第四話 疑念の食卓
「気まずい……」
ルークとノエルは、黙々とシチューを口に運んでいた。
カチャカチャとカトラリーの音だけが、ダイニングに響いている。
無言な中佐に、時々話しかけてくれる副官。警戒するように、ちらちらと視線を送ってくる双子。
初めは人懐っこいように見えた双子だったが、それは、中佐と副官に対してだけだった。兄弟に対しては警戒心の塊で、話しかけてもこない
無視すればいいのに、やはり気になるのだろうか。ちらちらと視線だけは送ってくる。気まずいことこの上ない。
そして、帰宅後に少し遅れて帰ってきたカイル・グレイン軍曹という男の人。アッシュグレーの髪は無造作に流され、少し怖そうな雰囲気の人だ。「こんにちは」と言った後は終始無言だ。
話すのは、兄弟に質問を投げかけるヴァイスだけだった。
「二人はどこに住んでいるの?」
「僕らは孤児院です。幼い頃から孤児院にいたので。」
「何歳?」
「12歳と11歳です。」
「そっか。その歳なら修行中って感じかな?何をしているの?」
「親がいないから修行先も良いところはないし、この体格だから力仕事は雇ってもらえなかった。今はノエルと、街の外の森に薬草を取りに行ってる。」
「森の外に?危なくないかい?魔物も時々出るだろう?」
「あんまり魔物は出ないので、大丈夫です。」
どこまで話して安全か。どこからが危険か。
にこやかに話しかけてくるヴァイスを邪険にもできない。
加減が難しい。ひたすら疲れる。早く終わりにしたい。
「……じゃあさ、なんで喧嘩になったの?」
確信を突く突然の質問に、中佐の肩がピクリと上がった。だが、視線はシチューに落とされたままだった。
「あー……なんでなんだ?」
ルークがノエルに尋ねた。
よく考えたら、喧嘩の理由をルークは知らない。気づいたときにはノエルはすでに殴られていたのだ。
「うーん。前に兄さんが反撃して、返り討ちにした八つ当たり?いきなり殴られてビックリしたよ。」
痛かった……と思い出したように右脇をさすっているノエルを横目に見る。この流れはまずい。
ルークが話題を変えようと口を開いたそのとき、ヴァイスに先を越された。
「え、大丈夫だったの?その後、刺されたって聞いたけど」
「全然大丈夫です。今は痛くないですし」
「……ってことは、やっぱり刺されたのは事実なんだね」
してやったり。とクツクツ笑っているヴァイスを、ノエルは呆然とした顔で見つめた。
見事な誘導尋問だった。当たり障りのない言葉で誘導し、口を滑らされた。もう誤魔化せない。
どうしよう。どうしよう。
無駄な思考を繰り返していると、一切を傍観していた中佐が口を開いた。
「ノア。からかいすぎだ。
君たちが、何をそんなに警戒しているかは知らない。なぜ軍を毛嫌いしているのかも分からない。
だが、今は業務時間外だ。取り調べ中ではないので調書には載せない。話す気があるなら、明日話しなさい。」
「そうだよ。あまりにも口を開かないので、意地になってしまっただけ。ごめんね。」
悪戯っぽく笑うヴァイスに、なんと返せばいいか分からず、ルークたちは俯いてしまう。
この人たちは大人だ。そして、今まで接して来た軍人や、あの村を焼き払い、両親を殺したあの男とは違うのかもしれない。
僅かだが、こびり着いた軍への先入観が少し剥がれ落ちる音がした。
⸻⸻
「ごちそうさまでした。」
「ありがとうございました。」
ルークとノエルは頭を下げた。
雰囲気はどうであれ、シチューは美味しく温かかった。無言な時間が多かっただけで、孤児だからと言って兄弟のことを蔑む視線も感じられなかった。それはこの街でも珍しいことだった。
彼らはただ、兄弟の人となりを見ていただけなのだ。
「明日も取り調べだ。今度は兄弟揃ってだな。どうするか考えておきなさい。私はしつこいぞ。」
中佐のアメジストのような不思議な輝きを纏った視線が、身体を貫く。鋭いのに怖くはない。
なぜか、背筋がピンと伸びた。
「後で、君と話がしたい。時間を作ってくれるか」
「……分かりました。」
ルークがそう答えると、中佐は答えを待たずに背を向け、階段へ消えていった。
軍曹もいつの間にか姿を消している。
残された兄弟と副官、双子も動き出した。
ヴァイスが双子に声をかける。
「ごめんけど、リアとウィルは片付けまでお願いね。俺は二人を部屋とお風呂に案内するよ」
「えー。しょうがないですね」
「今度、当番変わってくださいね」
「分かった、分かった。」と返すヴァイスは、双子と本当に仲が良かった。
友達でも兄弟でもない、不思議な距離感だ。
「仲、いいんですね……」
ポツリと漏れたルークの独り言は、ヴァイスの耳に届いたらしい。
「仲が良い…とは違うかな?僕らは軍人だからね。僕らは命を賭けている。
その"相手"が同じだから、どちらかというと、運命共同体?」
「……軍、というと国王ですか?」
「ふっ、冗談。」
「……は?」
「あ、今のここだけの話ね。言っちゃダメだった」
バッテンと口の前で指を交差させるヴァイスの様子は、口を滑らされたわけではなさそうだった。確信犯的にに口にしたのだろう。
「じゃ、誰に?」
「僕らは、"レオン・アルグレイ中佐"に、命を捧げたんだよ」
「あの人のためになら、僕は死ねる。」そう笑うヴァイスにルークは少し怖くなった。
それと同時に、この頭が切れる副官に、そこまで言わせる中佐のことが酷く気になった。
「長話はここまで。ほら、部屋に行くよ」
背中を翻し、二階に上がっていくヴァイスの背中を兄弟は黙って追う。ギシギシとたわむ階段の音が響いた。
──怖いのに、温かい。
不思議な空気が、この家には流れていた。




