第九話 新しい居場所
下から聞こえる生活音に、家が動き出した気配があった。
ひとしきり妖精たちと遊んだルークとノエルは、1階へ降りることにした。下へ降りると台所には、朝食を準備しているヴァイスの姿があった。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れたかい?話し声がしてたから、起きているとは思ったんだ」
降りてきた兄弟を見て、ヴァイスは微笑んで挨拶を返してくれた。
「おかげさまで。ありがとうございました。」
「おや?なんだか素直だね。なんかあった?……いや、いいや。あとで中佐に聞くから。」
ヴァイスは、忙しそうに動き回り、手を動かしながらも言葉のキャッチボールを止めなかった。
器用な人だ。昨日も思ったが、優秀な人なのだろう。
この人たちにとって、中佐は“絶対”だ。
それは、先ほどの言葉でも、昨晩の言葉からもうかがえた。
「僕らは、"レオン・アルグレイ中佐"に命を捧げたんだよ」
当然のようになんでもない調子で放たれた言葉はとても重いものだった。
そして、その言葉が聞こえていたであろう双子も、顔色一つ変えなかった。
つまりそれは、彼らの当たり前なのだ。
自分はまだ、そこまでの覚悟は持てない。
朝食の準備の手伝いを申し出るノエルの声を、どこか遠くに聞きながら、ルークも動き始めた。
まぁ、それも含めて。これからだ──
⸻⸻
「ごめん、ルーク君。そろそろカイル起こして来てくれる?多分まだ起きてないんだ。」
双子は先程、一階にあるそれぞれの部屋からほぼ同時に出てきて、「おはようー」と挨拶をし、洗面へ消えていった。本当に仲がいい。
中佐の名前が出ないところを見ると、中佐は大丈夫なのだろう。イメージ通りだ。
「わかりました」
2階に上がり、ルーク達が泊まった部屋の隣、ヴァイスの正面の部屋がカイル・グレイン軍曹の部屋だ。
コンコンコン
ルークはとりあえず部屋をノックした。
「おはようございます、朝です」
「そんなんじゃ起きないよー!中入って入って!」
下からヴァイスが叫ぶ声がする。勝手に入るのは気が引けるけど、上官がいいと言っているんだ。しょうがない。
ルークがドアノブを回すと、ガチャっという音と共に、扉は開いた。鍵はかかっていないようだ。
「失礼しまーす」
ルークは少し声を潜め、部屋の中に入る。
グレインの部屋は、最低限の家具しかない、シンプルな部屋だった。
床に物が乱雑に置いてあるのは、昨晩ルークにソファーを持って来てくれたのだろうか。ぽっかりとした空間が空いている。少し申し訳なかった。
部屋の奥に置かれたベッドの上には、布団が人の形に盛り上がっていた。恐る恐る近づくと、規則正しく上下する布団の中の住人はとても気持ちよさそうに寝ていた。
昨晩は少し怖いと思った顔も、瞼が閉じた状態では幼く見え、乱雑に掻き乱されたグレーの髪も前髪が下りており、少し可愛い。
昨日よりも親しみやすく感じた。
「おはようございまーす。朝です、副官に頼まれて起こしに来ました」
少し大きめの声で、呼んでみる。ピクリともしない。
「おはようございまーす!」
大声で叫ぶが、全然起きない。こうなったら!
