第三十五話 鉄鋼の街"アイゼンシュタット"
駅のホームに降り立つと、カンカンと響く金属音が耳についた。街の中には、作業服を着た体格の良い男たちが、冬にも関わらず腕まくりをして歩いている。
活気に溢れた街は絶えず鉄を打つ音が響き、"鉄鋼の街"と呼ばれる理由がわかった。
王都を発ったアルグレイ隊は、東の街、アイゼンシュタットへやって来ていた。
アイゼンシュタットは、国境にそびえる鉱山から採れる鉄鉱石の加工であり、マレディア軍の重要拠点だ。
副次的に取れる宝石も有名で、大きな利益を生んでいる。
ここ、アイゼンシュタットを抑えることができるかで今後の展開が大きく変わる。
それだけに、重要視していた。
「まずは通常の視察だな。挨拶へ行こう。」
大佐の声にルシアたちは気を引き締めた。
アイゼンシュタットは、昔からの有力者であったロイス・アイゼンベルクが、中将としてこの地を収めている。
代々、アイゼンシュタットの鉄鋼業を支えた有力地主でもあり、王国内でも有数の大商会を抱える商会長でもあった。
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「お世話になります。レオン・アルグレイです。この度、国内視察でアイゼンシュタットへ訪れましたので、ご挨拶に参りました。」
「これはこれは。アルグレイ大佐。お久しぶりですね。調子はいかがですかな?御昇進、おめでとうございます。」
大らかな口調とは裏腹に、鋭い眼光は只者ではない。
一筋縄では行かない雰囲気を纏わせており、流石、荒くれ者も多いこの街をまとめ上げているだけの人物である。
案内された屋敷の中を見回すと、至る所に宝石の嵌った剣や盾、槍などが飾られている。
装飾品としてはもちろんのこと、武器としての価値もかなり高いようで、剣術が得意なグレインなどは感嘆の声を漏らしている。
「グレイン軍曹は、この価値がお分かりで?」
「はっ!宝石はさることながら、ここまで丁寧に打たれた武器は見た事がありません。」
その答えを聞いたアイゼンブルク中将は目を細め、それまでのピリピリした空気が少し緩む。
「そうかい。君にはこの良さがわかるかい。」
そう呟いた中将の瞳は微かに揺れていた。
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「それでは、失礼いたします。」
「ではまた明日。」
暫しの歓談を行い、次の日、街の施設を案内してもらう約束をし、屋敷を後にする。
明日は司令部で合流する予定だ。
「なかなか、鋭そうな方でしたね。手強そうです。」
そう漏らすヴァイスさんの表情は硬い。
「そうだな。だが、だからこそ味方になってもらえれば心強い。なにかきっかけがあればいいのだが…」
そう語る大佐もまた、難しい顔をしていた。
──しかし、そのきっかけは、
思わぬところから生まれたのである。
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部屋には、ルシアとミアの二人きり。
最近、宿の部屋はもっぱら女性と男性で分かれるようになり、ルシアはリア先輩と同室になっていた。
はじめは、「少しは姉弟離れしろ。」とアルグレイ隊の半数から言われ反発したが、今考えればそろそろ同じ部屋なのも無理があったかもしれない。
ノエルもお年頃だしな、とルシアも思う。
そんな中、ミアはドワーフたちとなにやら話をしている。
「ふんふん。大変ねぇ」
「何話してんの?ミア」
「ここに住むドワーフたちが遊びに来たから、最近の様子を聞いてたの。こっちに来たのは私も初めてだから。」
そう言われてみると、集まっているドワーフ達はいつものドワーフたちよりもがっしりしている。ドワーフにも個性があったのかと驚いた。
王都とフェルンベルクでは、あまり変わらなかったから気づかなかった。
「それで?なんかあった?」
「最近になって、鉱山の発掘がやけに活発になって、ドワーフ達の住処も壊されているみたい。困ってるんだって。」
「そっかぁ。それは困るね…どうしてそうなったか分かる?」
