第七話 姉と弟。いつもと同じ、いつもと違う夜
「疲れたー……」
部屋に戻ったルークは、ソファーに沈みこんだ。
軋んだソファーから、微かにムスクの香りがした。グレイン軍曹の匂いだろうか。
身体の力を抜き、手足を広げる。"ぽすん"と入りきらなかった片足が、ソファーの下に落ちた。
「大丈夫?兄さん」
心配で起きていたノエルが寄ってくる。顔を覗き込まれ、綺麗な漆黒の瞳を見つめた。
相変わらず澄んだ瞳だ。この瞳を守れただけで、満足だった。
「大丈夫だいじょーぶ。ほら、何もないだろ。」
ルークが指で丸を作っても、心配性な弟の顔色は変わらない。
ルークはツンツンとノエルの頬を突っついた。柔らかな頬は気持ちがいい。
「ん?なんか兄さん、つけた?いい匂いする」
クンクンとにおうノエルに、ルークも首をかしげる。「ハーブ?みたいな?」と答えが返ってきた。
思い出したのは、つい先刻の自分の告白と号泣。ルークは顔が熱くなり、りんごのように真っ赤になっているのがわかった。
「何、その反応。なんかあったの?」
「な、な、な、なんもねぇよ!!」
「あっそ。ありましたって書いてあるけど?
意味分かんない。」
フンっと怒ったノエルは背を向け、ベッドに戻った。
「いや、ちょっと!本当に何もないんだって。俺がちょっと泣いちゃったから慰められただけで」
「…兄さんが泣くことがちょっと?そんなわけないでしょ。僕が最後に見たのいつだと思ってんの?
それで?それを中佐に見せたんだ。ふーん。中佐の前では泣けたんだ、良かったね。」
「いや、ほんとに、違う……あの日のことを話したら、泣いてしまっただけで…」
その言葉で、動きを止めたノエルは信じられないという顔でルークを凝視した。
「言ったの……?あの日のこと。」
「今、言うべきだと思った。そのかいはあったと思う。」
「そう……兄さんが決めたなら僕は何も言わない。どこまで言ったの?」
「焼いたのは、軍のやつだってことと、俺とノエルが魔術を使えること。あと、俺が女だってこと」
最後の一言に、ノエルの目が落ちそうなくらいに見開かれ、呼吸も止まった。顔が白くなっている。そろそろ死にそうだ。
「おい、大丈夫かよ」
「大丈夫なわけないだろ!この馬鹿兄!!!」
何で勝手に言ってんだよ!と怒り狂うノエルに、呆然とする。ノエルが怒るところなんて随分見てない。
感情を爆発させたような怒りに、手がつけられない。
「何言ってんの?信じらんない。馬鹿なの?簡単に人を信じすぎなんじゃない?そういうの素直とかそういうんじゃないんだよ、分かってる?」
捲し立ててるノエルに、ルークは落ち着いてもらうための追加情報を伝えた。
「俺が自主的に言ったんじゃない。
あのとき俺たちを救ってくれたのが中佐だったんだ。焼かれた村なんて滅多に無いから気づかれた。
その時、姿を見られてるから、女だってすぐにバレたんだよ」
追加で投下した爆弾は、ノエルを冷静にさせるのに十分すぎる効果を発揮した。「なんだよそれ。出来過ぎじゃない…?」とぶつぶつ言っている。怖い。
はぁ…と大きく息を吐いたノエルは、そのままベッドに沈んでいった。
ルークはベッドと近づき、ツンツンとノエルの背中を突っつく。
「なに?」とくぐもった声が聞こえる。死んではいないようだ。……よかった。
「取りあえず、今日話したことは一旦これくらい。
明日、調書に書く所と隠す所を決めようって。俺らは中佐の所属に入れてもらえるみたい。」
中佐の最終目的は、ノエルにはまだ言わない。完全には信用していない。
あの夜、助けてもらったことは感謝しているし、今日拾ってもらったのが中佐で良かったとも思う。
だが、副官たちみたいに中佐のために死ねるとは思わないし、そこまで尽くす気にはなれない。もしものときは、ノエルと二人で逃げるつもりだ。
だから、ノエルには言わなかった。ノエルは、優しすぎるから。
罪を被るのは俺一人で十分だ。
中佐の部下の人たちは不思議な空気を纏った、優しい人たちだ。すぐにノエルはきっと馴染む。余計な情報は、ノエルを惑わせるだけだ。
「明日も頑張ろうな、ノエル」
「明日もきっといい日になるよ、兄さん」
幼い頃から交わしてきた夜の挨拶。
いつもと変わらない、いつもと少しだけ違う夜。
ルークは欠伸を噛み殺し、毛布に潜りこむ。きっと、明日も大丈夫。俺らならきっと。
目を閉じると、スッと睡魔がやって来た。
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