「おはよう!ございまーす!」
布団から出たグレインの手を引っ張り、左右に大きく揺らす。ついでに肩を持って揺すってみた。すると、やっと反応が返る。予想外の方向に。
「うるさい…」
出していた手を思いっきり引っ張られ、予想外の力に倒れ込む。そのままルークは抱き枕とされてしまった。
「な!な!な!な」
普段は発生することがあり得ない、弟以外との至近距離の発生に、ルークはパニックだ。
温かい体温に、耳にあたる吐息。もしかしなくともとってもやばい。急上昇する体温にオーバーヒートしそうだ。
そのとき、救世主が現れた。
ガチャっ
「なんだ、騒がしい」
「ちゅ、ちゅうさ…!」
助けを求めるようにルークが手を伸ばすと、無情にも「邪魔したな。」といって中佐は扉を閉めた。「んなわけあるかー!早く助けろ!」とルークが大声をあげると、再度扉が開かれた。
めんどくさそうで面白そうな顔顔をした中佐が部屋に入ってくる。
「てめ!早く助けろ!」
「なかなか良さそうじゃないか。カイルだってこんだけ騒いでてもピクリとも起きないんだ。もう少し付き合ってやったらどうだ?」
「無理だ、早く出してくれ、ふざけるな!」
「しょうがない…」
そう嘆息した中佐は、パチンと指を鳴らし「カイル、ウェイクアップ。起きろ。」そう低く呟いた。
そんなんで起きるか、と思ったルークだったが、ガバリ!と起きたグレインに目を見張る。
解放された身体を捻り、後方を確認すると敬礼をして起床したグレインは、たった今までどんなことをしても起きなかった人物と同一人物とは思えない顔をして起きていた。
「起きるのかよ…」
「カイルはそもそも、私かノアの合図じゃないと、ほとんど目を覚まさない。よく起こしに来たな」
早く準備しろ、と中佐はグレインに合図し、身体を翻す。
ルークは中佐の後ろをついていき、一階へ降りた。
前を歩く中佐は既に軍服に着替えていた。
「副官に頼まれたんだよ…」
「なるほどな。ノアも意地が悪いな」
くくっと笑ってる中佐の様子に、自分がヴァイスにはめられたことに気づいた。
くそ…と呟いたルークの声が聞こえたのか、「ノアはノアで、君たちに馴染んで欲しいんだよ、きっとね」と言う中佐の視線の先には、ノエルと机に着き、談笑するヴァイスの姿と二人でコソコソ話している双子の姿があった。
「おはよう、今日も頑張るか」
「おはようございます。中佐。」
「おはようございまーす」
この人たちは、しっかり挨拶をする。当たり前のようで、当たり前でない習慣は、きっとこの人たちが作って来た雰囲気の結果なのだろう。
「そうだ。紹介しておく。
アルグレイ隊に入ることとなったルーク・フェルンと、ノエル・フェルンだ。
正式配属はまだだが、必ず入れるつもりだ。
優しくしてやってくれ、先輩方。」
「はーい」
「もう口説いたんすか?相変わらず早いですね。」
「こら、そんなこと言わない。改めてよろしくね、ノエル君、ルーク君」
三者三様の、それでも当たり前のように受け入れられて拍子抜けしたルークは、促されるままテーブルに着いた。
「なに…?」
思わず、じっとウィルの顔を見てしまう。
「いや…いやにあっさり受け入れるんだなと…。
昨日警戒されていたみたいなので、受け入れられないかと思っていました。」
「中佐が信じて、入れるって決めたんでしょ。それなら俺らに文句はないよ。中佐は人を見る目があるから。」
斜め上の理由…でもなかった。この人達の基準は、全てにおいて中佐なのだろう。受け入れる理由は、中佐が決めたから。それでいいのだ。
そこまで信じきれる人がいて、少し羨ましい。
「もし、俺が中佐にとって敵だったらどうするんですか。」
「そのときは、殺すよ。」
なんでもない口調でトーストを食べながら吐き出されたウィルの一言に絶句する。軽すぎる。だが、かえって安心した。
「そっか。わかりました」
「何笑ってんの?怖いんだけど」
それまで黙って聞いていたリアが、気味が悪いとこちらを見ている。
「いや、無条件で受け入れられる方が怖いと言うか。敵に回ったら殺すって言われた方が、逆に安心して」
そう答えると、「ふーん。気持ち悪い。……でも、分かる気はする。」と言って、頷きながら、リアはソーセージを口に放り込んだ。
「ま、君たちはこれからは私たちの子分ってこと。チャキチャキ働け!少年たち!私のことはリア先輩でいいわ!」
ビシッとこちらにフォークを向けたリア先輩は可愛くて、ルークは笑みが溢れた。
「はい、よろしくお願いします。リア先輩。」
「よろしくお願いします!リア先輩!」
ルークとノエルが挨拶すると、「悪くないわね。」と満足げに頷いていた。
そのやりとりを皮切りに、中佐、ヴァイスさん(副官と言ったら嫌がられた)、ウィル先輩(リア先輩が強行した)、カイルさんと、呼び方が決定された。
中佐だけ、なぜ私だけ役職?と首を傾げていたが、皆中佐と呼んでいるし、苗字よりも呼びやすいため中佐となった。
ちなみに、遅れてやって来たカイルは兄弟が入ることを告げられると「了解です」とこれまた当然のように朝食を取り始めた。
ある意味、やりやすい場所だ。
中佐のためになるか、ならないか。それだけでこの場所はいいのだろう。
それは不安定なものに支えられた場所より、ずっと安心できる空間だった。
これから、この家が――
少しずつ、俺たちの家になっていくんだろう。
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