第三十四話 王都の散歩
ルシアと大佐、二人だけで王都の街を歩く。
改めて考えると、大佐と出会ってから二人きりで歩くことは初めてだ。
部屋で話すことはあっても、こうやって目的もなくのんびり歩くことは無かった。
ルシアは大佐と何を話すか少し悩む。
大佐との沈黙はあまり苦にはならないが、せっかくの時間を大切にしたかった。
「……大佐って、何が好きなの?」
「どうした、急に」
ふとした疑問を口にしてみたが、大佐の好きなものをよく知らないという事実にルシアは驚いた。
考えてみると、大佐の好きなものをルシアはあまり知らない。
暑いのはあまり好きじゃない。逆に寒いのには強い。
そういうことは知っているけれど、何をするのが好きだとか、嫌いだとか。そういうことは知らなかった。
「んー。知らないなと思って。」
「確かに。話すことでもないしな」
手のひら、ひとつ分。それが、今の二人の距離。
近くて、遠い。触りたいけど、触れない。
そういう距離感。
……できるなら、もう少し。
もう少しだけ、この時間が続けばいい。
年下であり、部下である自分の想いが叶わないことは分かっている。
だけど、叶わないなりに自分の気持ちは大切にしたい。
「私が好きなものか。何だろうな」
大佐は空を見上げ、悩むように眉を寄せた。あまり、見ることのない表情だった。
「考えたことが、なかったかもしれない。」
返ってきた大佐の答えは、思った以上に重かった。
幼い頃に両親を亡くし、がむしゃらに目指した魔法使い。守れると思った力で人を傷つけ、絶望したこの人。好きなことをする時間が、この人も無かったのかもしれない。
苦労など何もない。そんな風に見せている大佐がふとした拍子に見せる傷は、痛々しい。本人に自覚がないだけ、余分に。
「そっか。じゃ、これから見つけなきゃな。」
「みんなで見つけよう。大佐の好きなこと。」
ルシアがそう言うと、大佐は嬉しそうに目を細めた。「ありがとう」と呟く声は、確かな温度が感じられる。
人に優しすぎるこの人は、自分に厳しすぎる。その分、自分たちが甘やかさなければ。
──この人は、誰よりも幸せにならなきゃいけない人だ。
⸻⸻
ルシアの横に並び、レオンはその横顔を眺める。
会話をしながらゆっくり流れる時間は、親友であり副官であるノアと話す時間とはまた違う穏やかさをレオンにもたらしていた。
眺めていたルシアの横顔がパッと輝き、ルシアがレオンを見上げた。
その笑顔にレオンは囚われた。
「ここ!通ったときに見えたんだ。」
カランという鐘の音と共に開いた雑貨屋は、文房具やハンカチなど、幅広い雑貨を取り扱っている店だった。
シンプルなものから可愛らしいものまで取り揃えていて、センスがいい。ルシアは見つけるのが上手いとレオンは感心した。
「これこれ!可愛いでしょ?」
ルシアが手にとって見せてきたのは、水彩画で描かれた王都のポストカードと、便箋。便箋は箔押しで、鳥が描かれている。
「可愛いとは思うが…何に使うんだ?」
「アッシュたちに手紙書こうと思って。約束したから。」
「……そうか。それは喜ぶな。」と言う返事が、一拍遅れた。だが、どれにするか夢中で悩んでいるルシアはまるで気づかない。
その横顔を見つめ、はぁ。と一つ息を吐く。
まるで伝わっていないルシアの様子に、「どうしてやろうか……」と大人気ない考えも浮かんだが、楽しそうな横顔に「まぁいいか。」と思い直す。
ルシア達にとって、アッシュ達は唯一の友達だ。そこに嫉妬するのは、酷だというものだ。
だが、その様子を見続けているのも癪だった。店内を見回していると、「大佐は、どれにするの?」という声が聞こえ、ルシアに視線を戻す。
「……ん?」
何がだ?と問うと、「ペン、探すって言ったじゃん。」とプクッと頬を膨らましている。
その様子が何だか幼く見えて、「すまない。」と素直に謝ると、「まぁいいけど。」とキョロキョロして、ペンが置いてあるところまで手を引っ張られる。
意識していない時には、普通に触れてくるのがこの子の小悪魔なところだ。
「これ!大佐っぽいよ!」
そう言って差し出してきたのは、黒がベースで紫色のラインが入っているボールペンだ。最近流通し始めたボールペンは、万年筆と違ってインクが要らず便利だった。
「ボールペンか。いいな。」
ふと横に目線をずらすと、薄い黄色をベースに、水色のラインが入ったボールペンが目に入る。
「それでは、これは君に。」
「…俺に?」
「俺じゃなくて、私な。」
デコピンをすると、「いけね!」とおでこを押さえ、さすっている姿に頬が緩む。こうやって、ルシアが男言葉を使うたびに指摘するのは、ノエルとレオンの密かな楽しみでもあった。
「なんで、これ?」
「髪の色と、君の魔法の色。」
「魔法?」
「そう。水だろう?ミアも、水色の服を着ている。
君たちは、一心同体のようなものだろう。生まれてから、死ぬまでずっと一緒だ。」
「そういう存在は、少し羨ましいな。」と思わず溢れた言葉に、「じゃ、大佐のペンはこっち」と黒をベースに白のラインのペンをルシアは指差す。
「ん?なんでだ?こっちじゃなかったのか?」
「これは、大佐と、アルグレイ隊のみんな。
皆、真っ白みたいだろ。優しい白。
アルグレイ隊のみんなは、大佐とずっと一緒だよ。
知ってる?私たち、初日に『僕らは、"レオン・アルグレイ中佐"に命を捧げている』って言われたんだよ。」
全然似ていないノアの物真似を披露するルシアがおかしい。おかしくて、胸が温かい。自分が無意識に欲している言葉を、こうも当然かのようにかけてくる小さな少女が、愛おしい。
だが、今はまだ手を伸ばすことは出来ない。
けれど、誰にも渡すことができない自分は、おそらく傲慢だ。
「あったな。好きなものが。」
「ん?あったの?なに?」
「君には、秘密だ。いつかな。」
ノエルが持っている黒いペンと、ノエルへ送る黄色いペン。そして、アッシュたちに送るであろう便箋などをまとめ、レジに向かう。
「何でー、教えてよ。」と追いかけてくるこの子には、もう少し、教えられない。
唇の柔らかさをすでに知ってしまっている身としては、なかなか堪えるが……自業自得だ。あれは、事故のようなものだから。
だが、思い出すたびに小さな唇に視線が吸い寄せられるのには正直なところ参っていた。
「早く、叶えなくてはな。」
追いついてきたルシアと共に、店の外へ出る。
道の向こうには、アルグレイ隊がカフェのテラスでパフェを食べているのが見えた。
レオンはそちらへ足を向け、ルシアの視線を誘導した。
「ほら、私の好きな物だ。」
何を、とは言わない。言えない。勘違いすればいい。その答えも決して間違いではないのだから、嘘ではない。
「そうだね!」
嬉しそうに笑い、みんなのところへ駆けていく。その後ろ姿をゆっくり追いかける。
手を挙げ、ノエルを迎え入れるアルグレイ隊の姿は、綺麗な夕焼けに、ほんのりと照らされていた。
その光景を、レオンは暫く見つめていた。
これが、自分の守りたいものなのだ──
ここまで読んでくださりありがとうございます!
三連休強化期間二日目!ということで2日連続3話更新です。
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