第5章:サンフランシスコ研究所潜入
【第5章:サンフランシスコ研究所潜入】
霧の街、サンフランシスコ。
東條玲司は、フェリー・ビルディングから伸びるマーケットストリートを、 フードを目深にかぶって歩いていた。
冷たい海風が、コートの裾を翻す。
目的地は―― ダウンタウンから少し外れた、旧工業地帯にある「バイオテック研究所」。
表向きは、認知症やアルツハイマー治療のための医療開発機関。 だが、裏では――「人間の精神と肉体を制御する技術」の研究が進められていた。
冷たい海風を浴びながら、東條はフードを深くかぶった。 ポケットには、ベインズから渡された偽造ID。 正面突破しかない。
白亜の建物に入り、 静かにエレベーターで地下2階へと降りる。
通路には消毒薬の匂いが立ち込め、 白衣の研究員たちが、無言で端末を操作していた。
ガラス越しに見えるのは、 透明なカプセルに浮かぶ、無数の人工細胞。
血液製剤の、配管のラインも並んでいる。
12ポッド、3ポッド。
第4レーンと、自動的に、クリーンアップした、ポッドが
動いている。
──生と死の境界を、弄んでいるような光景。
東條は呼吸を整え、目的の部屋【B2F-13】へ向かった。
モニタールーム。
そこには、管理用サーバーが並んでいた。
慎重に端末を操作する。
ファイル一覧が現れる。
•【PROJECT LUCIFER】
•【NEURAL CONTROL EXPERIMENT】
•【HUMAN REPLICATION PROGRAM】
その中に、 ふと目に留まったデータファイル。
【JAPAN-17S: General Public Clone Program】
(……17S?)
指先が震える。ディスプレイに、ファイル内容が展開される。
画面には、日本の市街地を模したCGマップが表示された。
そこに暮らす住民たち―― 老若男女、学生、サラリーマン、主婦、子供たち。
その顔は、全て日本全国の監視カメラ、顔認証、役所記録から集めたデータをもとに作られていた。
「違和感のない市民」を再現するため、 行動パターン、言葉遣い、購買履歴まで、徹底的にプログラムされている。
東條は、スクロールしていく途中で、 ふと、ある女性の顔に目を留めた。
スーパーで子供と歩いていた、あの女性。 新幹線の第17セクターで出会った、“美代さんに似た”女性。
画面に映る彼女のファイルには、こう記されていた。
【Clone Code: MIYO-017】【設計日:20XX年】【特記事項:市民生活適応率95%】
(……やはり)
東條は、無言で画面を閉じた。
人間たちの幸福そうな暮らし。子供たちの無邪気な笑顔。
それらすべてが、 計算され、設計された“幻”だった。
(こんなものまで、作り出すのか……)
拳が、静かに震えた。
東條は証拠データをこっそり複製すると、 冷たいサーバールームを後にした。
エレベーターに飛び乗り、 地上階へ。
建物を出た瞬間、 夜の冷たい空気が、鋭く肺を刺した。
(まだ間に合う―― 少年たちだけは、救わなきゃならない)
コートのポケットには、 未来を賭けたデータが眠っている。
東條玲司は、 静かに夜の闇に消えた。
警備シフトの時間を見計らい、 東條はサーバールームを離れた。
出口に向かう途中、 ふと見た廊下の端。
そこには、 白衣を着たまま、窓越しに空を見上げている ひとりの子供がいた。
研究員ではない。 患者でもない。
あきらかに、 "作られた存在"の気配。
東條は拳を握りしめた。
(……俺たちは、ここまで来てしまったのか)
エレベーターの扉が閉まる直前、 振り返る。
少年の無垢な瞳と、東條の視線が一瞬、交錯した。




