『みいちゃんと田中さん』アニメ化に関してという文章で思ったこと。
出典を間違えていたので、訂正します。
訂正前は「アニメ『みいちゃんと山田さん』【公式】アカウント」としていました。
2026-08-06に確認し、「みいちゃんと山田さん【公式】アカウント @miichan_joho」からと訂正いたします。
差別意識は人があらかじめ備えているもので、かなり自分を戒めていないと差別をしてしまう。と私は思っている。
自分のことを差別をまったくしない人間だって思っている人はある程度存在すると思うけれども。
みいちゃんと山田さん【公式】アカウント @miichan_johoから『みいちゃんと田中さん』アニメ化に関してという文章が発表された。(https://x.com/miichan_joho/status/2081696108297003418)
「本作は、特定の障害や立場の方々を差別・蔑視する意図をもって制作されたものではございません」
原作には差別・蔑視の描写がある。それをしていいという書き方はしていないけれど、それらの行為を見ること(読むこと)を娯楽にしているマンガだと私は感じていたので、この説明を付けたことは不思議だ。
「アニメの制作におきましても、原作者・制作スタッフ一同、原作の持つテーマ性を大切にしながら」
やっぱり不思議。原作者が原作の持つテーマ性を大切に? 人の作文のことをとやかく言えるほどの作文能力はないが、制作スタッフ一同だけのほうが自然な文に思う。相当慌てて書いたのかな。
こういう配慮をしていますっていうときの定型文を使ったりするだとか、そういう文を書く人に頼むだとかしなかったのかな。
不思議。というか杜撰か。
テーマ性も思うことがあるのであとで書く。
「関連する専門家やしかるべき機関の監修・ご指導のもと、適切なレーティングや注意喚起を記載するなど、より慎重かつ丁寧な表現に努めて制作を進めてまいります。」
関連する専門家ってレーティングの専門家かな、注意喚起の記載の専門家かなと、すごくうがった考えがよぎってしまった。
知的、精神的に病気だったり障害だったり困難だったりする人を取り上げるってとても多くの配慮が必要になると思っている。 私も詳しくないけれど、いろいろ知らないと配慮できないと思う。例えば本人たち、周囲の人、無関係の人がどう思っているか、差別の歴史。
たぶん、そういった配慮をある程度やめて描くというのがこのマンガのテーマの1つだと私は思っている。
このテーマ性を大切にして、より慎重かつ丁寧な表現ってすごく難しいと思う。
配慮を減らした時のあやうさを、原作者は理解しているだろう。出版社やアニメ化する会社も慎重に扱う必要のあるテーマだと分かっているだろう。って思っていたのだがどうやら違うようだ。
今になって慌てているように感じた。
『みいちゃんと田中さん』のアニメ化に対してネットで炎上が起こるのは当然だと思う。
この作品に関わること、意見、感想を言うこと自体が、あやういと私は思っている。
作り手にしろ、スポンサーにしろ、組織にしろ、個人にしろ。




