第25章:静香
【第25章:静香】
老人は、うつろいでいた。
昔の、若かりし日のことを、思い出しながら、
薄闇の、教会の中は、昼下がりの陽だまりに満ちていた。
ステンドグラスから、漏れる、光。
讃美歌は、静かに流れている。
誰もが祈りを捧げるその静寂の中で、一本の杖が音を立てて床を転がった。
「大丈夫ですか?」 そう言って声をかけたのは、まだ若い静香だった。 腰の曲がった老人の肩を優しく支え、椅子まで連れていく。
その傍らで、彼女の目線がひとりの女性に止まった。
「‥あの女性、見えますか?」
白い眼帯をした若い母親が座っていた。
「あの人……ご主人にやられたんだ」
静香の声は、どこか悔しげだった。
「神様が助けてくださると、私たちは信じている。でも、あの人には届かないの」
そこに、どこか粋な風体の中年男が、教会の扉をくぐってきた。 チンピラのようでいて、目の奥に人間味をたたえていた。
「おう、あの姐ちゃん、友達おらんのやろ?」 「アッシが話してみようか? わて、平八というんや」
そのまま、まっすぐ眼帯の女性へと近づく。
「‥あんたさん、クリスチャン?」
女性は静かに首を振った。「いいえ。ただ、教会に来ているだけです」
平八は少し間を置き、目を細めて言う。 「その怪我‥旦那さんにやられたんとちゃうか?」
「いえ、自分で‥ぶつけました」
どこか心を閉ざすような、低い声だった。
「そうか‥言わんでもええ」
平八はうなずく。
「お子さんは、何ヶ月や?」
「七ヶ月です」
「そうか。よう頑張ったな」
そう言いながら、平八はポケットから小銭を取り出した。
「よかったら、メシでも一緒にどうや?」
「今日はこれから、病院の受診があるので‥」
女性はかすかに微笑み、断る。
ほうか、ついて行って良い?
首を振る静香。
嫌でもついていくで!




