第55章:最後の願い
【第55章:最後の願い】
夜の帳がゆっくりと降りる頃。浦安の子供園の片隅――白いカーテンに包まれた部屋の中で、母と娘は静かに並んで座っていた。
瑞穂の手は、静香の指をそっと握っていた。その小さな手に宿る震えを、静香は言葉にせず、ただ包み込んでいた。
「……ママ」
瑞穂の声は、かすれるように、そして恐れるように問う。
「わたしは……何のために、生きているの?」
静香はその問いに、すぐに答えなかった。胸の奥に差し込まれた棘のような感情を、ゆっくり飲み込んでから、娘をそっと、優しく抱き寄せた。
「……あなたは、“変わらないで”って願う人たちのために、生きているのよ」
瑞穂の目がゆっくりと、静香を見上げた。
「変わらないで……?」
「そう。誰かが、世界が、どんなに変わっても、 “あなたはあなたのままでいてほしい”って、心から願ってくれる人がいる。 その人たちにとって、あなたの存在は“光”なの」
静香は、瑞穂の頭をそっと撫でた。
「だから――あなたは、自分でいいのよ。 “武器”じゃなくて、“証”として、ここに生きていていい」
瑞穂の瞳が揺れる。そして、はらりと一粒の涙がこぼれた。
「……ありがとう、ママ。わたし……怖かったの。 誰かの役に立たなきゃ、生きていちゃいけないんだって……そう思ってた」
「それは違うのよ、瑞穂。 あなたは、“生きていてくれるだけ”で、誰かの心を救ってる」
ふたりの影が重なり合うように、月明かりが部屋を照らしていた。
そのとき――遠くから、地響きのような低い音が聞こえてきた。
ブォォォ……
窓の外、幹線道路を黒塗りの車両が数台、列を成して進んでいく。そのうしろに続くのは、軍の車両。ファントム、政府、オハラ重工……Xデーへの集結が、着実に始まっていた。
静香は瑞穂を強く抱きしめた。
「大丈夫。どんな未来が来ても、あなたはあなたでいていい」
瑞穂も、そっと静香の背中に腕をまわし、頷いた。
「うん。……ママ、ありがとう」
――そして、夜は静かに、けれど確実に、世界の変化を告げていた。




