第三十六話 アイゼンブルクの口伝
アイゼンブルク中将の屋敷を進む中、ルシアはドワーフの存在を意識して探していた。
確かに多くのドワーフが出入りしている。そして、その多くが心配そうに中将の様子を伺い、肩を落として出ていくのが目立った。
中将は、ドワーフが見えていない筈の人間でありながら、ここまで好かれている光景も珍しいほどだった。
「お話を伺いましょうか。大佐。」
立派な剣が飾られた応接間。その件には赤色の大きなルビーが嵌められており、わずかな光を鋭く反射し、輝いている。
ルシアをはじめとする三人は、中将と対面のソファーへ腰掛けていた。
メイドが退室したことを確認し、中将が口火を切る。
「単刀直入に言います。
中将は、今のマレディア王国の在り方に疑問をお持ちではないか。」
大佐の言葉が落ちるのと同時に、部屋の空気が痛いほどに張り詰めた。中将の纏った空気が一段と鋭さを増し、姉弟は息を飲む。
いくらなんでも、無謀すぎる。あまりにも、大佐らしくない切り口だった。
「…それは、どういう意味です?」
静かな中将の言葉が響く。
カチャリ、という音が部屋に落ちた。
ルシアの背中に、小さな冷や汗が流れる。呼吸一つすら響きそうな静けさの中、誰もが息を潜めた。
「そのままの意味です。私は、マレディア王国のやり方に疑問を抱いています。
そして、ここアイゼンシュタットの歴史と、本日ご案内いただいた様子を見て、同じように中将も疑問を抱いているのではないかと思い、問わせていただきました。」
大佐は中将の様子に気づいていないかのように、変わらない表情で答えている。
相手は、マレディア王国の中将である。ここまで相手に踏み込むのは、自殺行為に近い。
下手をすれば、この場で拘束されかねない状況だ。何を根拠に、大佐は賭けに出たのか。
「それは、何を根拠に。そんな不確定な状況で私を揺さぶれるとでも?」
中将もまた、ルシアと全く同じことを考えたらしい。緊張の糸は一層張り詰め、中将の眼はより鋭く尖る。視線だけで威殺せそうである。
「私が国軍側の人間だと疑われるのも当然でしょう。ここで信じて欲しいとも言いません。
ですが、私は自らの信念と、これまでの積み重ねを信じます。
中将、あなたは私と同じ方向を向ける筈です。そして、私の目的を叶えるためには貴方の力が不可欠なのです。
そのために、私の首を賭けましょう。
それが、この場での唯一の証です。」
「大佐っ!!」
思わずルシアは声をあげるが、目で制された。黙っていろ。そう大佐の目は語っていた。
大佐は、信じているのだ。
ルシアの情報と、自分の眼を。
「そのときは、私に見る目がなく、国を動かす器ではなかった。そういうことです。」
沈黙が再び場を制する。
中将は、一度も大佐から眼を逸らすことの無かったが、やがてふっと視線を外した。その視線の先には、応接間に掲げられた剣があった。
暫く剣を見つめていた中将であったが、やがて"カチャッ"という小さな音が再び響き、空気が弛緩した。
ルシアは、やっとその音が、中将が腰に隠されていた仕込みの剣の音だと気づいた。
つまり、中将は一度は本気で剣を抜きかけた。その覚悟があったのだ。
「少し、このアイゼンブルクに伝わる昔話を聞いていただけますか。」
中将が重い口を開いた。語られたのは、アイゼンブルク家に代々伝わるという口伝であった。
鉱山には、ドワーフが住んでいる。ドワーフたちは甘いものを好んでおり、それを備えると鉱夫たちを守り、見事な武器を授けるだろう。
決して、ドワーフを粗末に扱うな。ドワーフたちに敬意を払い、与えられた以上の恩を返せ。
そんな教えが、アイゼンブルク家の者に伝わっており、子どもの頃から繰り返し教え込まれるらしい。
たが、近年の開発はその教えを裏切った。国軍に命じられるまま鉱山を開発し、ドワーフへ害を及ぼした。
鉱夫の間では怪我をする者も増え、かつて鉱山の奥で見つかっていた武器等も、宝石の採掘量も格段に落ちている。
これは全て、アイゼンブルクがドワーフへ犯した罪の結果なのだ──
そう語った中将の言葉は重く、深い後悔を背負っていた。
だが、そうではない。そうではないのだ。
「それは、違います。」
思わず口から溢れたルシアの言葉は、戻らない。
中将の眼がゆっくりとあげられ、ルシアを捉えた。その瞳には、押し殺した怒りが滲んでいた。
「違う…とは?
君に、このアイゼンブルクの、アイゼンシュタットの何がわかる?」
中将の握られた拳が震える。それは、想いの深さが伺えた。
毎日、どれだけの後悔と重責を背負ってきたのか。
そうでなければ、こんなにも沢山のドワーフたちが、中将を心配して集まるわけがない。
気づいてもらえないにも関わらず、背中を摩り、手を触る健気なドワーフたちの様子に、ルシアは黙っていることができなかった。
「あなたの周りには、ドワーフたちがいます。」
ルシアの言葉に、中将は大きく目を見開く。
信じられない。と、その目は語っていた。
ルシアは、中将の目を見て、しっかりとした口調で言い切る。伝わるように、どうか信じてもらえるようにと祈りにも近い想いを込めて。
「中将。あなたの周りには、沢山のドワーフたちが今集まっています。
今も、心配そうにあなたの様子を見守っているんです。
本当にアイゼンブルクのことをドワーフたちが怒っているならば、今のように集まることは決してありません。」
「それを、信じろというのか。」
「信じろと言われて、信じれるものではないでしょう。
中将は、アイゼンブルクの秘密を教えてくれました。
なので、私の秘密をお教えしましょう。
──私は、妖精の契約を結んだ、
ルミナリアの民です。
私の名前は、ルシア・ルミナリアです。」
その言葉に、中将は言葉を失った。唇だけが微かに「ルミナリア王の…」と動いた。
誰も、動かない。次に発する言葉を誰も待っていた。
「生きて……おられたのか。」
中将の溢した言葉には、断ち切れない悔恨が垣間見えた。もしかしたら、両親や祖父母に、縁が深かったのかもしれない。
「言われてみれば、面影がある。」
懐かしむような、細めた目には薄らと膜が張っている。ふらり、と立ち上がった中将は、姉弟の前に膝をついた。
「……御守りすることも出来ず、馳せ参じることもできなかった家臣として、このようなことを申し上げるのは厚顔の極みであることは承知しております。
ですが…ルミナリア王族の方であるという証明をどうか、見せていただきたい。
見せて頂いた暁には、私のこの命を賭けて尽くしましょう」
それは、アイゼンシュタットを背負う男の深い覚悟を決めた言葉であった。
ルシアは、その覚悟に応えなくてはならない。
深く、息を吸い込む。
「…証明とは、どうすればいいんですか?」
「アイゼンシュタットの鉱山には、ルミナリアの王族しか入ることのできない場所があります。
そちらに収められている宝石を、見せて頂きたく存じます。」
「その場所は、分かっているんですか?」
「鉱山の奥に、閉ざされた扉あり。妖精に愛されたルミナリアの民のみが開く。そう伝えられております。」
「…分かりました。明日、鉱山へ立ち入らせて頂きます。」
ルシアの答えを聞いた中将は、目を閉ざし、深く息を吸った。
その目尻には、キラリと光るものが滲んでいた。
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