいい音をたてた。何も反応はない。たぶん寝ているのだろうと思った。カズヤがドアを開けたので、だいじょうぶ? と一般的なお見舞の言葉をかけようとした。だが、その言葉を発することはなかった。


 暗闇。閉めきられたカーテン。何日も換気していないような湿気。……そして暗闇に、無数に光る液晶の画面。

 僕はそれがパソコンだと理解するのに時間がかかった。パソコンの台数は十台あるかないかといったところで、床はその液晶がめんに繋がるコードで埋めつくされていた。パソコンの画面には、わけの分からない文字や数字でできた式。そしてオーラという文字が多く見られた。その光景はまさに異様だった。

 僕の目はついに椅子に座っているケント君へと移った。ケント君と目が合う。感情のこもっていない冷たい目、僕たちをとらえる鋭い目つき。あの時と同じ目。恐怖すら感じる目だ。僕は見ていられなくなって、目をそらした。

「……おい。ど、どうしたんだよ……ケント! 何やってんだよ。おまえ熱でもあるんじゃ……」

 カズヤはケント君の額に手をやろうとしたが、ケント君の手がはじいた。オレに触れるなとでもいうような冷たいはじき方。その非情さがさらに恐怖心を駆り立て、僕の背中に悪寒を走らせた。

「だまれ、おまえには分からない」

 ケント君はそう冷たく言い放った。カズヤははじかれた手を左手で押さえ、その後口を開けることはなかった。カズヤの身体は小刻みに震えていたが、ケント君に謝る様子はない。完全にいつものケント君の面影はない。まるで別人のようだ。

 僕は何も言うことができなかった。そう、ただただ怖い、それだけだ。その他には何も感じない。今すぐここから逃げ出したい、現実に戻りたい。しかしこれが現実。夢のようで、夢ではない。僕の身体は震え、金縛りになったように動かない。

「このことを他のやつに言ったら、おまえらはどうなるかなぁ?」

 そこまで言って、冷たい笑みを浮かべた。その顔はもうケント君ではなかった。何者かにとり憑かれたように感情はなく、両目は大きく見開き、口からはこの状況を楽しむかのような笑い声が漏れていた。

「この計画の実験台にするっていうのもおもしろい。もちろん言った相手もだ。このことを知ったやつ全員、オレの実験台だ」

 ケント君は先ほどよりもさらに冷たい笑みを浮かべ、悪魔のような声を上げて笑った。……いやだ、もう見たくない。こんなケント君は見たくない。目をおおいたくなるが手が身体がおもうように動かない。どうしたんだよ? 普段のケント君に戻ってよ。いつもの明るいケント君に。言葉にならない叫びが涙となってあふれ出る。僕はたえきれなくなり、動かない身体を無理矢理動かし廊下に飛び出た。足がついてこない。僕はふらつきながらも、しにものぐるいで玄関まで走った。途中で壁にぶつかったがそんなものは関係ない。早く外に出たい。それだけだった。

 玄関のドアに手をかけた時、ケント君の言葉を思い出した。感づかれてはいけない。ケント君が何をしているかは分からないが、いいことでは無いということは確かだ。僕が言わなければ誰も傷つくことはない。たとえそれが正しい選択でなくても。僕は頬に流れる涙を拭ってからドアを開けた。

 外は先ほどより暗くはなっていたが、まだ日は沈んでおらず、時間があまり経って無いことが分かった。門の前にはまだみんな待っていた。

「ケントいた?」

 明るい調子でマユがきく。僕は先ほどのケント君を思い出した。真っ暗な部屋、沢山のパソコン、冷たい目、あの言葉……。駄目だ、思い出しては。僕は顔を振って忘れるように努めた。そして僕はこう言った。

「ううん。いなかった。」

 嘘をついた。そうしなければいけなかった。そうしなければみんなが傷つく。だから嘘をつくんだ。そう自分に言いきかせた。

「そう」

 マユは落ち込んだようにそう言う。カンタとゲンタは、どこにいったのだろうと心配そうに話していたが、僕の頭には話が入らなかった。

 これでよかったのだろうか。嘘をついてみんなを心配させて……。いや本当のことを言ったらみんなに危険がおよぶし、そっちの方が心配しただろう。だから言わないし、絶対に言ってはいけないことだと思う。

 僕が考えていたところにマユの一言が耳に入ってきた。

「そういえばカズヤは?」

 僕は聞かれて身体が冷めていくのがわかった。ひたいに冷や汗をかく。頭の中がパニックになる。なんて言い訳をすればいいんだ。ケント君がいないなら家の中にいる必要はなくなる。普通なら僕といっしょに出てくるはずだ。まずい、ばれる。くそ、本当のことを言うしか……。

 そのときカズヤが木製の玄関のドアを開けて出てきた。そしてドアがしまり音をたてた。助かった。これでなんとかなりそうだ。

「ごめん。じゃあ、ケントいなかったし帰ろうか」

 カズヤは笑顔でそう言ったが、僕はそれが偽りの笑顔だと思うと胸が苦しかった。カズヤはケント君の親友だ。平気でいられるはずがない。本当は死ぬほど心配なんだ。胸が痛くて、苦しくて、泣きたくて。そうに決まってる。僕でさえ明るいケント君を思い出すと胸が痛む。もとのケント君に戻ってほしい。いや、僕とカズヤでなんとかする。それしかない。それしかないんだ。















小説初心者ですが、アドバイス、感想等ありましたらコメントよろしくお願いします。

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