やめられないんじゃない。やめないだけ。
初投稿です。
静かな変化を描いた話になります。
満たされていないわけじゃない。
ただ、少しだけ全部が薄かった。
それでも、問題はなかったはずだった。
仕事も、普通にこなしているし、
人間関係だって悪くない。
困っていることは、特にない。
――それで十分なはずだった。
「それ、足りてない顔してるよ」
不意に言われて、少しだけ笑った。
「そんなことないよ」
反射みたいに返す。
本当に、そう思っていたから。
「じゃあ、その顔なに」
軽く続けられて、言葉が詰まる。
少し考えてから、曖昧に答える。
「……なんか、ちょっと薄いだけ」
「薄い?」
「うん。全部、ちゃんとあるのに、ちょっと遠い感じ」
自分でもうまく説明できていない。
でも、それが一番近かった。
相手は少しだけ考えてから、
「じゃあ、濃くする?」
と軽く言った。
冗談みたいな口調。
思わず笑う。
「なにそれ」
「方法はあるよ」
その一言に、ほんの少しだけ引っかかる。
「怪しくない?」
「怪しいと思うなら、やめればいい」
あっさりした返しだった。
押してくるわけでもない。
「無理にとは言わない」
一瞬だけ間を置いて、
「でも、興味はあるでしょ」
視線が、少しだけ逸れる。
否定できない程度には、ある。
「……まあ」
曖昧に返す。
それくらいの距離感。
深く関わるつもりなんて、なかった。
ただ、少し確かめるだけ。
「じゃあ、大丈夫だね」
その一言で、妙に逃げ場がなくなる。
大丈夫、という言葉なのに。
戻る理由が、一つ消える。
少しだけ、息を吐く。
「なにするの」
聞いてみる。
具体的なことを知りたいわけじゃない。
ただ、この曖昧な状態を終わらせたかった。
「すぐ分かるよ」
曖昧な返事。
それ以上は説明しない。
私は少しだけ目を閉じる。
考えるのをやめるために。
――試すだけ。
その言葉を、頭の中でなぞる。
一度だけなら、大したことはない。
そう思っているうちに、
距離が近づく気配がした。
触れられる、少し前。
その瞬間が一番はっきりしている。
逃げようと思えば、まだ逃げられる。
でも。
何もしなかった。
そのまま受け入れる。
触れられた瞬間、少しだけ息が止まる。
強いわけじゃないのに、
感覚がやけに鮮明になる。
「……」
思わず目を開ける。
何かが変わった、というほどじゃない。
でも。
“遠かったものが近くなる”みたいな感覚。
ぼやけていた輪郭が、少しだけ戻る。
「どう?」
静かな声。
私はすぐに答えられない。
言葉にする前に、先に理解してしまう。
――ああ、これか。
「……ちょっと、変」
そう言うのがやっとだった。
「嫌?」
すぐに返される。
否定できる形で。
少しだけ考える。
嫌ではない。
むしろ。
「……違う」
首を横に振る。
うまく言えないけど。
前よりも、ちゃんと感じている。
それが何かは分からないけど。
「ならいい」
それ以上は聞かれない。
説明もない。
ただ、そのまま続く。
時間の感覚が、少しだけ曖昧になる。
長かったのか、短かったのかも分からない。
ただ。
終わったあと、静けさだけが残る。
「……」
息を整えながら、天井を見る。
さっきと同じ部屋のはずなのに、
少しだけ違って見える。
「どうだった?」
静かな声。
私は少しだけ考える。
言葉を選ぶ余裕は、あまりない。
「……はっきりした感じ」
それが一番近かった。
彼は小さく頷く。
「そっか」
それだけ。
評価もしないし、誘導もしない。
「また来る?」
軽く聞かれる。
まるで確認みたいに。
私は少しだけ黙る。
――一回だけのはずだった。
そう思いながら。
さっきの感覚を思い出す。
遠かったものが、ちゃんとそこにあった感じ。
それが、少しだけ惜しいと思う。
「……分かんない」
正直に答える。
彼はそれ以上聞かなかった
そっか
それだけ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しずつ変わっていく段階です。




