第39章:静かな日々
【第39章:静かな日々】
春の終わり。奥多摩の森に、風が抜ける。
朝日が差し込む縁側で、湯気の立った味噌汁の香りが漂っていた。
静香「お味噌、今日は少しだけ甘めにしてみたのよ」
瑞穂「……うん、優しい味。なんだか、懐かしいような気がする」
ふたりは小さなちゃぶ台を囲んで、朝の食卓を囲んでいた。
ふと、静香が箸を置く。
「瑞穂。今日は、町に買い物に行かない?」
「……一緒に、行ってくれる?」
「もちろん」
山を降りる小さなバスに乗って、駅前の商店街へ。瑞穂は、まだどこかぎこちない手つきで、スーパーのかごを押していた。
静香「今日は、なにが食べたい?」
瑞穂「……コロッケ。カリッとしたやつ」
静香「ふふっ、それなら、あの肉屋さんがいいかも」
商店街の角を曲がると、昭和の匂いがする小さな精肉店。おじいさんが揚げてくれる、1個80円の手作りコロッケ。
ふたりで一つずつ買って、道ばたのベンチに座って頬張る。
瑞穂「おいし……!こんな味、知らなかった」
静香「よかった。街の味よ。あなたの“今”の味」
瑞穂は一口ごとに、小さな笑みを見せた。
午後は、家の庭で草取り。静香がスコップで土を返し、瑞穂が種をまく。
瑞穂「これ、何の種?」
静香「白百合。……あなたの名前、“瑞穂”と同じように、風と水に育まれる花だから」
瑞穂の指が、そっと土に触れる。
「おかあさん……わたし、何かを忘れていた気がするけど、この場所にいると、それでもいいって思える」
「大丈夫。あなたは今、ここにいる。それで、いいのよ」
夜。縁側で、二人は星を見ていた。虫の声。薪のにおい。静かな時間が流れる。
瑞穂「……このままずっと、こうしてられたらいいのにね」
静香「そうね。……でも、あなたには“未来”がある。それを選べるってことは、本当に幸せなこと」
「だから、焦らなくていい。いつか、“行きたい場所”が見つかれば、それでいい」
瑞穂は、少しだけ黙って空を見つめる。
「……ありがとう。生きててよかった、って思えた」
その言葉を聞いたとき、静香の目には、静かな涙が光っていた。