「軍人がいっぱい来るんだって。昔からいた偉い人は反対してくれたんだけど、"命令だから仕方ない"って部屋で泣いてたって言ってる」
なるほど。マレディア王国になってから軍事国家化するにつれて鉄鉱石や宝石の発掘量も増えたのだろう。
アイゼンブルク中将でも、王族の意向には逆らえなかったのかもしれない。
あの中将が泣いているのはあまり想像ができないが、この地への愛着は人一倍強いのかもしれなかった。
「あの中将ってドワーフ達と仲良いの?」
「んー。見えないから仲がいい訳ではないけれど、お菓子をこっそり置いてくれてたりするみたいよ。今日もお屋敷に行ったとき、うろちょろしているドワーフたちが居たわ」
「なるほどねー。ちょっと大佐たちのところ行ってくる」
「行ってらっしゃーい。」
コンコン、とノックをすると、「どうぞ。」という声が返る。扉を開けると、大佐とヴァイスさんはベッドに腰掛けていた。
「どうしたルシア。何かあった?」
「んー。ちょっとミアから話を聞いて、情報共有と相談に。」
先ほどミアから聞いた話を二人に話すと、二人は難しい顔で考えはじめた。こういうことは二人に任せるのが吉策なのだ。
先に視線を上げたのは、ヴァイスさんだった。
「つまり。中将は、軍の無理な鉄鉱石や宝石の採掘には反対という訳だね。」
「そうみたい。話を聞く限りは、ドワーフたちにも好かれてるみたいだった。」
「ふむ。少しその前から話をしてみるか。」
そう言った大佐とは目が合わない。空中に視線を漂わせている。明日のプランを練り込んでいるのだろう。
ルシアの仕事は、ここまでだ。
「それじゃ、そろそろ寝るね。おやすみ」
「おやすみ。暖かくして寝るようにな。」
階段からリア先輩が帰って来た賑やかな声が聞こえる。どうやらグレインさんと外出していたようだ。
「あ、ルシア!ただいまー!」
「おかえりなさい、寒かった?」
「寒かった!布団に入りたい〜」
鼻の頭を赤くしたリア先輩と一緒に、部屋に戻る。明日に備え、早めに電気を落とした。
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「ここが鉱山の入り口となっております。こちらは主に鉄鋼が出る方です。奥の方が宝石がよく出ます。」
中将の案内で鉱山施設を巡る。流石に商会長を務めていることもあり、宝石の種類から出来方、加工の方法まで説明は多岐に渡り、その知識の深さに舌を巻く。
そして、食いつくように質問しているのはルシアとノエルだ。近年の宝石の出方から、採掘方法、主な顧客まで、幅広い観点から質問しては、今後の方向性についてまで意見を交わす二人に、中将の見る目は徐々に変化していった。
初めは、お客さんを案内するように丁寧に接していた中将であったが、徐々に真剣に議論を交わすようになる。それは、大人顔負けな議論を行う二人の、無意識での取り込みに近い。
その様子を見ていた大佐たちは、その様子に感心していた。
姉弟は、人の懐に飛び込むのが本当にうまい。
特級魔法使いという立場に胡座をかくこともなく、貪欲に知識を求め、誰にでも等しく与え、見返りを求めない。
そんな姿勢は、元王族という血が成しえるのか、元々の二人の性格によるものなのかは分からないが。これが"格の違い"というやつなのかもしれない。
「中将、一度、内密でお話ししたい事があるのですが。」
大佐の一言に、中将の目が変わった。
その瞳は、紛れもなく為政者のものだ。
「ほう。お話とは。そうですね…こちらの可愛らしい姉弟も同席してくれるなら、お聞きしましょうか。」
「もちろん、そのつもりです。」
寧ろその方がありがたい。だが、そんなことは微塵も感じさせない様子で、大佐は頷く。
「そうですか。それでは、御三方は屋敷の方へ。他の皆さんは、うちのものに宿の方へ送らせますが宜しいですかな?」
「ご丁寧にありがとうございます。」
役者は揃い、舞台は整った。
今まさに、王国の未来を決める話し合いが、始まろうとしていた。
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